ダークエルフ、ルーン(4) 神、ちぎる

12、地下神殿


 さて、女の手口にすっかり乗せられ、誘い込まれた鬼神。

 地下へと招かれた。

 静かで暗い、陽の差さぬ領域に。

「どこじゃ? ここは」

「神殿え」

「神殿・・・」

 アルフェロン湖からほど近い、岩山のふもとである。

 もとは天然の洞窟らしい。それに柱を立て、なめらかな壁を張って、整えたようだ。

 柱が林立して(りんりつして)おる。が、天井はずいぶん低いところにある。でかい鬼神には、歩きづらい空間である。

 ごろごろ、ごろごろ。

 ガンメタリック・かぶとがに・鬼神台も、床を車輪で転がってついてくる。

 洞窟の真ん中をゆく道は石畳になっており、車輪でも差し支えないらしい。まあ、わずかに浮いとるのかもしれんが。

 真ん中に道。左右に林立した柱。柱より外は天然の洞窟だが、壁は綺麗に張ってある──という感じである。

「・・・うん?」

 鬼神の『夜目』は、壁際に転がった人影に気付いた。

 ダークエルフだ。

 茶色の肌をした、耳の長い男女。たまに、ごく薄いピンクの肌したのも混ざっておる。

 くたびれた感じで座り込んだり、寝っ転がったりしておる。

 ダークエルフども。

 鬼神の大きな影におどろいて飛び起きて、それから、前を歩く女に気付いた。

 正座! 女に向かって、深々と頭を下げてきた!

「楽にせよ」と女。「お客人は、日を改めて紹介するゆえ。今日は気にせんでよし」

「ははー!」ダークエルフども、かしこまる。

 鬼神はだまって軽く礼をした。

 ダークエルフども、「あれ誰や?」とかつぶやきながら、礼を返してきた。


 ホールを通り抜け、突き当たりまで来た。

「避難してきた者どもえ」女が説明した。

「・・・ああ。地下の都だな?」鬼神うなずく。「ルーンから聞いた。大変だったらしいのう」

「うむ」

 ホールの突き当たりには、上下の階段があった。

 女は、上へ。

 コツ、コツ、コツ。女の革のブーツが音を立てる。

 鬼神、相棒を振り向いた。OK。ガンメタ鬼神台、器用に斜め飛行してついてきとる。

「・・・しかし、おまえはハイエルフのように見えるが」

「そやろに」

 女。

 銀色の髪をした、ハイエルフである。淡い色の肌に、すらっとした体型。

「なんでダークエルフと一緒に住んでおる?」

「住んではおらぬ」

 女は、階段をのぼりきって、振り向いて、ほほえんで言うた。

「ここは、神殿。私は、ここのあるじ」


 小さく清潔な部屋。

 形はほぼ正円を描いており、柱もまあるく並んでおる。

 壁にも床にも白い石が張ってある。見たこともない、うっすら青みがかった美しい石である。

 部屋の中央には、まあるいものが盛り上がっておる。

 なんか知らん白くて丸い、平たくつぶれた半球のふくらみである。結構でかい。ガンメタ鬼神台と競る(せる)ぐらいある。

 ──しかし、この部屋。

 真っ暗である。

 明かりのたぐいがひとつもなく、窓もなく、どこからも光が入って来とらん。

 鬼神は超常の『夜目』が利くので困らんが・・・女のほうも、困っておる様子はない。


「おまえも、夜目が利くのか?」

「夜目はいらぬ。私には、空間が見えるゆえ」

「なんじゃそりゃ」

「なんとはわからぬ。生まれつき、できるゆえに。私は『闇の目』と呼んでおるが」

「おまえは、司祭なのか?」

「ちゃうえ。そのフリもできるが。私は司祭ではない」

 女は悠然と(ゆうぜんと)歩き、白くて丸いものの上に・・・

 ぽすん。尻を下ろした。

 横に寝た感じで、肘をつく。

 そうすると、女はこの世のどんな女王よりも格式高く、神々しく見えた。

「ささ、こちらへ」鬼神を手招いてきおる。

「なんだこれは」

 鬼神は疑問だらけで、突っ立っておった。

 女は焦れたのか、もう一度「こちらへ!」と、鬼神を手招く。


 すると、なんとしたことか!

 鬼神!

 目に見えない力で、引き寄せられたではないか!


「ぬう!?」

 『力』のルーンによって、巨人の王にすら抗し得るはずの鬼神。

 ねこが人に抱き上げられるがごとく、女に引き寄せられ、白くて丸い・・・椅子(?)に蹴つまずき、こけてしもうた。

 ぶわっさ?

 ガンメタ鬼神台も、車輪をききっと鳴らしておる。ボディの後ろが宙に浮いて、つんのめったみたいになっておる。

「な、なんじゃ!? この力は!」

「秘密え」女は笑った。

 鬼神は白い丸い平たいものに手をついて、起き上がる。

 ふわふわして、なんとも手触りのよい物体であった。

「なんだ、この白いふわふわしたものは」

「きのこえ」

「きのこ?」

「きのこ」女はくすくす笑った。「休む用。座り心地はいかが?」

「う、うむ」鬼神はそーっと白いものを撫でた。「とてもよい。意外としっかりしておって、おどろいたわい」

 言うまでもないが、鬼神はたいへん大きな御方である。

 その目方(重さ)たるや、ものすごいんである。

 それを。

 白い丸い平たいふわふわした、きのこ。しっかり支えて、なおかつ、柔らかい。

「なんとも、不思議なやつ」

「ふふふ」

「それより、さっきの力はいったい何だ?」

 鬼神、こだわる。

 力で負けたのが気に食わんのだ。負けず嫌いですからね。

「秘密と言うたら秘密え」

「底知れぬやつ。不気味だ」

「あなや。女に向かうて不気味とは、ひどいひと」

「おまえではない。私の『力』のルーンでも、どうにもならぬ、そのわざよ。不気味だろうが」

「最後の切り札え」女はほほえんだ。「誰にも、言うことはできぬ」

「まだ私と戦うつもりか」

「そなたではない」

「誰だ」

「秘密え」

「秘密の多いやつ。そういえば、まだ名も聞いておらんぞ」

「ふふふ」

「お茶をお持ちいたしました」

 2人のところへ、ダークエルフの娘が温かい茶を持ってくる。

 白い薄絹みたいなものを着た、若い娘である。

 めっちゃ薄着である。

 茶を差し出すのに、服の中の乳が揺れるのが見えるほど、薄着である。

 鬼神はびっくりした。すると娘は恥ずかしそうにした。鬼神あわてて目をそらす。

「暖炉に火を」

「かしこまりました」

 娘は壁に寄る。壁にはくり抜かれたくぼみがある。そこに、薪をくべた。

 ぱちぱち。火が揺らめく。

「食料は足りておるか?」

「はい。当面は、なんも問題ありません」娘は頭を下げた。ぷるん。「元気なもん(者)から順にハイエルフの街に移動しとります。そのうち、静かになります」

「よろしい」

「神さまは、いかがなさいます?」

「今夜はここで休む。明日、もどる」

「かしこまりました。ほな、失礼して、おゆうはんの用意をいたします」

「たのむ。それと、着替えを」

「かしこまりました」

 ぷるん。娘は頭を上げ、しずしずと下がった。


「──神だと?」

 女はニヤーッと、ねこみたいに笑って、眉を上げた。

「いったい、なんの神じゃ?」

 女は何も答えぬ。『当ててみよ』の表情である。

「闇の神か?

 ダークエルフの神・・・いや。待てよ?

 たしか、ルーンが言うておったのう・・・。

 ダークエルフはご先祖さまを知らぬ。生みの神を知らぬと。

 しかし、守護神はいらっしゃる──」

 鬼神。

 一緒にきのこに座る女を、あらためて、見つめた。

 その、冴え冴えとした(さえざえとした)容貌。

 熱を感じさせぬ、銀色の髪。

 淡い金色の瞳。まるで、空に浮かぶ──

「月の女神か!」

「当たり」

 女はうれしそうににっこりして、笑った。

 笑い声に、暖炉がパチパチいう音が混ざった。

「我が名は御月(みつき)。ダークエルフが長姉(ちょうし)」


13、月の女神


 暖炉の火が、次第に強くなる。

 火の光が神殿を照らし、なめらかで乳のように白い、小さな空間をあらわにした。

 まあるい空間の中央にある、まあるいきのこ(座る用)に横たわる、女。

 まぼろしのまどわし──

 月の女神。

 暖炉の火に照らされた美貌で、鬼神を見つめてくる。

 その姿。

 輝き始める。

 まるで霧が晴れてゆくように──いや。月が満ちてゆくように。

 あおざめた光を帯びて、なまめかしく白く、髪は優しい銀色に波打ち、瞳は星のように輝く。

 その肢体、暖炉の火に透き通り、熱なき光に包まれて、影というものを知らぬかのよう。

 冴え冴えと輝き、それでいて眩しくはなく、いつまでも眺めておれる。

 優雅なり、月神。

 いまや、地上のどんなものよりも美しい、その御姿(みすがた)をあらわになさったのであった。


「・・・なんともはぁ」鬼神、ため息をつく。「いままでの姿は、まぼろしであったか」

「いや。幻ではない。ちょびっと『隠蔽(いんぺい)』しておったのみ」

「ルーンでか。そんな調整もできるのか」

「うむ。やってみせよう。

 『隠蔽』のルーン! 我が神威(しんい)を隠せ」

 女。

 なんか、薄暗い感じになった。寝そべっとる美人の女王みたいな程度になった。

「おう、ハイエルフになったわい」

「やめ」

 女。

 神々しく冴え冴えと輝きはじめた。部屋まで明るくなったようである。

「おう、女神になったわ」

「どえ」

「なるほど、こりゃあ、騙されるわい。どっからどう見たって、ハイエルフの娘っ子だものな」

「自分で見てもそう思うえ」

 2人は面白がって笑った。

 月の女神、ガンメタ鬼神台を見る。ガンメタ鬼神台も浮かび上がってうなずき、ぶわっさぶわっさ言うた。

「ふふ。鬼神台殿は『生命探索』ができると言うたに?

 これで、ご主人と同じように見えるか?」

 ぶわっさ。

「・・・どういう意味じゃ?」と鬼神が訊く。

「『生命探索』は、神やと強く光って見えるらしいえ」

「なんと。そうだったのか、相棒よ」

 ぶわっさ。

「いやはや。まったく。おまえにはすっかり、だまされたわい」

「人をだますのは、じつに楽しい」月の女神は笑った。「・・・お、食事の用意ができたようやえ」


14、神、たべる


「神さま。お召し物とお食事をお持ちいたしました」

「おう、これはありがたい」

 鬼神はびしょ濡れの巨人の服を脱ぐ。

 娘たちが鬼神の周りに集まり、大きな身体をぬるま湯で拭いて、薄い絹を巻き付けてくれた。

「旦那さまに見合うサイズのものがございませんので、巻き付ける形で、失礼いたします」

「うむ」

「苦しないですか?」

「大丈夫じゃ」鬼神は六腕をわしゃわしゃ動かした。娘どもがきゃっと飛びのく。「・・・これはまた、綺麗な布じゃのう」

「お気に召されましたか? これは、絹ぐもの布です」

「きぬぐも?」

「地下ぐもえ」月の女神が答えた。「絹のごとき糸を吐く、くも。ダークエルフの生糸農家が育てておるのえ」

「ははあ・・・」

 鬼神は身体に巻き付けられた、青白い絹を撫でる。 

 撫でる指が反射してうっすら映るほどに、なめらかな生地である。

「素晴らしい生地だ」

「ふふ。造った者どもも、よろこぶえ」

「おまえも着替えるのだろう? 私は、外に出ていようか」

「よい。そなたは客人え。客人を追い出して着替えをする主人が居るか」

 月の女神はころころと笑って起き上がった。

「その子らは、ダークエルフの月の巫女。何かあれば、言いつけるがよい」

 部屋には、ダークエルフの娘たち──月の巫女どもが残される。

 巫女ども。

 無言である。

 しかし、鬼神とガンメタ鬼神台に、熱烈な視線を浴びせておる。

「・・・やれやれ。ほっとしたわい」

 鬼神、緊張を打ち破って、軽口を叩く。

「あ、そうだ。相棒も拭いてやりたいのだが、汚れてもよい布はあるか?」

「どうぞ」

 鬼神はバスタオルみたいなもんをもろうた(えらい上品なもんであったが、『もっと下品なやつでいいぞ』と言うのも変なので、黙ってもろといた)。

 新たな水瓶(みずがめ)も持ってきてくれたので、その湯でガンメタ鬼神台を拭いてやる。

 ガンメタ鬼神台。ツヤツヤとなり、気分良さそうにぶわっさと言うた。

「そう言えば、おまえも、暑さ寒さを感じるのか? 相棒よ」

 ぶわっさぶわっさ・・・ぶわっさ、ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、横にギコギコと動いてから、鼻面を持ち上げて、うなずく。

「ははあ。暑い寒いと悩むほどではないが、気温はわかると」

 ぶわっさ!

 2人のやりとりを聞いて、巫女ども、さざなみ立てるように笑う。

「はっはっは。相棒はな、こんななりしてユーモアがわかるのだ」

 和んだところに、月の女神が帰ってくる。

 なんと。

 ダークエルフの巫女どもと同じ、うっすらと透ける薄絹をまとって。

「な、なんと」鬼神、目をそらす。「それはちょっと、薄すぎるのではないか?」

「あれ? 見栄え悪いか? 一張羅(いっちょうら)やに」

「いやいや! そんなことはない。とても、お美しいお姿じゃ!」

 鬼神。

 月の女神の神殿で、月の女神の服をけなしたりしてはいかん! と、あわてて褒めた。

「とても、その・・・儚く(はかなく)、魅力的じゃ。うむ」

「なら、よかろ?」月の女神、つんとする。「食事にしよう」

「う、うむ。ありがたく頂こう」

 月の女神。

 まあるいきのこの上に端座する(たんざする)。

「鬼神殿。鬼神台どの。食事の前に、ひとつだけ、頼みたいことがある」

「なんじゃ」

「黙祷(もくとう)を」

「ああ・・・」


 月の女神と、鬼神と、ガンメタ鬼神台と、部屋に居ったダークエルフの娘ども。

 しばし、黙祷をした。


 そして、鬼神。

 目のやりどころにとても困る食事に、挑むこととなる。


 ひんやりとした器に、白っぽいスープが盛られて出てきた。

「えらい上品な量だのう・・・」と内心思いつつ、鬼神はそれを頂いた。

 酸っぱさを感じるスープである。塩も効いており、呑むとお腹が空いてくる感じである。

 具は白い棒みたいなもんで、噛むとこりこりと淡白な味がし、さらに噛むとじゅわーっと味が出てきた。

「うまい。なんじゃ? この、白くてこりこりしたものは」

「きのこえ」女はくすくす笑った。「食べる用」

「これもきのこか!」

「ダークエルフの農家はきのこを作る」

「あー・・・、そう言えば、ルーンも、きのこ農家だと言うておったわい」

「そえ。きのこ農家は、ダークエルフの食卓を支えておる。

 ダークエルフは肉も食えるが、わざわざ運ばねばならぬゆえ」

「おっと! そうだそうだ。月神よ。ルーンを知っておると言うておったな?」

 ぶわっさ。ガンメタ鬼神台も乗り出してきた。

「ルーンとやら、大人気やに」

 月の女神、苦笑する。

「ルーンは、私の信者の1人え。ただ、じかに会うたことはない」

「なんじゃ! だましたのか」

「だましてはおらぬ。

 私を信仰するダークエルフは、みな、ゆかりの者なれば。

 ルーンから鬼神台殿の話を聞いたのも、ほんとうのことえ」

「会っておらんのに、話を聞いただと?」

「祈りによって聞いた」

「あ・・・祈りか。わけみたまというやつか」

「そえ」


 この世界にいらっしゃる神々は、分霊ができる。

 分霊の見たこと聞いたことは、みな、神さま御本人が見聞きしたも同然という。

 それだから、信者の祈りを聞き届けることができ、必要に応じて思い出したりできるというわけだ。

 鬼神は、やったことありませんがね。わけみたま。やり方がわからんのだ。


「あらためて礼を言おう。鬼神台殿」

 月神。

 ガンメタ鬼神台に向き直った。

「私のかわいいダークエルフを助けてくださり、ありがとう」

 ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、浮かび上がって、深々と礼をする。

「街まで護送してくれただけでなく、盗賊退治の手柄まで譲ってくれたとか。

 ルーンはずいぶんそなたのことを褒めちぎっておったえ」

 ぶわっさぶわっさ。ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、ふわふわする。

「そんなことしとったのか」鬼神のほうがびっくりである。「やるのう、相棒」

 ぶわっさ!

「ルーンは、無事か? 風邪をひいたりはしとらんか?」

「うむ。さっきも祈りを聞いた。けがも病気もなく、嫌がらせされたりもせず、当面心配はないとのこと」

「そうか。それは良かった」

「ただ、一番乗りで避難をしたために、避難者の取りまとめなどをやらされて大変なんですーと、泣きごと言うておった」

「はっはっは。そうかそうか。

 ──にしても、大変だったな。ダークエルフは」

「うむ」

 月の女神は器を下げた。鬼神も器を下げる。

「じつは、鬼神よ」

「なんじゃ、月の女神よ」

「初めにそなたに会うた日、あれは、鎮魂(ちんこん)の歌を捧げに行っておったのえ」

「・・・なんだと。あの歌か。私が褒めた」

「そえ」


 雨上がりのアルフェロン湖にて、鬼神が月の女神に出会った日。

 月の女神は竪琴を弾き、何やら歌を歌っておったのだ。

 あれは、レクイエムだったというわけである。


「ああ!」鬼神、ぴしゃりと額を打──とうとして、自分で避けた。「おっと、危ない」

「なにをふざけておる」

「いやすまん。まだちょっと、慣れんのだ。この、額の、第三眼にな。

 いやそれよりもじゃ!

 そんなおまえに、私は『褒美をくれてやろう』などと抜かしたというわけか!」

「そういうことえ」

「すまんことをした」

 鬼神、頭を下げた。

「知らんかったとは言え、まこと、あいすまぬ」

「わかってくれれば、よし」月の女神はほほえんだ。「こちらも存分に罵った(ののしった)ゆえ」

「・・・なるほどのう。そりゃあ、怒るわけだ」

「そえ」月の女神はうなずいてから、「まあその・・・嫉妬したのも・・・ほんまやが」

 いまさら恥ずかしそうにする。かわいい。胸元がスケスケ。やらしい。

「むむ・・・」

 話が一段落したところに、ぴったりのタイミングで、次の器。

 黒っぽい焼き料理が盛られて出てきた。

「これまた上品な量だのう・・・」と内心思いつつ、鬼神はそれを頂いた。

 あたたかく、香ばしく、ピリッと香味の効いた焼き物である。

 見た目はなんか黒くてどうなんかっちゅう感じだが、噛むとじゅっと味が出てきて、なかなかうまい。

「うまい。なんじゃ? この、黒くてじゅっと熱い汁の出るのは」

「きのこえ」女はくすくす笑った。「焼く用」

「これもきのこか!」鬼神は感心した。「えらい工夫をしたもんだのう」

「ダークエルフにとっては、きのこが肉であり、ご飯であり、野菜え。

 ただし、焼き料理は珍品で、ふつうはせぬ。

 私らが濡れておったので、暖かいものを出してくれたのやろ」

「それはそれは。ありがとう」

 控えておる巫女、無言で礼をする。

 この巫女は初めに出てきた娘で、月神に受け答えもするし、仲間に合図を送ったりもしておる。料理のタイミングを指示しておるのであろう。礼をしたり合図を出したりするたびにぶるんぷるんして、鬼神を困らせておる娘である。

 次の器は、杯と一緒に出てきた。

 杯は、3つあった。

 3つ目はガンメタ鬼神台に差し出される。

 ガンメタ鬼神台、前輪を浮かせてウィリー状態となり、鼻面でその杯を受け取った。

 巫女は、大丈夫? という顔をするが、大丈夫。

 ガンメタ鬼神台は、『力』のルーンを許された勇者であるのだからして。

 まあるい鼻面に乗っかった杯を、膠(にかわ)で貼っ付けたがごとく、ビシーッと直立させた。

「お見事」

 月の女神が褒めて、ひとつの瓶(かめ)から酒を注ぐ。

 杯はしゅわしゅわと言うて、甘酸っぱい香りを立ち昇らせた。

「む! これは!」鬼神、夢中になる。「酒だな!」

「アルフェの実のお酒え」

「おお!」


15、神、ちぎる


「では、我らの出会いに、乾杯」

「かんぱい」

 鬼神は一気呑みした。

 しゅわしゅわしゅわ・・・。

「うまい!」

 アルフェの実を発酵させ、熟成をせずに若いままに呑む、炭酸酒である。

 爽やか。甘い。酸っぱい。──うまい!

 ぶわっさ。

 さすがに呑むことはできん相棒が、杯を鬼神に差し出してきた(ウィリー状態で)。

「おうすまん。もらうぞ! ──うまい!」

 それも呑み干した。げっぷする。下品な奴である。

 月の女神も、下品な鬼神に合わせて小さくげっぷをした。

 恥ずかしそうに頬を抑えるが、その目は爛々と(らんらんと)輝いておる。

「お代わり」月神、手ずから鬼神につぐ。「どうぞ」

「おお、頂くわい」鬼神呑み干す。

「ようお呑みやに」自分の杯にもつぐ。呑み干す。

「うむ。これはうまい」

「お代わり」またつぐ。


 鬼神、めっちゃ呑んだ。

 ガンメタ鬼神台が芸をしてくれたので、それを見て楽しみながら呑んだ。

 芸とはたとえば、こうである。

 ガンメタ鬼神台。宙に浮く。天井近くまで浮かび上がる。

 巫女たちは「うわあ」となるが、これで終わりではない。

 しっぽを天井につけて、逆立ちとなる。左右にゆーらゆーらする。

 ぶわっさ?

「みのむし!」と鬼神。

 ぶわっさぶわっさ! ガンメタ鬼神台怒る。『いきなり当てるな!』っちゅう感じである。

 月の女神と巫女ども、わらう。──と、こんな感じ。


「ひとつの瓶から、分け合って呑んだに? はい、お代わり」

「うん? うむ」鬼神呑み干す。

 月の女神。ニヤーッと、ねこみたいに笑うた。「契りは結んだということやに」

「・・・は?」

 ダークエルフの月の巫女ども、ささーっと部屋から退出した。

 ガンメタ鬼神台も、うながされて退出する。ぶわっさ・・・と、ため息みたいな声を残して。

「待て。ちぎりとは、なんじゃ?」

「契り言うたら、契りえ」

 月の女神。

 いつの間にかはだけた薄絹を太腿に落としながら、鬼神にしなだれかかる。

「そなたは私にアルフェの実を分けた。私はそなたにアルフェの酒を分けた。もはや、契ったも同然え」

「な? に? ちょっと待った」

「まったなし」

 もつれる2人のところへ、ダークエルフの巫女2人が薄絹のシーツを持ってきた。

 ふわりと、神々の肉体に半掛けにする。

「わかった。では、この娘らを下げさせよ」

「なにゆえ?」

「そなたを突き飛ばす。巻き添えになってはかわいそうだ」

「あなや。冷たいおひと!

 ──しかし、か弱い娘どもには気遣いを忘れぬ。そこが、たまらぬえ」

 月の女神。色っぽく笑って、巫女どもに命じた。「ということやに、しばし、その場で待て」

「こりゃ! 下げさせんか」

「えええ(いいよ)? そなたが抱いてくれたらに」

 月の女神。

 鬼神をころんと転がして、上になった。

 なんたる不思議!

 『力』のルーンの所有者が!

 くもの巣に囚われた、蚊とんぼがごとし!

「なんでじゃ!」

「私は月。そなたは赤い大地の子。私が上なるは、天然自然なり」

「なんで知っとる」

「そなたはもはや有名神。スカルドなら知っておって当然。歌って聞かせよか?」

「どうでもよいわ! とにかく、娘らを下げさせよ」

「そなたが私を抱くのが先え」


 鬼神。

 結局、我慢できなくなり、月の女神と契りを交わしてしもうた。

 すっかり、浮気者になってしもうたんである。

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