ダークエルフ、ルーン(3) 三眼の神、なる

8、まぼろしのまどわし、おどろく


「さて、幻の惑わしを呼び出すわけだが──相棒よ」

 鬼神。

 そう言うて、相棒を手招いた。

「木の下に入ったほうがいいぞ。ごっつい雨になるからのう」

 ぶわっさ。

 ガンメタリック・かぶとがに・鬼神台。

 お月さんのごとき、でっかい頭を、よいしょよいしょと木の下に入れる。

 鬼神は相棒をかばう感じで、少し外側に立った。

 湖のほうを向く。

 前回、『幻の惑わし』とやり合った岸辺である。

 湖に突き出した小さな岬みたいなところ。木がわんさか生えており、赤いアルフェの実もあちこちになっておる。

 鬼神は実をもいだ。六腕のうち4つの手に、赤い実を乗せる。

「雨降っとるあいだは、なんもできんのでな。実でも喰わせてもらうわい」

 ぶわっさ。ガンメタ鬼神台、『お好きに』といった返事。

「よし。では始めるぞ」

 鬼神。

 空いた2つの手で、ジャブジャブの黒玉を出す。

 ぺちぺち! 勢い良く、黒玉をたたく。


 どざあああ!!!


 湖がひっくり返ったんか?! っちゅう勢いで、雨が降り出した!

 あたり、真っ暗となる!

 空には黒雲──だがその黒い雲の姿も、分厚い土砂降りのため、視認できぬ!

 水! 水! 水! 轟音! 地面からもうもうと上がる、泥と森の匂い!


「なんじゃこれは! この前より、ひどいぞ!」

 鬼神、おどろく。その声も、自分でもよう聞こえんほどである!

「相棒、大丈夫か!?」

 ブ ワ ッ サ 。

 相棒の声が、遠い。雨の音が、うるさすぎて!

 どばーん!

 どこか近くで、木がぶっ倒れる音がした。

 鬼神、手に持ったアルフェの実をポケットにしまう。

「やれ。喰うどころじゃないわい!」


 雨がやむ。

 周囲は、ひどいありさまであった。

 森が、林ぐらいにまで、間伐(かんばつ)されてしまっておる。

 若木と老木は倒れてしもうた。へし折れたり引っこ抜けたりして、あるいは行方不明となり、あるいは濁流に沈んでおる。

 生き残った成木も、枝折れ葉千切れ、ぐんにゃりしておる。

 足元、ぐっちゃぐちゃ。

 激流に削られた凹みに、じゃぶじゃぶと水が流れて、即席の泥川となっておる。

「無事か?」

 ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、冷静に返事をする。

 だばー。ボディから、濁った水を流しながら。

「言わんでも相殺したか。さすがよな」

 鬼神と相棒。

 『力』のルーンでもって、叩きつける雨を相殺した。けがひとつ、なし。

 とはいえ、2人ともずぶ濡れ。鬼神はひざ近くまで水に漬かっておる。

「たしかに力ある宝だが、使いづらいわ!

 ──おっと、虹が出たぞ」


 陽光のもどった湖に、にじむ光の幻が現れた。

 どこから来たのかわからず、どこへゆくのかもわからぬ、虹の橋。

 その、どこかわからぬはずの、虹のたもとに。

 銀髪のハイエルフの女がゆらゆらゆらと現れる。

 鬼神とけんかになった、あの女。『幻の惑わし』である。

「さて、来てやったえ」

 女。

 虹の橋にすんなりと座って、こっちを睨んで(にらんで)きた。

「なにを隠れておる? 2対1で襲いかかるつもりかに?」

「まさかということじゃ!」

 鬼神、のっしのっしと岸辺に出てゆく。

 女、その姿を見て、

「なにえ! そなた、その姿!」

 たまげて虹の橋からすべり落ちた。

「は?」

「目。目ぇ。そなたの目」

「目?」

 鬼神は首をひねり、自分の顔をぺたぺたと触った。

 何の気なしに、額をぺちんと叩きそうになる。

「おっと、危ない」自分で避けた。「なんじゃ? あれ? 見え方がおかしいぞ」

「・・・へんなやつ。自分で気付いておらんに?」

「うむ。どうなっとるのか、わからぬ」

 鬼神は湖に近づき、水面に自分の姿を映そうとした。

 しかし水はまだ濁っておる。そのうえ、枝だの草だの、ごみだらけ。

「なんも、見えぬ」

「しかたのないやつ。ほれ、かがみ」

 女が、手鏡を貸してくれた。

 銀色の、小さい、まあるい鏡である。

「あいすまぬ」

 鬼神は鏡を見た。そして。

「なんと! わしの、この姿!」

 自分の顔を見て、のけ反った。足元で泥水がばちゃばちゃと音を立て、黒いどじょうが慌てて逃げた。

「目が──三眼にふえておる!」


 そう。

 生まれつきの目がふたつ。そして新たに、額の中央。ギョロリと目ひとつ。合わせて三眼。

 その自然なこと、まるで生まれついての三眼神。

 これが前回、鬼神の身に起こったこと。


 六腕三眼!

 鬼神の、いまに知られる、その御姿(みすがた)!

 ここに成った(なった)のである!


9、三眼の神、なる


「なにをしたら、そない気色悪い(きしょくわるい)姿になるのえ?」

「なにぃ~?」鬼神ちょっと怒る。「おまえは、悪口を言わんと、生きておれんのか?」

 それから鏡を見直して、ちょっと意見を修正した。

「・・・ま、ちょっぴり、恐い顔ではあるがのう」

「どうやったのえ?」

「わからぬ。・・・あいや、わかる。ありがとう」鬼神、鏡を返した。

「どういたしまして」女、受け取る。「ほんで?」

「これはだな。私の妻が、巨人の目を貸してくれたのだ。第三の眼としてな」

「・・・巨人の目いうんは、貸し借りできるのか?」

「できたのだ」

「そんなことはないと思うえ」


 みなさんも、「そんなことあるはずないわ!」と思われたことでしょうね。

 そうでしょうそうでしょう。それが常識というものだ。

 わたくし、この目がふえたということ、説明はせぬ。というか、できん。

 ただこう言うだけです。鬼神は、力で倒せぬ相手と出会い、心から生まれ変わったのだ、と。


「ないと言われても、できたもんはできたのだ。

 かしこい妻が、かしこい眼を貸してくれたのだ! そうにちがいない!」

「また、妻」女は半目になった。「けだものの・・・」

「その歌はさせぬ」鬼神はかまえた。「今日こそ、おまえを捕まえてみせる」

「できるものなら。して、そこの黒い丸いものはなにえ?」

 女はガンメタ鬼神台を指差した。

「わしの相棒じゃ。相棒は、見るだけじゃ。攻撃はせぬ」

「ふーん?」

 女はヒョイと虹の橋に腰掛けた(さっきびっくりしてすべり落ちましたからね。座り直したのです)。

「ま、いつでも来るがよい。赤猿よ」


 第二戦、開始である!


10、第二戦


「妻を侮辱した幻の惑わしよ。今日こそ一発当ててくれるぞ」

「なにえ、巨怪めが。当て得るものなら、当ててみよ」

 鬼神、ジャブを放つ。

 ハイエルフの女はぱっと割れ、ばらばらになって消える。

 手応えはまったくない。やがて女は、ゆらゆらゆらと、元の姿にもどる。

「ふむ」

「ふふふ。いくら速く撃とうが、私に当たりはせぬえ」

「いいや、当ててみせる」

 鬼神、軽いジャブをくり返す。

 結果同じ。手応えなし。

 なのに鬼神はジャブを撃ち続ける。ときどき、上空をチラッと眺めておる。

 女も不審に思ったか。上を見た。

「・・・あの、かぶとがにのごときもの、何をしておるのえ」

「相棒は、観戦じゃ」鬼神、ジャブを撃ちつつ。「誓って、攻撃はせぬ。しんぱいむようじゃ」

 ガンメタ鬼神台。

 空に浮かんで、フラフラと左右に鼻面を向けておる。

 そして、すっ・・・と飛んで位置を変え、また停止して左右にフラフラする。

 まるで獲物の匂いを探す、いぬのごとし。

 やがてその鼻面が、ぴたっと一方向を向いて、止まった。

 すっ・・・と飛んで、森の上空へ。

 ぶわっさ!

 鬼神に合図して、止まった。

「・・・む!?」湖上の女、真上を見上げる。「さては、『生命探索』!?」

「ばれたようだのう?」鬼神、ニヤリとした。

「手出しはせぬと約束したに」

「はて? 攻撃せんとは言うたが、『生命探索』をせんとは言うとらんなあ!」

「卑怯え!」

 女、虹の橋から飛び降り、水面を走り出す。

 その姿は、湖の向こう岸へ向かって、水面を走ってゆくように見える。

 だが、ガンメタ鬼神台は森の奥へ向かって追跡をする。鬼神もそっちへ走った。

「おっと! 逃げたってむだだぞ。相棒より早く走るなんぞは、神であってもできんことだ!」

 女は立ち止まった。

「・・・なるほど? 空飛ぶ、魔術の鼻もつ猟犬、ちゅうわけやに」

 ガンメタ鬼神台、追いついたか。

 森の上空で逆立ちしたみたいな姿勢となり、『ここですぞ』とばかり、上下にピコーンピコーン動いておる。

「油断したようやえ。魔術の可能性を失念するとは」

「あきらめたか? なら、あやまれ」

「いやーえ」今度は、女がニヤリとした。「人間の魔術ごときで、私を捉え得ると思われては、困る」

「む?」

「──『いんぺい』のルーン! 私を魔術の探索から隠せ!」

 耳慣れぬルーンの名を唱えた女。ふたたび逃げ始める。

 ぶわっさ???

 ガンメタ鬼神台がびっくりしておる。

 逆立ちの姿勢を解き、ぐるぐる回り始める。 

 まるで、狂った方位磁石のごとし! ぐるぐる回るばっかりで、方向が定められぬ!

 ぶわっさぶわっさ! 鬼神に、『見失いましたぞ』との、報告をしてきた。

「魔術が利かんのか?」

 ぶわっさ!

「いったい、なんのルーンじゃ? ──いや、それより、このまま逃がしては、ふりだしだ」

 鬼神、くやしがる。

 女、湖上をトテテテテと逃げてゆく。で、立ち止まり、上気した顔をこちらに向ける。

 太陽を背にして、キラキラ輝く明るい瞳が、こちらを見つめてくる。

「どえ? まだなにか、手があるか?」

「ある」

 鬼神は眼を閉じ、考えた。

 初めに、三眼すべてを閉じて、考えた。

 次に、第三眼だけを開けて(まだうまく開けんかったので、指でまぶたを支えた)、考えた。

 そして。

 かっと三眼すべてを開く。

 人指し指を空に立て、相棒に呼びかける。

「──相棒! もどれ」

 ぶわっさ? ガンメタ鬼神台、もどってくる。鬼神の人指し指に、ぴたっと止まる。

 その姿。まるで、葦(あし)の先に止まる、とんぼ。

 鬼神、指を左右に動かす。

 相棒、くっついて左右に揺れる。

「・・・何をしておる?」

 女、不思議そうにガンメタ鬼神台を見る。

 鬼神はその女の両目を、じーっと見つめた。

「なにえ? なんか言いなえ。私の術を破る方法、わかったのか?」

「わからぬ。だが、わかった」

 そして、不意にダッシュした!

「え?」

 ぶわっさ?

 女も、ガンメタ鬼神台も、不意を突かれる。

 鬼神めったに見せぬ俊足(しゅんそく)! 猛然と、森にダッシュ!

 そして、ぱっ! と、手を突き出した!

「きゃあ!」


 ぽす。


 アルフェの実。

 空中にて、止まる。

 と同時に。湖上に立つ女。突然、アルフェの実を受け止めた。


「幻の惑わし、破ったり!」


11、まぼろしのまどわし、つかまえる


「あなや」

 幻の惑わし──女は、術を解いた。

 湖上にあった姿は消滅。

 そして、鬼神の眼前。

 空中で止まったアルフェの実。そこから生えてくるかのごとく、ゆらゆらゆらと、女の姿が現れる。

 移動したわけではない。女の本当の居場所が、ここだったんである。

「やはり、そこであったか」

 鬼神。

 女の居場所を見抜いて、アルフェの実をポイと投げたのであった。

「・・・いったい、どうやって?」

 女はアルフェの実を両手で抱いて、ぽけーとしておる。

 こうして向かい合うと、じつに小さく、華奢な姿である。

 輝く銀髪。明るい金の瞳。手に持ったるは赤いアルフェの実。

「負けを認めるな? 私と妻への侮辱は、取り下げてくれるのだな?」

「うむ。約束え。侮辱は取り消し、二度とそなたらを中傷はせぬ。あとで、ちゃんと、詫びもする。

 ──そやに、なぜ? なぜ、私の居場所がわかったに?」

「この目のおかげじゃ」

 鬼神は、新たに開いた第三眼を指差した。

「かしこい妻のかしこい目が、私を助けてくれたのだ」

「・・・ふん」

 女はぷいっとそっぽを向いた。銀髪がさらさら流れ、鬼神の鼻をくすぐった。

「妻、妻、妻と。なんの説明にもなっておらぬ」

「ふん。自慢の妻だからな」

 鬼神威張った。だが、説明もする。

「この第三の目はな、すんごくよく見えるのだ。遠くのもの、小さいものでも、くっきりと見える。

 それでおまえを見て、気がついたのだ。

 向きがおかしい、とな」

「向き?」

 女はふたたびこっちを向いた。

 不思議そうに鬼神を見てくる顔は、本当に美しく、可愛らしい。

「・・・うむ。相棒を見つめる、そなたの目の向きだ。

 さっき、私が相棒を呼び戻したときのな。

 相棒が、とんぼのごとく私の指にくっついて、揺れたろう?」

「うむ」

「おまえはそれを、目で追った」

「そやに。何をしとるのかと思うて」

「その目の向きから、おまえの位置を割り出したのだ」

「なんと? 目の角度から、私の位置を逆算した?」

「そうだ」

「神わざのように聞こえるえ」

「神だからな」


 鬼神の答えでは説明になっとらんので、もう少し説明しましょう。

 まず1点。

 人間の目は左右に2つある。これで一点を見つめたならば、左右の目はその一点を向く。

 このとき、2つの目の向きを正確に読み取れば、三角形を見ることができる。2つの目と注視点が作る三角形だ。

 三角形がわかれば距離がわかる。ガンメタ鬼神台と女の両目の距離が。

 もう1点。

 鬼神は、ガンメタ鬼神台を揺らした。女はそれを目で追いかけた。

 だが不思議なことに、正面に居るはずの女の目は、左右反対に動いておったのだ。

 まるで、鏡に映った像のように──女が、本当は鬼神の真後ろに居るかのようにだ!

 この2点をもって、幻の術、破れたり! というわけなのだ。


「人の両目で三角測量とは・・・。いみじや、巨人の目」

「は? さんかくそくりょうとは、なんじゃ?」

「ぷ」女は笑った。「あほう」

「おい。侮辱はやめる約束だぞ。

 それでだ。こちらも、いろいろ訊きたいことがあるのだ」

「なにえ」

「『いんぺい』のルーンとは、なんじゃ?」

「ああ。あれは、『隠蔽』のルーン。私のお気に入りのルーンえ。

 思うがままに、物事を隠すことができる。どんなものからも」

「魔術からもか」

「そえ。神の目であっても」

「すごいルーンだな。

 なるほどのう。ルーンの所有者とはな。どおりで、手強いわけだ」

 鬼神、ため息をつく。

「もうひとつだ。あの幻の術は、なんだ? 魔術か? ルーンか?」

「あれは、みかがみ(水鏡)の術。水と光で幻を作るわざ」

 女はゆらゆらゆらと消えた。

「こうして姿を消すこともできる。『隠蔽』のルーンほど完璧ではないが」

「たしかに。よく見れば、ごくわずかにゆらゆらしておるのう」

 女はゆらゆらゆらと現れた。

「見事じゃ」

「阿呆に褒められても、嬉しうないえ」

「おい! 侮辱するなと言うのにから。約束がちがうだろうが」

「阿呆は阿呆え。中傷せぬとは言うたが、事実を言わぬとは言うておらぬえ?」

「くそ。おまえだって、まぬけのくせに」

「阿呆にまぬけ言われたえ!」

「まぬけじゃ。おまえは最初、太陽を背にしておったろう?

 なのに、顔は太陽の光を浴びておったぞ。まぬけめが」

「ちっ。太陽」女は舌打ちした。「姉上は、いちいち私の邪魔をなさる」

「なんと?」

「なんと? なんとも。ひとりごと。顔には光、そのほ(その方)が綺麗に?」

 女はしなを作った。

 鬼神はフンと鼻を鳴らす。

「なにを言うておる。おまえはジャブジャブより馬鹿だな」

「なにえ。あほ。ばか。らんぼうもの。

 そなたなぞ、前回私を殺したと勘違いして、ひー! とか泣いておった男のくせに」

「う、うるさいわ!」

 女はけらけらけらと爽やかに笑い、「アルフェ、いただき」、アルフェの実をちょっとかじった。

 そしてかじりかけの実を、投げ返してくる。「ご馳走さま」

「行儀の悪いやつ」言いつつ、鬼神もその実をかじる。「うまい。勝利のあとの、この酸っぱさ」

 女の目がキラリと光った。

 ぶわっさ。

 黙って見とったガンメタ鬼神台。ここで口を出す。

「なんじゃ? ・・・ああ、そうか。紹介しとらんかったな。

 幻の惑わしよ、これは私の相棒、鬼神台じゃ」

 ぶわっさ。・・・ぶわっさぶわっさ。

「うむ。初めまして。うわさは──ハイエルフの歌やら何やらで、聞いておる。

 そやに、真っ赤な四角い箱と言われたり、黒くてつやつやと言われたりで、正体はわからなんだ」

「四角いのは、むかしの姿じゃ。

 相棒はな、戦でけがをし、死ぬほどの目に遭うたのだ。

 だが、見事生まれ変わった! それがこの姿よ」

 ぶわっさぶわっさ! ぶわっさ!

「そうか。綺麗な御姿やに」

「そうだろう。お月さんみたいで、綺麗だろう」

「ふふふ。そやに」

「良かったら、少し乗っていくか」

「ええのか?」

「ええぞ。なあ、相棒」

 ・・・ぶわっさ。あれ? 相棒の反応が鈍い。

「なんか嫌そうやが?」

「嫌なのか?」

 ぶわっさぶわっさ。ぶわっさ、ぶわっさ。

「嫌ではないだと」鬼神が翻訳する。「なんか考えとったのか?」

 ぶわっさ。

「ふうん?」

「相棒はかしこいからな。私とは考えの合わんこともあるのだ。

 ──私を落っことしたりとかな!」

「ははは。乗り手を落としてなんとする。暴れ馬やに」

 ぶわっさ・・・。相棒ちょっとひるむ。

「仲直りのしるしということで、乗せてやりたいのだ。相棒。頼めんか?」

 ぶわっさ、ぶわっさ。

「あ、でも、足、汚れておるに」

「洗うか」


 豪雨でぐちゃぐちゃの森を走り回ったため、2人とも、足、泥まみれ。

 湖でばちゃばちゃと足を洗った。

 濁っておった湖も、もうだいぶ綺麗になってきておる。

「ジャブジャブが喜んでおるえ」

「は? なんでじゃ」

「あやつは、水のエレメントたるウミ=ドラゴン。

 水が多ければ多いほど、またその水の勢い盛んなるほど、喜ぶ」

「泥水が好きなのか。きたない奴だ」

「ものを溶かすのは水の性質やに。天然自然なるものを、悪く言いなえ」

 足を拭く。タオルは鬼神の服のポケットに入っとった。

 2人、裸足でガンメタ鬼神台に乗る。

「すべすべてして心地良いえ」

「手すりをしっかり握っておれ。落っこちたらいかんからのう」

「私は落っこちたりはせぬ」女は鬼神を振り向き、ほほえんだ。「しかし、万が一はあるに。支えてたもう」

「う・・・む」

 ぶわっさ・・・。


 ガンメタ鬼神台、浮かぶ。

 すっ・・・と、なめらかに力強く、一本の筆痕のごとく加速。

 雨上がりの湖上を、波よりも遥かにゆるやかに上下しながら、飛んでゆく。

「いとをかし」女はきゃっきゃと爽やかに笑った。「鬼神台殿、そなた、素晴らしえ」

 ぶわっさ。

「おお、わかるか! そうなのだ。空飛ぶ台どもは、素晴らしいのだ」

 鬼神ご機嫌である。

 じつは女の髪が風になびいてビシバシ当たるので『邪魔だな』と思っとったのだが、帳消しでご機嫌である。

「あら、ごめんに? 髪が」女は笑って・・・

 鬼神にもたれかかってきた。

「おい。私は、妻のある身で、」

「知っておる知っておる。髪避け。髪避けしておるだけえ」

「む・・・」

 ぶわっさ・・・。


 いちゃいちゃとして、湖上を遊覧飛行した2人。と、ガンメタ鬼神台。

 雨上がりの空と同じぐらい爽やかな気分になって、岸辺に降りた。

「それでは、これでな」

「待ちなえ」

「待たぬ」

「話したいことがあるに」

「私にはもうない」

「そっちになくとも、こっちにはあるえ」

「しつこい女だな。いったいなんだ」

 見ると、女、涙を浮かべておる。

「おい、なんだ。泣くな」

「そなたの妻を侮辱したこと、あやまる。

 そやに、嫉妬してしもうたのえ」

「しっと?」

「そなたは凛々しく(りりしく)、いかつく、力強き勇者。歌でもさんざん聞いておる。

 初めて会うたときには、これがあの鬼神かと、うれしかった」

「うそをつけ」

「ほんとえ。

 そやに、そなたは私など眼中にない様子。妻の話ばかりしおる。それで、つい、嫉妬。

 あやまる。ごめんなさい・・・」

 女、泣きだす。

「やめんか。おい。侮辱をやめてくれれば、それでよいのだ」

 ぶわっさ・・・。

「なんだ。相棒。おまえもそんな冷たいことを言わず、慰めてやってくれ」

 ぶわっさぶわっさ。

 相棒ドライに拒否。あっちへ逃げて水面にばしゃーんと着水。『私は湖の黒鳥に過ぎませぬ』みたいな態度取り出した。

「くそ。頼りにならんやつ」

「ごめんなさい・・・」

「もうええというのに。

 あー、私も悪かった。母になろうという者に、きつく当たってしもうた」

「母」

「おまえはハイエルフだから、歳はわからんがな。しかし、いつかは母になるわけだろう?」

「・・・。」

 女は真顔になった。

 すかさず鬼神は逃げようとする。「ではな」

「待ちゃれ」

「まだ何かあるのか」

「いえ。湿っぽい話はなし」女はほほえむ。「ささやかながら、食べ物と寝床をご用意いたしたい」

「いらぬ」

「そう言いなえ。

 じつは、私もそれなりの身分ある身。

 一方的にお許し頂いては、立場がない。一族が恥をかくのえ。

 どうか、私どもに恥をかかせたまうな。仲直りの宴、お受け頂きたい」

「うたげか・・・」

「お召し物もずぶ濡れやに」

「たしかに、雨には濡れたが・・・」

「うちにいらっしゃれば、暖炉もありますえ。あたたかいえ」

「暖炉・・・ぬう・・・」

「お酒なども、少々。アルフェの実の酒。しゅわしゅわして、うまいえ」

「アルフェの実の酒か・・・」

 鬼神、だいぶぐらぐらしてきた。

 ぶわっさ。

 相棒、注意をするが・・・。

「鬼神台さまにも、私のゆかりの者が助けてもろうたと聞く。

 ルーンと名乗るダークエルフの娘やが」

 ぶわっさ!? ぶわっさ! ルーン嬢の名を出されて、一発で陥落する。

「うん? そなた、ルーンと関わりがあるのか?」

「うむ。詳しい話は、宴にて」

「むむ・・・」

「どうか。このままでは、私の胸が申し訳なさで、つらいに」


 ・・・などと言うておりますがね。

 これは、じつは、悪いスカルドが使う手口なのだ。

 『仲直りをしたい』とか『お詫びの品です』とか、しおらしいことを言うて、相手を釣り上げる。

 自分のふところに誘い込んで、誑かす(たぶらかす)──心を惑わす、わざなのだ。

 みなさんも、お気をつけなされよ。特に王様とか神様とかやっておられる御方は、注意が必要ですぞ!


「・・・仕方ないのう。そこまで言うなら、招待を受けよう」


 鬼神。

 注意が足りなんだ。

 まんまと誘いに乗ってしもうた。

 女からすれば、まさに『万に一つの負けもなし』の体勢である。

 さてさて。どうなりますことやら? ──そのお話は、また次回。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る