空飛ぶ街
1、妙雅、うかぶ
「合格じゃ」
「なんです義父上。やぶからぼうに」
鬼神は立ち上がった。
巨人の王が答えようとするのをさえぎって、続けて言う。
「ああ、言わんでいい。妙雅(みょうが)のことでしょう」
「うむ」
「合格といって、なんに合格したのだ」
「そr──」
「ああ、言わんでいい。空を飛ぶということでしょう」
「さえぎるんじゃないわ!」巨人の王ちょっとキレた。「まさにということじゃ」
それは、妙雅の名がついて、しばらくのちのこと。
戦争の後片付けも済んで、巨人の国が平和を取り戻した頃のことであった。
「よーし! 喜んで行きますぞ。いつ飛ぶんかと、ワクワクしとったところだ」
鬼神。
さっそく歩き出す。
ところが、目がひとつしかない妻が、ついて来ん。黙ってお茶を呑んでおる。
「・・・うん? おまえは、来んのか?」
「後から参りますわ」
鬼神の妻。
大地を離れるのを、すごく嫌がる。加えて、外出するのも嫌がるタイプ。
「もしかして」
「はい。私は、飛ぶのはごめんこうむりますわ」
「む。そうか・・・」
鬼神、ちょっと困る。
妙雅の晴れ舞台に、身内が『飛びたくない』というのは、ちょっと。
巨人の王も、ちょっと困っておる。
「・・・空を飛ぶのは、気持ちええのに」鬼神は思うたが、口にはしなかった。
口に出したのはこうであった。
「わかった。では、おまえは下からみんなを見守ると、そう言うておこう」
「はい。そうしてくださいませ。頃合いを見て、参りますわ」
平和なひととき。
見張りも警備も待機もせんでええ。
よって、今回はみーんなに声が掛けられた。
鬼神の息子ども。長男、次男、三男、四男、まだ成人しとらん五男まで。
巨人の弟子ども。工房に居った32人(何人かは神々へのあいさつ回りで外出しておった)。
もちろん、エスロ博士も。
今回は、空飛ぶ一族にも招集がかかった。
工房に居った全員──巨人の国の国民みーんな、招かれたわけである。
みんなぞろぞろ連れ立って、妙雅の『建築』場所へゆく。
可愛らしいのは、まだ成人しとらん空飛ぶ台たちであった。子供空飛ぶ台の3人である。身体は大人とおんなじであるが、まだよう飛ばん。そればかりか、車輪で転がるのもへたくそ。右へそれたり左へそれたり、石ころにつまづいたりしおる。それを、壱号(長男専用機である)、弐号(次男専用機である)の2人が左右から押し戻して、列を保たせておる。
エスロ博士とエスロ台は子供たちを先導して歩きつつ、2人でなんかしゃべっておる。エスロ台が「ぶわっさ」言うのが、ときどき鬼神には聞こえた。
ちなみに、鬼神台は鬼神の隣である。彼(?)はトゲトゲしとるので、押し戻したりしたら子供に穴が空いてしまう。よって、子守はせぬ。常に鬼神の隣である。
森の入り口に着く。
巨人の王はここで止まり、あぐらをかいて座る。この御方が森に踏み込むと大惨事になるので。
で。
前回はこの先、鬼神が森を切り払いながら分け入ったのであるが。
今回はちがった。
真っ黒な小道!
森の中に、綺麗な黒い小道が出来上がっておったのである!
「なんと」鬼神びっくり。「この黒い床は、妙雅だな」
「わしが頼んどいたんじゃ」三男が答えた。「行き来しづらかったんでのう」
「見事じゃ」
小道だというのに、たいそうな土木工事がされておる。
凸凹とうねる森の中を通っておるのに、ビシーッと森を貫いておる。上下に波打ちもしとらんし、左右にヨレもしとらん。
凸っとるところは掘り下げ、凹んどるところには土を入れてならしたようである。
もちろん、直進するのに邪魔な木はすべて刈り倒し、切り株も引っこ抜いてある。この切り株の処理は、特に大変なはずである。
「切り株、みーんな、焦げとるようだが」鬼神は気付いた。
「熱線で切り倒したんじゃ」
「ばかな。山火事になるではないか」
「ばかめ。ならんわ。ちゃんと水も用意したわい」
「ははあ・・・」
鬼神がぽかーんとしとると、ぶわっさ。羽ばたきの音。
「なんじゃ、相棒」
ぶわっさ。
鬼神台、なんか傾いて、ばしゃーとひっくり返すような素振りをする。
「うん? ・・・ああ、水をかけるのは、おまえがやったと言うのか?」
ぶわっさ!
さらに鬼神台、なんか地面に貼りついて、ぐわあと引っこ抜くような素振りをする。
「おい、切り株もおまえが引っこ抜いたのか?」
ぶわっさ!
「こら息子よ! 鬼神台を酷使するんじゃない!」
「鬼神台が進んで手伝うてくれたんじゃ! 妙雅の功績になるっちゅうことでじゃ」
「む。そうか」
ぶわっさ。
「鬼神台はごっつい力持ちじゃからのう。『力』のルーンのおかげじゃ」
「なんだと?」
鬼神驚く。
しばらく平和だったので、鬼神台に『力』のルーンを貸したりはしておらんかったんである。
「はてな? 私が居らんのに、ルーンが使えたとは?」
「陛下」エスロ博士が教えてくれた。「ルーンは、使用を許可しますと、永久に許可された状態になりますのえ」
「そうなのか」
「はい。たとえば、『火』のルーン。
『火』は太陽の女神のルーンですが、人間すべてに使用が許可されておりまする。
ゆえに我らはみな、火というものを巧みに扱えるのですえ」
「ははあ! なんと、そうなのか」
「所有者が『やめた』と言えば、いつでも打ち切ることはできますが・・・」
「いや、やめぬ」鬼神は、相棒の手すりをぽんぽんと叩いた。「ずっと、許す」
ぶわっさ!
「それっちゅうことは、」と三男。「わしらも『力』のルーンを使わせてもらえるんか?」
「・・・広く知られたルーンは、戦にも使われまする。『火』も、恐ろしい呪文になっておりますえ」
「とんな呪文じゃ?」
「『レガーの火』と言いまして、敵に火をぶつける。当てやすいが、残酷な結果をもたらす呪文ですえ」
「ああ」鬼神は思い出した。「見たことがある。若い頃、なわばりのけもの退治で」
「わな張る黒いけものですに? あれは素早く狡猾ゆえ、『レガーの火』は適切な選択と思いますえ」
「そうか・・・」
鬼神は女魔術師のすみれを思い出して、少し黙り込んだ。
博士は話を続ける。
「また、ルーンは奪ったり盗んだりもできまする。いわば、秘宝ですえ。
所有すれば生命を狙われまする。そやに、手に入れても秘密にすべしと、我らは考えております」
「それでは、世のためにならんだろう」と鬼神。
「・・・はい。そうですに」
「私は秘密にはせんぞ」鬼神は宣言した。「だが、そう簡単に許可もせぬ。ルーンがあればラクだとか、そんな考えはするな」
「ちぇっ」三男はうなだれた。
黒い小道、もうすぐ目的地というところで、登りになった。
「なんじゃ? 急に坂になったぞ」と鬼神。
「桟橋じゃ」と三男。
「さんばし?」
「船着ける橋のことじゃ。ま、見た方が早いわい」
黒い小道。
黒い八角柱に支えられて、空中の小道になってゆく!
その終端は、正八角形の床であった。高さは1尋。つまり、ハイエルフの身長ほど。
左右に手すりがあり、安全が図られておる。手前と正面のみ、手すりがなく自由に行き来できる。
その正面に。
空をさえぎるごとくして。
ギョロリ。
ひとつ目のからくり虫。待ち構えておった。
八角柱のボディ。その天辺、黒い玉。
キラキラと緑色の光、流れる。
<こんにちは、陛下、みなさま>妙なる声がした。<ようこそ、妙雅の桟橋へ>
正八角形の桟橋から見下ろす黒い神殿は、この前よりずっと広くなっておった。
いや、『妙雅は大きく育っておった』と言うべきか。
以前の黒い神殿はそのままに、周囲に8つの小神殿ができておる。
中央神殿と同じ正八角形の神殿が、きっちり正八角形に配置され、互いに黒い小道で繋がれておる。
手狭になったのであろう、森は大胆に伐採され、手前の空き地に丸太が積み上げてあった。
「でかくなったのう、妙雅。一大工事ではないか」
中央神殿だけでも、鬼神が仲良くしておる『灰沼の氏族』の村がすっぽり入るぐらいなのだ。
その直径が、さらに3倍ぐらいに広がっとるんである。もはや、小さな街ぐらいある。
<はい、陛下。巨人の国の皆さまのおかげをもって>
「この道もようできておる。歩きやすいこと、この上なしじゃ」
<光栄です>と妙雅。
「じゃろ?」と三男。
「おまえが自慢することか」次男が突っ込んだ。
「手伝うたし! 妹分じゃし!」
「叔母」長男が突っ込んだ。
「兄者ぁ、細かいんじゃ。妹分じゃ、分」
<それでは、さっそく準備を始めたいと思いますが・・・王妃殿下はいずこに?>
「ああ。後から来ると言うておった。王妃は、地上から皆を見守りたいとのことじゃ」
<・・・そうですか>
妙雅は残念そうにした。
ちょっと間が空いたところで、鬼神の四男が恐る恐る手を挙げた。「・・・あの、陛下」
「なんじゃ? 息子よ。ふだんは『父上』でええぞ」
「あ、はい。父上。あの・・・私と弟も、乗ってよいのでしょうか?」
四男と五男、肩身狭そうに鬼神を見上げてきおる。
「おう。もちろんじゃ!」
鬼神は2人の肩を抱いた。そのまま、四男は右腕3本で、五男は左腕3本で、肩の上まで担ぎ上げる。
「うわあ」「うおう」
「乗せるかどうかは、妙雅が決めることだがな。
なーに、妙雅はでっかいから、みんな乗せてくれるわい。なあ? 妙雅よ」
<はい。ただし、>
ギョロリ。
目がひとつしかない虫。建築ユニット。
険悪な目つきで鬼神を睨み上げつつ、丁寧に答えた。
<ただし、巨人の皆さんは2班に分かれて、交代で乗ってください>
「ああ・・・」
鬼神は巨人の弟子どもを見やった。
かわいそうに、弟子ども。ごっついショックを受けておる。
彼らのひとつしかない目は『飛びたかった』と言うておる。巨人は無駄口を叩かぬ。よって口には出さぬ。だが『半分の時間しか乗れんのか』と、そのひとつ目が言うておる。
だがしかし、1人積むなら丸太1本積んだ方が軽いっちゅう奴らである。それが32人も居るんであるから、制限されるのもやむを得ぬ。
「あいわかった」鬼神はまとめた。「では、私を含め、巨人は2つに分かれよう」
<え? 陛下はいいですよ>
「いや、私も巨人扱いじゃ。妻の側にも居ってやりたいからのう。
なあに、空を飛んでは上から見、待機しては下から見るのだ。二度楽しめるというわけだ」
「あ、そうじゃな。わしも巨人組になるわい」三男も言うた。「技術者としては、下からも見てみたいんじゃ」
<・・・わかりました。では、陛下のおっしゃるとおりに>
「誰か、さいころを持っておるか」と鬼神。
「所有」「所有」「所有」と弟子ども。
「ではそいつで決めようではないか。出目の大きい者が、先に乗るのじゃ!」
鬼神、三男、巨人の弟子32人。黒いパネルに座り込み、さいころ振り始める。
しかし、ふつうのさいころである。1~6しか出んわけだから、34人の順位決定には時間がかかる。
その間に、長男らがしゃべり始めた。
「妙雅よ。私が陛下の長男だ。よろしく頼む」
<長男殿。おうわさはかねがね>
「こちらが次男。さいころ振っとる三男は知っとるな。こっちが四男、五男だ」
<次男殿、四男殿、五男殿、初めまして>
「妙雅は名をもらったのですな。先を越されてしまいました」と四男。
「兄者。なんで、わしらは名前がないのじゃ?」と五男。
「巨人に名はないのだ。特別な役職についた者だけが、役を名乗るのだ」
<お先に頂きました。皆さんにも、よい役、よい名がつきますように>
「しかし、」と次男。「この黒い神殿みたいなもんが、丸ごと飛ぶのか? 全部か?」
<はい>
「強いぞ。これは。戦となれば、圧倒的だろう」
<いいえ。工房長閣下に『おまえは人間とは戦うな』と言われております>
「なんと?」次男は渋い顔になった。「・・・まったく、じじ上は。余裕噛ましおってからに」
「じじ上は、ほぼ無敵ゆえな」長男も苦笑い。「人間相手では、危機感がないのであろう」
<いいえ。工房長閣下には、工房長閣下の危機感があります>
「そうか?」
・・・などと話すうち、さいころ勝負が終わる。
嬉しそうにひとつしかない目を輝かせる巨人の弟子、17人。
しょんぼりと黒い桟橋から降りる弟子、15人。
しょんぼりと黒い桟橋から降りる親子、2人。
「負けてしもうた・・・」と鬼神。
「揃って1の目とは、なんでじゃ。わしら目ぇ2つあるのに」と三男。「ぐらさい(重心の偏ったさいころ)ちゃうんか」
「不当な侮辱」さいころ貸した弟子、キレた。「我が骰子、精密なる事、巨人の国一番」
「誇大な主張」別な弟子、キレた。「貴様の骰子、その精密度、我が骰子に劣る」
「やめんか」鬼神が仲裁した。「妙雅の初飛行じゃ。めでたいのだ。祝福せよ。おい息子よ、謝罪せよ」
「・・・了解」「御意」「はい。すまんことじゃ」
巨人の弟子ども、拍手。「妙雅、誕生おめでとう」「成人おめでとう」「初飛行の成功を祈る」
<ありがとうございます。それでは、陛下。浮上許可願います>
巨人の国は話が早い。すぐ切り替わった。
「うむ。許す。妙雅よ、始めるがよい」
<飛行ユニット起動>
ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご・・・
細かい地響きが始まったかと思うと、それが徐々に大きくなってきた。
みんな桟橋から身を乗り出すようにして妙雅を見つめる。
<手すりの内側にお下がりください>ギョロリ。建築ユニットが注意。<初回は、落下物の危険もあります>
「ふむ。私も気をつけていよう」
鬼神がうなずく。その隣に鬼神台が並ぶ。『俺も気をつけていよう』という顔立ちである。
ごごごごごごごご・・・どぅぅぅぅん・・・
地響きが安定したかと思うと、うなるような低音へと変わってゆく。
「あなた。始まったようですね」
「おお、おまえ」
目がひとつしかない妻がやってきた。足元に建築ユニットが控えておる。桟橋に居るのとは別のユニットである。こいつには会話玉はついとらん。いぬみたいに無言で案内してきただけのようである。
目がひとつしかない妻、桟橋にも乗ろうとせぬ。坂道の手前で止まっておる。
「そこまでイヤなのか」鬼神は密かにあきれつつ、テクテク歩いて妻の側まで下りていく。
「巨人組は2回に分けて乗ることになってな。さいころ勝負をしたら、負けてしもうたわい」
「まあ」
どろろろろろろ・・・!
黒い神殿の周辺、雑草におおわれた地面に、ピシピシとひび割れが走った。
雑草が引きちぎれ、土が崩れてゆく音がする。
「こりゃあ、おおごとだわい」
「うむ。妙雅のやつ、うまくやるとええんじゃが」三男もやって来て、言うた。
<経過は良好>と桟橋の上の建築ユニット。<飛行ユニット第一から第八、安定。マナ接続良好。艦体異常なし>
「かんたい?」
「妙雅は空飛ぶ母艦じゃ」と三男。「じゃからして、艦体じゃ」
ず、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご、ご・・・!
中央神殿が、盛り上がった!
8つの衛星神殿が追随する!
地面が裂ける! 妙雅と大地との接続、断たれる!
黒いパネルで構成された妙雅の艦体、反動で、波打つ!
ばぁぁぁん・・・! 壮大な銅鑼(どら)のごとき音、鳴り渡る! 波打った妙雅の天板の音であった。
巨大な黒い艦体。
じわじわと、その全容を空中に現わしてゆく。
周縁にへばりついておった土や雑草が、どんどん剥がれて崩れてゆく。
1寸(約3センチ)。
1尺(10寸)。
へばりついた土が、ごそっと崩壊した。鬼神の胴体ほどもある岩と土が、どごん! と、落ちた。
1尋。
妙雅の天板が、黒い桟橋の高さまで来た。
<浮上、成功です!>
「おめでとう」弟子どもが喝采する。「見事な離陸」「大迫力」
妙雅。
その黒々とした巨体は、生まれて初めての浮上に、成功したのである。
2、空飛ぶ街
<それでは、初回組の皆さん。ご乗船ください>
建築ユニットに案内され、乗り込む者ども。
最初に乗るのは、エスロ博士であった。
次いで鬼神の息子どもが、慎重に乗り込む。次男がなにやら「うおお」などと叫んでおる。
妙雅と桟橋のあいだには1尺ほどの隙間がある。妙雅の天板は上下左右に波打つように動いており、桟橋との間隔も広がったり狭まったりしておる。たまに接触してしまい、ゴツーン・・・と重低音を響かせたりもする。次男はたまたまそのゴツーンのタイミングで乗ったようである。
次に、空飛ぶ台どもが乗り込んだ。
エスロ台と壱号弐号はふわ~~~んと飛んで、天板に着地。子供らは、巨人の弟子がヒョイと持ち上げて天版に乗せてやった。
すると、中央神殿でピターッと静止して待っておった建築ユニットが、ガショーンというて起き上がった。てっぺんに乗っとる会話玉にキラキラと緑の光が流れる。
<乗られた方は、どうぞこちらへ。中央天板へ移動してください>
桟橋にくっついとるのは8つの衛星神殿の1つである。よって、連絡通路を渡って中央に移動せねばならぬ。
しかしこの通路。ただの天板である。手すりもなんもない。そして、万が一にも落っこちようもんなら、下には深い穴が口を開けておる。もともと妙雅が埋まっておった穴である。
そういうわけだから、子供を引率するエスロ台たちは大変に緊張した。
「手伝おう」
長男が気付いて、子供空飛ぶ台の手すりを握った。いわば手を繋いだ形である。次男、四男も、それにならった。
1列になって、黒い小道を渡ってゆく。エスロ台と壱号弐号は、ホッとした様子でついてゆく。
<手すりが必要でしたか。いえ、通路は艦内を通すべきでしょうか?>
建築ユニットがつぶやくと、エスロ博士が答えた。
「艦内通路は、空間の問題、脱出経路の問題、艦が上下動した場合の事故の問題などがあるえ」
<ふむ。ではやはり天板をそのまま通路としますか>
「側面に張り付けては? 接続を梁のごときものとし、その側面に通路を造るのえ」
<しかし博士、側面通路は侵入に対し脆弱(ぜいじゃく)です>
「む。そやに」
そんな話をするあいだに、巨人の弟子17人も乗り込んだ。
いよいよである。
<陛下。妙雅の離陸準備、整いました>
「うむ。許す。妙雅よ、ゆけい!」
<はい。妙雅、離陸します>
どろろろろろろ・・・!
震動音が鳴り響き、妙雅が垂直に上昇を開始する。
まずは地下に埋まっていた部分が完全に地上に出るまで上昇。
そこで浮上を中断し、水平に移動して、桟橋から離れる。
十分に距離を取ってから、本格的に上昇した。
全貌を現わす、妙雅の姿。
黒々とつらなる塔のごとし。
中央に1本の大きく太い塔。その周囲に、8本の副塔。
土ぼこりを風になびかせ、午後の青い空へ、昇ってゆく。
巨大な塔に対し、接続通路はいかにも細い。だがその巨体、歪みもせず、むろん破断もせず、優雅に浮かび上がる。
黒い小道で繋がれた9本の塔が、しずしずと、浮かび上がってゆくんである!
「おお・・・!」
地上の面々。
青空を覆うような妙雅の黒い姿に、感嘆のうめきをもらした。
午後の青い青い空を背景に、妙雅のつややかな黒い巨体が、輝きを増してゆく。
土が剥がれ、土煙も風に流れて、黒いボディがくっきりと見えるようになってきた。
「まるで黒い太陽じゃ・・・」三男がぼけーっとした顔でつぶやいた。
まさに。黒い太陽か、黒曜石の空中神殿か、といった姿である。
「うむ・・・」鬼神も口をぽかーんとする。「空飛ぶ街じゃ!」
その隣で、目がひとつしかない妻は自分の腕をさすっておる。
「ん? どうした。寒いのか?」鬼神は妻に腕を回した。
「いえ。私たちの立つ大地が、あのように空を飛ぶところを想像してしまったのです」
言われて、鬼神も想像してみた。「それは楽しそうだ」
「とんでもありませんわ! ・・・ですが、まことにこれは、素晴らしい力です。父も誇りに思っていることでしょう」
「うむ!」
ギョロリ。建築ユニットが2人を睨んできた。<光栄です!>
その睨むの、どうにかならんのか? と鬼神は思ったが、まあ妙雅はセンスが悪いみたいだしと、許すことにした。
それよりもである。
「そうだ。これは、義父上のこともちゃんと褒めておかんといかんのう」
「まあ。父をですか」
「そうじゃ。工房長として、技術者としてだ。まことに偉大な功績なわけだからして」
「あら。まことに国王らしい御気遣いですわ」
「そうだろう?」鬼神は相棒を手招きした。「相棒! ちょっと、義父上のとこまで飛ぶぞ」
ぶわっさ! 鬼神台、喜んで鬼神の足元へ。
「妙雅も来るがいい」
鬼神は桟橋の建築ユニットを招いた。
しかし、その虫のごときユニットは、八角柱のボディ全身でイヤイヤをした。
<いいえ。万が一にそなえ、私はここを動くことはできません>
「あれ。義父上とおまえを褒めようと思ったのに」
<はい。褒めてください。工房長も会話玉をお持ちですから、あちらでも会話はできます>
「ははあ。なんか、おまえは便利すぎて、感覚が狂うのう」
鬼神、飛ぶ。
まずはその場で舞い上がり、安全を確保してから、飛ぶ。このへんは妙雅と同じである。
みんなの視線が心地よい。
「あ、そうじゃ! ついでに、みんなをからかっていこう! 相棒よ、妙雅の上に回り込むのだ!」
ぶわっさ・・・。鬼神台、否定的な反応をする。
「うん? アカンと言うのか? なんでじゃ?」
ぶわっさ。ぶわっさ。
「・・・わからん」鬼神、『空飛ぶ生きもの』会話スキル失敗である。「まあええわい。おまえに考えがあるなら、従おう」
ぶわっさ。
鬼神台、木々の上を飛び始める。
青々とした木の葉が作る波のごとき緑の面の上を、ざあっと風をなびかせて抜けてゆく。
行きしな歩いた森の中の黒い道を、上空から引き返す。歩くのとはくらべものにならん、この速さ!
見る見るうちに流れてゆく、地上世界!
「ああ。何度飛んでも気分がええのう。なんという乗り心地だ」
ぶわっさ!
森の切れ目まではあっちゅう間であった。
地面に座っとる巨人の王がこっちに気付き、「うん?」という顔をしておる。
「やあ、義父上! 褒めに来ましたぞ!」
鬼神。台の上で軽く踏ん張る。
鬼神台。鬼神の意図を察知して、キュッと止まる。阿吽の呼吸(あうんのこきゅう)である。
「なんじゃ? 褒めるとは」
「うむ。その前にだ。会話玉はお持ちですか」
「うむ? ポケットに入っとるが」
<こちら妙雅。感度良好。おじちゃん聞こえますか?>
「うむ。聞こえる。聞こえるけれどもだ、」鬼神は微妙な顔をした。「だからなんでおじちゃんなのだ」
<おじちゃんはおじちゃんです>
「おまえの、姉上の、夫だぞ。私は。兄者だろう?」
<愛称です。だめですか・・・?>
妙に可愛い声を出されて、鬼神は「まあ・・・いいが」と言うてしもうた。
<では未来永劫おじちゃんで!>
「くそ。なんだ。引っ掛けるような真似をしおって」
<さっさと褒めてください>
「うるさい奴だ。生意気な奴だ!」
鬼神はちょっとキレてから、えへんと咳払いをした。
「工房長閣下。そしてその愛娘、妙雅よ。そなたらは、じつに偉大なことをした! 褒めてつかわす」
<光栄です!>
「なんじゃ。取ってつけたみたいに褒めおってからに」
「いやいや。まあまあ。
私は、褒めるのはヘタクソかもしれんがな。これは真面目に褒めとるのだ。
妙雅は実際、すごいですぞ!」
「うむ」
「これはまぎれもなく、歴史だ! 『空飛ぶ街』として、エルフの本にでっかく書かれるほどですぞ!」
「書かれても困るが。妙雅が狙われそうじゃし」
「そのぐらいすごいということだ。
よくやりました、義父上。ここまで、大変だったでしょう」
「・・・うむ」巨人の王はちょっと涙ぐんだ。「まあ、その、なんじゃ。たしかにな」
<工房長・・・>
「ずーっと前、義父上は、『わかるもんならなんでも造れる』とおっしゃっておったが、」
「うむ。言うた」
「いっぽうで、『生命のことは、わからん』とも、おっしゃっておっただろう」
「うむ。言うた」
「それで、義父上が空飛ぶ一族を造ったということ、大変だったろうなと、いまさら気付いたわけだ」
「うむ。まさにということじゃ」巨人の王は深くうなずいた。「エスロ博士の本のおかげ。まこと、奇跡のごとき結果じゃ」
「よく奇跡をたぐり寄せましたな。妙雅も、よく応えた。もちろん一族みんなもだぞ、相棒よ」
<光栄です>ぶわっさ!
「以上じゃ。エス子たちにも伝えといてくれ」
<自分で言ってください!>ぶわっさぶわっさ!
「ちぇっ、わかったわかった。自分で言うわい」
「締まらん奴じゃ」
感動のシーン、以上である。
鬼神、鬼神台の上にあぐらをかいた。
「ところで、ちょっと訊きたいのだが」
「なんじゃ。しょうもないことを訊くんじゃないぞ。感動が壊れる」
「・・・まあなんだ。さっき、相棒に、妙雅のところへ飛んでくれと頼んだのだ。みんなをびっくりさせようと思うてな。
そしたら、相棒がアカンと言うたのだ。
なんでじゃ?」
「やっぱりしょうもないことじゃ」巨人の王はため息をついた。「感動が壊れてしもうた」
<おじちゃんは、ばかなのですか?>
「なんでじゃ! やめんか。そういう、相手をばかにしたような質問の仕方は」
「ばかな陛下よ。よく聞くがよい」巨人の王は辛辣に言うた。「空を飛ぶというのは、難しいことじゃ。繊細なことなのじゃ」
「はあ」
「ほんのちょっとしたことで、大事故になる。どっかの誰かが息子を吹っ飛ばしたようにじゃ」
「・・・はい」
「そして、妙雅は今日初めて人間を乗せて飛んでおる。それをじゃぞ。
びっくりさせるとは、何事じゃ。
おまえはなにか、事故が好きなのか? なんもかんもぶっ壊さんと、気が済まんのか?」
「いや、まさか」
鬼神は理解し、反省した。
「そうか。それでアカンと言うてくれたわけか、相棒よ」
ぶわっさ・・・。鬼神台、歯切れ悪し。
「なんじゃ? ちがうのか?」
ぶわっさ・・・。『いやそれはそうなのだが・・・』みたいな反応である。
「おい妙雅よ。相棒の言葉を翻訳してくれんか?」
<おことわりします。断固、おことわりします>
「なんでじゃ? おまえは、空飛ぶ台と会話できるんじゃないのか?」
<なんでといって、兄上は、おじちゃんに対して、いつもちゃんとしゃべっているからです。
そこに私が割り込んで、人間の言葉でぺらぺらしゃべって。それで、兄上と会話したことになるのですか?>
「む・・・!」
<なるのですか?>
「・・・ならんわな」
<でしょう>
「ちぇっ」鬼神、連続でやり込められ、むくれる。「私が悪かったわい。くそう」
ぶわっさ・・・ぶわっさ!
「いまのはわかったぞ。『そうへこむな・・・わかればいいさ!』と言うたな?」
ぶわっさ!
<それでいいのです>
「うるさいわ!
──しかし、ちょっと待て。妙雅よ。おまえいま、鬼神台を『兄上』と呼んだな?」
<呼びましたが、それがなにか?>
「なんで私だけおじちゃんなのだ!」
<その話は解決済みですが? 蒸し返しなさるのですか? まさか陛下、前言を撤回なさるおつもりで?>
「くそう! おまえ、なんでそんなケンカ腰なのだ!」
<私は冷静ですが?>
「ええい! こいつには、口げんかで勝てる気がせん! 相棒よ、退却じゃ!」
ぶわっさ・・・。
いつにも増して真っ赤になった鬼神を乗せて、鬼神台は森にもどった。『とっとと奥さんのとこへ連れて行こう』と判断したようである。それで正解である。まこと賢い鬼神台であった。
「ばかめ」
巨人の王は飛んでゆく鬼神の背を見送った。
「まあしかし、国王らしくなったもんじゃわい」
<あれでですか?>
「あれでじゃ」
巨人の王は(´・ω・`)こんな顔になった(※AAはイメージです。巨人の王には、目はひとつしかありません)。
「わしのすねをぶん殴ったときより、よほどましじゃ」
3、鬼神、月をみる
鬼神がみんなのところへもどると、妙雅はちょうど下降を始めたところであった。
着地。というか、地面には着いとらんので『帰港』というか。
これも、成功した。
地面スレスレまで降りてきて、桟橋ギリギリ、ぶつからずにそっと停止。
桟橋と同じ高さで、ふわ~~~んふわ~~~んと揺れておる様子は、まさに船のごとし。妙雅の艦体と桟橋とが近付いたときなんぞは、波しぶきが目に見えるようであった。
もっとも、鬼神はこのときまだ『船』というものを見たことがなかったので、あとから思い出しての感想ですがね。
「父上! 妙雅は、すごいぞ!!!」
次男が大興奮して降りてきた。
次男だけでない。長男も四男も五男も巨人の弟子たちも大興奮である。
「うむ! 歴史に残る快挙じゃ!」鬼神もあらためて褒めた。「・・・ん? 博士はどうしたのだ?」
「興奮しすぎて、伸びてらっしゃる」と長男。
見れば、エスロ博士。妙雅の中央天板の上で、あおむけ大の字に伸びておる。
「わっはっは。幸せそうで、よかったわい。
おまえたちも、まだ乗っとっていいんだぞ? 人間は、2班にならんでもええんだから」
「いや、満喫した。母上の側に居る」長男が答えた。
「そうか。では行ってくる!」
鬼神。言うが早いか、妙雅に乗り込む。
一歩踏み入れると、妙雅の天板はごくわずかに沈み込んだ。鬼神の鋭敏な感覚は、それを心地よく察知した。
「踏んだだけで、こんなに影響が出るのか!」心密かにおどろく。「なるほど! 飛んどる者は、邪魔しちゃいかんのう!」
「おい父上。暴れるんじゃないぞ」
三男が咎めるように言うた。
まるで鬼神の内心を見透かしたようなタイミングである。
「あ、暴れたりはせんぞ?」
「妙雅も生きものなんじゃ。おどかすんじゃないぞ」
「おどかしたりはせんぞ。さ、乗れ。乗れ」
「父上だって相当重いんじゃ。それに前科のある身じゃ。妙雅は今日初めて飛ぶんじゃから、絶対に、おかしなことをs」
「わかったっちゅうのにから! 何度も言うんじゃないわ!」
さいころで負けた15人の弟子も乗り込んでくる。
弟子ども、これまでみんなが乗り込む様子を、ひとつしかない目でギラギラと観察しておった。
それでちゃんと理解をしたようで、互いに手を貸して、1人ずつゆっくりと乗り込みおる。じつに賢い。なんかもうばかなのは鬼神だけの気がしてくる。
<姉上はよろしいのですね?>
「私は下から見ていますわ」
<そうですか。乗りたいときは、いつでもおっしゃってください>
「ええ。あなたのことは妹と思って、なんでも話すようにします」
<はい!>
微笑ましい会話であるが、おじちゃん呼ばわりされとる鬼神は複雑である。
なんじゃまったくと思っておると、鬼神台がやってきた。妙雅の上にそーっと着地して、ゴロゴロと転がって鬼神の側に来る。
「なんでおじちゃんなのだ。おまえもそう思うだろう? 相棒よ」
ぶわっさ・・・。鬼神台、鼻面をそむける。
「なんじゃ! 相棒よ、おまえもか!」
妙雅、ふたたび浮上する。
空は少しずつ赤みを帯び、夕焼けが始まろうとしておった。
青が黄色に、オレンジに、ピンクにと、優しく変化してゆく夕空に、黒い巨体が昇ってゆく。
涼しい風が巻き起こり、鬼神ら乗客を撫でた。
「妙雅よ。歩いてもええかのう?」三男がうずうずしながら訊いた。
<お待ちください。理論上は問題ないはずですが、万全を期して、停止してからにしてください>
「わかったわい!」
妙雅が浮かび上がるにつれ、地上の景色が下へと消えてゆく。
まるで、世界が沈んでゆくようだと、鬼神は思った。
妙雅はじつに安定しておるから、自分が動いとるという感覚がせんのである。そのせいで、世界のほうが沈んでゆくように錯覚してしまう。なんとも不思議な体験であった。
妙雅の天板が描く、小さな地平線。
その下に、家族も、森も、工房のお山も、沈んでゆく。
空だけが見えるということになった。
西に、沈みゆく夕陽。
東に、昇りくる十日余りの月。
鬼神はお月さんを見た。
月はふくらんだお腹を上にするように、ダークブルーにかげりゆく空に、優雅に浮かんでおった。
「うつくしいのう・・・」
<皆さま、お聞きください。注意をします。
大きな御方──陛下とお弟子さんがたは、ゆっくりと動いてください。
また、中央天板からは出ないでください。周辺の8つの天板は、今回は立ち入り禁止です。注意は以上です>
「巨人はゆっくり。中央天板のみ。了解じゃ!」
<では、姿勢が安定しましたので、移動をお楽しみください>
三男はちゃんと技術者らしい配慮を見せて、ゆっくり一歩ずつ端っこへ歩いてゆく。最後は四つん這いになり、腹這いになって、地上を見下ろした。
「おおう! まさに、たこから見る景色のまんまじゃ! おおう!」
巨人の弟子どもも、四つん這いで思い思いの方向へのそのそと這ってゆき、地上を見たり、遠くの空を見たり、仰向けにねそべって空をじーっと見上げたりしておる。「我、この前、あの山の神に挨拶した」「我、あの川の女神に挨拶した」などと、自分たちがあいさつ回りした土地を話したりもしとる。
エスロ博士は大の字になったまんま、ぶつぶつとなんかつぶやいておる。エスロ台がたまにぶわっさと返答する。子供たちは周囲をウロウロしており、壱号弐号がてんやわんやで面倒を見ておった。
と、そのとき。
子供空飛ぶ台の1台が、不意に、ふわっと宙に浮かび上がった。
妙雅の天板を離れ、夕空にふわ~んと舞い上がってゆく。
続いて、2台目。
そして、3台目。
子供空飛ぶ台たちが、舞い上がる。
<飛び方がわかったようですね>
「あやつらも、大人になるわけか・・・」
鬼神はつぶやいて、東の空に目をもどした。
動きもせず、しゃべりもせず、ただ、月を見る。
地上を見下ろす快感を満喫した三男が戻ってきて、不審そうに鬼神を見た。
「・・・どうしたんじゃ? 父上」
へんじがない。
「父上!」
「ん? ・・・ああ。なんじゃ? 息子よ」
「なんじゃじゃないわい。どうしたんじゃ。ボケーとして」
「いや」鬼神はムニャムニャした感じで説明した。「月には、行ったことがないなと、思ってのう」
「あたりまえじゃろ・・・」
「一生、行くことはないんかのう?」
「ふつうそうじゃろ」
「そうか」鬼神は月を見た。「一生のうちに、行くことのない場所は、この世にどれほどあるんだろうのう」
楽しいときは、すぐに過ぎ去ってしまう。
<それでは、そろそろ地上に戻ります。みなさん、中央に集まってください>
全員元の位置に戻り、念のため、床に座る。
ギョロリギョロリ。
建築ユニットが確認して、妙雅は下降を開始する。
風が巻き起こって、鬼神の肌を逆撫でした。
<着陸します>
妙雅、帰港。
巨大な艦体が穴に隠れると、ぶわあと土煙が舞い上がる。
その土煙の中から、目がひとつしかない妻が、じっと鬼神を見つめておった。
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