ダークエルフ、ルーン(1) ルーンと台と

1、ルーン


 ぱちぱち。じゅう・・・じゅう・・・。

 甘い香りが湖岸にただよう。

 夜である。

 十三夜月のお月さんは、まだ森の木々のベットに寝っ転がって、のんびりしておられる。

 それだから、地上はほとんど闇で満たされ、夜空だけがうっすら淡い金色の光に照らされておるという具合であった。

 闇の中で波打つ巨大湖に、甘い香りが流れて、渡ってゆく。

「う・・・」

 白い髪の娘が、目を覚ました。茶色の肌した顔を手でこする。

 寝起きのボケーッとした表情だが、美しい。そうはっきり言えるほどの美貌である。

 ぱちぱち。じゅうじゅう。

 娘の耳が動いた。白い髪からぴょんと飛び出して、ぱちぱち言う音のほうを向く。

 尖った綺麗な鼻先が、その方向を追いかける。

 淡い金色の瞳がひらき、火の明かりに煌めいた(きらめいた)。

「起きたか」

 火のそばには、でっかい怪物が座っとった。

 六腕の巨人。赤い肌して、妙にぶかぶかした服を腕まくりして、熱心に火の番をしておる。

 服には袖が2本しかない。ゆえに、その六腕巨人。へんてこな着方をしておる。上中下と3段になった六腕の下段の腕に袖を通し、上段中段の腕や肩は丸出しである。『諸肌を脱ぐ(もろはだをぬぐ)』の6分の4バージョンである。

「ほれ」

 六腕赤巨人。

 地面に刺した棒切れを、下段の手の指でつまみ、そーっと差し出してきた。

 先っちょに丸い木の実がついておる。表面は焦げて、中から汁が垂れて湯気立てておる。

「焼いてみたのだが、食べてみるか」

「・・・あ!」

 茶色の肌した娘は飛び起きた。

 もたれかかっておった、大砲色したなめらかな岩(?)を支えに、飛び起きた。

 地面に膝をつく。

「ごめんなさい! うち(私)、御礼も言わんと眠りこけてしもうて」

「あん? いやいや、ええわい」六腕赤巨人。のっそりした動作で、うなずく。「疲れとったのだろう? さ、ほれ」

「あ、でも・・・お返しするものが」

「お返しなんぞ、いらんわい。

 こいつは、そのへんの木で取ったもんだ。礼なら、木どもに言うがよい」

「木・・・」

 娘は金色の瞳を夜の闇に向ける。

 月と森の影しか見えんぐらいの闇であるが、娘には木の実がなっとるのが見えたらしい。

「ホンマや・・・。実ぃ、いっぱいや・・・」

「さっさと取らんと、冷めてしまうぞ」

「ああもう・・・ホンマごめんなさい。いただきますー」

 娘、棒に刺された木の実を受け取る。

 みずみずしい唇で、ふうふうする。

「熱かったかな」

「いえ、うちら、猫舌ですから。ふうふう」

「ねこじた」

「熱いもん食べなれてへんのです。ダークエルフは。地下では不用意に火ぃ焚かれへんから」

「だーくえるふ?」

「・・・はれ? 御存知なかったですか?」

 娘はかじりかけた口を元に戻して、名乗った。

「うちは、茶のダークエルフ。ルーンと名乗ってます」


 ダークエルフという種族。これも、最近ではいろんな物語に登場いたしますね。

 しかし、他人の話を聞いて、私のお話を知っておるつもりになられても困るというもの。少々説明のお時間を頂きたい。

 ダークエルフは、月の女神を守護神とし、地下に生きる人間種族です。

 『エルフ』とついてはおるが、ハイエルフとはだいぶちがう。

 まず、太陽が苦手。強い日差しが苦手なのです。代わりに、闇と月を愛する。

 ハイエルフは男女の見分けがつかんような体型をしておるが、ダークエルフはシルエット見ればすぐにわかる。女は胸も尻も大きくなるし、男は女より背が高く筋肉質なのだ。

 なによりも。

 ご先祖さまがわからない。これが、いちばんの特徴です。

 どんな神さまがダークエルフを造ったのか、わからんというのだ。

 月の女神は、神なく彷徨う(さまよう)ダークエルフをあわれんで、守護神になってくださった。だが、母ではない。

 自分たちがどこから来たのか、わからない──これがダークエルフの、いちばんの特徴かも知れません。


「・・・うちらは冥界(めいかい)から来たんやないかっちゅう説もあります。けど、わからへんのです」

「ふーむ、なるほどのう」

 六腕巨人はうなずいた。

「私も名乗るとしようか。私は、鬼神。鬼どもの神じゃ」

「やっぱり! 腕6本やから、そやないかと思うてました!」娘ははしゃいだ。「うわー、本物ですか?」

「本物?」鬼神は笑った。「私のにせものが居るのか?」

「あ、いえ、分霊かと」

「わけみたま」鬼神は首を振った。「私は、それはやったことないのう。この身1つじゃ」

「そうでしたか。うわー、本物見てもた・・・熱っちゃ!」娘、焼き木の実に手こずる。「ふうふう。鬼神さまにご馳走されるやなんて」

「なーに」

「あのー・・・そんな御方に見えへんからお訊きするんですけど・・・

 『ハイエルフを滅ぼす戦の神』ってうわさ、あれ、嘘ですよね?」

「なんじゃそれは?」

「六腕巨人の戦の神。雷を呼び、洪水を呼び、ハイエルフを滅ぼす──みたいな話をするスカルドが居ったんです」


 スカルドというのは(これまでにも話に出て来ましたが)、世を渡り歩く弾唱詩人のことです。

 あちこちで王や戦士に会い、その偉業を見聞きし、よその土地にいってそれを歌い、金をもらう。

 貴重な情報源だが、悪人も混ざっておる。作り話を真実だとわめく類の悪人だ。

 ちなみに、月の女神はスカルドの神でもある。月神が歌えば、飢えた猛獣も静かに聞き惚れると言います。


「ばかな。いち種族を滅ぼしたりはせんわ。ハイエルフのともだちだって居るのにから」

「やっぱり! よかった。うちの国、ハイエルフと仲ええから」

 くつろぐ空気。

 ・・・ぶわっさ。

 娘の背後にうずくまっとった大砲色の岩(?)が文句言うた。

「ひっ!?」

「おう。すまん。紹介し忘れとった。

 そやつは、鬼神台。空飛ぶ一族の勇者。我が相棒よ」

「きしんだい?」

「私が乗る台なのだ。だからそう呼ばれておる」鬼神はちょっと考え、付け加えた。「妹には、きしにぃと呼ばれておるのう」

「へぇ!」娘は恐る恐る頭を下げた。「初めまして。鬼神台さま」

 ぶわっさ。

「あ! よだれ」娘は飛び跳ねた。「ご、ごめんなさい! うち、よだれ垂らしてもた」

 娘は、ガンメタ鬼神台に寄り掛かって寝ておったのだ。よだれか汗か知らんが、いくらか痕はついておる。

 それを手で拭おうと(ぬぐおうと)する。

 ガンメタリックなボディも美しい、鬼神台。そんな娘の手を逃れ、すっ・・・と浮かび上がった。

 鬼神台はふわ~~~んと漂って・・・

 ざぶーん! 湖に飛び込んだ。

 さばー! 上がってきた。

 ぶいーん・・・! 回転した。

 ふわ~~~ん。娘のところに戻ってきた。

「鬼神台さま・・・、お怒りですか?」

 ぶわっさぶわっさ。ぶわっさ、ぶわっさ。

「・・・はい?」

「いやいや。助かって、良かったな。──っちゅうところか? 相棒」

 ぶわっさ。

 しっとりと輝くガンメタリック色のかぶとがにボディ。着地した。なにげに娘に近付いておる。

「・・・相棒はな。かぶとがにみたいな見た目して、優しいのだ。撫でてもいいぞ」

 娘、しなやかな茶色の手を伸ばし、つるーん、つるーんとかぶとを撫でる。

「ドラゴンから助けてくれて、ありがとう」

 ぶわっさ。

 ガンメタリック・かぶとがに・鬼神台。

 剣のごとき真っ直ぐなしっぽで、ぺたんぺたんと地面を叩く。

「うふふ」

「ルーンとやら。そなたの名、『力』のルーンとか言うときのルーン(Rune)か?」

「あ、いえ、うちのは『お月さん』言うときのルーン(Lune)です」

「ルーンのルーンではないのか」

「あはは。そうです。目の色がお月さんみたいや言うて、そう名乗ることになりました」

 淡い金色した目である。

 空を見れば、森の上空に、淡い金色のお月さん。

「ダークエルフとお月さんか。ええのう。一族、仲がよいのは」

 焼いた木の実──アルフェの実を食べ終わった。ダークエルフのルーン。うつむいた。

「どうした?」

「いえ・・・それは・・・はい」ルーンは肩を落とす。「家のことを思い出して」

「家がどうしたのだ?」鬼神はそう訊ねた後で、地震のことを思い出した。「まさか」

「・・・2日前、3日前かな? の地震で・・・滅びてしもたんです」

「なんだと・・・」

「地下は優しいところです。光刺す地上よりはずっと。

 そやけど、残酷なときもあります。

 悪い空気に巻かれて死んだり、水に呑まれて死んだり、地震で・・・」

 ルーンは涙ぐんだ。

「うち、たまたま、おじいちゃんの家に遊びに行っとって。

 おじいちゃん、キノコ農家で。街から離れたところに家があって。

 うち、留守番頼まれて、おじいちゃんとおばあちゃんは、買い物に出て・・・」

 その背中を、そっとガンメタ鬼神台が支える。

 ルーン、かぶとがにボディにすがりついて、泣き崩れた。


 翌朝。

「気をつけてな」

「はい」

 鬼神と、ルーン。

 湖のほとりにて、別れを告げる。

 ダークエルフのルーン嬢は、ハイエルフの街を目指すという。

「ついてってやりたいが、私がハイエルフの街に入ると、外交だなんだと、面倒なのでな」

「いえいえ。神さまに護衛をさせるなんて、畏れ多い(おそれおおい)ことですから」

 ルーンは空中に舞い上がり、すっ・・・と綺麗な一本線を描いて、去った。

 もちろん、自力で飛んだわけではない。

 ガンメタ鬼神台が、ルーン嬢を乗せて飛んでったんである。

「・・・ま、相棒がお伴をするのだから、大丈夫だろうけれどもだ」

 鬼神。

 1人湖岸に残って、飛び去るルーンとガンメタ鬼神台を見送る。

「にしても、相棒の奴め。えらい必死だったのう」

 ガンメタ鬼神台。

 やたら熱心に、送る送ると申し出たんである。

 遠慮して立ち去ろうとするルーン嬢に、『乗ってけ』と、それはもう、行く手をふさぐ勢いで。

「もしかして、惚れたのか? ふっふっふ、相棒め」

 鬼神はひとり笑うた。

 それから、

「あ、しもた」はたと手を打つ。「あの誰だかわからん声のこと、訊くん忘れとったわい」


2、ルーンと台と


 美しいダークエルフの娘、ルーンを乗せて。

 ガンメタ鬼神台、空を飛ぶ。

「うわ・・・すごい! すごいわあ!」

 娘、泣き腫らした目を輝かせて、飛び去ってゆく森と湖を見る。

「めっちゃ早い! うちが1日かけて歩いた距離、ひとっ飛びやん。すごい!」

 ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、男前な声で応える。

 かぶとがにボディでなめらかに風を切って飛ぶ。極めてジェントルな飛行である。

「えーっと・・・あ、あそこ! あそこや思います。丘の街。鬼神台さま。あの街。見えます?」

 ルーンの指差す方向に、小高い丘あり。

 その丘の中腹に、石造りの小さな街あり。

 ぶわっさ。

「あそこが、うちの故郷と交流のある街なんです。大使館あるはずやから」


 この『大使館』というもの、ハイエルフとダークエルフが相互に設置したのが、この世で最初と言われておる。

 ハイエルフもダークエルフも外交好きなのだ。そして、互いに宿敵といえる存在が居った。

 地上にはドラゴン。地下には地震などの災害。

 互いに宿敵に襲われたとき、万が一のときには助け合いましょうねと。そんな約束を結んだりしとったんである。


「ありがとう、鬼神台さま」

 ガンメタ鬼神台で快適に飛んだルーン。

 あっちゅう間に、街のすぐそば。もう地面の上である。

「ほな・・・鬼神さまによろしく」と、鬼神台を見送ろうとするが、

 ぶわっさぶわっさ。

 台、帰ろうとせぬ。

「え? ええと・・・なんで? 鬼神さまのとこに帰らへんの?」

 ぶわっさぶわっさ。ぶわっさ。

 鬼神台、やおら浮き上がり、はちのごとき姿勢で地面に図を描いた。

 今回の図は、2コマであった。


 λ†□━


 Πλ†   ━□


「うん? ええと・・・あ! この□━は鬼神台さまやね?」

 ぶわっさ!

「λ†は・・・もしかして、うち? Πはなんやろ・・・?」

 ガンメタ鬼神台、身振りとぶわっさで補足説明するが、ルーンには伝わらぬ。

 と、そのとき。

「私にはわかったえ」

 誰だかわからん声がした。

 ルーンの腰のあたりからである。

 女の声である。が、ルーンの柔らかい声とはまったくちがう。硬く、よく響く声であった。

「そなたが、屋根のあるところに落ち着くまで、お伴をしよう。

 ──と、そう言うておられるにちがいなし」

 ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、ルーンの腰のあたりに向かって、うなずいた。

 まるで、そこに居るのがわかっておったかのごとき、落ち着きっぷりであった。

「ちょっとあんた、ええの?」

 ルーンのほうが驚いた。腰の剣に、手を当てる。

「鬼神さまにも隠したのに・・・」

「かまわぬ」その剣から、声がした。「というより、鬼神台殿。そなた、私に気付いておったに?」

 ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、うなずいた。


 なんと! ルーンの帯びておる剣は、しゃべる剣であった!

 しかも、ガンメタ鬼神台は、とっくにそのことに気付いておったという!


「・・・そのぶわっさ言うんは、どっちえ?」訊ねる剣。「はいか? いいえか?」

 ぶわっさ。

「わからぬえ! ぶわっさでは!」

「ぶわっさっちゅうたら、『はい』いうことやんね? 鬼神台さま。

 ちゃうちゃう! いうときは、ぶわっさぶわっさ言うもんね?」

 ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、わざわざ宙に浮かんで、大きくうなずく。

「ほらね?」

「なにえ。初めっからうなずきやれ」剣がぼやいた。

 ガンメタ鬼神台、しっぽを振る。

「ほな、紹介しますね、鬼神台さま。

 この子は『グレイス』って言います。

 地震のあとで、地下で見つけたん。なんか、高ぁーいところから落っこちてきたんやって。

 『一緒に地上に出よう』てはげましてくれて、それで生きて出れたんです。

 ものすごい斬れる剣でね。岩も斬れるんよ! すぱーって!」

 ルーン嬢。

 しなやかな手で、真っ二つに斬るふりをする。

 ぶわっさ、ぶわっさ。ガンメタ鬼神台、感心する。

「自分の足斬らんように注意せえて、うるさく言われて」

「必要があるから言うておるのえ」

「はいはい」

 ぶわっさっさ。ガンメタ鬼神台笑う。

「あ、名前はねえ、私がつけたんです」

 ルーンは、剣を少しだけ抜いた。

 暖かいオレンジ色の輝きが、ほわ~んと広がる。

「ね? お日さまみたいに輝く剣やから、グレイスって」


 ルーン嬢が言う『グレイス』とは、太陽の女神の愛剣のことです。

 太陽の女神みずからがお造りになられた剣です。ですから、並みの剣ではない。

 とても有名な剣で、南洋の剣士たちには『剣の女神グレイス』として信仰されておるほどだ。

 ・・・つまりルーン嬢は、自分と同じように神さまにちなんだ名を、迷子の剣につけてやったわけですね。


「・・・ほんでも鬼神台さま、どうやってグレイスに気付いたん?

 うち、初めて見たとき、誰がしゃべっとるんかわからんでメッチャびびったのに」

 ガンメタ鬼神台、ななめに傾く。

 ぶわっさしか言えん彼には、ちょっとこの質問は答えるのが難しい。

 また図でも描くか・・・と、彼が動きかけたとき。

「『生命探索』かに?」

 ぶわっさ!

「そやろ?」剣のグレイス、得意気。「あれこれ考えたが、殿ほどの知能あらば、可能と思うたのえ」

 ぶわっさ、ぶわっさ。ガンメタ鬼神台も得意気。

「・・・ふーん。仲ええねぇ」

「何むくれておる」

「べつにぃ?」

 鬼神台はふわ~んとただよって、ルーンに優しく頭突きした。

「え? なに? 早う行けって?」

 ぶわっさ。

「うむ。そやに。人は、災いのときには馬鹿力が出る。そして、馬鹿力には反動がつきもの」

「・・・そやね。言われてみれば、うち、昨日も、気付かんうちに寝こけとったわ」


 3人は街の門に向かって歩き始める。 

 ガンメタ鬼神台は地上からわずかに浮かんでついてくる。

 その様子を、目をでっかくして見ておる、ヒューマンの男どもが居った。

 3人組の男どもである。

 薄汚れた旅着で、腰にショートソードを差しておる。

 その外見は、取り立てて不審ではない。が、街に入るでもなく出て行くでもなく、ルーンをじーっと見てくるのは不審である。

「・・・何やろ。あの人ら。旅人かな」

「目ぇ合わすな、ルーン」剣がささやく。「手元だけ見ておけ」

「え? なんで?」

「けだものは目ぇ合わすと反応する。ゆえに、目は合わすな。

 そやに、完全に目を離しては不用心。ゆえに、手元を見るがよし」

「けだものて・・・」ルーンは目線を下げた。「なんで、手ぇなん?」

「距離あるゆえ、まずは手投げ弾を警戒すべし」

「グレイス・・・殺伐としすぎちゃう?」

「ふつうえ。剣士ならば、目付(めつけ)はできて当たり前え」

「うち剣士ちゃうもん」

 ふわ~~~ん。

 しゃべっとる2人の側面に、ガンメタ鬼神台が回り込む。

「守ってくれるって!」ルーンがはしゃぐ。

「甘えな(甘えるな)」

 ぶわっさ、ぶわっさ。


 男どもは、美しいダークエルフの娘と浮遊かぶとがにを、交互に見つめ続けた。

 そして、なにやらコソコソと会話を始めるのであった。


「アルス地下街のキノコ農家の娘ルーンです」

 門にたどり着いた3人。

 しかし、説明はルーンが1人でするしかない。

「先日の地震で崩落が起きて、避難してきました。宿を紹介して頂けませんか」

「それは災難でしたに」ハイエルフの門番、礼儀正しく応答。「それで、そちらの・・・荷車? は、何ですかに?」

「あ、これは鬼神d──ええと、えーと・・・きしにぃ? です」

「きしにい」

「はい。さる高貴な御方より、うちが一時お借りしております」

「むむむ・・・?」

 門番ども、顔を見合わせる。

「・・・どうする?」「どうするもこうするも、隊長に訊くよりなし」「あの人こわい」「訊かなんだら余計こわいえ。行け」

 門番ため息。「上に訊いて参りますゆえ、少々お待ちを」


 しばし待たされはしたものの、無事、入れてくれることになった。

 ただし、飛ぶのはやめてくださいと言われた。

「飛ぶには『飛行免許証』が必要ですえ。そやに、免許なき者が飛びますと、違法行為となりまする」


「なんやろね。免許て」

「ハイエルフは、ちょっと平和になると、むやみに細かい法律を作りよる」

 グレイスは不機嫌である。

「あの門番め。ルーンの乳、じろじろ見おって。情けない。恥の上塗りえ」

「乳言うな」ルーン嬢は赤茶色になった。「鬼神台さまも居られるに」

「なにえ。色気づいて」

「色気づいてへんわ! グレイスのあほう」

 ぶわっさ。

「なにえ?」

 ぶわっさ。ガンメタ鬼神台、わずかに左右にブレる。

「まわりを見ろ?」

 まわりを見る。

 街の住人にめっちゃ見られておる。

「・・・なるほど。ルーン、私は黙ったほうがよさそうえ」

「そやね。私も黙るわ。疲れたし・・・」

 宿に向かう。

 上品で綺麗な通りである。妨害をしてくる者などは居らぬ。代わりに、助けようという者も居らぬ。

 街の人々。ほとんどはハイエルフ。たまにヒューマンやコボルド。道を開けて、ルーン嬢とガンメタ鬼神台をジロジロ見てくる。まあ世にも稀なる3人であるから(剣はともかく、ガンメタ鬼神台はね・・・)、しょうがない。しかし、かわいそうなルーン嬢はがちがちに緊張しておった。

 宿。

 事情を説明すると、同情してくれた。

「大使館と話をなさるなら、1日か2日ぐらい、宿代はツケでもよろしいですえ」

「ありがとうございます」

「ただその・・・そちらの、大きなお乗り物はちょっと、お泊めする場所が。馬小屋しか・・・」

 ルーンは後ろを見た。

 ガンメタ鬼神台の鼻面が、宿の入り口をふさいでおる。

 お泊めする部屋も何も、まずもって入り口をくぐれんのである。

 それでも『うちの娘に何かしたら宿ぶっ壊すぞ』みたいな雰囲気で入り口からこっちを睨んで(?)おる。

「あの、ちょっと、考えます」

 ルーンは入り口にもどってヒソヒソ声で「下がって、鬼神台さま」と言うて外に出た。

 外に出ると、やっぱり注目されておる。これではしゃべりにくい。

 考えて、宿の庭にある馬小屋へ回る。

 申し訳なさそうに事情を伝えるルーン嬢。

 すると、ガンメタ鬼神台は一言。

 ぶわっさ。

 馬小屋の脇のスペースにピタッと駐車した。

 地面にわだちがあるので、馬車を止める駐車場だとわかる。ガンメタ鬼神台、そこまで見て判断したわけである。

 雨ざらしになるが、馬小屋の中には入れんのだからしょうがない。馬小屋の間口は1間半(2.7mぐらい)しかなく、ガンメタ鬼神台だと横倒しに飛んで入るしかない。そんな曲芸したら、どっかぶつけて壊してしまう可能性大である。

「ごめんなさい。お世話になっとんのに、こんなとこで・・・」

 ぶわっさぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、わずかに左右に首を振る。そして、剣のごときしっぽをゆっくり左右に振った。

 ルーン嬢は鬼神台の頭を撫で、おでこにキスをした。

「ありがとう。鬼神台さま。また明日!」

 ガンメタ鬼神台。

 ぶわっさ。・・・と、落ち着いた声で応じるが、しっぽは嬉しそうにビタンビタン上下しておった。


3、台、あざむく


 夜。

 ルーン嬢はもう寝たころであろう。

 馬小屋に居るのは、ガンメタ鬼神台1人である。

 ・・・1人であった。さっきまでは。

「ここか?」「おう、ここだ」「あっ、いたよ兄貴! 馬小屋の横」

 ──3人のヒューマンの男が、馬小屋に忍び込んでくるまでは。

 あいつらである。

 街に入る前に、ルーン嬢とガンメタ鬼神台をジロジロ見てきた男どもである。

 なんと、宿の敷地に忍び込んで来おった!

「すげえ。でっけえな」「なんだろな。ほんと、綺麗な車だよな」弟分らしき2人がはしゃぐ。

「しっ! 静かにしろい」兄貴分らしき1人が制止する。「馬どろぼうってな、バレたら首が飛ぶんだ。騒ぐんじゃねえ」

「へい」「へい」


 この3人。ハイエルフの富を狙う、馬泥棒だったようである。


 兄貴分らしき賊、ガンメタ鬼神台に慎重に近付く。

 周囲をぐるりと回ったのち、手にした木の枝で、バシバシとガンメタ鬼神台を叩く。

「兄貴、何をしてるんで?」「キズがついたら、お値段が下がりますぜ?」

「キズなんざつけねえよ馬鹿野郎」兄貴分、そう言って枝を捨てる。「よし、乗るぞ。てめえら周囲を見張ってろい」

「へい」「へい」

 兄貴分らしき賊、おっかなびっくり、ガンメタ鬼神台の台の部分に乗る。

 手すりがついておることから、そこに乗るということはわかったらしい。だが、操作方法はわからん。

「兄貴、何をしてるんで?」「早くずらからなきゃ、首が飛ぶんじゃねぇんですかい?」

「んなこたわかってんだよ馬鹿野郎」兄貴分怒る。「いいから見張ってろい」

「へい」「へい」

 兄貴分らしき賊、ガンメタ鬼神台をあちこち触ったり叩いたりした挙句、納得する。

「わかったぞ。こいつぁ、合い言葉で動かすにちがいねえ」

「兄貴、わかったんで?」「すげえや。さすが兄貴。早く動かしてくだせえ。早く早く」

「うるせえんだよ馬鹿野郎」兄貴分ちょっと焦る。「ええと・・・おい、飛べ!」

 ・・・ぶわっさ。ガンメタ鬼神台、声を出す。

「おっ! そうだ。飛べ! 俺を乗せて飛ぶんだ」

 ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、ぶわっさ、ぶわっさ・・・とそれっぽく音を立て、ゆっくりと浮かび上がった。

「よっし! 大当たりだ! へへへ、俺さまに任せとけってんだ」

「兄貴、すげぇぜ!」「俺も、俺も乗せてください兄貴!」

「静かにしやがれ馬鹿野郎」兄貴分、上機嫌である。「ほれ、乗れ。ずらかるぞ」

 3人の馬泥棒、目をギラギラさせてガンメタ鬼神台に乗る。

「す、すげえ。浮いてる。こんなの見たときねえ(見たことない)」「兄貴ぃ、これ売ったらいくらになるんすかね!」

「売らねえよ馬鹿野郎」兄貴分はニヤケておる。「まあ話はあとだ。おい、上がれ。上がれ。上昇だ」

 ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、上昇する。

 宿の上へ、街の家々の上へ、ゆっくり浮かび上がる。

 馬泥棒ども、ちょっとおびえて手すりにしがみつく。だが、ガンメタ鬼神台、彼らを落っことすようなことはせんかった。

「よーしよし! じゃあ、街の外へ飛ぶんだ」

 ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、ゆっくり飛び始める。

 もんのすごくゆっくりである。鬼神が見たら「うん?」と首をかしげるほど低速である。

 しかし馬泥棒どもは大興奮! 遅いなんて不満は、まったく感じておらぬ。

「うっへっへ! やったぜ! これで俺さまも、大どろぼうの仲間入りよ!」

「どういうことっすか兄貴!」「売るんじゃねえんすか!」

「ちったぁ頭使え馬鹿野郎。これは魔術の飛車だぞ? こいつがありゃ、どんなお宝だって盗み放題じゃねえか!」

「あ、たしかに」「空飛ぶどろぼうになれますね!」

「そうよ。こいつでよ、あのレガーさまより、もっとすげぇどろぼうになってやろうぜ!」

「えっ」「えっ」

 弟分ども、急におびえた顔になる。

「兄貴、それは・・・」「どろぼうの神さまを悪く言っちゃ、ツキが逃げますぜ・・・」

「へっ、馬鹿野郎。レガーなんざ、おとぎ話じゃねえか。大人になってまだそんなこと信じてんのか、ああん?」

「でも、レガーさまは、ヒューマンの味方で」「どんな危難だって『おっと危ない』の一言で避けちまう神さまで」

「それがおとぎ話だっつってんだよ。

 どんな敵にも捕まらねえだ? 馬鹿言っちゃいけねえ。そんな生きものがいてたまるかよ。

 んなもなァ、都合のいい屁理屈なんだよ。そう言っときゃ、どこにもいねぇ説明になるだろ?

 俺ぁ騙されねえぞ。・・・いや、この俺さまが、レガーに成り代わってやらぁ!」

「兄貴・・・」

「なんだよ」

「飛車の1台盗んだぐれぇで調子乗っちゃあいけませんぜ」「まったくだ。兄貴の悪い病気ですぜ」

「うるせえ馬鹿野郎。景気づけだよ。これから俺たちはな──

 おい、ちょっと待て。こっちじゃねえ」

 兄貴分、あわてて命令する。

「さっき外に向かって飛んでたじゃねえか。なんで中心に来てんだ」

 ガンメタ鬼神台。

 いつの間にか、街の中心を飛んでおる。

 じつは、3人が夢中でしゃべっとるあいだに、じわ~~~っと方向を変え、街の中心に近付いとったんである。

「おい、ちがうっつってんだろ! あっちだあっち! そっちはダメだって言っ──」

「止まりなさい」

 いかめしい声が、夜空に響いた。

「そこな飛車。止まりなさい。飛行免許法違反の疑いで、取り調べをしますえ」

「ひっ!?」

 馬泥棒ども、上空を仰ぎ見る。

 満月ほど近い、月明かりの中。

 馬泥棒どもを上空から見下ろす、スラッとした人影、3つあり!

「ひええ! ハイエルフの魔術師!」「兄貴ぃ! やべえ! 空飛ぶ魔術兵だ!」

「いつの間に!? ・・・お、おい、逃げろ! 逃げろぉ!」

「止まりなさい」

 白いタスキを掛けた、中央のハイエルフ。空飛ぶ魔術兵が、警告をした。

「止まれば撃たぬ。逃げれば撃つ──生命の保証は、できぬえ?」

「に・・・逃げろ! 逃げろって!」

 ガンメタ鬼神台。

 青い装束の魔術師どもに、近付いてゆく。

「ちがう! ちがう! 突っ込むんじゃねえ!」

 ・・・ぶわっさ?

「も、もういい! もういい! 降りろ! 降りろって!」

 ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台。上昇を、速めた。

「うわああ! こ・・・こいつ! こいつ、わざとだな!? わざと、俺たちをハメやがったんだ!」

「レ・・・レガーさまだ」「レガーさまののろいだあ!」

 馬泥棒ども、大混乱。

 ぶわっさっさっさっさ! ガンメタ鬼神台は、哄笑である!

「止まりゃ! 最終警告え!」空飛ぶ魔術兵が怒鳴ってくる。「──魔弾用意!」

「ぎゃあああ! やめろ! やめてくれえ!」

 ガンメタ鬼神台は止まらぬ。

 ──止まるはずもなし。初めっから、馬泥棒を突き出すつもりだったのだから!

「ひええええ!!!」

「撃て!」


 馬泥棒どもは『魔弾』でぶっ飛ばされ、落っこちた。

 そこに『浮遊』の呪文をかけられ、落下を制御される。

 どうしようもなく、ふわ~~~んと落ちてゆくあいだに、ぐるぐる巻きに捕縛されたのであった。


4、ルーン嬢、冷や汗をかく


 翌朝。

 ダークエルフの大使館にて。

「それでは、こちらの空飛ぶ乗り物は、お嬢さんのものですに?」

「は、はい! あ、いえ! うちがお借りしたものです。さる高貴な御方から・・・」


 朝起きて、ガンメタ鬼神台が居らんのに気付いたルーン。

 慌てて確認するが、宿の主人もわからんという。

 まさか・・・と心配しとるところに、領主のお触れが回ってきた。

 『昨夜、とある車が盗まれた。心当たりの者は知らせるべし』

 2人は大慌て。

 宿の主人は領主の館へ、ルーン嬢は大使館へ、朝飯も食わずに走ってった。

 すると、青い装束の隊長が、ガンメタ鬼神台と一緒にやって来た──というわけである。

 ガンメタ鬼神台は、キズひとつなし。

 ホッしたのも束の間。事情聴取を受ける羽目になったんである。


「ほう? さる高貴な御方とは?」

「あの・・・神さまです。ただ、うちが勝手に御名を出してええかどうか・・・。

 その神さまがうちを助けてくださって、街までの護衛としてお貸しくださったもんで」

「空飛ぶ戦車に乗る、神さま? ・・・ははあ、なるほどに」

 隊長はそれでわかったらしい。どうやら、鬼神の話を聞いたことがあるようである。

「助けてもろうたとは、なにから?」

「え、ええと、それはあの、アルフェロン湖で大きな黒いドラゴンに襲われて・・・」

「なんと! ドラゴン? それはどのぐらいの大きさの?」


 ・・・取り調べはどんどん広がってゆく。

 かわいそうに、朝飯も食べとらんルーン嬢、茶色の美貌が白っぽくなるまで質問攻めにされた。

 昼飯時も過ぎてから、やっと取り調べが終わった。そこで証人が現れたからである。


「た、隊長! さ、昨日、門番をしておりました我ら2名、参上いたしましたえ!」

「うむ。非番のところ、ご苦労」

「・・・あ、昨日の門番さん」

 証人とは。

 昨日の門番どもであった。

「どうも、ダークエルフのお嬢さん。お元気ですかに?」

「私語すな(私語をするな)」と隊長。

「は!」

「このお嬢さんに、見覚えは?」

「は! ありますえ!」

「いつどこで見たのかに?」

「は! 昨日、昼過ぎ、門番中。アルフェロン湖方面より、そちらの丸い戦車(?)で、飛来なさいました」

「なぜ報告せぬ」

「え? 報告しましたが・・・」

「『ダークエルフの娘が魔術の荷車を引いて来た』とは聞いた。『飛車で空飛んで』と聞いたおぼえはなし」

「あー・・・それはその・・・いや、言うたような気が・・・しておっただけかもしれませんに」

「はっきりせよ」

「は! 言うておりませんでした! たぶん!」

「・・・で、このお嬢さんに間違いはないか」

「ありませぬ! 特徴的な美人さんゆえ、覚えておりまする」

「余計なことを抜かすな」

「は!」

「そなたら、非番取り消し。指揮所へ出頭して待て」

「・・・はい」


 ・・・と、このような調べの末。

 お咎めなしと、あいなった。

 それだけでなく。


「こちらが謝礼金となりますえ」

「ありがとうございます」

 ルーン嬢は、隊長から金一封を手渡されたのであった。

「礼を申すのは我ら警備兵の方ですえ。

 馬泥棒のこと、湖のドラゴンの情報、いずれも街の安全に関わること。

 故郷の災害で苦労なさっておいでのところ、御協力ありがとうございました」

「は、はい」

 金一封のずっしりした革袋を受け取ったルーン。

 ガンメタ鬼神台のおかげで、冷や汗もかかされたが、先の見通しも得たのであった。


 街に入って3日が過ぎた、朝。

 丘の頂上。

 眼下に森とアルフェロン湖を見晴らす、眺めのよい草原にて。

「・・・ほな、鬼神台さま。お元気で」

 ・・・ぶわっさ。

 ルーン嬢とガンメタリックの勇者は、別れを告げておった。

「これ、鬼神さまにお渡しください。ありがとうございました言うて」

 ルーン嬢は、革袋を鬼神台の手すりにくくりつけようとする。

 すいー。

 避けられた。

「え? なんで?」

 不思議がるルーン嬢。ガンメタ鬼神台は、地面に図を描き出した。


 λ ○□━


 そしてこの図に、自分で──と打ち消し線を引いた。

 それからこう描いた。


 λ(| |)□━


「・・・あ、もしかして、はn」

「半分こせえ言うておられるのやろ?」剣のグレイスが割り込んだ。

 ぶわっさ。

「もう!」ルーンがふくれる。「いま、うちもわかっとったのに!」

「ほほほ」

 ぶわっさっさ。

 3人笑う。

「・・・ほんなら、お言葉に甘えて」

 ルーン嬢は革袋の中の金貨を取り出し、きっちり半分に分けた。

 そして半分を、拝領するしぐさをしてから、懐に入れた。

 半分になった革袋を結びつける。今度は、避けられることはなかった。

「・・・お元気で。鬼神台さま」ルーン嬢はガンメタリックのかぶとに額をつける。「さようなら」


 ガンメタリックのかぶとがに。

 宙に浮かび、しばらく地上を見つめる。

 それから向きを変え、すっ・・・と、一直線に飛び去った。

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