ルーンとルシーナ

1、ルーン隊長、荷物をはこぶ


 ごごごごご・・・

 地鳴りがした。

 ダークエルフども、手を止め、口を閉ざし、身構える。

 かすかな揺れが、音の後から伝わってきた。

 ごご・・・ご・・・・・・。

 地鳴りは鎮まった。

 ダークエルフども、ふたたび手を動かす。

 石の柱を積み上げて、柱と柱を梁でつなぐ。

 壁を削り、漆喰(しっくい)でなめらかに整える。

 破片を拾い、砂をはらい、細かいほこりは水で流す。

「部長。通路の壁塗り、もうすぐ手ぇ空きますで。あとは乾燥待ちや」

 1人の男が、洞窟の闇から出てきた。服に漆喰がついておる。

 羊皮紙になんかメモしとったおっさん、顔を上げる。

 2人とも、茶色の肌したダークエルフである。明かりのない洞窟を、難なく歩き回る。

「そうか。お疲れさん!

 ほな、仮置き場の掃除手伝うたって。今日荷物来るのに、まだやっとんねや」

「わっかりました。ちょっと、お茶してからでよろしい?」

「もちろん。芋団子そこにあるから。1人1つずつな」

「はーい。ひー、ふー、みー・・・」

 芋団子を取る男。ハンカチに団子包みつつ、無駄話をする。

「・・・うちの若いの、えらい張り切っとるんですわ。てきぱき仕事しよんねん」

「下心見え見えやないか」おっさん笑う。「隊長来るから、ええとこ見せよういうねやろ」

「そうですわ。ルーンお嬢さんが毎日来てくれたら・・・あ、ルシーナさまでも、もちろん」

「ぜいたくやのう。わっはっは」


 噂されとる2人。

 ダークエルフのルーン嬢と、鬼と月の娘ルシーナ。

 荷馬車隊を率いて、森の中を歩いておった。

 森の小道。ゆるい上り坂。土むき出しの、荒れ放題。雨で削れて、みぞだらけ。

 ごろん。

 ルシーナが、大きな石をひとつ、茂みの中へ蹴り転がした。

「歩きづらいに・・・」

「うん。こっから先は、ずーっと岩場なんよ」

「荷馬車、大丈夫かに?」

「もってほしいわあ」ルーン嬢が荷馬車を振り向く。「馬も車もね」

 馬1頭で引く小さな荷馬車が、3台。

 ぐらんぐらん揺れ、積荷、がたんごとん鳴り続けておる。

 荷馬車隊のメンバーは──


 先頭、ルーン嬢。

 武器は神剣“グレイス”。左手に盾。茶色の革かぶと、胸当て。フードつきマント。

 マントには、絹ぐもの糸で銀色の三日月が描かれておる。これは、彼女が隊長という目印であった。

 次列、ルシーナ。

 武器は木の杖と盾。ヨロイはルーン嬢と同じ。マントは無地で、隊長より地味。

 木の杖は武器というより、歩くのにラクだから使っとるだけに見える。

 3列目、ダークエルフの青年2人。

 武器は小剣と盾。ヨロイはハイエルフの青銅製。かぶとも胸当ても黄金色である。

 4~6列目、荷馬車3台。

 1頭引きの小さな荷馬車で、ハイエルフの男が御者をしておる。道が狭いため、1台でもギリギリである。

 7列目、ダークエルフの男3人。

 装備は前衛のダークエルフと同じ。この3人は外人兵経験者である。なので、隊長から遠い後衛を任されておる。

 8列目。赤い肌した背の高い娘が1人。種族はなんだかわからん。

 装備は同じ。青銅の胸当てが、ちょっと窮屈そうである。


 ──という具合であった。

「隊長ー、隊列伸びておるえー」赤い肌した娘が声を上げた。

「了解!」ルーン嬢が叫び返し、ちょっと歩調をゆるめる。「イリスはー、大丈夫ぅー? 頭ぁー」

 赤い肌した娘。

 イリスであった。

 鬼と月の三女。ルシーナの妹。

 アシ戦争で、ガンメタ鬼神台から落っこちて気絶した、あのイリスである。

「あほちゃうでー」とイリス。

「ちゃうわ! 落っこちた怪我は大丈夫ー? 言うてんねん」

「ああー! そんなん、もう、忘れとったー」

 どうやら平気のようであった。

「・・・ふざけておる」木の杖つきながら、ルシーナ。

「ええよ」とルーン嬢。「イリスちゃん、いざとなったら強いしね」

「たまーに抜けたことするのが恐いのえ」

「お姉ちゃんやねえ」

「うんにゃ。放っておるえ」

 がたごと。がたごと。

「・・・道も整備したいに」とルシーナ。

「洞窟が一段落したらね」

「外交もせなアカンに」

「洞窟が一段落したらね」

「洞窟次第やに」

「そやで」ルーン嬢は笑った。「ダークエルフはねえ、なにごとも洞窟次第なんよ」

 フィーチクチク! フィーチクチク! 鳥の声がした。

「・・・。」

 会話が止まる。

 盾と小剣で武装したダークエルフども、黙ーって歩く。

 ぶん、ぶん、ぶおん! 突然、石が飛んできた。

 ルーン嬢、ルシーナ、ダークエルフ2人、急いで盾かざす。 

 がこん、ぼすっ、どさどさ。

 石1、ルシーナの盾に当たる。ノーダメ。

 石2、ルーン嬢のお腹をかすめるが、革ヨロイもあってノーダメ。

 石3・4、草むらに飛び込む。ハズレ。ノーダメ。

 続いて!

 ヒューマンの男が、道の前後に飛び出してきた!

 荷馬車の前方に、5人! 後方に、5人!

「ぶっ殺すぞおおお! 荷物、置いてけえ!」


 ──山賊の襲撃であった!


「戦闘準備!」ルーン嬢、剣を抜く。

「おう!」ダークエルフども、小剣を抜く。

 ルシーナは杖でドンと地面を撃って、叫んだ。

「我ら、月の加護ある、アルスの民!

 手出しするなら、生命はないえ!」

「黙れエルフ!」「金置いてけ!」「荷物置いてけえ!」「女! おまえは残れ!」

 山賊ども。全員、ヒューマンの男。

 背が高く、肉付きもよい。 

 だが装備は貧弱である。武器は竹槍と棍棒。ヨロイなんぞ着ておらず、麻のシャツにフンドシ一丁である。

 正面の1人だけが、金属の穂先した槍を持ち、盾かまえ、青銅のかぶと、革の胸当てをしておる。

 そいつが、怒鳴る!

「金出せえええ! エルフどもぉ!」

 坂道駆け下り、ルーン嬢に突っ込んで来よる!

「グレーーーイス!」

 ルーン嬢、剣の名を叫んで、迎え撃つ!

 神剣“グレイス”、無言のまま、黄金に輝く。

 黄金の剣かざすダークエルフの乙女。その姿が、ゆらっ・・・と、ブレた。

 山賊、「え?」と一瞬迷い、ルーン嬢の姿を追いかけて、槍で突く。

 ぱっ。

 ルーン嬢の姿、散り散りになって消える。手応え、まったくなし。

「は???」

 その一瞬が命取り。

 ずんばらり。山賊、ぶった斬られ、死亡。

「え・・・」残りの山賊ども、ひるむ。

「見たか! 月神の加護、ここにあり!

 次は! おまえが! こうなる番やえ!」

 ルシーナ。

 ビシッと山賊を指差して、怒鳴った!

 山賊おびえる。足止まる。そこへダークエルフの若者2人が駆け上った。

「隊長に手ェ出しよってワレェ!」「アルス! アルス!」

「・・・ま、魔法剣士だあ!」「勝てねえええ」

 山賊どもは、にげだした!

 前方クリアである!

 後方は?

「おらあああ! 金出s──ぐえ」「てめっこのっデカ女っぐえ」「なっ、こいつ強ぐえ」

 最後尾を守るイリス!

 正面に金的キック! 右の脳天に剣の柄でハンマーパンチ! 左に盾で裏拳ビンタ!

 一瞬で3人ノックアウトである!

 さらに残る2人に向かって、「わあ!!!!!」

 声はちょっと可愛いが、その音量! 鼓膜やぶれるほどうるさい!

 山賊2人、よろけ、足もつれる。

 そこにダークエルフ戦士、駆け下りて、盾ごと体当たり!

 ブッ倒れる山賊!

 殴る蹴るダークエルフ戦士! ぼこぼこにする!

「山姥だあ!」「勝てねえ」

 山賊どもは、にげだした!

「やまんばちゃうもん」

 イリス、ふくれつつ、自分が倒した3人の武器を蹴り飛ばす。

 3人の山賊、やがて息を吹き返すが、武器なく、イリスとダークエルフ戦士に囲まれておる。

「ゆ、ゆるして・・・」「ごめんなさい」「いたい、いたい」泣きながら逃げてった。

 後方もクリアである!


 ・・・だが、ルーン隊長率いる戦士ども、気はゆるめない。

 円陣となって荷馬車を守り、盾かざし、四方八方を睨み付ける。

 やがて。

 フィーフィー。フィーフィー。鳥がさえずる。

 護衛隊、それを聞いて、武器を下ろした。

 がさっ。

 ハイエルフの女。茂みの中から、出現。

「ルーン隊長。敵、逃げました」

「了解。はあ、はあ。上出来」ルーン嬢、息切れしておる。「引き続き、お願いします」

「了解。引き続き、斥候します」

 がさがさ・・・かさ・・・。

 ハイエルフの女、茂みに消える。

「ええ斥候やに」とルシーナ。

「うん。はあ、はあ」ルーン嬢はまだ息切れしておる。「さすが、隊長の推薦だけあるわ」

「フォームラー隊長、『私より軍歴長いですえ』て言うてたからに」

 しゃべっておるあいだに、ダークエルフの男どもが死んだ山賊を埋める。

 スコップ出して穴掘り、奪えるもんは全部剥ぎ取って、穴へ。木灰まいてから、土をかぶせる。

「ルーン隊長! 今回は、かぶとが残りましたで」

「賊ごときが、ぜいたくに金属のかぶとしおって。没収や」

「うん。みんな、ようやった」

 ルーン嬢、強張った笑い浮かべ、御者に訊く。

「・・・積めます?」

「適当に突っ込んでくだされ」と御者。「お強いですな、ルーンさま」

「は・・・はは・・・。ありがとう」

「この子らも、落ち着いておりますに」ルシーナが荷馬を褒めた。「腹の据わった馬やえ」

「おお。わかりますか? お目が高い!

 こやつは、『月見ヶ原』の戦馬の血が混ざっておりましてに。

 そこらの賊なんぞ噛み殺しますのえ。大食らいなのが玉にキズやが。わっはっは」

「頼もしいえ」

 ぶひひん。荷馬がおっさんくさい鳴き声出す。

 ルーンはかぶと脱いで汗拭い、荷物積み込んだのを確認して「では出発!」と号令出した。

 がたごと。ぐらんぐらん。荷馬車隊はふたたび進み始めた。

 開発中の洞窟に、資材と食料を届けるために。


2、洞窟開発


 アシ戦争のあった『丘の街』から、岩山へ。

 荷馬車と共にてくてく歩くこと、1刻(2時間)以上。


 無人の岩山にぽっかりと口を開けた、天然の岩窟が見えてきた。

 ルーン嬢、首元の鎖を引っ張って短い葦笛(あしぶえ)を出した。それを、吹く。

 フィー~~~。ふぬけた音がした。

 フィーフィー。フィーフィー。鳥のさえずりが返ってきた。

「よし。行きましょう」

 最後の坂道はやや急であった。荷馬車の3台目が難儀して、イリスとダークエルフの男2人が押す羽目になる。

 登り切ると、岩窟の前の小さな平地に出る。つい最近刈り取られた雑草が、まだそこらに倒れておる。

 岩窟の暗闇から、わらわらとダークエルフが出て来た。

「おお、ルーンちゃん来た」「ルシーナさまがいらっしゃった」「ありがたや」

 荷馬車隊。ルーンとルシーナ。

 汗とほこりにまみれた男どもに、迎えられる。

「お待たせしましたー」とルーン嬢。「マンション建築、どないですか?」

「みな元気ですで」と、洞窟開発部長。「今日は、隊長と月のお姫さん来るいうて、張り切ってますわ」

 わはは。男ども、恥ずかしそうに笑う。


 ここは、洞窟マンションの建築現場。

 滅亡した地下都市アルスの生き残りが、新たな住まいを定めようとする現場であった。


「隊長、タオルですで」「ルシーナさま、お水どうぞ!」「ここ綺麗ですで。座ってください」

 ルーン嬢とルシーナ、女神が降臨したがごとき扱い。

 しかしルーン嬢、それを押しとどめた。

「ありがとう。休憩は、もうちょい後でもらいます。

 ──入り口警戒! 荷下ろし終わるまで、油断するな」

「了解!」

 ダークエルフの男ども、そしてイリス。返事して三日月の陣形になり、荷馬車を守る。

 ルシーナは、その輪には加わらぬ。ルーン隊長の左後ろで、隊長と反対の方向を警戒する。

 ルーン嬢は陣形を確認し、部長と話を再開した。

「手紙読みました。開発できそうて聞いて、ホッとしましたわ」

「ほんまですわ。ここアカンかったら・・・ねえ」

「そやん・・・。みなさんにかかってます。がんばってください」

 洞窟の男ども、ぐっとあご引いてうなずいた。

「で、隊長。荷下ろし、いつでもOKですで」

「──ほな、お願いします」

「わっかりました。おまえら、やわいもん(柔らかいもの)から仮置き場や! 丁寧にやれよ」

「おいーっす」

 男ども、取りかかる。

 荷馬車から、食料だの水瓶(みずがめ)だの、下ろしてゆく。

 干し肉、獣脂、丸めた毛布や布束、つるはし、シャベル、山賊の戦利品、麦の入った袋、塩の入った壺・・・。

 えっちらおっちら、真っ暗闇の中へと運び込み、岩壁にくり抜かれた『仮置き場』──横穴へ収めるんである。

「お、これ酒や!」「え、マジで」「アルフェ酒や、しかも」「ホンマかいな!」

「あ、それ、丘の街からの差し入れです」

「隊長ホンマですか?」「やったー」「ここでアルフェ酒呑める思わんかったわ!」「ほんまや」「隊長、呑みましょ!」

「あはは、仕事中はアカン」

「こら! 隊長誘惑すんなおまえ。ほんまにー。とっとと運べぃ」

「へーい」

 御者のハイエルフたちは、馬を外し、雨水をもらって呑ませておる。

 ぶふふん。おっさんくさい荷馬も、水呑んで休憩である。

「部長。荷下ろし終わりっすわ」

「よっしゃ! ほな、見張りに立て。護衛隊はお疲れや」

「へいへい」

 ダークエルフの作業員ども、身の丈ぐらいの木の棒持って、荷馬車の周囲に立つ。

「隊長。どうぞ、休んでください」

「ありがとう。──護衛隊、休憩!」


「つかれたー!」

 イリス。

 洞窟に入って、座り、青銅のかぶとを脱ぐ。青銅の胸当ての留め紐ほどき、頭から抜く。

 ヨロイの下に着ておるモコモコした服、汗びっしょり。金属のヨロイは重く、通気性も悪いので、どうしてもこうなる。

 ダークエルフの戦士たちもそこらへんに座り、イリスと同じようにヨロイ外し、汗を拭く。

 いっぽう、ルーン嬢はまだ立ったまま。装備も解かぬ。

 首に下げとる葦笛を吹く。

 フィーフィーフィー~~~。

 フィー、フィー、フィー。鳥が答える。

 がさっ。茂みの中から、ハイエルフの女、出現。「はい隊長。お呼びですか」

「お疲れさま。休憩してください」

「了解。休憩します」

 斥候の女ハイエルフが休憩に入る。

 彼女はヨロイなし。革のチョッキのボタンを外し、頭に巻いた布をほどくだけ。

 髪がほどけて耳にかかる。耳、ぱたぱたっと動いて髪をよける。エルフの耳はよく動くので、髪はねのけるぐらいできるんである。

 ルーン隊長、ここでやっと座った。革かぶとを脱ぐ。耳ぱたぱたっとする。

 隊長が座ったのを見て、ルシーナも座った。

「隊長お疲れ。ヨロイはずす?」

「ううん、大丈夫。ルシーナは?」

「私もこのままでえええ」

 2人は革ヨロイ。金属ヨロイより疲労は少ない。むしろ着脱が面倒なので、胸当ては着けたまま休憩。

「さっきはありがとう」とルーン。

「ほん?」と芋団子食うルシーナ。「・・・ああ、さっきの戦闘の」

「そう。どうしても足が止まってまうんよ。また怒られるわ」

 ルーン嬢、剣の鞘に手をやる。

 しゃべる神剣“グレイス”。いまは黙っとるが、この剣、ダメ出し始めるとごっつい厳しいんである。

「そやに、強うなっとかんと、ルーンの身が危ないえ」

「はい・・・」

「アルス再建のためやえ」

「はい・・・」

 ルシーナの激励、どうやら逆効果。ルーン隊長、へこたれ気味であった。

「ルシ姉。団子あまってへん?」食いしん坊がやって来た。

「イリスちゃん、これ食べる?」ルーン嬢が差し出そうとする。

「ありがとー」

「アカン。隊長はちゃんと食べ」ルシーナが止めた。

「えー」

「私のあげるに、こっち食べ」

「ありがとー」

 イリス、団子取ってフラフラと出てゆく。

「・・・この洞窟を、調べに来ておったのやに」ルシーナ、話題変える。「あの、アシ戦争の日」

「うん。そうよ。ほんで、帰りにアシに襲われてん。ルシーナたちが、きしにぃさまと来てくれたときね」

「飛んできて良かったえ」

「ほんまよ。始める前から死ぬとこやったわ」


 2人は洞窟の高い崖を見上げた。

 あたかも合掌する手のごとき、細々と高く伸びた空間である。

 天井は、ぴったり合わせた指先のように凸凹しておる。

 左右の壁は、手のひらのようになめらかな崖面であった。

 この壁面に横穴を掘って、集合住居──洞窟マンションにするわけである。


「7階建てぐらい、取れるかに?」

「そのぐらい発展したらええねえ・・・」

「難しそう?」

「掘ってみたら水が出たり、やわかったりっちゅうこともあるからね。

 でも、期待はできるんちゃうかな。・・・やっと、第一歩やわ」

 ルーン嬢、少し元気になる。

 それを見て、ルシーナもほほえんだ。


3、神竜のうわさ


 イリス。芋団子食いながら歩く。

 ダークエルフども、だーれもイリスに声かけてくれぬ。

 人なつっこいイリス、ちょっとショックである。

 話し相手求めて、外へ。

 外では、ハイエルフの御者どもが、帰りの荷を選んでおった。

「お、これは水晶。積みで」「これはいらぬえ」「この粘土・・・積みで」「石灰岩か・・・保留ですに」

 などと言うて荷を選び、値段交渉して、買う。

 彼らはただの御者ではなかった。行商人だったんである。

 これなら話し相手になってくれるかも? と、イリス。フラフラ近付く。

 そんなときであった。


 ごごごごご・・・


 また、地鳴りが響いてきたのは。

 ダークエルフどもは一斉に口を閉ざし、身構える。

 女斥候は洞窟の天井をジロッと見、黙々と団子を噛む。

 ハイエルフの御者3人は、しゃべり出した。

「地震かに?」「最近多いですに・・・」

「これは竜震ですえ。西方で、だいぶ被害が出ておる由」

「りゅうしん?」イリス、話に加わる。

「そうですえ。お嬢さん。

 竜震とは、名の通り、竜が震動を引き起こすものを言いまする」

「これ竜が揺らしておるん?」

「いかにも。

 西方に巨大な竜あり。その名も『神竜(じんりゅう)』と称す。

 その図体、山脈のごとし。鎌首もたげれば、入道雲のごとし。かかる巨竜ですえ」

「そんなでかいん? 見たことないけど」

「神竜はたいへんなまけものの竜でして、いったん眠ると千年は起きぬのです。

 ここ千年は、ずーっと西方で寝ておりますゆえ、この地方で見ることはありませなんだ」

「ずっと寝ておるのに、地震起こすん?」

「神竜、とてつもなくでっかいゆえ、寝返りひとつで大地震となるのですえ」

「迷惑な竜やね・・・」

「ほんまにな」

 荷の売買メモしとる洞窟開発部長、ぼそっと一言。恨み、こもっておる。

 ハイエルフの御者2人は、『竜震』説に反論をする。

「地震は、地震の王が起こすものですえ」「したり。西方の者ども、地震の王と混同しておるにちがいなし」

「いえいえ、お二人さん。

 この私、西方にて、この目でしかと見ましたのえ。

 地平線まで伸びたる巨大竜が、身じろぎ、地震起こる、まさにそのさまをですえ」

「なんと」「奇想天外なり」

「誰か退治せえへんの?」

「はい。いまお話に出ました、地震の王が、むかーし、神竜をやっつけたとか」

「やっつけたん?」

「そうですえ。

 なんでも、地震の王ご自慢の宮殿を、神竜がうっかり蹴り飛ばし、粉々にしてしもうた。

 怒った地震の王、ハンマーで神竜の頭をぶっ叩いた。

 神竜、死んだ。ところが、蘇ってきたのです」

「よみがえった? どうやって?」

「『天』のルーンによってです」

「てんのルーン?」

「この世の天頂に立つ、というはたらきのルーンですえ。

 自分が知っておるものならば、どんなものでも上回ることができるといいます」

「それで、なんで蘇れるん」

「神竜は死にました。死というものを、知ったわけですえ。

 知ったからには、『天』のルーンによって上回ることができる。

 神竜は、死の上に立った。もう二度と、死ぬことはない!」

「ええ・・・?」

「──と、西方では伝えられておりまする」

「恐ろしいに。そな化け物、こっち来たら、どないしたらええん?」

「どないしようもありませぬ」ハイエルフは笑った。「こっち来んなと、祈るよりほか、なし」


「ほな、そろそろ帰り支度しましょうか!」

 ルーン嬢が出て来た。

「護衛隊、整列! 斥候、お願いします」

「了解」「は! 斥候、出発します」

 ルシーナも出て来た。荷馬に「がんばり」と声をかける。

 ぶひひん。荷馬、おっさんくさい鳴き声を上げた。


4、ルーンとルシーナ


 夕方。

 丘の街にたどり着いた荷馬車隊、解散。

 ルーン嬢、御者たち、護衛隊員たちに、今日のぶんの契約金を払う。

 御者たちはニコニコして荷馬車引いて去った。このあと帰りの荷物もさばけるのだから、ご機嫌である。

 丘の街は、活気があった。アシ戦争に勝利して以来、景気がよいのだ。

 だが・・・。

 帰宅するダークエルフの護衛隊員たちの寝床は、いまだに、避難民テントであった。

 ルーンはため息をつく。ルシーナがその肩をぽんと叩いた。

 ルーン嬢、ルシーナ、イリス、同じ宿にもどる。

「よ、隊長! お帰りなさい」と宿の主人。「お食事もできてますが、先にお湯にしますか?」

「はい。お願いします」

 ルーン嬢が銅貨を主人に渡して、薪を受け取る。

 イリスが薪を受け取ろうとすると、ルーン嬢の剣がしゃべった。「薪はルーンが持ちなえ」

「はい・・・」

「そなた今日は歩いただけえ。修行が足らぬ。後で少し素振り──」

「わかったて」

 ルーン嬢、不機嫌になりつつも、言われた通りに薪を持って、宿の奥へ。

「・・・グレ姉は厳しいに」イリスが肩をすくめた。

「ルーンには強くなってもらわねば困る」とルシーナ。「・・・けど、かわいそうな気もするに」

「私、エール(麦酒)おごったろ」


 1階奥、4人部屋へ。

「お帰り! お疲れさま」

 白い絹ぐもの服を優雅に着こなしたハルモニアーが、ドアを開け、3人を迎え入れた。

 部屋の中央に、真っ黒な鋳鉄のストーブがある。すでに火が起こしてある。ハルモニアーの気配りであった。

 イリスが、両手に桶持って入って来た。井戸水である。ハルモニアーがストーブの上に大鍋を置く。イリス、そこへ水を注ぐ。

 ルシーナがたらいを引っ張りだしてくる。

 3人、順番に服脱いでたらいに入り、温めた井戸水で肌を洗い、ハルモニアーが出してくれたシーツにくるまった。

 ルーン嬢、ばたりとベットに倒れた。シーツはだけ、つやつやの肌が見える。

「こりゃ!」剣のグレイスが怒る。「私の手入れをせよ。食事をせよ」

「もう無理・・・」

「無理でもやれ。寝ながらでよいから、仕事だけはせよ」

「グレイスきらい・・・」

「嫌いでもよい。仕事だけはせよ」

「くそう・・・」

 だんだん口悪くなりながら、ふらふらと起きたルーン嬢。

 グレイスを鞘から抜いて、うつらうつらしながら、オレンジ色の刃を布で拭きはじめる。

 いつ手切ってもおかしくない寝ぼけっぷり。ルシーナとハルモニアー、はらはらしながら見守る。

「ふー、さっぱりしたー!」マイペースなイリス。かっちりした服を着、「食事取ってくるー」と出てゆく。

「あ、私も行く」ハルモニアーが一緒に出てった。

「あ・・・」ルシーナ出遅れる。

 ルーン嬢、半ば居眠り状態で、剣をストーブにかざして乾燥させ、高価な鉱物油を塗り、化粧で使うような白い粉をはたく。

 今日着けておった鞘を分解。留め金外し、ぱかっと割り、内部洗浄。壁に立てかけて乾かす。予備の鞘を取って留め金をカパッとはめ、グレイスを納める。パジャマの上から、あらためて腰に装備した。

「よし」グレイス、満足げである。「お疲れさま。食べてよし」

「もう・・・いらん・・・」

「ならぬ。食事は飛ばしたぶんだけ弱ぁなる。食え」

「いらん・・・私は、弱くてええの・・・人斬るの、いやや・・・」

 ルーン嬢、ベットに倒れた。鞘を上にして、左手で柄押さえて。すっかり剣士らしくなっておる。

「強うなったら、人斬らんで済むえ」とルシーナ。

「うそいらんねん・・・」

「うそちゃうえ。女王になれば、自分では斬らんで済むに」

「ルシーナのあほ。そんなん、ならへんもん・・・」

「すでになっておる。洞窟の女王」ルシーナは強引である。「ゆくゆくは、新アルスの女王になる予定」

「はあ・・・?」

 ルーン嬢、起き上がった。美しい顔に髪がかかり、非常にぼけーっとした感じになっておる。

「なに勝手に・・・予定とか言うて・・・」

 こんこん。ノックの音。「ごはんですよー」ハルモニアーの声。

 ルシーナがドア開けた。両手で鍋持ったハルモニアーが入ってきた。

 ストーブに置く。フタを取る。肉と野菜の香りが広がった。

「ふわあ・・・」ルーン嬢の顔がとろける。

「疲れとるでしょう言うて、シチューにしてくれたのえ」

 ハルモニアー、おたまで鍋をかき混ぜ、じつにええ感じの音と香りを立てる。

 食事はいらんとぐずっておったルーン嬢がぱっちり目を覚ますほど。ナイス演出である。

 つづいて、イリスがジョッキとでっかいパンの乗ったお盆持って入ってきた。

 固い丸い黒いパン、ハルモニアーが切る。イリスに、でっかいかたまりをポンと渡す。残りは薄くスライス。

 ハルモニアー、シチューをよそって、テーブルをセット。

 食事開始である!

「いただきまーす!」

「いただきまーす。・・・今日は、どうやった?」

「私、3人ぶっ飛ばしたえ。バリバリ」

 イリス。固いパン、バリバリかじりながら言う。

 ルシーナはスライスしたパンをシチューに沈めながら、こう答えた。

「山賊が出たのえ。被害はなし。斥候のひとが優秀であったゆえ」

「フォームラー隊長が紹介してくれた人やったかに?」

「そえ」

「バリバリ。・・・鳥の真似して、ぴーちくちく! いうたら『危ない』って決めたん。それで、不意討ち防げた」

「山賊増えておるとは聞いたけど、貧しい人間が多いのかに?」

 ルーン嬢の手が止まった。

「ちゃうえ。ただの悪人やった。バリバリ」

「イリスの言うとおりえ。食い詰めた感じもなし。人を傷つけるのにためらいもなし。あれは、悪人」

「山賊より、神竜のほうが恐いえ。バリバリ」

「は? なんの話え」とルシーナ。

 イリス、行商人に聞いた神竜のうわさを、めっちゃおおげさにした。

「こわ。・・・それ、おおげさにしておるに?」

「してへん。バリバリ」

「してる」とハルモニアー。「お姉ちゃん、本で知ってるえ。──けど、どうしようもないのは、ほんまらしいに」

「うむ。あれは・・・」剣のグレイスがぼやいた。「『天』のルーンは、おえん。理不尽え」

「こっち来たらどないしよう? バリバリ」

「そやに・・・神にでも祈るか。

 そなたらの父たる鬼神さま、母なる月の女神さまに、知恵を求めてはどうかに?」

「そうする。バリバリ」イリスうなずく。首ひねる。「父上にそんな知恵あるかな」

「ふわー・・・ふ」

 ルーン嬢あくびをし、斜めになる。

 ルシーナ、その肩を押し戻してまっすぐにしてやり、話をもどす。

「山賊の件は、斥候が報告しておると思うえ。どうせあの女、諜報も兼ねておるやろし」

「またルシ姉はそういうこと言う」

「当然の推測え」

「丘の街とは・・・けんかしとうない・・・」とルーン嬢。

「うむ。けんかはせぬ。

 そやに、頼り切っては、頭を押さえられる。

 ゆえに私は、巨人の国と連絡を取るべきと考えておる」

「巨人の国? 湖の神殿やないに?」

「湖のほうは私が出しゃばるまでもない──し、食料や資材は期待できぬ。

 巨人の国は、私らしかコネがない」

「ルン姉がおねだりしたら、きしにぃデレデレになるえ。バリバリ」

「ごほっ」ルーン嬢がむせた。

「まあそうやが」ルシーナ笑う。「きしにぃは、この交渉には使えぬ」

「なんで?」

「なんでと言うて、父上が家出男やからやえ」

「ぶ」今度はハルモニアーが吹いた。「ひどい」

「事実え。私らはなんとも思うておらぬが、巨人は面子を潰されておる」

 ルシーナ、エールに手を伸ばす。

 焦げ茶色した、甘くて苦い、麦の酒である。

 イリスも、ルーン嬢に「隊長おつかれ。私のおごり」とエールを差し出す。ルーン嬢よろこぶ。

「ほな、誰に頼むん? ごくごく」とイリス。

「ゴクリ、ゴクリ。・・・妙雅」

「なるほどに。妙雅なら、負い目ないものに」

「うむ。次に会うとき、頭下げて、頼んでみる。

 ルーンの顔見せは、すでに済ませてあるし」

「ルシ姉、やる気や。ごくごく」

「やる気やえ。ゴクリ、ゴクリ」

「・・・そこまで考えとったん?」とルーン嬢。「このまえ・・・ボナス閣下と、一緒に行ったとき」

「うむ。なんとなくやが、絵は描いておった」

「うええ・・・」

「頼もしい参謀やに」とグレイス。「叔母上に似ておる。末は大臣かに?」

「私は、魔術の博士になりたいのですえ。グレイスの姉者」

 ルシーナは目を輝かせて答えた。

「母上のわざ、ダークエルフの魔術に、ハイエルフのルーン魔術。

 これらを修め、新たな流派を立ち上げる。それが私の夢ですえ。

 そのためには、ある程度の地位が必要。

 ルーンには、私の女王になってもらう」

「あっぱれ。邁進(まいしん)すべし」

「邁進しますえ」

「なんで私なん・・・」ルーン嬢が文句言う。「イリスが女王なったらええねん」

「ふぇ?」

「イリス強いもん。イリス女王になり? 私、手伝うから・・・」

「この子はアカンえ」とハルモニアー。

「なんで・・・?」

「イリスは、上にあげたら、落っこちる」

 みんな笑う。

 ルーン嬢、イリスにおごってもろうたエールを呑み、ばたんきゅー。

 食事はお開きとなり、三姉妹もベットに入るのであった。

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