ダークエルフ、ルーン(11) 自称おっさん、かつやくす
34、父娘、わかれる
さて。こちら、ガンメタ鬼神台。鬼神とお月さんと娘ども。
丘の街はまだ見えぬ。森の影である。丘のてっぺんだけが森の上に突き出して見える。そのぐらいの距離である。
しかし──
ど、ご、ご、ごぉぉん・・・。
水門防衛隊の渾身の一撃。
『岩魔弾(がんまだん)』の爆発は、ここからでも確認できた。
「やはり、戦か!」
鬼神、当然、気付く。
戦の神。状況は不明でも、出すべき命令は間違えぬ。
「相棒。おまえは、ルーンのお嬢さんを助けに行くがよい!」
そして。
自分は手を放し、アシどものひしめく川へ、飛び降りる!
「私はジャブジャブを締め上げてくれよう。ではな!」
「あ、おっ父落ちた」と三女のイリス。
「ならば、私もゆくえ」
「え?」
ふわ~~~ん。
お月さんも、小っちゃい妙雅みたいなやつ(オクトラです!)を抱いたまま、宙に舞った。
銀糸飾りのフードつきマント、羽毛みたいにふくらませ、飛ぶも優雅なその姿。
なんのわざを使うたのか、鬼神のところへすいーっと近付いてゆく。
三姉妹が振り向いたとき、母はちょうど、父の腕に収まるところであった。
「母上はほんまに・・・」長女のルシーナ。
「お二人は大丈夫やろ」次女のハルモニアー。「鬼神台殿、ルーンさんを助けに行きましょ!」
「そやに。急いだほうがええ」三女のイリス。「戦は速度え!」
三姉妹。
ガンメタ鬼神台の、三日月形した風防の内側に、ちぢこまる。
しっかり抱き合って、手すりに掴まる。
ぶわっさ?
「えええ。行ってたも!」
ルシーナが応答。
ガンメタ鬼神台、水にもぐった鵜(う)のごとく、なめらかに加速! 丘の街へと、ぶっ飛んでった。
丘の街。
水門を守る防衛隊は、苦しい状況のままであった。
四半刻はすでに過ぎた。増援はまだ来ない。
丸太格子の穴からは、アシがひっきりなしに侵入してくる。
それを食い止めんと奮戦する槍兵、1人刺され2人刺され、傷のない者は居らんというありさま。
ハナ司祭らは癒やしのわざを使って槍兵を復帰させるが、そのせいでマナ招集の『祈願』が停滞する。
『祈願』が滞れば(とどこおれば)、マナが足りんようになる。
フォームラー隊長率いる魔術兵、マナがなければ、魔術が撃てぬ──
つまり、ジリ貧!
援軍は、まだか!? ──誰も口にはせぬものの、気持ちはみんな同じであった。
そんな水門防衛隊に、さらなる難問が降りかかる。
「隊長! 丸太橋に、逃げおくれ!」
水門の上から、番兵長が報告。
「非武装の一般人、アシに囲まれておりまする!」
「なに?」
フォームラー隊長、水門の上へ。
投げ槍が飛んでくるが、1本は避け、1本は『銀貨の盾』でオートガード、もう1本は小剣で打ち払う。
して、番兵長の指差す方を確認した。
なんと!
ダークエルフの小集団が、アシの群れに囲まれておる!
場所は、水門の外。川を少し下ったところ。丸太橋がかかっており、川の右岸と左岸を行き来できるポイントである。
右岸には、川沿いに下る道が続いておる。こちらは丘の街を出入りする旅人が使う道である。
丸太橋を渡って左岸は、森の中へ入ってゆく小道である。こっちは森に用事がある者しか使わぬ。
ダークエルフどもは左岸の森の中から出て来たらしい。森の中にもアシが数人居って、槍を振り立てておる。森を歩いておって、アシの斥候とぶつかり、逃げてきた先は、アシ軍団のど真ん中──と、そんなところであろうか。
ダークエルフ10人あまり。ろくに武装もしておらぬ。
丸太橋はとても渡れぬと見て、慌てて引き返そうとする。だが、獲物を見つけたアシどもがばしゃーんばしゃーんと水から上がり、ニョロニョロニョロニョロと前後左右に展開。完全に囲まれてしまう!
ダークエルフども、3人が剣を抜いて、仲間を逃がそうと戦い出す。
だが、その3人もヨロイなし、マント一枚で身を守るしかないありさま!
しかも2人は小剣しか持っておらず、アシの竹槍にリーチで負け、振り回したって当たりゃせぬ!
ただ1人だけ、若いダークエルフの娘が、オレンジに輝く長剣を振るって、アシを1人斬り倒した。
長剣というても片手剣で、竹槍よりは短いのだが、その剣でもって槍先をスパッと切り落とし、びっくりするアシを斬り倒しておる。なかなか見事な戦いぶりである。が、しかし・・・。
多勢に無勢。
小剣持つ2人がアシの槍に刺されて倒れ、オレンジの剣振るう娘、孤立した。
茶色の肌した、まだ若いダークエルフのお嬢さんである。
盾代わりに振るうマントに、槍が刺さった。そのまま、マントを奪われてしまう。
斬り倒したアシの穴を、2人のアシが埋めて来よる。2本の槍の一方を切り落とし、残りをかろうじて避けるが、同時に川の中からちょんと突き出された槍が、娘の太腿をかすめる。よろめいたところで、次は脇腹に槍が当たる。必死にかわす娘の、銀色の髪を、槍が短くしてしまう。
「ぬ・・・!」
フォームラー隊長、対応を考える。
そのわずかな時間のうちに、番兵の若いの2人が思いもかけぬ行動に出てしもうた。
「ルーンちゃん!」「いま行くえ!」
番兵2人。
水門の向こうへ、飛び降りてしもうたんである!
「は?」
高さ2尋(3.6m)はある水門の壁から! 番兵2人、飛び降りてしまいよったんである!
魔術兵でもないただの歩兵である。当然、こける。それでもすぐ立ち上がり、走り始めた。まあその身の軽さは、さすがハイエルフの軍人である。そこまでは良かったのだが。
門の向こうには、アシ軍団がひしめいておるんである!
たった2人の歩兵で、何をしようというのか! あほなのか!?
「阿呆ども!?」番兵長があおざめる。「た、隊長」
「空警、飛べ! 自力詠唱許す! 番兵を支援し、ダークエルフを救出せよ!」
「は!」「は!」
フォームラー隊長、自分も「魔弾!」と唱えて弾2発。若い番兵を囲むアシを吹っ飛ばした。
空警隊員、1人は番兵の真上に。もう1人はダークエルフたちのところへ飛んで、自分のマナを消費して攻撃を撃つ。
だが、どうにもならん! 数が──アシの数が、多すぎる!
番兵2人も孤立して、ダークエルフを助けるどころか、自分が救いを待つ身となってしもうた!
だが。
市内の援軍、いまだ整わぬこのときに、誰が彼らを救えるというのか?
いまここに、どんな力が到着し得るというのか!
そんな一瞬であった!
どぉん!
──空気揺るがす音立てて、ガンメタリックの巨体が舞い降りたのは。
35、月の娘ども、たたかう
大砲色した三日月かぶと。森の上から、舞い降りる!
「きゃー」「きゃー」「うぎゃー」
娘の悲鳴を響かせて!
どぱーん!!! 川へ突っ込む!
ざばーん! とびうおがごとく、跳び上がる!
水柱、立ち上り、アシ、空の彼方へ吹っ飛んでゆく!
三日月かぶと! 水切る石がごとく、水面をスキップしながら、跳ねる! 跳ねる! 跳ねる!
だぱーんだぱーんだぱーん! 水面に触れるたび、水柱が天をついて、立ちのぼる!
アシどもを、はね飛ばしあるいは蹴散らして、丸太橋の娘のところへ!
間一髪!
とどめの槍を突き込もうとしたアシを、頭突きで排除!
そこでぐるりと回って、しっぽで残りを斬り飛ばす!
番兵長、あっけにとられて、つぶやいた。「なにえ。あれは」
番兵2人、アシに突っ付かれながら、歓声上げた。「飛車殿!」「飛車殿やえ!」
フォームラー隊長。
「ふ」笑った!「ここぞのときに。まさに、神の遣いやに」
ぶわっさ! ・・・ぶわっさ?
大砲色の三日月かぶと。
オレンジの剣持つお嬢さんに背中を向け、渋い羽ばたきの音立てた。
「鬼神台さま・・・!」
ダークエルフのお嬢さん、信じがたいものを見る表情。
──と、そんな2人の中間で。
「うあ゛ー・・・死ぬかと思うたえ」「げほげほ。水呑んだ」「おえー。この川くっさ」
ずぶ濡れ姉妹が、起き上がった。
肌白い娘が振り向いて、ダークエルフの娘を見てきた。
前髪べっとり張り付いて、顔は全然わからぬが、こっちを見ておるようである。
ダークエルフのお嬢さん。困惑しつつも、あいさつした。「あの・・・初めまして?」
「あ゛ー・・・はい。初めまして」
「えっと・・・ありがとうございました」
などと、のんきに会話をしておると。
ずぶ濡れ娘のうち、今度は肌の赤いのが、突然、宙を飛んで、蹴りを放った。
「あぶないえ。せりゃ!」
飛び蹴り!
ガコンとすごい音がして、アシが1匹、吹っ飛んだ!
「あ」
ダークエルフのお嬢さん、それで気を取り直し、オレンジの剣を構え直した。
赤い肌した娘は、濡れた髪をかき上げて、重たくなったマントを脱ぐ。三日月かぶとにマントを放り込み、力士のごとく、かまえを取った。
すらっとした長身。女にしては見事な筋肉。黄色い小さな目、爛々と(らんらんと)光らせて。
「もしかして、ルーンさんかに?」
「あ、はい」
ダークエルフのお嬢さん。
アシから目を離さず、剣のかまえを崩さずに、返事をした。
「うちは、ルーンと呼ばれております。ダークエルフの取りまとめなどをやらせてもろてます」
オレンジに輝く剣かまえた、ダークエルフのお嬢さん。
それは、湖で鬼神に救われた、あのルーンお嬢さんであった!
「よかった」と赤い肌の娘。「きしにぃ突っ込んだから、そやないかと思うた」
「あの、みなさんは?」
「橋、渡ってまお。話はそれから」
「はい」
どかん。赤い肌した長身の娘、アシぶん殴る。ものすごいパワーである。
ルーン嬢も、それにびっくりしつつ、自分もオレンジの剣振るう。これまたものすごい切れ味である。アシの竹槍なんぞ、まったく相手とはせぬ。なんせ、突いてくる槍を受け止めれば、その槍がスパッと真っ二つになってしまうんである。軽く払うだけで、スパスパスパッと槍がダメになってゆくのであるから。
「めっちゃ斬れる剣やに」
「この、剣は──“グレイス”って、呼んでます!」
息切れしながら、ルーン嬢は答えた。
「女神さまの剣やん!」
「そう、です! お日さま、色やから!」
答えるルーン嬢。
そのせいで、一瞬集中を欠いたか。
お腹に、アシの槍が突き刺さった!
これは致命的! ルーン嬢あやうし!
・・・と、思われたが。
ルーン嬢、ぱっと飛び散り、ゆらゆらゆらと揺れて、元の場所に現れた。
怪我、なし。お腹、大丈夫。
「油断したら、あぶないですえ」と、前髪で顔隠れとる白い肌の娘。
「い・・・いまのは?」
と、ルーン嬢。
その声、ゆらゆらしとる姿とはズレた位置から発生しておる。
「ひみつ」
白い肌の娘、前髪かき上げた。輝くような美貌があらわになる。
赤い肌の娘と2人で、ルーン嬢を守るような位置に立つ。
さらにその後ろに、竪琴を大事に抱えた3人目の娘が立ち上がる。
「きしにぃ。アシ片付けて、戻ってきて」と3人目の娘。「怪我人、街の中に運んであげなアカンに」
ぶわっさ。
頼もしい背中見せて、三日月かぶとが飛んでゆく。
どっかん! どっかん!
水柱立てて川面のアシを駆逐して、帰り道には岸にかわしたアシ吹っ飛ばす。
アシども、空の彼方へ吹っ飛んで見えなくなった。ま、戦場にもどることはできまい。
三日月かぶと。敵に鼻面向けたまま、後ろ向きで戻って来る。
ドオン! かぶとについた大砲ぶっ放す。
ぼっふぁぁぁん・・・! 白い煙が、もうもうと川面を満たした。
けむりだまである。下流方向に、煙幕できた。
この間に、奮戦むなしく倒れたダークエルフ2人を積み込む。幸い、2人ともまだ息はある。ハイエルフの癒やしのわざで、助けてもらえるであろう。赤い肌の娘が一緒に乗り込み、怪我人が落っこちんように支える役となる。三日月かぶとは、丁寧な飛行で街へ向かった。
水門からは、防衛隊が打って出た。動揺するアシは蹴散らされ、森に逃げてゆく。
ルーン嬢とダークエルフ、そしてずぶ濡れの娘2人、急いで水門へ避難する。
「私はルシーナと名乗っておる者ですえ」と、白い肌の娘。「こっちは二の妹、さっきの赤いのが三の妹」
「ハルモニアーと名乗っております。ルーンさん、よろしく」
「初めまして。よろしゅう」とルーン嬢。
「災難でしたに」とハルモニアー。
「川向こうの、洞窟の探検に、」
ルーン嬢は息切れしておる。
戦の緊張がゆるみ、疲労が一気に出たのである。
「探検に行った、帰りに・・・襲われて」
「探検?」とルシーナ。
「住むとこ、探しとるんです。いつまでも、丘の街に、迷惑かけれませんから・・・」
ルーン嬢。
避難民の取りまとめ役ゆえ、その住居の手配もせねばならぬ。
しかし丘の街は傾斜地で土地に余裕がない。それにダークエルフは陽光が苦手で、できれば地下に住みたい。
そんなところで、ハイエルフの狩人が洞窟の情報をもたらしてくれた。早速見に行ったと、こういうことであった。
「ほんま、もうアカン思うてました」ルーン嬢はにっこりした。「ありがとう」
「無事で何より」
白い肌のルシーナが、ルーン嬢の身体を確かめながら言うた。
ルーン嬢、太腿にやや深い傷を負っておる。原始社会だったら、この程度の怪我でも油断はできぬ。なんせ、アシどもの槍は川の汚水で濡れとるのだから。しかしハイエルフ社会なら、癒やしのわざで『無事』に済むんである。
水門広場に入る。
防衛隊が出迎えてくれた。
「ルーンちゃん」「無事かに!?」
さっき水門から飛び降りた番兵2人、ルーン嬢を迎えて、大騒ぎ。
「あ、門番さん。うちは大丈夫です。・・・って、お二人、怪我してるんですか?」
「いやあ、大丈夫ですえ」「なあに、ちょこっと挫いた(くじいた)だけですえ」
番兵デレデレする。
彼らは、ルーン嬢がこの街に来た日からの知り合い。たまたまその日に門番をしておった兵士どもである。
ちょっぴり間抜けなところがあり、初めて会うたころも、フォームラー隊長に叱られておったが・・・。
「ほう、大丈夫かに」
そのフォームラー隊長が、ヌッと現れた。
「ひ!」番兵すくみ上がる。
「──大丈夫ならば、仕事をせよ! 持ち場に復帰!」
「は!」「はいぃ!」
番兵2人、愛しのルーン嬢とはそれ以上話できず、水門の上の守備にもどる。
「隊長殿。ありがとうございました」とルーン嬢。
「魔法の飛車殿のおかげですえ」とフォームラー隊長。「ようこそ、お嬢さんがた。丘の街へ」
水門の脇にある通用口をくぐる。
扉は見るからに堅固で、厚みが1尺(30cm)ほどもありよる。これならアシの武器では破れまい。
全員が入ると、ふたたび通用口は閉ざされ、厳重に閂(かんぬき)がされた。
「アシ、ふたたび上陸中!」
水門の上から、番兵長の声が聞こえた。
一時退却しておったアシ軍団。ふたたび、水門広場に展開中のようである・・・。
「あ、そうそう」
ルシーナ。
水門くぐり、市内に向かいつつ。
「ルーンさんにお手紙と荷物を預かっておりますのえ。
お手紙だけでも、先にお渡──」
懐に手ぇ突っ込んで、手紙を出すが・・・。
「あ! グチョグチョになっておる!」
手紙。
三姉妹と同じく、びしょ濡れであった。
「あーあ・・・」ため息つくルシーナ。
「きしにぃ、殺気立っとったからに」とハルモニアー。「よっぽどルーンさんが心配やったのやろ」
ルーン嬢はそれを聞いて、ほほえんだ。
かくして、ルーン嬢は命拾い。
水門防衛隊も、激戦およそ半刻(1時間)を耐え抜いて、ようやく一息をつく。
とはいえ、アシ軍団。その大半、いまだ無傷である。
数の差は、いかんともしがたかった。
36、自称おっさん、かつやくす
ルーン嬢とダークエルフの一団。そして、ルシーナ・ハルモニアーの月姉妹。
警備兵詰め所へ向かう。ガンメタ鬼神台が、そこへ向かったと聞いたからである。
「ルシーナさま」とルーン嬢。
「はい。なんです?」と輝く肌のルシーナ。
「鬼神台さまとは、どういう御関係です?」
「関係? うーん」ルシーナ、首ひねる。「身内」
「身内」
「親戚のおじちゃんぐらいかに?」とルシーナ。
「そやに」とハルモニアー。「子供のとき、よう遊んでもらいました」
「あ、そうそう」とルシーナ。「生まれてから1年ほど、よう遊んでもろたに」
「1年?」
ルーン嬢、「???」となるが、話はここで中断された。
前方で騒ぎが起こったためである。
「きゃー!」「うわー」「アシ!」「アシ来たえ」「だれかー!」
市内に侵入したアシの、襲撃である!
10人余りのアシ、ハイエルフ市民を襲うの図!
ルーン嬢、剣を抜いて、走る。オレンジの剣身、波打って輝く。
ルシーナも、ルーン嬢の左隣を走る! フードつきマントを手に巻き付けて。護身用の小剣抜いて。
ハルモニアーは、その他のダークエルフと一緒に建物へ避難しつつ──
「てきしゅうー!!!」大声張り上げた。
たおやかなハルモニアーであるが、歌の訓練により、喉は確かである。母親ゆずりの綺麗な声が、鐘のように響き渡った。
「なにえ!」「敵?」「敵か!」
ばたばたばた! 建物の窓が一斉に開いた。
「敵やえ!」「アシ居る」「鉛弾持って来なえ!」
ハイエルフ。
ただ逃げまどうだけの、か弱い種族ではなかった!
建物の窓から顔出した者ども、わーわー叫びつつ、なんか投げて下ろして来よった!
ガコッ! アシの頭に、なんか命中! アシ気絶して倒れる!
それは、鉛の弾!
人間の拳ぐらいの大きさ!
道沿いの建物、2階、3階、4階から!
「とかげどもめ!」「ハイエルフを舐めるなえ」「いてまえー(やってしまえ)」「死なすえー」
窓から路地から屋根の上から、ハイエルフどもが!
顔を出しては鉛弾、顔を出しては鉛弾!
アシども、密集しておったため、いい的になってしもうた!
ガコンガコンと弾喰らい、たちまち半分倒されて、たまらず川へ飛び込んで逃げる!
「逃げた!」とルーン嬢。
「厄介な奴ら」とルシーナ。「これ、川沿いに動き回られたら、どっか被害出ますえ」
生活用水・下水として街中を流れる川。深いところでは、大人の腰ぐらいまで水がある。
アシは細長い胴体しとるから完全に潜れる。しかも青緑のウロコが迷彩となって、どっちに泳いでったのか、追跡することは困難であった。
「『生命探索』習うとけばよかった」ルシーナがぼやく。
「そやに、みなさん、お強いですに」ハルモニアーは地面の鉛弾を見ておる。
「防衛用の鉛弾ですね」とルーン嬢。「義勇軍でも使います」
「ぎゆうぐん」
「はい。防衛のときだけ、臨時で集めるんです。たぶん、いまも募集されてる思います。
じつは、うちも予備の外人兵やってます」
「私も参加できますかに?」とルシーナ。
「たぶん。敵でないことが明らかなら、署名だけで入れるんちゃうかな? 非常時ですし」
警備兵詰め所。
大きなベランダのついた建物が特徴の、小さな基地である。
屋上には、丘の街の軍旗がひるがえっておる。紋章は○と▲。太陽と丘である。
詰め所前の広場に、ハイエルフがうっじゃうじゃ集まっておる。
全員、赤茶色の革かぶと、胸当て・背中当て装備である。それが義勇軍の目印らしい。
で。
その列の最後尾に、ガンメタ鬼神台とイリスが並んどった。
「あれ? イリス」
「あ、ルシ姉」
「あんた何しておるのえ?」
「義勇軍」
「あんたもか」
「うん。頼まれたに。『その飛車でもって、ぜひ防衛に御協力くだされ』いうて」
「ああ」とルシーナ。
「そら、そうなるわに」とハルモニアー。
ルシーナは「私も署名してくる」と、義勇軍参加の署名机へ。
ダークエルフも、半分は署名机へ。残り半分は「大使館に避難します」と立ち去る。
ルーン嬢も人員整理の列に並ぼうとして、その前に、ガンメタ鬼神台のとこで立ち止まった。
「・・・お久しぶりです。お元気ですか?」
・・・。
ガンメタ鬼神台、音は立てぬ。ただルーン嬢に顔を向け、ぺたんぺたんとしっぽで地面叩いた。
「助かりました。ありがとう。あの・・・また、あとで」
ぺたんぺたん。
「ふふ」
ルーン嬢、人員整理の担当者のところへ。彼女はすでに登録されとるので署名は不要だが、義勇軍用の装備をもらうんである。
赤茶色の革かぶと、胸当て・背中当て。これが制服みたいなもんである。
あとは、革の武具ベルト。軽めの棍棒と、木の盾、そしてずっしりと重い革袋がついておる。
革袋の中身は、例の鉛弾であった。
「重たい」
戻ってきたルシーナが、かぶとかぶりながら文句を言う。
「イリス。あんたなんでヨロイ着けておらぬのえ?」
「着られへん」イリスが答えた。「紐が結ばれへんのえ」
「ああ、あんたでかいもんに」
「うん」
イリスは父親似で、姉妹の中でいちばんでかい。ハイエルフより明らかにでかく、胸も尻もしっかりしておる。
革のかぶとは着けとるが、これもなんか、子供の帽子かぶったみたいな感じである。
「お姉ちゃんが調整したげる。ヨロイどこ?」とハルモニアー。
「ここ」イリス、ガンメタ鬼神台から引っ張り出す。
ハルモニアーは荷物袋から裁縫道具取り出し、ヨロイの留め紐の延長に取りかかる。
「義勇軍第一班出発しますえ!」命令が聞こえた。「目的地、水門!」
この街の住民から成る義勇軍第一班、およそ70人が、水門へ向けて出発してゆく。
「外人兵および外人義勇軍の方々は、こちらへ!」
ルーン嬢たちダークエルフは、外人兵である。こちらは20人ほどであった。
ガンメタ鬼神台はどうやら別枠のようで、まだ動けとは言われておらぬ。
「できた!」ハルモニアーがイリスを革ヨロイで挟み込んだ。「どう?」
「なんとか・・・」イリス、窮屈そう。
「多少きつくても、着といたほうがいいですよ」
ルーン嬢が立ち去りながら忠告した。
「義勇軍は前には出えへんと思いますけど、飛び道具は飛んでくるかもわからんし」
「はーい」とイリス。
「飛車の方! 前へ!」
「あ、はーい」
ガンメタ鬼神台が呼び出された。
ごろごろ。車輪で動き出す。イリスとルシーナもついていく。
呼んだのは、青いレザーアーマーに白いタスキの空警隊長であった。
隊長。なんか、顔がやつれておる。
非番やったんかなー? と、勘の鋭いイリスは考えた。正解である。この隊長、夜番に備えて寝とるところを叩き起こされたんである。
「こちらの人形師を乗せて頂きますえ。──うん? あなたは?」
「私はルシーナ。このイリスの姉ですえ。父より、この飛車を預かっております」
「なるほど。人数大丈夫ならかまいませんが。それと、こちらの鉛弾の予備、積めますかに?」
「立てば4人乗れます。重量は全然問題ありませぬ」
「この箱ですか?」イリスが、木箱を指差した。
「はい。重いですに、我々が──うわあ」
イリス、鉛弾が数十発詰まった木箱を持ち上げ、鬼神台に積んでゆく。
「妹は力持ちですのえ」とルシーナ。
「ははあ。頼もしい妹さんで」空警隊長、目をこする。「えー・・・では、人形師殿。こちらの飛車に同乗されよ」
「はい。了解です」
ハイエルフの少年(?)が、ガンメタ鬼神台の側にやってきた。
どいつもこいつも若く見えるハイエルフであるが、この人物は特に若々しかった。黒っぽい茶色の髪と目。くりくりとして、可愛いぐらいである。
・・・が。
「どうも、お嬢さんがた」しゃべりは、なーんか、おっさんくさい。「立派な飛車をお持ちですに」
「よろしく。私はルシーナ、妹はイリス、飛車は『きしにぃ』と呼ばれておりまする」
「ほう、きしにぃとな」少年(?)、目を光らす。「では、私はボレアスとでも名乗っておきますかな」
「えらい若いけど、大丈夫なん?」生後1年にもならんイリス、お姉ちゃんぶる。
「心配御無用ですえ。こう見えて、中身はおっさんゆえ」
「おっさんなん?」
「じじいと言うてもよろしい」
「はえー」イリス驚く。「見えへん」
「そのうち、おっさんにしか見えんようになりますえ。
で、いかがします? 私は前でも後ろでもよろしいが」
「呪文を使うてもらいたいゆえ、人形師殿は、前に」と空警隊長。
ルシーナが、自称おっさんのボレアスをガンメタ鬼神台に乗せた。次に自分が乗る。最後にイリスが乗る。
最後がイリスなのは妹だからではない。力が強いので、万が一のとき他の2人を支えれるからである。
「飛車を生かすため、我ら空警が指揮をします。
私は、隊長のワラント。この班は『人形班』と称しまする」
「ワラント隊長。人形班。了解ですえ」とルシーナ。
「人形ってなに?」とイリス。
「戦闘可能な魔法の人形ですえ。一刻を争うゆえ、説明は省きまする。
すぐにでも離陸したいのですが、いかが?」
「どう?」とルシーナ。
「行けるえ」とイリス。
「よろしいですえ」とボレアス。
「きしにぃ、準備完了ですえ」
「よろしい。では人形班、離陸! 我に続け!」
空警隊長、地面を蹴って宙に浮く。
警備兵詰め所の建物より高く、ひるがえる軍旗のそばまで、一気に飛び上がる。
青いレザーの魔術兵2人がその両脇に飛び上がった。で、ぴたりとその位置に滞空する。
「話が早いに」とルシーナ。
「ハル姉、行ってくるえ!」とイリス。
「気をつけて! 私は、詰め所か大使館に居るから!」
「きし──きしにぃさま、またあとで!」ルーン嬢も手を振ってきた。
ぶわっさ! ここまで発音を控えとったガンメタ鬼神台、大声で返答。そして、舞い上がった。
ルシーナ・イリス・自称おっさん・鉛弾の箱を積んで、まだまだ余裕! なめらかに上昇、ぴたりと空警3人の足元につけた。
「うむ! 問題なさそうやに」
ワラント隊長も満足げである。
「では人形班に命じる!
我らは、義勇軍第一班を追って、水門へ向かう!
水門の丸太格子に破損あり。その穴よりアシが侵入しておるとの報。
土石人形(どせきにんぎょう)でその穴をふさぐのが、我らの任務である!」
「は!」「はい」「はい」「了解」
「飛車──『きしにぃ』号の方々!
私とはぐれたら、空警隊員の指示をあおげ! 隊員ともはぐれたら、この詰め所へ帰還して指示をあおげ!」
「はい」「はーい」「了解」
「では水門へ向かう! きしにぃ号、我に続け! 空警はきしにぃ号の背中を守れ!」
空警隊長、飛ぶ。
ガンメタ鬼神台、なめらかに続く。その後ろ、空警隊員2人が左右に続く。
臨時編成の『人形班』、出陣である!
水門まではあっちゅう間であった。
すでに、水門の戦いは再開されておる。
水門の外はまたしてもアシ軍団でいっぱいになっており、投げ槍がぴゅんぴゅん水門を飛び越して来おる。また、丸太格子からアシが抜けてきて、川に潜って市内に入り、あるいは水門の槍兵と戦闘をしておる。
義勇軍第一班は、水門から少し離れたところに並んで、鉛弾を川へ投げ下ろしておった。
アシが川へ飛び込んで市内へ入ろうとするところへ、班長の命令で一斉に鉛弾を投げるんである。うまく行けばアシ撃退、侵入阻止というわけである。外れても、川底に鉛弾が貯まるため泳ぎにくくなる、というわけであった。
「鉛弾の消費が激しいようやに」と隊長。「きしにぃ号。第一班の背後へ移動せよ。先に弾を下ろす」
「はい」
答えるのはルシーナだが、移動はガンメタ鬼神台である。
スッと滑るように移動して、第一班の背後へ。
「真下に着陸できるかに?」
「できますえ」
「では着陸。鉛弾下ろせ」
ガンメタ鬼神台、造作もなく垂直着陸。
イリスが鉛弾の箱下ろし、すぐに飛び乗る。
「離陸! 我に続け!」
空警隊長はガンメタ鬼神台の動きに満足したらしい。動きが早くなった。
命令とほぼ同時に動き出す。ガンメタ鬼神台、もちろん問題なくついてゆく。
水門の上空へ。かなりの高度である。投げ槍が届くことはない。
「空警は『銀貨の盾』。きしにぃ号の3人を守れ」
「は!」
空警隊員が『銀貨の盾』を配り始める。ルシーナとイリス、くるくる回る銀色の盾を眺めておどろく。
眼下、水門防衛隊は投げ槍の攻撃に晒されつつ、まだ水門を守っておる。しかし、疲労が激しく、苦戦しておる。
義勇軍は未熟だしヨロイも薄いので、水門防衛隊の代わりはできぬ。
ではどうするか? こうするんである。
「降下開始。我に続け」
ワラント隊長が水門の手前、義勇軍第一班の背後に着陸する。
先ほど鉛弾配ったのより、だいぶ水門に近い位置である。すぐ脇に空き地がある。
「人形師殿。この空き地で足りるか?」
「はい」
「では詠唱開始! 空警、きしにぃ、人形師殿を守れ」
自称おっさん、詠唱開始。
丸太格子の向こうのアシども、こちらを指差して騒ぎ出した。しゅーしゅーと激しく威嚇してきおる。
かなりの迫力であるが、自称おっさん──人形師のボレアスは、平気なツラで詠唱を続けおる。
「おっさん図太いに」イリスが失礼な表現をした。
「おっさんがんばれ」ルシーナも小さくつぶやく。
アシども、投げ槍の目標を変更した。
水門越しにこちらを攻撃しようとしてくる。
が、ワラント隊長は射程を考慮して陣取っておるから、そうそう届くもんではない。
数本届いた投げ槍も、『銀貨の盾』に打ち落とされる。
イリスのとこにも1本飛んできたが、イリスはそれを素手でキャッチした。
「取った!」とよろこび、投げ返す。ぶおん!「──当たった!」
「よう届くに」とルシーナ。「そなたはまこと、鬼の娘やえ」
やがて、ボレアスの詠唱が完成した。
「土くれ、石くれ、生命くれ、いまぞこの世に立身せよ──『土石立身(どせきりっしん)』!」
ぼこっ。
雑草しげる空き地の地面に、ひび割れが走った。
ぼこ。ぼこ。ぼこぼこぼこぼこ! 人間の形に、ひび割れが。
濡れた土が、持ち上がる。
腕となって、宙に上がる。
どしん! ぶっとい腕が、地面を叩く!
ずごご・・・ごごご・・・小さな地鳴りを引き起し、頭なき胴体が、起き上がる!
生命なき、土くれ、石くれ! 土石の人形となって、立身す!
1体。
2体。
3体!
身の丈、10尺(3m)! 太い手足に、大木のごとき胴体!
見るからに堅牢! 足音は重鉄鋼の地面を叩くがごとし!
これぞ、魔術の人形! その名も土石人形である!
「なんと」ワラント隊長、驚愕。
「一気に3体!?」「奇跡のわざなり!」空警隊員もちらっと振り向いて、びっくりしておる。
「わー!」義勇軍は歓声。「魔術人形!」「土石人形!」「でかい!」「いけいけー」「いてまえー」
「でかいね」とルシーナ。
「うん。結構」とイリス。
姉妹の反応はいまいちだが、これは鬼神に『高い高い』されて育ったからである。
しかし、ハイエルフからすれば、まさに巨人である。そりゃあ盛り上がるというもんである。
「隊長。命令をしますが、」とボレアス。「乱戦ゆえ、応戦のみに限定しようと思いまする。いかが?」
「そやに。移動を阻む者に反撃と、なさるがよろしかろう」
「了解。
土石人形! 水門丸太格子の穴の前へ、歩け。
土石人形! 移動を阻む(はばむ)者のみ、攻撃をせよ」
ボレアス命令。
ずごご・・・。
土石人形ども、3体揃って、歩き出す。
どしーん、どしーん、どしーん・・・土手を下って、川へ入る。
1号がバランス崩して、こけた。
どばっしゃーん! 川に突っ込む。
「こけた」とイリス。
「土石人形は、いちじるしく不器用ですからに」とボレアス。「こけることもありますえ」
「土石人形がんばれ」ルシーナが応援した。
ざばー。土石人形1号、起き上がる。その身体を構成する土石が、泥になって流れ落ちた。
そうして土が流れ落ちても、動きに問題はない。背も高いまんまであった。
アシども、騒ぐ。投げ槍投げつけてくる。
なんせでっかいのが3体並んで歩いておるので、水門飛び越した槍でもそれなりに当たる。
当たった槍は、意外と簡単に土石人形に突き刺さる。
──だが、刺さるだけであった。
土石人形ども、槍が刺さっても知らん顔。動きになんの変化もなし。どしーんどしーんと歩いてゆく。
刺さった槍は、あるいは抜け落ち、あるいはへし折れ、なんの役にも立たなんだ。
「頑丈やに」イリスが感心する。「あれ、どのぐらい持つん?」
「どれだけでも」とボレアス。「魔術で爆破されぬ限り、どんなに攻撃されても動けますえ」
「うそやん・・・」
「それが土石人形。防衛のために造られた、守護の神像ですえ」
人形師の、言葉どおり。
土石人形ども。
全身にアシの投げ槍を浴びながら、平気な顔して(顔はないが)、川を歩く。
立ちふさがろうとする無謀なアシも居ったが、パンチ一発、アシ即死である。
「つよ」ルシーナがつぶやく。
誰が見たって、アシには打つ手がなかった。
『ジャブジャブの黒き奔流』でもあれば、吹き飛ばせたかも知れん。だがドラゴンシャーマンはフォームラー隊長の『岩魔弾』に散っておる。
土石人形ども。水門に到達した。
3人ぎゅうぎゅう詰めに並んで、丸太格子を完全にふさぐ。
アシども、最後の抵抗。格子の向こうから、土石人形を突く。
土石人形は知らん顔である。
「あれ? 反撃せえへん」とイリス。
「移動を阻む者に反撃と命じましたからに」とボレアス。
「あのまま攻撃したらええのに」
「したら、水門が壊れてしまいますえ」ボレアス笑う。
「・・・そこまで考えて命令したん?」
「そうですえ」
「すごいわー!」イリスよろこぶ。
「つよ」ルシーナはまたつぶやいた。「つっよ!」
アシども。
もはや、何をどうしても、土石人形の壁を崩すことはできなんだ。
見るからに士気下がり、『やってられんわ』との表情で、水門から下がってゆく。
こうして稼いだ時間に、太陽神殿のハナ司祭が『祈願』でマナを招集する。
集まったマナで──
「この世に立身せよ。『土石立身』! 移動はするな。攻撃されたら、反撃せよ!」
「炸裂せよ。『岩魔弾』!」
「魔弾!」「魔弾!」「魔弾!」「魔弾!」
──チェックメイトである!
水門の戦いは、ハイエルフの勝利で幕を閉じたのであった!
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