ダークエルフ、ルーン(13) イリス、おっこちる

39、ルーン嬢、剣をふる


 ルーン嬢。

 ダークエルフ外人兵の列の中で、攻撃命令を聞いた。

 先頭をゆくハイエルフ正規兵たちの、「わー!」「わー!」という喚声が聞こえた。

 しかし、前の様子は全然見えん。

 同胞のダークエルフ外人兵は、みな男である。ルーン嬢より背が高い。なので、前が見えんのである。

 頼りになるのは、まあるいガンメタリックの巨体だけ。

 上空、3尋(5.4m)ほどの高さに浮かんでおるガンメタ鬼神台。その姿は、戦場のどこからでもよく見えた。向きもわかりやすいから、全体がどっちに進むのかもすぐにわかる。

 圧倒的な機動力を持つガンメタ鬼神台であるが、いまはじーっとしておる。『祈願』役のハナ司祭と、人形師ボレアスを乗せておるためである。「ホンマは動きたいんやろなあ」と思うと、ちょっとおかしかった。

 ──そのガンメタ鬼神台が前進し始めたので、ああ、そっちに行くんだとわかり、ルーン嬢も前進をした。

 下り坂を、一歩、また一歩。戦場へ。

 足がもつれそうになる。

 正門までのわずか1町で、もう、息切れしてしまう。

 門の手前で、移動が止まった。

 わーわーいう声、武器で打ち合う音が、聞こえた。

 門を出てすぐのところで、味方前衛が敵と押し合いになっとるらしい。

「攻撃! 攻撃!」フォームラー隊長が、頭上で怒鳴っておる。「とかげどもを蹴散らせ! 魔術兵、招集マナで『蛇魔弾』!」

「こ、こ、攻撃・・・!」

 ルーン嬢。

 小声で復唱する。

 その声、ガッタガタに震えておる。

 右手に握ったオレンジ色の長剣“グレイス”も、がくがくしておる。

 ・・・と。その剣のグレイスが、しゃべった。

「ルーン。攻撃はせんでもよい」

「え? ──は?」

「盾、左頬っぺた」

「え?」

「盾、左頬っぺたに、かまえ」

「た、盾、かまえ」

 外人兵に支給される木の盾(義勇兵と同じやつ)を、ぐっとかまえた。

「はい。剣、右頬っぺた、まっすぐ立て」

「右頬っぺた、まっすぐ」

 しゃべるオレンジ色の剣を、まっすぐ立てた。

 顔の両脇を、盾と剣が守る形となった。その合間にルーン嬢の美貌がちょっとのぞく感じ。ボクシングみたいなかまえである。

「よし」と剣。「乱戦になるやろから、剣は、振ってはならぬ」

「・・・味方に当たるから?」

「そのとおり。迫る敵のみ、撫でるだけでよし。

 他ならぬこのグレイスがそなたの剣なれば、それで十分え」

「う、うん」

 頭上のフォームラー隊長が、正門の上を飛び越えて、外へ出てった。

 ルーン嬢にとって軍旗のごとき存在であるガンメタ鬼神台も、悠然と外へ出てった。


 ルーンにはなにがなんやらわからんかったが、このとき、フォームラー隊長が突破口を切り開いたのである。

 隊長は、土石人形2体を引き連れておる。隊長が移動すると土石人形も動くようになっておる。

 敵の真上へ突っ込んで、土石人形を誘導。アシどもを蹴散らしたんである。

 これで正規兵が前進するスペースができた。

 代償として、隊長は投げ槍の嵐に見舞われた。これは『ステップ』の呪文で上方へテレポートして、かわした。


 どっ! ・・・と、列が前方へ──坂道を転げ落ちるように、ほどけた。

「わー!」「わー!」「わー!」

「わああああ!」

 ルーン嬢も大声でわめきながら、仲間と一緒に坂道を駆け下りた。

 自分でも意識せんうちにわーわー叫びながら、窮屈なかまえのまま、走った。

 隊列は前後に伸びた。隙間ができた。アシどもの姿がちらちらと見えた。

 正門攻撃隊は、土石人形を先端にして、舞い降りるはやぶさのごとく、アシどもに突っ込んだ。

 激突!

 どがんどがんぼきんがきん! 武器と身体が、激突した!

「蛇魔弾!」「蛇魔弾!」「蛇魔弾!」──魔術兵の詠唱。

 ルーン嬢の、長い耳。

 かぶとの内側に収まったその耳に、戦場の騒音が殺到。

 ぐわんぐわんと鳴り響いて、もう、なにがなにやらわからぬ。

 乱戦の海におぼれるがごとし。

 自分の立っとる位置も、向いとる方向も、わからんようになってしもうた。

 ルーン嬢は、上空を見た。

 まあるいガンメタリックの巨体。その向きを確認した。

「盾かまえ。盾かまえ」剣が耳元でしゃべった。「剣振るな。敵が来たら、撫でるだけ」

「盾かまえ。剣振るな。敵が来たら──」

 右に、空白!

 ドラゴンヘッド、にゅっと割り込んできた!

 低い姿勢! アシのきらめくウロコ! そして、槍!

「──撫でる、だけ!」

 ルーン嬢、右脇をぐっと締め、竹槍をきわどくかわし、肘で右外へ押しやった!

 お返し! ストレートパンチ打つがごとくして、剣持つ拳を、そのまま突き出した!

 ずんばらり!

 アシ、もんのすごい深手! ぶっ倒れた!

 恐るべき切れ味! この世の剣とは思えぬ一撃であった!

「はっ、はっ」ルーン嬢、息切れする。

「左右を見よ。仲間なら、肩を並べよ。敵なら、一歩下がれ」

「さ、左右」両隣は、同胞のダークエルフであった。「よし」

 仲間が前へ出た。

 ルーン嬢も、前に出た。

 左右、いずれも男。ルーン嬢より歩幅が大きい。ルーン嬢は、半歩余分に歩かねばならぬ。合わせづらい!

 しゃー! しゃー! しゃー!

 アシどもが、猛烈に威嚇してきた。

 ダークエルフ外人兵ども。ひるまず前に出る者と、びびって足がすくむ者で、歩調が乱れた。

 列が、ジグザグに乱れた。

 ルーン嬢、前に出過ぎた! アシどもの真ん前に、うっかり突出! ジグザグの頂点になってしもうた!

「あっ・・・!」

 前にアシ。右にアシ。左にアシ。

 3人のアシに、狙われてしもうた──


 このとき、ルーン嬢の立っておったのは、もっとも敵の多い右側面であった。

 アシども。

 正門へ侵攻してくるときに、街道の右手を流れる小川を使ったのである。その小川から上陸して来たので、大勢のアシが街道の右側に固まっておったのだ。

 ダークエルフ外人兵は、運悪く、そこの担当に当たったのである。

 もちろん、上空から支援攻撃をしておる魔術兵は、このこと把握をしておった。空警の2人の隊長のうち、ワラント隊長を右翼に貼り付けてあった。だが、右側面はそれでも劣勢だったんである。


 ──3本の槍が、ほとんど同時に、ルーン嬢に襲いかかる!

 受け切れぬ! ルーン嬢、どうしたらええかわからぬ! ぎゅっと目をつぶり、硬直してしまう!

 左手の盾に衝撃!

 右の乳房の下あたりにも衝撃!

「ぐえっ!」

 ルーン嬢、かえるみたいにうめいて、ノックバック!

 反射的に右腕で胴体をかばい、背中を丸めてしもうた!

「かまえ! ルーン、かまえ!」剣が叫んだ。「頭下げな! 起こせ! 頭起こせ!」

「痛い痛い痛い!」

 ルーン嬢、泣きながら前を見る。

 左右から同胞が攻撃。援護をしてくれておる。

 だが正面のアシは残念ながらフリー。ふたたび、槍で突いてくる。

 ルーン、右脇をかばった腕が、上げれぬ! 痛くて!

 くの字になった身体を、起こすことができぬ!

 まっすぐ伸びてくる槍を、何もできずに、見るだけ!

「蛇魔弾!」

 そのアシの右肩に、黒い蛇が噛みついた。

 ワラント隊長の蛇魔弾!

 アシ卒倒し、ルーン嬢は九死に一生!

「かまえ! かまえ!」グレイスが耳元で叫ぶ。「頭起こせ! やられるえ!」

「ぐううー・・・」ルーン嬢、涙こぼしつつ、頭を起こした。「痛い。死ぬー。息できへん・・・」

「あほう! ただの打ち身え! ヨロイは抜けておらぬ!

 かまえ! かまえ! ほら次来るえ!」

 新たなアシ。

 槍を突き込んでくる。

「うぐうう。こんのっ・・・」

 やけくそになったルーン嬢、両手で突き飛ばすみたいな、粗雑アタック。

 運良く盾が槍をそらし、剣がちょろっとアシに触れた。

 オレンジ色に輝く“グレイス”の刀身が、ほとんど勝手に、アシをぶった斬った。

「大丈夫かルーンちゃん!」左のダークエルフが訊いてきた。

「だ・・・大丈夫。おっちゃん、ありがとう」涙目でルーン。

「ホンマ、よう切れる剣やな!」右のダークエルフも言うてきた。「魔剣か!」

「お兄さん、ありがとう」

「私はおっちゃんでそっちは兄ちゃんかい!」「そら俺の方が若いですもん」

 ダークエルフども、冗談飛ばしつつ、棍棒振り回す。

「失礼な坊主やに」グレイスが小声でぼやいた。「このグレイスをつかまえて、魔剣やと」

「は、はは」

 ルーン嬢、やっと息を吸えるようになり、盾かまえ、剣立てた。

 なんとか危機を脱したルーン嬢であったが──アシどもは、限りなくひしめいておった。


40、正門攻撃隊、かつ


 ダークエルフ外人兵、奮戦す。

 1人倒れ2人倒れ、その穴を左右の仲間が埋めて、戦う。

 列が乱れ、上空から『蛇魔弾』の援護をもらって、並び直す。

 牙剥くアシの猛攻に晒されながら、薄い陣形で必死に時間を稼いだ。

 どう見ても終わらん戦いに、泣きそうになりながら、耐えた。

 やがて。

 その粘りが報われる瞬間がやってきた。


 どしーん、どしーん──


 それは、魔術の人形!

 身の丈10尺。土石人形!

 空飛ぶフォームラー隊長を追尾して、ダークエルフの援護にやって来た!

 隊長、いつの間にやら、『銀貨の盾』まみれ。

 ぐるんぐるん飛び回る銀の盾、まるで繭(まゆ)のごとし!

 その鉄壁の守りに任せて、隊長は、乱戦の真上を飛んできたのであった!

 ダークエルフども、盛り上がった!

「うおお!」「でっかいの来たで!」「土石なんとかいうの来た!」

 土石人形。

 どしーん、どしーん・・・。戦場を闊歩する。

 魔術兵が『蛇魔弾』撃つと、その相手目掛けて、パンチする。

 どがあああん!

 もんのすごい音。アシども、空中を吹っ飛んでった!

「ええぞ、土石なんちゃら!」「ごっついパンチや!」「はりねずみやないか! 不死身か!」

 土石人形。

 槍衾(やりぶすま)。まるで、はりねずみのごとし。

 全身にアシの竹槍突き刺さり、もうなんかそういう生きものみたいになってしまっておる。

 それでも、動き続ける。フォームラー隊長の後ろを、黙々とついてゆく。

 どしーん、どしーん。

 不死身!

 アシども、なす術なし! くるりと背向け、逃げ散らんとす。

 だが密集陣形。そう簡単には退却できん。味方にぶつかり、あるいは転び、あるいは互いの槍で傷つけ合ってしまう。

 大混乱。アシどもの陣形、どんどん崩れてゆく。

「きしにぃ号、停止!

 マナ貯め! マナ貯め!」

 フォームラー隊長が命令を変えた。

 ガンメタ鬼神台を停止させて、魔術兵に周囲を固めさせた。

「歩兵! きしにぃ号中心に、円陣! 怪我人は中! 正規兵は外!」

 隊長は怒鳴りながら、円を描いて飛び回る。円陣を指定しとるんである。

 アシども、危機を察したか。ガンメタ鬼神台へ、投げ槍が集中!

 ルシーナ、イリス、魔術兵ども、必死の防御! 槍の嵐を、盾で左右にかき分ける!

 きらきらきらきらと、目にも眩い光が、ガンメタ鬼神台に集まってゆく。

「ワラント隊長! やまた弾行くえ!」

「了解!」

 2人の隊長、同時に詠唱に入る。

「魔、魔、魔、魔、八岐弾──

 薙ぎ倒せ! 八岐蛇魔弾(やまたじゃまだん)!」


 2人の空警隊長から、真っ黒な大蛇が立ち上る。

 人間よりもずっと太い、実体なき、影大蛇(かげおろち)。

 天をつき、崩れ落ちたかと思うと、その首ほどけ、無数の蛇へと分岐!

 密集状態のアシどもに、激流がごとく、襲いかかる!

 まるで、八岐大蛇(やまたのおろち)!

 無数の首持つ、影の蛇弾!

 その弾数、百を下ることはなし!

 アシども、阿鼻叫喚! ばったばった倒れ、生き延びた者は一目散に逃げてゆく!

 勝負あったり! ──では、あったのだが。


 最前列のアシ。わずか10人足らずが、このとき、決死の行動に出た。

 逃げ切れぬと見て、反転し、突っ込んできたんである!

 ハイエルフ正規兵は意表を突かれた。円周の突破を許してしまう。

 抜けた先、特攻を浴びるのは──またしても、ダークエルフ外人兵!

 ルーン嬢あやうし!


「棘(とげ)立て、守れ──『茨の城』!」


 にょきにょき!

 ぶっとい茨の生け垣が、突然、生えてきた!

 アシ特攻兵、茨に突っ込む! ズタボロ!

 ハイエルフ正規兵、動きの止まったアシを打つ! 哀れアシ、身動きできず打たれて死亡!


「人形師殿、よい守りでしたえ!」

 銀色の盾に包まれ、顔もほとんど見えんフォームラー隊長が評価した。

 ボレアス、おじぎ。

 いまの『茨の城』は、彼の呪文であった。

 ガンメタ鬼神台の上で『祈願』しておったボレアス。

 アシ特攻兵の動きにいち早く反応し、祝詞を中断、ダークエルフどもを守ったんである。

「しかし、招集マナを使ってしもうた」

「かまいませぬ」と隊長。「・・・うむ。やはり御身は、荒風の」

「うむ?」

「いえ」

 フォームラー隊長、アシどもが逃げ散るのを確認。宣言した。

「諸君、ようやった! 正門は取り返したえ!」


 正門攻撃隊、勝つ。

 見事アシを駆逐し、正門を守ったのであった。


 ひとしきり歓声上げてから、負傷者を市内へ下げる。

 補給員が手押し車でやってきて、重傷者を乗せ、ガラガラと坂道を上ってった。

 軽傷者は、ハナ司祭や駆けつけた治療師どもに、その場で手当てをしてもらう。

 離脱した負傷兵は、ダークエルフ外人兵を中心に、12名。死者はなし。

 入れ替わりに、後発の義勇兵が1班72名、参加。

 これで、正門攻撃隊は次のようになった。


 空警、2班6名。フォームラー隊長、ワラント隊長を含む。

 ハイエルフ正規兵、16名。

 弓持つ狩人の義勇兵、12名。

 第一次選抜義勇兵、48名。きしにぃ号、ルーン嬢含む。

 第二次選抜義勇兵、72名。


 フォームラー隊長、正門出て左の方向へ、ゆっくりと浮遊してゆく。

 どしーん・・・どしーん・・・。

 土石人形2体(はりねずみ状態)が、追尾してゆく。

 隊長。

 振り向いた。

「諸君! 水門は、いまだ、とかげどもに圧迫されておる」

「・・・。」

 攻撃部隊は命令を待った。

 人数が増えた時点で、みな察しておったんである。

 戦闘は、まだ続くのだと。

「丘の街を守る精鋭兵諸君に、いまいちどの奮戦を求める!

 ──水門に向かい、敵の側面を突くのえ!」

「おお・・・」「おお」「おお!」

「我らの側面攻撃に合わせ、水門からも味方が突撃をする。

 交差突撃でもって、とかげどもを、叩きつぶす。

 これは、決戦である!」

「おお!」「おおお!」

「では出発!

 正規兵、我に続け!

 義勇兵、第二次班、左翼へ! 先発班は、右翼へ!」


 ルーン嬢。

 美貌にしたたる汗を拭いながら、歩きだした。

 戦闘の前半で受けた槍は、グレイスの言葉どおり、打ち身であった。

 出血、なし、骨折、なし。

 ──休憩、なし。


 ルーンは戦士ではない。キノコ農家の娘である。

 この世界では、ナイフや小剣ぐらいなら誰でも触っておる。女なら、守り刀もふつうに差しておる。

 だがしかし。

 歩兵となって、戦場で揉みくちゃにされるなど、想定外もいいところ。

 それも、自分の祖国でなく、外国で、外人兵になって。

 言いたいことは、いっぱいあった。


「・・・。」

 汗をぽたぽた垂らしながら、茶のダークエルフの娘は、歩きだした。

 同じように汗だく泥まみれのダークエルフどもと一緒に。

 上空を見る。

 ガンメタリックのまあるい巨体。

 悠然と飛ぶその姿。汗もかいておらず(かかんが)、泥に汚れてもおらぬ。

 それはまるで、空に浮かぶ星々のように、永遠不変に感じられた。

 ルーン嬢。ちょっとだけ、顔を歪めた。

 すると。

 ガンメタ鬼神台の最前列に乗っとるルシーナ。

 輝く白い肌のルシーナが、ひょいと顔を出して、こっちを見てきた。

 ルシーナ。うなずいた。

 ルーン嬢。うなずき返した。

 何のうなずきであったのか? それは、ルシーナにもルーン嬢にも、わからぬ。

 だが、わかった。キノコ農家の娘ルーンは、輝く肌のルシーナに、相通じるものを感じたのであった。

「・・・くそ」ルーン嬢。荒くれ戦士のようにぼやく。「ほんま・・・くそやわ」

 水門が見えてきた。

「突撃! 突撃!」隊長の怒鳴り声が響く。「とかげを蹴散らせ! 勝利をもたらせ!」

「わー!」「わー!」「わー!」

 正門攻撃隊。

 水門前広場にひしめくアシ軍団に、真横から、突っ込んだ。

 空警魔術兵、『魔弾』の一斉砲撃。

 紫の爆発。ハイエルフ正規兵、煙の中へ、突撃。

 左翼。これが初戦の後発義勇兵。水門にへばりついたアシを攻撃。

 右翼。疲労も深いルーン嬢ら先発義勇兵。水門前広場に群がるアシどもを攻撃。

 またしても、右翼のルーン嬢らに、敵の大多数が回ってきよる。

「くそお!」ルーン嬢はわめいた。「うわあああ! やったるわああああ!」

 突撃は、成功した。

 水門前広場にひしめくアシを、真っ二つに断ち割った。

 だが、一気に前進したので、やはり隊列は長く、薄くなっておった。

 ばたばたと左翼の味方が倒れていくのを、ルーン嬢は背中で感じた。

 水門前に孤立したアシどもが、必死で抵抗してきたということもある。また、これが初戦の後発義勇兵は、動きが硬かったということもある。それで、かなりの負傷者が出て、左翼は崩れかけた。

 フォームラー隊長、土石人形を率いて、左翼へ回る。

 すると正面と右翼が手薄となる。

 ダークエルフ外人兵、また苦しい戦いをする羽目になる。

「盾かまえ。剣振るな。敵が来たら、撫でるだけ・・・」

 ルーン嬢は死んだような目をしてぶつぶつ呟きながら槍を払い、剣で敵を撫でた。

 だが、いくら突き飛ばしても、撫で斬っても、アシどもの数はまったく減らんようであった・・・。


41、イリス、おっこちる


「キリないえ!」

 投げ槍を素手で引っ掴んだイリスがぼやく。

 ぶうん! 投げ返す。はずれ。アシ、その投げ槍を拾い、投げ返してくる。キャッチボール状態。

「あーもう!」

 イリス。

 気が短くて、負けず嫌い。状況に任せてじっとしとるのが、大嫌い。

 そういうところ、本当に父の鬼神にそっくりな娘であった。

 イライラする。

 もうそろそろ、終わりにならんのか?

 なんか変化は起こらんか?

 と、きょろきょろする。

 それで、怪我の功名。真っ先に空の異変に気付くことにはなったのだが。

「あ! ルシ姉、あれ見てあれ!」

「ん?」

「でっかいのが飛んでおる!」


 青空に、くっきりと黒く、巨大な飛行物体あり。

 9本の巨大な塔を、細い通路で連結したがごとき、空中浮遊塔!

 徐々に、こちらへ接近して来おる。


「あれなんやろ?」

 目を輝かせるイリス。

 油断しすぎ。乱戦の最中だというのに。

 投げ槍2本。命中コースで、飛んでくる。

 1本は『銀貨の盾』がオートガード。しかし、もう1本。

 イリス、盾を完全に下ろしてしまっており、受けが間に合わん。

 慌てて身をよじって、避ける。回避はできた。が、バランスが崩れてしもうた。

「あふぇ?」

 変な声上げつつ。

 ガンメタ鬼神台の手すりを、ぐるんと乗り越えて。


 イリス、落っこちる。

 3尋の高さから。

 アシどもの、ど真ん中に!

 どでーん! 赤い革ヨロイも窮屈そうな長身が、大の字となった!


 ルシーナ、凍りつく。

「え? は? ちょ、イリス、阿呆」

 思わず下を覗き込み、自分まで落っこちそうになる。

 そのベルトを、ボレアスが引っ掴んだ。

「ぐえ」

「私が行きますえ」

 ボレアス、『祈願』を中断。

 ガンメタ鬼神台の手すりに、ひょいと跳び上がる。少年みたいな身体にたがわぬ、猿のごとき身軽さ。

「え? でも」

「盾かまえ! 司祭さまを守られよ!」ボレアス怒鳴る。

「あ、はい」

「ワラント隊長に状況報告!」

「はい!」

「よろしい。では後ほど」

 ボレアス、にこっと笑って、飛び降りる。

 2尋落ちてから「浮遊! 蛇魔弾!」──イリスを狙っておったアシの1人を、仕留める。

 ふわ~~~ん。『浮遊』呪文の効果で、イリスをまたぐがごとく、軟着陸。

 3人のアシを、1人で相手どる!

 アシどもの、攻撃!

 竹槍1! 『銀貨の盾』1でオートガード!

 竹槍2!! 『銀貨の盾』2でオートガード!

 竹槍3!!! ボレアス、腰の小剣抜くが早いか、バチンと槍を叩き払う。パリィ(受け流し)!

 ノーダメであった。

「つよ」とルシーナ。「──ワラント隊長! 報告!」

「なんですかに」

「きしにぃ号、2名落下しましたえ」

「は?」

「あと、あれ」指差す。「なんかでっかいの、飛んで来ましたえ」

「──は!?」

 ワラント隊長、空に浮かぶ黒い塔を確認。たまげる。

 魔術兵にも混乱広がる。

「なにえ。空飛ぶ塔」「迫って来おる」「まさか、アシどもの増援か?」「ありえぬ。あな技術、あるはずもなし」

「誰か! あれがわかる者は居るか?」

「わかりませぬ」

 ルシーナ。

 本当は、あれが何か、知っとるんである。

 実物見るのは初めてだが、話には聞いたことある。というか、当の本人と何回もしゃべっておる。

 しかし、イリスが落っこちて、気が動転しとったか? 『わからん』と答えてしもうた。

 ぶわっさ!? ぶわっさぶわっさ! ガンメタ鬼神台が騒ぎ出した。

「え? なにえ」とルシーナ。「きしにぃ、なんか知っておるのか?」

 ぶわっさ。

 ・・・ぶわっさぶわっさ! ぶわっさっさ!

 ガンメタ鬼神台、もどかしそうである。

「えー・・・? えっと、もしかして、あれ、味方?」

 ぶわっさ!

「隊長。あれ味方や言うてますえ」

「は?」

 そんなこといきなり言われても、ワラント隊長も困る。

 隊長はガンメタ鬼神台のこと、特になんも説明受けとらんのである。

 事前に説明せんからこんなことになる。なんでも秘密にするダークエルフの悪い面である。

「隊長! でっかいのから、小型の飛車2台、分離。接近中!」

 魔術兵が報告した。

 小さなものが2つ、びゅーんと、でっかい黒いのから飛んで来たんである。

 1つは、四角い箱みたいな奴である。ハイエルフの男がうつ伏せに乗っておる。

 もう1つは──

「・・・赤色鬼神台?」とルシーナ。

 ぶぶわっさ! ガンメタ鬼神台、『なんでじゃ!』っちゅう反応。

 いや、しかし、実際。

 それは、鬼神台みたいな形しとるんである。

 まあるい巨体。三日月かぶとに、剣のごときしっぽ。

 赤い色して、サイズもひと回り小さいが──それ以外は、ガンメタ鬼神台そっくりである。

 その赤色鬼神台に乗っておるのは、赤い肌したツノある巨人。ただし、鬼神とくらべるとだいぶ小さい。

 それと、2匹の盾持ついぬであった。

「いぬ?」とルシーナ。

「鬼と、コボルドかに?」とワラント隊長。

 まさに。

 鬼1人、コボルド2人。

 鬼は、赤きトゲトゲの服を着ており、どうやら身分が高そうである。コボルドは従者か。

 その鬼が、白無地の旗を、ばっと広げた。

「使者の旗ですに」と魔術兵。

「なにが使者え。そんな場合か」とワラント隊長。「無視! 戦闘継続!」

 ところが。

 空飛ぶ2台のうち、小っちゃいほう。

 クリーム色した、四角い空飛ぶ台。

 ハイエルフの男1人を乗せて、一直線に突っ込んで来おった!

「あ、突っ込んで来よる」とルシーナ。

「な!? ──止まれ! そこな飛車、止まりなさい!!」ワラント隊長叫ぶ。「戦場に入るな! 迎撃しますえ!」

「味方ですえ!」

 四角いのにへばりつくハイエルフの男。黒髪を風になびかせ、叫び返す。

「味方です! 助太刀いたしまする!」

「問答無用!」ワラント隊長、魔術兵1人の肩叩き、命じる「迎撃せよ! 殺してかまわぬ!」

「は!」

 魔術兵、迎撃に向かう。が。

「包み込め。『闇』のルーン!」

 そのハイエルフの声がして。

 あたり一帯、真っ暗となった!


「学長! 助太刀いたしまする!」

「ぬあ? その声は──エスロか!」

「いかにも。お嬢さんを、こちらへ!」

「阿呆! おまえ、どの面下げて出て来おった!」

 なんか闇の中でボレアスと男が言い争う声がする。

 敵味方ともに大混乱。あっちこっちで悲鳴が上がる。

「なにえ、これ」「見えぬ」「目が!」「お母ちゃーん」

「この闇やめんか! 味方の邪魔え!」

「いったん出したら解除できませぬ」

「どあほう! 不器用! 粗忽者(そこつもの)!」

 しばらくして。

 大迷惑な闇、すっと去った。

 真ん丸の闇の球が、黒い塔のほうへと逃げてゆく。

 ルシーナは、イリスを真っ先に確認した。

 居らん。

 イリスが居ったところには、ボレアスが1人立っとるだけである。

「・・・イリス?」

 ルシーナが呆然としておると──

「飛翔!」

 呪文唱えて、ボレアスが空中に浮かび上がって来た。

 本職の空警顔負けの動きで、なめらかにガンメタ鬼神台に舞いもどる。

「ええいまったく! あの阿呆めが!」

「おっちゃん」

 ルシーナが不安そうに言うと、ボレアスは急に猫かぶり、優しくなった。

「大丈夫ですえ。イリスお嬢さんは、私の弟子が救助いたしました」

「弟子?」

「うむ。阿呆弟子やが。すぐに、市内へ運ぶとのことです」

 見ると、闇球は、赤色鬼神台の使者(?)と合流。

 で、闇球が離れたかと思うと、赤色鬼神台にイリスが寝かされておった。

「負傷者を! 保護しました!」鬼が大声で怒鳴ってくる。「市内への、着陸を、認められたし!」

 ぶわっさ! ぶわっさ! ガンメタ鬼神台が強くなんかを進言してくる。

「信用しろって?」

 ぶわっさ!

「あれ、きしにぃの弟かなんか?」

 ぶわっさ!

「はあ・・・」ルシーナ、ちんぷんかんぷんながら、報告する。「ワラント隊長。あれ、きしにぃ号の親戚ですえ」

「きしにぃ号の親戚???」

「妹を保護してもらいましたに、市内に入れてやってもらえませんかに?」

「──どうした!」

 フォームラー隊長が左翼から叫んでくる。

「鬼の、使者が、市内着陸を求めておりまする! 負傷兵を保護したとのこと!」とワラント隊長。

「ふむ?」

 フォームラー隊長。

 なぜかボレアスの顔を見る。そしてうなずく。納得したらしい。

「飛車1台のみ許可! 魔術兵に誘導させよ!」

「了解」

 空警隊員を1人割いて(さいて)、赤色鬼神台を案内させる。

 わざわざ貴重な隊員の手を使うのは、法律が馬鹿だからである。

 負傷兵の救助のためであっても、無免許で市内を飛んだら犯罪者となってしまう。それではあんまりなので、「空警隊員が市内に緊急避難させた」という建前を作るのだが、そのせいで隊員が一緒に飛ばねばならんようになる。阿呆な話である。ハイエルフの悪い面であった。

 ま、ともあれ。

 イリスは、赤色鬼神台によって、市内へ救急搬送されたのであった。


「・・・あ、」

 イリスが搬送されたのを見届けて、やっとルシーナの頭が回転しだした。

「妙雅か。あれ」

 ぶわっさ・・・。ガンメタ鬼神台、『やっとわかったか・・・』との、ため息。

 そう。

 青空にくっきりと黒く浮かぶ、連結塔。

 それは、もちろん、妙雅の本来の姿に他ならなかった。

<あれとはなんですあれとは! 冷たいじゃないですか、一の姫>

 空から声が降ってきた。

 ぶーん・・・。

 飛んできたのは、小っちゃい妙雅みたいなやつ。オクトラであった。

<生まれたときから仲良くしてたのに。

 私の本体はこういうのですよと、お話しもしたじゃないですか>

「うん。ごめん妙雅」

 ルシーナ、オクトラをキャッチ。抱き寄せる。

「こっちが本体な気がしておったのえ」

 空警、複雑な表情。『また無免許のが飛んできおった・・・』という顔をする。

 フォームラー隊長、なんも言わんと背中向け、指揮にもどる。もう見なかったことにするらしい。

「妙雅。いま、取り込み中なのえ」

<はい。それで来たのです。

 姫に万が一があっては、私が父上に叩き壊されかねませんのでね。

 ──ですが、どうやら、大丈夫のようですね>

「え?」

 ハイエルフどもの、わーっという喚声が上がった。


42、アシ戦争、しゅうけつ


「わー!」「わー!」「わー!」

 水門前。

 市内から味方本隊が出て来て、水門前に孤立したアシ部隊を壊滅させるところであった。

 ・・・出て来たというても、水門を開いたわけではない。

 ハイエルフはかなづちなので、水路は移動できん。それに水門は、ボレアスの土石人形3体でふさいだままになっておる。動かすには改めて呪文かけて命令せねばならん。

 それだから、水門からの突撃は、3つの迂回ルートで行われた。


 迂回路1。あらかじめ城壁を回り込んで、水門の左手(正門攻撃隊と挟撃になる位置)で待機した。これが本隊である。

 迂回路2。水門からロープ使って飛び降りた。ロープは水路の左右に8本ずつで、一度に降りれるのは16人である。

 迂回路3。水門脇の小さな通用門を開けて出て来た。こちらは一度に1人しか出て来れん。


 フォームラーの正門攻撃隊が側面突撃をしたのを確認して、これら迂回ルートの突撃が実行されたわけである。

 タイミングは、ちょっとズレた。ロープで飛び降りた16人なんぞは、やられそうになったりもした。

 だが、結果として、突撃は大成功であった!

 水門前に孤立したアシどもは、あっちゅう間に全滅したんである。

 さらに、フォームラー隊の後を追いかけるように、正門からも義勇兵が続々と援軍にやって来る。

 これは精鋭ではない。近接戦をさせるには不安のある部隊である。だが、数だけはわんさか居った。千を軽く超えるほど。

 丘の街の軍勢。

 一斉に「わー!!!」と大声を張り上げた。それは、地面が揺れるほどの大声であった。


 アシどもは、逃げだした。


 ウミ=ジャブジャブの野望を背負い、丘の街を蹂躙するはずであった、1万7千余のとかげ兵。

 数百人の死者を出し、ドラゴンシャーマンを失って、敗退。

 ハイエルフを狩ることもできず、街を手に入れることもできず・・・。

 竹槍投げ捨て、川へ飛び込み、スイースイースイイーと泳いで、逃げてった。

 ウミ=ジャブジャブの野望、まったく果たすことができぬまま、逃走とあいなったのである。


 ハイエルフどもが大歓声上げて抱き合うなか。

「逃がしたか」

 フォームラー隊長は、歯を噛みしめた。

 ワラント隊長もそばに寄ってきて、首を振った。

「ああなってしもうては、追いつけませぬ」

「うむ・・・。ご覧あれ、ワラント殿。奴ら、笑うておりますえ」

 川を下るアシども。

 ときどき、くるんと裏返って背泳ぎになり、口をぱかっと開いておる。

 笑っとるのか? 怒っとるのか? はたまた、息継ぎをしとるだけなのか?

 それはわからぬ。

 だが隊長らには、それが『また来るぞ』との、狩人の執念深い表情のように思われた。

「この丘の川が、奴らの狩場となってしまいますに・・・」

「うむ・・・」

 暗い予想を語り合った、そのとき。


 どっかーん! 水しぶき、立ち上る。


「なにえ」

「川が爆発しましたに」


 どっかーん! また水しぶき。

 くるくるくる。小さな影が、空の彼方へ飛んでゆく。


「・・・攻撃かに?」

「・・・すっ飛んでっとるの、アシのように見えますに」

 どっかーん! 水しぶき。

 くるくるくる。アシども、空の彼方へ飛んでゆく。

 どっかーん! くるくるくる・・・。

 爆発。空飛ぶアシ。

 怪奇現象、近付いてくる。

「いったいなにえ?」「なんじゃあれは?」と、みなが不思議がる中・・・。

 ぶわっさ・・・。

 という声がした。

 フォームラー隊長、鋭く聞きつけて、振り向く。「きしにぃ号、なにか御存知で?」

 ガンメタ鬼神台、ぶわっさ、ぶわっさ・・・とあいまいな音を立てる。

 どっかーん! くるくるくる・・・。

 川をさかのぼってくる、爆発。

 何十回もくり返し。

 とうとう、川に逃げたアシは、すべて吹っ飛ばされた。

 慌てふためいて森へ逃げ込むアシも見えたが、その数は、半分よりずっと少なくなっておった。


 いったい、誰がこんなことを?

 

 ざぶーん、ざぶーん・・・。

 爆発途切れ、真っ白に泡立っておった川が、鎮まってゆく。

 その川。ひとり、立っておったのは。

 六腕三眼。赤い猿のごとき、鬼の神であった。

 その神。

 びっしょ濡れで、こっちを見た。

 ニカッと笑って。

 消えた。


「き・・・消えた!?」

 丘の街の者ども。ぽかーんとする。

「あなや」「笑って消えたえ」「笑い鬼」「透明鬼」「不可思議なり」「亡霊のごとし」


 ──と、このようにして。

 アシ戦争は、終結したのであった。

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