妙なるもの(後)

4、空飛ぶものの、まっし


「名を付けてやってくれとは、義父上にも言われておったしのう」

 鬼神。

 考えながら、言うた。

「だが、まず初めにだ。そもそもにしてだ。

 おまえさんは一体、なんじゃ?」

<なんじゃと言われましても?>

 ギョロリ。

 建築ユニット。

 ひとつしかない目で、鬼神を睨み上げてくる。

 妙なる声で丁寧にしゃべりながらの、険悪な目つき。

 やりづらい。

「・・・空飛ぶものの末子、ということは聞いた。

 しかしだ、おまえは、空飛ぶ台とは、だいぶちがうだろう」

<はい。異なる部分が多いです>

「だろう? だからまずは、おまえさんがなんなのか、わかる必要があると思うのだ」

「たしかにそうじゃ」三男が賛成した。「わかりもせんと名を付けるなどは、知ったかぶりじゃ」

<なるほど。わかりました。それで、何をお教えすればよいですか?>

「うむ。では、あらためて」

 鬼神は黒い床の上にどっかと座った。

「おまえさんは、なんじゃ?」

<私は、空飛ぶ生きものの末子(まっし)。最新世代です>

 妙なる声は、初めの自己紹介をくり返した。

<それ以外にどう答えればよいか、よくわかりません>


 その答えを聞いて。

 鬼神は、自分が初めて『鬼神』と名乗ったときのことを思い出した。

 『鬼どもの神、鬼神なり!』と名乗ったらば、アロウ殿に『初耳ですえ』と言われてしもうた。

 あのときは、じつに困惑したものであった。


「たしかにな」

 鬼神はうなずいた。

「この世にいまだ例のない者は、自分を説明しろと言われても、困るもんだわな」

「あなた。1人1問ずつ、この子に訊ねてはどうでしょう?」

 と、目がひとつしかない妻が提案する。

「1人1人が、大切と思うことを訊くのです。そうすれば、この子も答えやすいですわ」

「おお。ええのう。それでいこう」

「私から、訊いてもよろしいですか?」

「もちろんじゃ」

「では。

 空飛ぶものの末子よ。私は巨人の国の王妃。そしてこの鬼神さまの妻です」

<はい、王妃殿下。父上から、おうわさは聞いております>

「それは割り引いてくださいな。父は、私のことをおおげさに自慢しますから。

 それでですが、私は、鬼神という大変強い御方が夫であることを、誇りにも思い、頼もしくも思っております。

 なんでといって、強いということは、仲間を守れるということだからです」

<はい>

「そこであなたに訊きます。あなたは、強いのですか?」

<はい。王妃殿下にお答えします。

 私は現在、とても弱い存在です。飛ぶこともできず、戦う力もほとんどありません。

 しかし、やがて空飛ぶことができるようになったあかつきには、人間は脅威ではなくなります。

 私の敵は、ドラゴン以外には居らぬということになるでしょう>

「それは頼もしいのう!」鬼神は喜んだ。「私の子孫のことも、よろしくたのむぞ」

<はい。もちろんです、陛下>

「ええ度胸じゃ」三男も喜んだ。「ええ味方ができたわい」

「ありがとう、空飛ぶものの末子よ。私の質問は以上ですわ」

 一拍、間が空いた。

 それを見て、エスロ博士が手を上げる。「よろしいですかに?」

「もちろんですわ、博士」

「では。

 私は、空を飛ぶということについて、うかがいたいと思いますえ。

 エルフの子供たちが、空飛ぶ魔術師に会いますと、このような質問をいたします。

 『おっちゃん、飛べるに? 太陽まで飛べるに?』

 『鳥とどっちが早いに? ドラゴンとは?』

 『ぼくも飛べる? どうやって飛ぶに?』

 『飛んで見せて? 乗せて! 乗せて!』

 ・・・と、こんな感じに疑問を浴びせられたら、どう答えますかに?」

<はい。そうですね。

 私は、いずれ飛べるようになります。ですが、太陽には届きませんね。

 私は重たいので、飛び始めはゆっくりです。鳥には負けてしまいます。

 ですが、どんどん加速して、最後は追い抜きますよ。鳥だって、ドラゴンだってです。

 誰でも空を飛ぶことはできます。勉強をすれば。

 ですが、勉強をしたくない子でも、私が乗せて飛んであげます>

「おお・・・!」エスロ博士、目をキラキラさせて喜んだ。「楽しみにしておりますえ」

「ほじゃ、わしじゃ」三男が手を挙げた。「おまえさんは、永久に飛べるんか? というか、なんのために飛ぶんじゃ? いやそもそも、じじ上はなんのためにおまえさんを造ったんじゃ? あ、この神殿はいつ造ったんじゃ?」

「1問と言うとろうが」と鬼神。

「ええ・・・」三男不満げ。

「名を授けたあとで、いくらでも話せるのですから」と目がひとつしかない母。

「ほじゃのう。ええと・・・あ、そうか。飛ぶっちゅうことは博士がお訊きになられたものな。

 そうじゃ。こうしよう!

 ──空飛ぶ台たちとくらべて、おまえさんのいちばんの自慢はなんじゃ?」

<はい。そうですね。建築でしょうか?>

「この神殿、ちゅうか、おまえさんのボディ造ったみたいなことか?」

<はい>

「どうやってやっとるんじゃ? これ」

<やってみせましょうか>


 鬼神たちが立っておる、黒い神殿。

 その中央、正八角形の床が、ふたたび沈んでゆく。

 真っ暗な縦穴が、鬼神たちの目の前にぽっかり空いた状態となる。

 その穴の底。ガショーンガショーンガショーンガショーンと、からくりの虫が現れる。

 正八角形の床に、ひしめき合って、乗り込む。

「気持ち悪いのう・・・」覗き込む三男がぶつぶつ言うた。

<はい?>

「なんでもないわい」

 からくりの虫を満載した正八角形の床が、上がってくる。

 じつに気持ち悪い見た目であった。

 6本鉤爪ひとつ目ギョロリのからくり虫がぴったりくっつき、端っこのほうは入り切れんで積み重なり、ピターッと静止して上がってくるんである。こいつら呼吸もしとらんし、静止するときは目までピターッと止まるから死体みたいでじつに気持ち悪いんである。

<私は、自分を分割することができます。

 大きく分けた自分が全体を統括し、小さく分けた自分が建築ユニットを個別に操縦します>

「なんだ? ぶんかつとは」と鬼神。

<自分がたくさんいるみたいにするということです>

「は?」

<分霊の劣化版です>

「わけみたま?」

<陛下はもっと言葉を勉強した方がいいと思います。会話に支障をきたします>

「悪かったのう! で、なんじゃ? わけみたまとは」

<神さまをその本拠地とは別の場所にお祀り(おまつり)することです>

「???」

「あなた。それはこういうことです。

 太陽の女神の神殿は、あちこちにあります。ハイエルフの都や町には、必ず神殿があるぐらいですわ。

 それでは、太陽の女神はどの神殿に居られると思います?」

「・・・お日さんは、空に居られるんじゃないか?」

「それで、ハイエルフがどこかの町の神殿でお祈りした声は、女神に届くのですか?」

「私に訊かれてもわからんが、まあ、届くんじゃないか?」

「なんで届くのです?」

「耳がええからかのう?」

「いいえ。神殿が女神の分霊だからですわ」

「???」

「分霊とはそういうことです。

 本拠地でなくとも、そこに女神がいらっしゃるということ。

 あちらとこちらで同時にお祈りをしても、女神さまにはすべてが届くということです」

「神はみんな、そんなことができるのか?」鬼神は首をひねった。「私にはできんのだが」

「あなたは直接お話ができるのですから、分霊をする必要がないだけですわ」

「んん???」

 鬼神、なんか言いくるめられた感じがした。

 したがいまは自分の話ではない。引き下がる。

「・・・まあ、分霊とやら、なんとなく、そういうわざだということは、わかったわい」

<はい。それで、私のは劣化版です。

 神さまのように無限に分かれることはできません。分ければ分けるほど、ばかになっていきます。

 それでは、分けていきます>


 気持ち悪く群がっておった建築ユニットが、左右2つに分かれた。 

 左右2つのグループが、さらにそれぞれ2つのグループに分かれた。

 4つになったグループが、さらに2つに分かれる。

 8つになったグループが、さらに2つに。

 最終的に、16機の建築ユニットが、黒い神殿の中央に綺麗に16角形に散らばった。

 ギョロリ。

 16体がそれぞれ、ひとつしかない目をうごかし、6本鉤爪を動かし、ガショーンガショーンいうて動き始めた。

「気持ち悪いのう・・・」鬼神がぶつぶつ言うた。

<はい?>

「気持ち悪いと言うたのじゃ」

<陛下はもっと『美』というものを学ぶべきです。センスがよろしくないようです>

「うるさいわ! それで、これは全部、おまえが操っておるのか?」

<はい。16に分割した私がそれぞれ操作しています>

「しゃべっとるおまえと、その16人のおまえは、別人か?」

<いいえ。すべて私です。全部の私が、全部の私を、知っています>

「訳がわからんが・・・おまえは、すごいのう。生意気だし、センスは悪いが」

<ありがとうございます。ですが生意気ではありません。正直なだけです。また、センスが悪いのは陛下のほうです>

「口の減らんやつだ!」

「なるほどのう」三男は感動しておる。「これはええのう。分霊劣化版か。うらやましい能力じゃ」

<三男どのは、たこ偵察隊で苦労なさったと聞きました>

「まさにということじゃ! 自分を2人に分けれたらと、どんなにくやしく思うたか」

<わかります>

「わかってくれるか! おまえはええ奴じゃ! 気に入ったわい!」

<ありがとうございます>

「ちぇっ」鬼神はぼやいた。

<溶接などもお見せしたいところですが、いま、パネルを使い切っておりまして>

「それは残念じゃ。また今度見せてくれい」

<はい。喜んで。では、ユニットを戻します>

 建築ユニットはまた気持ち悪い感じに集合し、ピターッと静止して地下へ運び降ろされていった。 


「それでは、あなた。この子への問いは、お決まりになりましたか?」

「そうだな。私はやっぱり、これじゃ!

 ──おまえさんは、一体なんなのか? あるいは、何のために生きるのか? と言うてもよい」

<はい。

 私がいったい何なのかは、私にもまだよくわかりません。

 私が造られた目的は、はっきりしています。ですがそれは秘密です>

「なんだと? なんで秘密なんじゃ?」

<それに答えてしまっては、秘密を洩らすことになってしまいます>

「なんと」

 鬼神は首をひねった。

「義父上も秘密じゃ秘密じゃと言うことがあるが・・・。

 あ、もしかして、義父上の秘密の研究と関係があるのか?」

<秘密です。一切がっさい、秘密です>

「ぬ・・・」

「つまり、あなたは、父上の大切な、秘密の計画のために、この世に生まれることになったのですね」

 目がひとつしかない妻が助け舟を出した。

<はい。それは私の、逃がれることのできない義務です。

 ですが、それを除いては自由にしてよし、自決をせよと言われております>

「そうか」鬼神はうなずいた。「大変そうだが、がんばれよ」

<はい>

 質問は一段落した。

 が、妙なる声が、自問をする。

<・・・私は一体、なんなのでしょうね?>

「そうだのう」

 鬼神は六腕を組んだ。

「空飛ぶ一族ではあるんだろうが、エスロ台や鬼神台とは、明らかにちがうものな」

<はい>

「そうじゃな」と三男。「自分で自分を建造できるんじゃもの」

「会話できる点も、大きなちがいですえ」と博士。

「黒いしのう」

「父上、そこはどうでもええんじゃ」

「なんでじゃ。エス子はクリーム色で、あれが空飛ぶ一族の色だったじゃないか」

「いぬやねこだって、血が混ざればいろんな色が出てくるじゃろ」

<いえ、いぬやねことはちがいますけども>

「黒は美しい色ですからに」

<はい! まさにということです、博士>

 話がごちゃごちゃし始めた。

「父上が変に難しいことを訊くからじゃ。場が混乱した」三男が文句を言った。「もっと答えやすいことを訊かんか」

「そうは言うがな、息子よ。

 世に出たらば、まず問われるところだぞ。

 『おまえは一体、なにもんじゃ?』とな」

「はあ」

「だから、名づけをするにも、そこは大切なところだと思ってのう」

「ははあ、そうか」

<・・・申し訳ございません、陛下。私には、自分がなんであるのか、わかりません>

 妙なる声はそう言うた。

 建築ユニット、しょぼーんとうつむき、ひとつしかない目でギョロリと鬼神を睨んできよる。

「いや。仕方ないことだ。私だって、答えられんかったことがあるし」

<なんと?>

「そのときは、たしか・・・。ああ、相手はアロウ殿だったのだが。氷天山脈の弓使いのな」

<はい。その名は聞いています。陛下を撃った敵だと>

「・・・うむ。そのアロウ殿が、まだ敵ではなかったときのことだ。

 鬼神だと名乗ったら、知らんと言われて、説明に詰まってしもうた。

 するとアロウ殿が『今日はいい天気ですね』などと、話を変えてくれた。

 世間話をし、自然と、互いのことを語り合ったのであった」

<今日はいい天気ですね>

「うむ。まったくじゃ。何をするにもよい日じゃ」

<あ、そうです。それですから、私は建築を進めていたのです。

 今日は一気に進みまして、パネルを使い切ったので、工房長閣下に連絡をした。

 そうしたところ、『ちょうどええから、皆に紹介をする』と言われたのです>

「そうかそうか。建築も、やっぱり、晴れとるほうがいいのか?」

<はい。溶接にゴミが混じったりしますので、荒天の日はいけません>

「建築は、空を飛ぶためにしとるんだったな」

<はい。もうしばらく。

 8基の飛行ユニットは工房長閣下が造ってくださったのですが、設置する部位のほうが、まだ>

「ひこうユニット」

<空飛ぶ魔術と、力のはたらきによって、大きな推力を得るためのユニットです>

「待て。力のはたらきだと?」

<はい。『力』のルーンのはたらきの真似です。御存知ありませんか?>

「いや知っとる。義父上のハンマーがそうだろう?」

<え? はい。あれはもちろんそうですが・・・。

 空飛ぶ台は全員、同じですよ>

「なに?」

<空飛ぶ台の一族は、1人残らず、魔術と力のはたらきで空を飛ぶのです>

「なんだと!?」


 鬼神驚愕。

 よく考えてみれば、空飛ぶ台の飛ぶ原理、鬼神は詳しく聞いたことがない。

 魔術かなんかだろうと、あいまいなまま鬼神台に乗って飛んどった。

 まあ、奴に訊いても「ぶわっさ」しか言わんだろうけれども。


「初耳だわい」

 三男とエスロ博士、顔を見合わせる。「そう言や、説明したことなかったわい」「工房長閣下がなさったものとばかり・・・」

「まったく義父上は! いや、訊かんかった私も悪いけれどもだ!」

 鬼神ちょっと怒る。

 それから、鬼神台に初めて乗ったときのことを思い出した。

 レースでのこと。その場の思いつきで鬼神台に『力』のルーンを使わせてやったら、見事に使いこなして加速したのだ。

「──そういうことだったのか。

 あいつら、生まれながらに『力』のルーンを知っておるのか」

<はい。正確には、生まれたあとで、飛び方は覚えるのですが>

「そうなのか」

<人間が歩き方を覚えるのと同じなのです、陛下。

 ですから初めは、落っこちたりぶつかったりします──と、母上たちから聞いています>

「ははうえ?」

<あ、エスロ台のことです。私たち一族は、彼女を母上と呼んでいます>

「なるほどのう。エス子が母上か・・・。

 あ、母と言えばだ。この建築ユニットは、誰が造ったのだ?」

<私です>

「ほほう。じゃあ、おまえも母だな」

<・・・私は生まれたばかりなのですが>

「じゃあ娘か」

「父上ずるいぞ! どんどん質問しおってからに」

「これは必要な話をしとるのだ」

「わしだって必要な質問がいっぱいあるんじゃ」

「うるさいわい」

 鬼神と三男はじゃれ合った。

 目がひとつしかない妻。頃合いと見たか。話を切り替えにかかった。

「あなた。そろそろ、名づけに移りませんか?」

「うむ。そうだな。もっとしゃべっていたいが、時間には限りがあるしのう」






5、なづけの会


 鬼神たちは、輪になって座った。

 中央にひとつ目をギョロリギョロリさせる建築ユニット。

 それを囲んで、鬼神、目がひとつしかない妻、エスロ博士、三男である。

 エスロ博士が懐から筆などを出し、墨をすろうとする。 

 すると妙なる声の主。<インクならありますよ>と言うてきた。

 博士と三男がぜひ見たいと言うたので、別な建築ユニットがインク瓶を持ってきた。

 変にデカい瓶。その中に、緑色にキラキラ輝く粒子を含んだ、不思議に美しい、つややかなインク。

 せっかくだから、このインクで名を書いてやろうとなった。

 4人。

 それぞれに筆と短冊を手にして、うんうん考え、名をひねり出す。

 インクをつけ、書いてみる。それを眺めてまたうんうん考え、もっとよい名を、ひねり出す。

 しばらくして。

 4人。

 筆が止まり、互いの顔を見て、うなずく。


「・・・皆さん、候補は決まりましたか?」

 目がひとつしかない王妃が訊ねると、3人あらためてうなずいた。

「うむ!」と鬼神。

「決まったわい。傑作じゃ」と三男。

「私も、決まりましたえ」とエスロ博士。

「では、ハイエルフの歌会にならって、名づけの会をはじめます。

 第一に、それぞれが自分の候補を発表します。

 第二に、批判合戦をします。

 第三に、座長に決定をして頂きます。

 座長は国王陛下、お願いします」

「うむ」鬼神はうなずいた。「ところで、ひとつ提案があるのだが」

「なんです?」

「混ぜるのを、ありとしてはどうか?」

「まぜる?」

「名とは、2つ3つの考えがくっついてもよいものだろう?

 たとえば、『鬼』という種族と『神』というものがくっついて、『鬼神』となるようにだ」

「ははあ」と三男。「たとえばわしが『鬼』で、博士が『ハイエルフ』なら、『ハイ鬼エルフ』とするわけか」

「そんなけったいなことにはせぬ」

「たとえばじゃ!」

「私は賛成ですわ」と目がひとつしかない王妃。「これは、歌の会とちがって、勝ち負けを競うものではありませんから」

「私も、それでよろしいと思いますえ」と博士。

「わしもええと思う」と三男。「じゃが、巨人文字とハイエルフ文字を混ぜたりするんか?」

「皆さま、どの文字を使われました?」と王妃。

「巨人文字じゃ」と鬼神。

 うんざりするほど手紙を書いたせいで、巨人文字も書けるようになってしもうたんである。

「私もですえ」「わしもじゃ」「私もです」

 他の3人も巨人文字の名前にしたようである。

「文字が混ざる心配はないようですね。でしたら、問題ありませんでしょう」

「わかった。では、そういうことで、私が責任を持とう」

 鬼神はうなずいた。

 しかし、内心は不安でいっぱいであった。


「・・・私で大丈夫なのか? 私も、たいがいセンスはないというのにから」

 自分のセンスを疑う鬼神。

「いや、ちがうぞ、私よ。

 万事、戦いと同じだ。いざとなってから、ごちゃごちゃ考えたって、無駄なのだ。

 ただただ、この子によかれと願うのだ。それが、私にできる最高のことだ」


 胸を張る鬼神。

「では、皆のもの、発表をせよ!」

「はい。座長の左手、すなわち、私から始めますわ」

 目がひとつしかない王妃、立ち上がる。

 候補を書いた短冊を、表にする。


 空

 雅


「空雅」

「くうが」鬼神、復唱。「かっこいい名じゃ。どんな意味じゃ?」

「空を飛ぶ、雅びなる者の意味ですわ。

 ガの音は牙にも通じ、武力を持ち得る者との意味も込めております」

「なるほどのう」

 女の名にしてはごっついのう? と思いつつ、鬼神、拍手。

「では、次。エスロ博士」


 妙

 花


「妙花」と博士。

「みょうか」鬼神復唱。「まろやかで、可愛らしい音だな。どんな意味じゃ?」

「妙(たえ)なる花という意味ですえ。

 この者は、その声、たたずまい、じつに妙なるものです。

 そして先ほど『娘か?』との会話がありましたゆえ、おんならしく花の字を添えました」

「なるほどなるほど」

 鬼神は『みょう』の響きが気に入った。拍手する。

「次。息子よ、ゆけい」

「わしはこうじゃ!」


 黒

 子


「黒子!」

「くろこ? ・・・呼びやすい名だな。して、どういう意味じゃ?」

「黒が好きなようじゃし、建築ユニットとかを操っとるじゃろ?

 そういう、いろんなもんを操る奴のことを、黒子というんじゃ」

「ハイエルフの劇で、裏方をする者のことですに」

「そうじゃ」

「なるほどのう」

 こいつも義父上と同じじゃ! センスないわ! と内心思いつつ、鬼神拍手。「では、わしだ」

 鬼神立ち上がる。


 黒

 翼

 王


「黒翼王!」

「こくよくおう」座長の代わりに、目がひとつしかない王妃が復唱する。「いさましい名ですね。どんな意味なのです?」

「黒いし、空飛ぶ生きものの親玉になれとの意味をこめたのだ!」

 鬼神もセンスない。三男と変わらん。それでも、座長代理の妻、ひとまず拍手。

 で。

「それでは、尋常に勝負じゃ!」

 座長の鬼神が宣言する。

 ここからは、名づけバトルである。


 ハイエルフの歌の会では、発表のあとに、批判合戦が繰り広げられる。

 互いの作を容赦なく批判し、自作を必死で擁護するんである。

 ハイエルフ、文明的でありながら、勝負事が好き。英雄同士の一騎討ちとか、大好物。

 歌会バトルパートにも、その性格、色濃く現れておると言えよう。


 口火を切ったのは、目がひとつしかない王妃であった。

「あなた。息子や。

 いったいそれは、真面目に考えた名ですか?

 黒子? 黒翼王? 一生その名で呼ばれるおなごの気持ちになったのですか」

「もちろんじゃ!」三男が反論。「天然自然に沿ったものにしたつもりじゃ。黒いし、こう、黒子じゃろ!」

「うーむ・・・言われてみれば、黒翼女王のほうがよかったか」鬼神は半端なことを言った。いちばんアカン対応である。

「王妃殿下。空には『うつろ』との意味もありますえ」

 エスロ博士も、ハイエルフらしさを発揮する。なんと、王妃の案を批判である。

「雅の字はよい字ですが、空という字の悪い意味を打ち消すには至らぬと思いますえ」

「いいえ。彼女は、空をその一生の舞台とするであろう者です。

 空がうつろであろうとも、そこを駆ける彼女は雅びなるものとなれということですわ」

「なるほど」

「博士の案こそ、詰めが甘いですわ。

 妙なるものとはまさに言い得て妙ですが、女だから花とは、集中を欠いた選択です」

「いいえ。2文字の名を共に重くいたしますと、スキなく近寄りがたい印象になりまする。

 妙なる者ながら、また親しみやすく美しく花開けとの願いをこめた、これは計算ずくのゆるさですに」

「妙の字は私もよいと思う」鬼神が賛成。「意外でありながら、なるほどとなる。『みょう』の音も優しくてよい」

「わしは雅の字がええと思う」と三男。「巨人的。種族的じゃ。ほじゃけ、もう1字は個人的な字を合わせるべきじゃ。すなわち、『黒』じゃ!」

「黒の字はハイエルフに嫌われまする」博士が反対する。「太陽に反する陣営と、誤解をされかねませぬ」

「だがかっこいい色だ!」鬼神も『黒』を推した。「おまえもそう思うだろう?」

<はい。私は、空飛ぶ黒──>

「あなた。本人を引っ張り出してはいけませんわ。子の名は、名づけ親が責任を持つものです」

「ぬう! ・・・じゃあ、博士! 博士だって、黒が好きなんじゃないのか?」

「え」

 博士は自分の胸元の黒玉を見た。

 いっつも着けておる首飾りである。誰が見ても『博士は黒が好きなんだな』となる飾りである。

「いえ、これはその」博士口ごもる。「これは個人的なお守りでして。ハイエルフ種族の価値観とはまた別でして」

「それより、あなた。王はあなたではないのですか。この子に王の責務を押しつけるつもりですか?」

「ちがうわい。言うただろうが。黒翼王とは、空飛ぶ生きものの王という意味だと。あ、やっぱり、黒翼女王にするか」

「候補を途中で変えるなんて。そんな適当な考えでいるのですか」

「ぬう! ちがうが!」


 こうして、ひと通り意見を言い合い、批判もし、褒めもした。

 バトルパート終了である。


「それでは、陛下。座長として、御決定願います」

 全員が姿勢を正した。

「うむ」

 鬼神だけは、立ち上がる。

「天よ照覧あれ。この者の一生背負う名を、いまから授ける」


6、たえなるもの


 鬼神。

 2本の上腕を天にかざした。2本の中腕は自身の心臓の前に合わせる。2本の下腕は大地を抑えるがごとくに開く。

 六腕(りくわん)力士のかまえ!

 ひさびさに登場である!

 その姿勢で瞑目(めいもく)し、瞑想し、そしてカッと目を見開いた。

 新しい短冊を取る。

 筆を取る。

 インクをつける。太陽に照らされたその液は、キラキラと緑の粒子を輝かせた。

 丁寧に筆を整える。

 いまから書く文字、頭の中でしっかりイメージをする。

 筆を浮かせたまま数回走らせ、予行演習もする。

 そして、書く!


 妙

 雅


 短冊を、見せる。「妙雅」

「・・・みょうが」

「うむ! 妙なる者、雅びなる者で、妙雅じゃ!」

 皆が拍手する。

「おんならしさと、芯の強さの、兼ね備わった名です」エスロ殿がたたえた。

「ちょっぴり鬼っぽくて親しみを感じるわい」三男もうなずいた。

「よい名だと思いますわ」

「うむ。この子によかれとの一念で純粋に選んだと、自信をもって言えるぞ。無心の名づけじゃ!」

 鬼神。

 名を書いた短冊を、建築ユニットに見せてやった。

「そなたは、空飛ぶ生きものの末子。

 妙なるもの。雅びなるもの。それが、これからのそなたじゃ。

 名にふさわしくあれ」

 6本鉤爪の建築ユニット。

 いぬが主人のにおいを嗅ぐがごとき熱心さで、フンフンと短冊を見つめる。

「妙雅よ」

<はい>

「おまえは、この世に2人とは居らぬ者じゃ。

 腐らず、焦らず、我が道をゆけ。

 巨人の王の娘として、おのが人生を歩むがよい」

<はい。わかりました。おじちゃん>

「う・・・むう?」鬼神、きょとんとする。「おじちゃん!?」


 鬼神と、目がひとつしかない妻。

 2人で森を引き返してきた。

 巨人の王、すでに目を覚ましておった。まだ寝っ転がっとるが、目はぱっちり開いておる。

「なんじゃ? 博士と孫はどうした?」

「まだ見学ですわ。中を見せてもらうそうです」

「息子と博士は、見たくてたまらんという感じだったのでな。置いてきた。

 私たちは戻ってやらんと、長男が参ってしまうだろうからな」

「そうか」

「それよりもだ。義父上。彼女の名が決まりましたぞ!」


 妙

 雅


「妙なり、雅びなりで、妙雅だ!」

「おお」

「まだ乾いとらんので、気をつけてくだされ」

「おお」

 巨人の王はピンセットを取り出し、大切に短冊を受け取った。

「綺麗なインクじゃな。あの子か」

「そうです。器用な子ですな、妙雅は」

「うむ」

「・・・しかし、妙雅め」鬼神はぼやいた。「私のことを『おじちゃん』とか呼びおるのだ」

「なんと」

「巨人の王の娘だと言うた途端、おじちゃん呼ばわりだ」

「ははあ」

「あれは、ちょっと、跳ねっ返りの予感がしますぞ」

「うむ。わしもそう思うとった」

「義父上のせいだろう。育ての親なんだから」

「なんでじゃ! あれの生意気は、生まれつきじゃ。

 しゃべれるようになったとたんに、こっちを質問責めにしてのう。

 わしがちょっと答えに詰まると<わからないんですか?>とか言いよった」

「ははあ」

「めんどくさいので、本を山ほど与えて黙らせたんじゃ」

「めんどくさがるんじゃないわ!」

「いやはや。しかし、そうか・・・」

 巨人の王はしげしげと短冊を見つめた。

「妙雅。妙なるものか」そして微笑んだ。「・・・おまえにも、見せてやりたかったわい」

「うん?」

「いや。なんでもないのじゃ」


※このページの修正記録


2022/05/25

「5、なづけの会」

 ×「わかった。そういうことで、責任は私が務めよう」

 ○「わかった。では、そういうことで、私が責任を持とう」


 × そしておんなですから、花とつけました」

 ○ そして先ほど『娘か?』との会話がありましたゆえ、おんならしく花の字を添えました」

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