みずうみの、おろち

1、鬼神、湖上をとぶ


 朝。また地震があって、目が覚める。

「えらい続くのう」

 鬼神起き上がる。

 森の中。湖のさざ波の音が聞こえる。

 ぶわっさ。

 ちょっと離れたとこから返答。ガンメタリック・かぶとがに・鬼神台である。

「相棒。今日は、この海の上を飛んでみるか」

 鬼神は森の向こうにキラキラ輝く湖面を指した。

 相変わらず勘違いしておるが、海ではなく、湖である。

 巨大湖アルフェロン。その湖畔に2人は居るんである。

「このやたらに多い水がどのぐらいあるのか、向こう岸に行けるか、見てみたいのだ」

 ぶわっさ。

 ガンメタ鬼神台、鬼神のそばにすっと寄る。鬼神、足をパシパシとはたいて土を払い、乗る。

「よし。では頼む」

 ぶわっさ。

 ガンメタリックの巨体は、水中の泡のように空へと舞い上がり、すっ! ・・・と一直線に、加速して飛んだ。


「・・・。」

 飛び始めてすぐ。

 鬼神、不満そうな顔をする。

 ぶわっさ? 相棒、お伺いを立てる。

「いや、なんだ。水ばっかりで、つまらんのう」

 ぶわっさ・・・? 相棒、『ええ・・・?』みたいな反応である。

 湖なんだから、水だらけなのは当たり前である。

「つまらぬ・・・なんかもっと、面白いもんがあるかと思うたのに・・・」

 そう言うとるあいだにも、水平線が途切れ、湖の向こうの森が見えてきた。

「もう向こう岸が見えてきたし・・・思ったより、小さいのう」


 ちがいます。ガンメタ鬼神台が飛ぶのが速すぎるだけです。

 鳥よりも速く空を一直線に飛ぶんだから、大きな湖だって、半刻(1時間)もすれば渡ってしまうのは仕方がない。

 いやはやまったく、鬼神のやつめ。一体、何を期待しとるのか。湖の巨人でも居って、そいつを殴れば、可愛い娘さんを嫁にもらえるとでも思うたか? ばかめ。そんなおいしい話、人生に二度もあってたまるか。


 ぶわっさ。

 相棒が律儀(りちぎ)に答えてくれるもんで、鬼神、調子に乗って、相棒に絡み始めた。

 ガンメタリックの三日月かぶとをぺちぺち叩いて、酔っぱらったおっさんみたいに、くだを巻く。

「なんというか、ほら。もっと、こう、面白いことはないのか? なあ。私が本気で戦えるような」

 ぶわっさ?

「そんな奴が居るのかって? 居るぞ。

 相棒には言うとらんかったかも知れんがな。

 私はむかし、からすに負けたことがあるのだ」

 ぶわっさ???

 相棒当惑である。

 鬼神が、からすに負ける? どうやって???

「いや、でっかいからすでのう。メッチャたくさん居ってのう。

 そのときは、私は1人だったし。おまえも居らなんだからのう。

 空飛ばれるとどうしようもなくてな。うんこ投げつけられて、泣きながら逃げたわい」

 ぶわっさっさ!

「まったく、笑い事じゃ!

 ドラゴンをも倒す、この、謎の六腕鬼さまが、うんこごときで──

 うん? あれはなんだ?」


 眼下。

 広大な湖の、向こう岸に。


 黒々と渦巻く、おろち(大蛇)あり!


 そのおろち、じつに、巨大!

 美しい湖の水面下に、地形と見紛う(みまごう)大きさで、黒く黒く、うねっておる。

 陸に這い上がったるは、巨大なあぎと(顎)!

 その前に!

 剣かざす、か弱い乙女の姿あり!


「相棒! 飛ばせ!」

 ぶわっさぁ!

 ガンメタリック鬼神台、青空に一本の墨を残すがごとく、急加速!

 どん! 『力』のルーンで、さらに加速!

「私が行く。上空で、機をうかがえ!」

 鬼神、飛び降りる!

 六腕広げて風を受け、減速しながら、水面へ──


 ド、バッシャアアアアン!!! 着水した。


 剣かざした乙女、ざんぶと波をかぶり、悲鳴を上げて、水中にこける。

 黒きおろちもまた、びっくりした様子である。ざんぶざんぶと打ち寄せる波に、その巨体も少し揺らいでおる。

 そんな者どもの視線の先。

 ざんばあ!

 水中から、鬼神が起き上がった。

「おい! そこの、黒いへび!」水飛ばしつつ怒鳴る。「女に手を出すんじゃない。私が相手だ!」

 ざっぶざっぶと水をはね飛ばしながら、駆けつける。

 黒きおろち。

 にゅーーー・・・っと、大きな三角形の頭をもたげた。

 でかい。

 人間より遥かにでっかい鬼神。その鬼神よりも、遥かにでっかい。

 おろちの巨体は、その大半が、湖の中に伸びておる。立ち上がった部分だけで、鬼神よりでかいのだ!

 おろち。黒いつばさを、にゅるーっと広げた。鳥の足みたいな前足を、ぐっと構えた。つばさと足があるのだ。

「こいつは面白そうな相手じゃ!」

 鬼神は内心ニヤリとして、おろちを睨み上げる。

「さあ、黒いへびよ。かかって来るがよい」

 すると、おろち。

「私は、へびではありません」

 人間の言葉を、しゃべった!

「私はウミ=ジャブジャブ。水のエレメントたる竜」


2、ウミ=ドラゴンの、ジャブジャブ


 湖に横たわり、湖岸の乙女を喰おうとしておった、黒きおろち。

 つばさ広げ、前足構えた姿。言われてみれば、ただのへびではない。

「へびではないのか。そんなに、にょろにょろと長いのに」

「へびではありません。私は、へびではないのですよ、赤く大きな猿のような怪物よ」

「そうか。それは、すまんことをした」鬼神あやまる。「私も、猿ではないぞ」

「ふうん」黒きおろち、興味なさげ。

「ウミーイジャブジャブと言うたか? へんな名だのう」

「失敬な!」黒きおろち、怒った。「ウミ=ドラゴンの名を侮辱するとは!」


 ウミ=ドラゴンとは、『偉大なる女王ドラゴン』みたいな意味の、尊称です。

 ドラゴンは、タマゴで生まれる。このときは人間の半分ぐらいのサイズ。

 タマゴからかえると、つばさ持つ直立歩行のトカゲみたいな生きものになる。これが人間と同じぐらいのサイズ。

 ほとんどのドラゴンはこの姿で生涯を終えます。


 ・・・え? ドラゴンがそんな小さいわけないって?

 はい。そこに、女王竜の秘密があるのです。

 変態です。


 直立歩行のトカゲ段階において、ごくごく稀に、偉大な変態を遂げるものが現れるのです。

 なんと、たった一夜のうちに、人間サイズの身体が、巨大なドラゴンへと変態してしまうのだ!

 これがドラゴンの秘密です。

 脱皮とかそんなレベルではない。魔術とか奇跡としか言いようがない、生まれ変わりを成し遂げるのです。


 さて、変態したドラゴンは、世を放浪して、自分の巣となる場所を探します。

 いよいよ巣の場所が定まったら、タマを産み始める。これが女王竜の段階。すなわち『ウミ=ドラゴン』です。

 ちなみに、放浪中のドラゴンは単に『ドラゴン』と称します。直立歩行のつばさトカゲ時代は『アシ』、タマゴ時代は『タマ』です。私たちが一般にドラゴンと思うておるのは、放浪中の個体と、こういうわけです。


 このドラゴン知識は、とあるハイエルフの研究者が書き遺した(かきのこした)もの。

 そのかわいそうな研究者。野外を歩いての実地研究中に、誤ってドラゴンの巣に踏み込んでしもうた。現れるドラゴン。

「うわあ、おろち!」研究者、悲鳴を上げた。

「私はへびではない。ウミ=ドラゴンである」ドラゴンは怒った。「教えてやるから、書き遺せ」

「はい。はい。書きまする」

 こうして書かれた『ウミ=ドラゴン、すなわち女王竜陛下』という手記が、世にドラゴンの生態を伝えたのです。

 で、研究者はどうなったか? それが、まことにひどい話なのだ。

「書いたな?」

「はい。はい。書きましたえ」

「では、もう用はない。私のごはんになれ!」

 と、ぱっくり食べられてしもうたというのだ!

 まことにひどい。ドラゴンは本当に、人間をごはんとしか思うとらんのです!

 以上、説明と余談でした!


「アカン! 赤く大きな御方。喰われてしまいますて!」

 乙女の声が、鬼神の背後からかかった。

「おお。娘。無事か」

「うち(私)は無事やから、御身も早うお逃げになって」

 鬼神。

 視界の橋で、ちらっと娘を見た。

 乙女は、岸に上がって、こちらを見ておった。

 白い髪に茶色の肌した、珍しい見た目の娘である。

 白い髪から長い耳が突き出しておる。エルフか? ハイエルフより背が高く、肉付きもいいようだが。

「なあに、心配はいらぬ。そなたは下がっておれ」

 鬼神が言うと、黒きおろちも、尊大な様子で口を出してきた。

「娘。このウミ=ジャブジャブが、下がることを認めます。お下がり」

「なんだおまえ。えらそうな」

「私はウミ=ドラゴン。世にも稀なる女王竜。とてもとても、えらいのです。かしこまりなさい」

 黒きおろち。

 名、ジャブジャブ。

 水中の胴体うねくらせ、じゃぶじゃぶと水を波打たせた。

「いや、悪いがな、」鬼神は首を振った。「私も子孫持つ神なのだ。そうそう、かしこまるわけにはいかぬ」

「なんの神です?」

「鬼どもの神だ」

「ふうん」ジャブジャブ陛下、興味なさげ。

「で、ジャブジャブよ。どうする?」

「鬼どもの神とやら。あなたも、子孫持つ身なのですね。

 しかしあなたは、ウミ=ドラゴンの食事の邪魔をしました。これは大変良くないことです。

 ですから、吹き飛ばして、グチャグチャにして、おいしく呑み込んでしまうことにします」

「面白い! やってみよ」

 ジャブジャブ、カッと大口を開けた!

 そして、呪文を唱える!

「グチャグチャになれ! 『ジャブジャブの黒き奔流』!」

 巨大な口から、真っ黒な壁、どっと放出!

 鬼神にぶち当たる!

「ぬ!? ──水か!」

 それは、圧倒的な、水のかたまり!

 ドロドロと黒く濁った、巨大な水玉であった!

 ドッゴオオオオン・・・!

 と、もんのすごい音がした。

 もうもうと煙が立ち昇る。黒い水が粉々に砕けて、煙となったのである。

 ざんぶらがんぶらと荒々しい波が立つ。岸辺の乙女も波をかぶり、またこけた。


 ざああああ・・・。


 四方八方に爆散した水が湖面に降り注ぐ。

 立ち込めた水の煙が、晴れてゆく。

「さあて。おいしいグチャグチャはどこかしら?」

 ジャブジャブが舌なめずりをした。

 頭を下げて、死んだ鬼神の姿を探す。

 その目の前に。

「これで終わりか?」

 赤い顔があった。

「ぬな!?」ジャブジャブ取り乱す。「生きているですって!?」

「うむ」

 びしょ濡れになり、不快そうな、赤く大きな猿のごとき御方。

 ジャブジャブを睨んでおる。

 双方の顔の距離、1尋(ひろ)もない。双方でっかいから、間合いなきに等しい状態である。

 ジャブジャブの方が、わずかに下がった。

「わ、私の『黒き奔流』は、岩をカチ割り、大地に穴を穿つ(うがつ)のですよ」

「そうか」

「その直撃を喰らって、びくともしないですって?」

「うむ」鬼神、まばたきして水を弾く。「この程度、避けるまでもなかったわ」

「ぬ、ぬ、ぬ・・・!」

 ジャブジャブ、わなわな震え、湯気を立てた。

 対する鬼神、なんかつまらなさそうな顔である。「で、次はどうするのだ?」

「かくなる上は、最後の手段に出ます」

「ほう」

「私はたいそう気分を悪くしているのです。

 ですから、おまえをそのまま呑み込んで、二度と出て来れぬようにします!」

 ジャブジャブ。またも、カッと大口を開けた。

 今度は、噛みついてきた!

「これは避けておくとするか」鬼神、動こうとして、「ぬあ!?」

 動けん!

 鬼神の、足!

 黒々としたジャブジャブの胴体に、絡みつかれておる!

「しもた! いつの間に!?」

 鬼神、『力』のルーンで脱出をはかる。

 だが!

 黒い胴体、グニョーンと伸びて、絡みついたまんま!

 足上げても、ついてくる。前に蹴っても、ついてくる。後ろに伸ばしても、ついてくる!

 伸縮自在のグニョグニョ竜! こんなに伸びるんでは、どんなに『力』があったって、ほどきようなし!

 鬼神あやうし!

「そうれ、いただきまーす!」「赤い御方!」「来るな、娘!」「ならぬえ、ルーン!」

 3人の声──あれ? 4人いましたかね?──声が交錯する。

 ジャブジャブの大口、鬼神を呑み込まんとす!


 がっぷん! 巨大なあぎと、噛み合わされ──ない!


「あが・・・」

 ジャブジャブ。

 大口開けたまま、目を白黒。

「口が・・・閉じれましぇにゅ・・・」

 鋭い牙生えた、口の上下。

 赤き手が、がっちりとそのフチを掴んでおった。

 鬼神が、ジャブジャブのあごを捕まえて、閉じれんように掴んだのであった。

「にゃんたる・・・怪力・・・おまえは、いったい・・・?」

 ジャブジャブ、情けない声を出す。

 開けた口を閉じることができないで、間抜けな声になっておる。

「私は、『力』のルーンを授かっておる」

「にゃんですって! ちかりゃのりゅーん!」

 ジャブジャブはのたうった。

 だが、あごはがっちり捕まれ、びくともせぬ。胴体だけがのたうち、波を蹴立てるが、鬼神びくともせぬ。

「で・・・では、おまえが! 我りゃが太母から、ルーンをにゅすんだ(盗んだ)!?」

「たいぼ?」

「神竜(じんりゅう)」

「・・・・・・・・・ああ!」

 鬼神、しばらく考えて、思い出した。

「レガーさんが言うておったな。『力』のルーンは、なんかそんな名前の奴から奪ったと」

「レガーと言いましゅたか!?」

「うむ」

「とうじょくしん(盗賊神)!」

 ジャブジャブはしゃっくりのように叫んだ。

「あん? なんだって? なにを言うとるのか、わからん。

 ──まあ、よい。おまえは、かば焼きにする」

 鬼神。

 ジャブジャブの大口から、4つの手を離した。

 右の上手と左の下手だけを残して、残る4腕、こぶしを固める。

 ジャブジャブ、危機を察した。のたうつ。だが、口が全然動かせぬ。

 必死になって黒い胴体で鬼神に巻きつき、全力でねじり上げる。だが、鬼神、びくともせぬ。

「むだだ。『力』のルーンで、相殺するだけのこと」

「うぐぐ、なんたる、強さ。これが、神」

「私に敵わぬことがわかったか? では、覚悟をせよ」

 鬼神、パンチ。

 上の左こぶしで、ジャブジャブの鼻面をパンチした。

 中の右こぶしで、ジャブジャブのこめかみをパンチした。

 中の左こぶしで、ジャブジャブの目元をパンチした。

 下の右こぶしで、ジャブジャブの喉元をパンチした。

「ぐえ。ぐえ。ぐえ。ぐえ」

 ジャブジャブはぐにゃぐにゃと波打って悲鳴を上げた。

「それ、それ! 柔らかくなあれ!」

 鬼神、パンチ。パンチ。パンチ。パンチ。

 黒きドラゴン、釣り上げられた魚のごとし。左右にぴちぴち跳ねて、苦痛にもがく。

「お許しくだしゃい! いにょちばかりは、おたしゅけを!

 私の宝を、差し上げましゅ! この世に二つとにゃい、竜の宝──」

「宝だと?」

 鬼神は手を止めて、考えた。

「いや。やはり、おまえはかば焼きにする」

「にゃんででしゅ!?」

「おまえを放したとする。おまえはまた、このあたりの人間を喰らうのだろう?」

「はい。人間は弱いうえに足がおしょい(遅い)。肉も柔らかく、おいしゅい獲物です」

 ジャブジャブはちらっと横目で乙女のほうを見た。

 乙女は岸辺に上がっておる。だが・・・

「だろうな。だから、かば焼きにするのだ」

 ・・・と、そのとき!

「きゃあ」岸のほうで、乙女の悲鳴!

「む!?」

 鬼神振り向く。

 なんと!

 乙女のからだに、黒い胴体が迫っておる!

 ジャブジャブ、狡猾! 鬼神としゃべって時間を稼ぎ、そのスキに、乙女を人質に取ろうとしよった!

「卑怯なり、ジャブジャブ。生命乞いのフリなど!」

「私を助けてくれれば、娘も助けましゅ」

「誰が信じるか!」

 人間の胴体なんかより、よっぽど太い胴体である!

 巻きつかれたが最期、乙女はあばら骨どころか、背骨までへし折られるであろう!

 乙女あやうし!

 と、そこへ!


 どん!


 空気を叩く音がして、勇士現る!

 ガンメタリックの三日月かぶとが、黒い胴体に、体当たり!

 『力』のルーンでもって、猛烈な頭突きを噛ました!

 黒い胴体、ばうーんとものすごく弾み、乙女から後退する。

「乗れ!」

「え?」

「その台は私の仲間だ。乗って、空へ逃げよ!」

「え、ええ!? ・・・は、はい」

 茶色の肌をした乙女、剣を拾い上げ、ガンメタ鬼神台に這い上がり、しがみつく。

「逃がしゃぬ!」

 ジャブジャブ、追いすがる!

 黒い胴体、ガンメタ鬼神台に絡みつく! 締め上げる!

「相棒、相殺だ! すもうと同じじゃ!」

 ぶわっさ!

 ガンメタ鬼神台、たくましく答えて、上昇開始!

 ガンメタリックのボディに巻きつく黒い胴体! かぶとをつぶし、乙女を捕らえんとす!

 だが空飛ぶ勇士、『力』のルーンでもって巻き上げを相殺! ジリジリと上昇!

 グニョーンと気持ち悪く伸びる胴体 vs 空飛ぶ『力』の勇士!

 と、そこで、また4人目の声がした。

「ルーン、斬りなえ。ゆっくりえ。慎重に。ゆっくり」

「は・・・はいっ! うりゃ!」

 乙女が、剣をそーっと振り下ろした。

 黒い胴体に、刃が触れる。

 触れただけで。


 すっぱり。


 ジャブジャブの胴体に、スッパリと深く、切れ目が入った!

「ひいい!」

 ジャブジャブ、悲鳴。

 たまらず胴体をほどく。ガンメタ鬼神台、上空に逃げ切る。

「あうう! にゃんです、あの剣は? 神剣のごとき切れ味・・・」

「こいつめ!」


3、ジャブジャブの、たから


「降参しましゅ。今度こそ、降参しましゅ! もう二度と、人間を襲わないと約束しましゅ!」

 ぐねぐねのたうつ黒きドラゴン。ジャブジャブ。

「なにを、調子のいい奴! おまえのごとき、ずるがしこい奴。かば焼きにするが確実!」

「そうかもしれましぇん! かしこいことは、否定しましぇん!

 しかしぇ、私はウミ=ジャブジャブ。約束しゅた以上は、必ず守りましゅ!」

「・・・ほう?」

 鬼神はちょっと心を動かされた。

「だが、やはり、おまえはかば焼きにする」

「にゃんででしゅ!?」

「なんでといって、おまえが約束を守ったとしても、被害がなくなるだけだ。

 だが、かば焼きにしたら、私はおまえを喰えるだろう?」

「にゃるほど」

「さらばだ」

「ああ! では、人間たちが困っていたら、力を貸しゅと約束しましゅ!」

「ふむ?」

 鬼神は力をゆるめた。ジャブジャブの口を半分閉じれるぐらいにゆるめてやり、しゃべりやすくしてやった。

「その言葉に、偽りはないな?」

「・・・はい。この私、ウミ=ジャブジャブは、人間を襲いません。

 人間がどうしようもなく困っているときには、力を貸します」

「宝も、もらうぞ」

「はい。どうぞ」

 おえー。

 ジャブジャブは玉を吐いた。

「きたない奴!」

「それが私の宝です。これは偽りのないことなのですよ」

 鬼神はその玉を、じゃぶ、じゃぶと湖水で洗った。

 真っ黒な喉の奥から出て来たその玉は、真っ黒であった。

 人間のこぶしほどの大きさの、なめらかな黒玉である。

「ふむ」

「私は他に、金銀財宝もいくらか持ってはおります。

 ですが、それほどの力持つ宝は、またとないのです」

「力持つ宝か」鬼神は『力』という言葉に釣られた。「よし。ゆるす」

「はい。ありがとうございます。ごぼごぼ」

 ジャブジャブはゴボゴボと喉を鳴らしながら、水中に逃げ去った。

 黒い巨体は速やかに湖の深いところへ潜り、水平線に影と消えたのであった。


 ざんぶ、ざんぶ。鬼神、岸辺に上がる。

 ふわ~~~ん。ガンメタ鬼神台、降りてくる。ずぶ濡れの乙女を乗せて。

「あ・・・ありがとうございます」

 乙女、疲れ果てた声で礼を言う。

 白い髪が濡れてべっとり張りついておる。ガタガタとふるえておるようだ。

「なんだ、寒いのか?」

「は・・・はい」

「よし。では火を起こそう。話はそれからだ」

 鬼神。

 森に入って、枯れた木を持ってくる。枯れ木1本程度なら、『力』のルーンを使うまでもない。

 服のポケットから、ライターを取り出す。巨人の巧妙なる火打ち具である。

 さらに服のポケットから、油粘土の包みを出す。巨人の不思議な火薬である。

 ──鬼神がいま着ておる巨人の服には、あっちこっちにポケットがあり、色んなもんが入っとるんである。

 油粘土を、枯れ木に塗り付ける。

 ライターの歯車をじりり、じりりと回すと、火花が散る。

 火花は油粘土へ、そして枯れ木へと、燃え移る。

 幸い、天気はよい。

 空は晴れ渡り、風も穏やかである。

 鬼神たちは燃え上がる枯れ木を囲み、濡れた服を乾かした。


 さて。服も乾いたところで。

 自己紹介でも・・・と、鬼神が、乙女を見たら。

「ぐう、ぐう」

 乙女。ぽかーんと口を開けて、ガンメタ鬼神台にもたれかかって、眠りこけておった。

「ありゃ」鬼神はほほえんだ。「あいさつは、また今度になりそうだのう」

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