くぼみの地の戦い(1) 戦争開始

1、エスロ博士の、たちば


「あなた。エスロ博士の立場が、よろしくありません」

 目がひとつしかない妻。

 夫婦の寝室で、そんな話をした。

「む? 博士が? なんでじゃ」

「1つには、うわさです。博士が悪く言われております」

「どんな風に?」

「──エスロ博士は密偵である」

「なんだそりゃ」鬼神は困惑した。

「──巨人の国にすり寄って、知識や技術を盗み、持ち帰るのが任務だ」

「ひねくれすぎだ」鬼神はあきれた。

「──巨人の王妃をたらし込んで、便宜(べんぎ)をはかってもらっている」

「ぶん殴ってやろうか」鬼神は怒り出した。「どこのどいつだ、そんな下世話(げせわ)をするのは」

「魔術大学の研究者です。博士の同僚ですわ。ただ、出所まではわかりません」

「くそっ」

 鬼神はしばらく怒ってぷりぷりしておった。

 目がひとつしかない妻が茶を淹れてくれたので、呑む。

「あ」一息ついて、ぽんと手を叩いた。「話が見えたぞ!」

「あら。なにかわかったのですか?」

「それはこういうことだ。博士に嫉妬(しっと)しておる、みじめな研究者が、ばかな考えをした──


『エスロが空飛ぶ台を造っただと? なんてこった、あいつに予算を取られる!

 ・・・いや、だが、本当にそんなすごい奴なのか?

 あいつが造るところを見た者は、誰も居らんと聞く。

 もしかして・・・。

 本当は、ぜーんぶ巨人が造った、なーんてことも、あるんじゃないか?

 それをエスロの奴め、自分の手柄にした。王妃をたらし込んで!

 そうだ! これが真実にちがいない!』


 ──なーんていう、ばかな考えだ!」

 目がひとつしかない妻は声を立てて笑った。

「あなたは、スカルド(弾唱詩人)の才能がおありですわ」

「そうかのう? じゃあ、やってみようか」

「悪いスカルドですわ」

「なんだと? じゃあ、やめだ!」

 夫婦は笑った。

「だが、どうだ? 私の推理は」

「つじつまは合うと思いますわ。ですが、つじつまと『事実』は、別のことですから」

「ふーん」

 目がひとつしかない妻は、自分もお茶を淹れて、呑んだ。

「2つには、空飛ぶ台のことです。緑の者どもが、台の存在に気付きました」

「まあ、派手に飛んだからのう」

 鬼神はちょっとひるんだ。

 クラッシュのあと、妻にたいそう怒られたのである。それはもうネチネチと怒られたので、あの話を出されると、ひるむ。

「いいのです。空を飛ぶことは。父上も許可したことですし、鬼神台の生まれた意味でもありますから」

「そうか」

「事故をしなければ」

「はい」と言いつつ、鬼神、心の中で「しつこいわ!」

「緑は、必死ですわ。密偵を忍び込ませるぐらいに」

「あの3人組な」

 鬼神がついこの前、三男と一緒に追跡した、あいつら。

 密偵として不法侵入して来た上に、本拠地は秘密の砦と来たもんだ。それも、鬼神がさんぽしとる範囲にだ。

 二重の敵対行為というわけである。

「我が国は、舐められておるわけだ」鬼神はきびしい表情になった。

「はい。それが3つめとなりますわ」

 妻は湯飲みを置いた。

「まとめますと、

 1、エスロ博士の立場が悪くなっている。

 2、緑は、空飛ぶ台の情報を欲しがっている。不法侵入をするほど。

 3、緑は、巨人の国をあなどっている。コソコソと敵対行為をくり返している。

 ──ということですわ」

「うむ」

「そしてこれらのことから、私はエスロ博士の今後を心配しております」

「なるほどな」

 鬼神は茶を含んだ。

「ん? あれ?」

「どうなさいました?」

「ふつうに『教えてください』ではアカンのか?」

「だめです。なんでといって、私の父と結んだ協定がありますから」

「きょうてい?」

「お互いに、相手の研究内容は口外しない、という協定ですわ。

 ですから博士は、空飛ぶ台の全容を説明することはできないのですわ」


 鬼神、話がようわからんかった。

 そこで別な人に質問してみることにした。


「・・・というわけなのだが、私にはわからんところがあるのだ。義父上。それに、息子よ」

 相談した相手、巨人の王。

 三男はその場に居ったので、ついで。

「なにがわからんのじゃ」巨人の王はめんどくさそうに言うた。

「簡単じゃろ」三男にも言われた。

「協定というもの。なんでそんなものを結ぶのかだ。

 そんなもん結ばんほうが、緑の者どもは得でしょうに」

「阿呆め」

「アホじゃないわ!」

「秘密がもれたら、困るじゃろ」三男が解説してくれた。

「なんで困るのだ?」

「研究するには、かしこくならにゃいかんし、時間もかかるし、金もかかるじゃろ?」

「うむ」

「じゃが、成果を盗む奴は、ばかでもええし、時間もかからんし、金もかからん。

 それで世の中、良くなるか?」

「ならんわな。

 かしこい博士は手柄を横取りされ、予算がもらえず、次の研究ができぬ。

 どろぼうには、当然、次の研究なんぞできぬ。

 ──つまり、進歩が止まってしまうわな」

「わかっとるじゃないか」巨人の王は憮然(ぶぜん)とした。

「いや、だが、まだわからん」

「なにがわからんのじゃ、父上」

「博士の秘密は、私も結構知っとるぞ? たとえばあの、ええと・・・みたまのかたわれ?」

「『御霊の型枠(みたまのかたわく)』じゃ」

「そうそれ」

「博士が自分の研究を明かすのは、自由じゃ。そういう協定じゃもの。

 じゃが、博士だって実用化された呪文、空飛ぶ台スペシャルは、秘密にしてらっしゃるぞ」

「そうか・・・」

「だいたいがじゃ」と巨人の王。「前に言うたろう。技術交流の取り決めをしたと。なんでそのとき、質問をせぬ」

「知らんぞ」

「いや、言うた」

「いいや、聞いとらん」


 いやいや、言うた。

 このお話でいえば、この2章の『緑の魔術の国(3)』でのことじゃ。

 博士がその場に来て、巨人の王もその場に来て、博士を取り込むとかいう冗談になって。

「ちゃあんと『技術交流』という名目を立て、取り決めもしてある」と、巨人の王は言うたのじゃ。


「ええい、ばかめ!」巨人の王、怒る。「もうええわ! 失せい。邪魔じゃ」

「ひどいではないか!」鬼神も怒る。「だが、助かったわい。お邪魔しましたな。2人とも」

「うむ」巨人の王、機嫌を直した。「博士があぶないのか?」

「生命までは取らんでしょう。脅したり、追い詰めたりはすると見た」

「そこまでするかのう?」

「じじ上。緑の国は戦で成り上がった国じゃ。強い武器には、目の色変えると思うぞ」

「ふむ・・・」

 巨人の王は考えた。そしてうなずいた。

「あいわかった。関係者の保護、開始する」

 巨人の王はなにやらゴソゴソとし、黒い丸い玉を取り出した。

 人間の頭部ぐらいある、でっかい黒い玉である。宝石のように美しい光沢をしておる。

「なんです、それは」

「会話玉じゃ」巨人の王はなんかゴニョゴニョと唱えた。

「呪文ができるのか!」

「うるさい。通信の邪魔じゃ。静粛に(せいしゅくに)せよ」

「・・・父上。あれは呪文じゃないんじゃ」

「・・・じゃなんじゃ」

「・・・キーワードじゃ」

「・・・きーわーど?」

「もしもし。こちら、大玉。聞こえるか。こちら、大玉。どうぞ」

 数秒後、黒い玉に緑色の光がキラキラと走った。

<もしもし。こちらクロ。大玉、どうぞ>

「博士の声だ!」鬼神、興奮。「いったい、どうなっとるのだ!?」

<あ、国王陛下。おひさしぶりですに。その後、台たちの様子はどうですか? どうぞ>

「大丈夫じゃ! 鬼神台め、元気に役に立ってくれとるぞ」鬼神は喜んでしゃべった。

 沈黙。

「どうぞ」と三男。

<どうも、三男殿。──それはよかった。近くまた使節でうかがいますえ。どうぞ>

「うむ」

「ちょっと黙っとれ。わしが話しできん」

「おっと、すみません」

「クロ。学長閣下に伝言があって通信した。そちら、よろしいか? どうぞ」

<現在研究室。時間は大丈夫ですが、えーと・・・隣室の声が邪魔になりませぬか? どうぞ>

「・・・ふむ。そうか」巨人の王は慎重になった。「では、簡単に、伝言をする。どうぞ」

<・・・はい。準備できました。どうぞ>

「伝言。以前おすすめ頂いた、巨人の学校の件、検討中。学長閣下のご意見を乞う。伝言終わり。どうぞ」

<復唱をします>博士は伝言を復唱した。<・・・乞う。これでよろしいか? どうぞ>

「よろしい。お忙しいところをじゃ。ばかな国王のぶんもすまぬ」

「ばかじゃないわ!」

「また会おう。大玉以上」

 エスロ博士の笑う声がした。<それでは陛下、工房長閣下、三男殿。またお目にかかります。クロ以上>

「うむ。楽しみにしておる」

<・・・ありがとうございm>

 キラキラと輝く緑の光が消えて、博士の声は途切れた。黒い玉は真っ黒にもどった。

「父上。『以上』っちゅうんは、終わりの合図じゃ」

「そうなのか?」

「まあええわい」巨人の王は黒い玉を大切にしまった。「説明もしとらんかったし」

「そうだそうだ。なんでこんな、おもしろいものを、私に説明してくれんのだ」

「面白がって、こわすからじゃ」

「こわさんわ!」と鬼神は言い返したが、つい先日クラッシュしたばっかりである。「・・・たぶん」

「とにかく、博士の保護は学長に打診した。あとは返信待ちじゃ」

「うん? いつ打診したのです?」

「いまじゃ」

「学校の話しかしとらんかったようだが」

「あの伝言が『博士をこちらで保護するか?』の合図じゃ」

「へえ!」鬼神、感心。「で、私が注意することはあるか?」

「うむ。わしから王妃殿下に言うておくで、王妃が博士のことでなんかするときは、彼女に一任せよ」

「わかりました」


 それから、さほど日も経たないころ。

 緑の魔術の国の外交使節が、いつになく強硬な主張をしてきた。


2、宣戦布告


「貴国は重大な軍事情報を秘匿し(ひとくし)、利益の独占をはかっておられる。

 かかる態度は平和と友好を壊しかねぬものなり。まことに遺憾(いかん)ですえ。

 情報の共有を希望いたします」


 緑の魔術の国の、外交使節。

 このようなことを、鬼神らに言うてきた。


「突然のお申し出、こちらには思い当たる節がなく、理解困難である」

 応じるは、長男である。

 すっかり外交担当が板につき、貫祿(かんろく)も出てきた。

 国王夫妻は玉座に座り、長男を頼もしく見守っておる。

「具体的には、何を望んでおられるのか」

「軍事的新技術を開発なさった場合に、その情報の共有を。

 性能、製造方法、その目的、担当部隊の陣容など。

 さすれば、平和と両国の発展につながりますえ」

「私の聞き間違えだろうか。『緑の魔術の国だけが得をする』と仰った(おっしゃった)のかな」

「いいえ、両国の発展と申しましたえ」

「国の発展は、ひとえに、その国の民のかしこさと努力による。

 貴国の発展は貴殿らによる。巨人の技術によるのではない。

 私はこのように理解しておる。貴殿らはちがうのか?」

「あくまで秘匿なさるおつもりか? それは、友好的とは言いがたいですに」


 緑の魔術の国。びっくりするほど強硬である。

 これが緑の本性なのだろうなあと、鬼神は考えた。

 こいつらは、自分の計画しか見えとらん。相手の立場が、見えとらんな──と。


「・・・ほう?」

 長男。

 玉座を振り向いた。

 自分が仕えている国王の裁可をあおぐという判断である。

 目がひとつしかない王妃が、長男にうなずく。手を上げてこう言うた。

「この件は、答えを整理するお時間を頂きたいと思います」

「王妃殿下のお求めならば」

 ハイエルフはにっこりした。

 『答えを整理する』と聞いて、情報が出てくると期待したんであろう。

 長男、ハイエルフたちに礼をして、鬼神のそばに寄った。


「・・・父上」

「・・・息子よ、なにを整理するのだ?」鬼神が頼りないことを言う。

「・・・整理はせぬ。母上から伝言だ」と長男。「留学生の件、うまく行ったら、御自由にどうぞ」

「・・・りゅうがくせい?」

「・・・え?」長男当惑。「聞いとらんのか?」

「・・・聞いとらん」

「・・・まあ、いまから母上が話すわい」


「お待ちいただくあいだに、別件を進めましょう。

 魔術大学の希望で、エスロ博士を1年間留学させたい、ということですが」

「いかにも、その通りですえ」

 ハイエルフども、うっすらと笑みを浮かべた。

 王妃、それを見て、平坦な声となる。

「博士は、両国の平和と発展に多大な貢献をなさった御方ですから、留学はよろばしいことです。

 ただ、外交使節との兼任は認められませんが・・・」

「はい」ハイエルフは答えた。「留学が決まり次第、使節からは除名いたします」

「それはようございました!」

 目がひとつしかない王妃、はしゃいだ雰囲気になる。

「それでは、その、よろしければ・・・今日からということで、いかがでしょう?」

 ハイエルフの笑みが、見てわかるぐらいに深まった。

 『やはり王妃はエスロにのぼせておる』という、勘違い。見下しの笑みである。


 鬼神もこれに気付いた。

 カチンと来た。

 鬼神の『決断』は、ここで固まったと言ってよい。

 ほんの数人の外交官の不用意な表情が、緑の魔術の国の運命を決めてしもうたわけである。


 そしてまた、この見下しが気のゆるみにつながったか。

 不自然に性急な要求を、ハイエルフは承諾してしもうた。


「王妃殿下にそこまで喜んで頂けるのならば、急ぎそのようにいたしましょう」

「まあ、よかった! ・・・それでは陛下、博士の留学をお認め頂けますか?」

「あいわかった」鬼神はむっつりと答えた。「王妃の願いじゃ。むろん、許す」

「記録をせよ」と王妃。

「了解」巨人の弟子がガキンガキンと石版に記録をした。「博士、外交使節員から留学生に。即時発動」

 王妃はうなずき、玉座の隣に着席。

 そして、鬼神に顔を寄せた。

「・・・うまく行きましたわ。あなた、どうぞ、自由にご決断なさいませ」

「・・・ごけつだんか」鬼神は不敵に笑うた。「答えは、とっくに決まっておる」

「まあ」

「あの小さなかわいそうな氏族と会うた日にな」


 鬼神は立ち上がった。


「先ほどの要求について、私から答える」

「は!? ・・・ははあ」

 ハイエルフ、慌てて頭を下げた。

 あれ? なんかまずいのでは? と、その顔色が変わる。だがもう手遅れである。

 赤くトゲトゲしき六腕の国王陛下。

 白い牙をうっすらと見せておる。友好の笑みではない。目が笑っとらん。

「巨人の国は、誰はばかることのない、自由な国である。

 我が国民は、みな、自決をする。

 それは、言いたいことを言い、行きたいところへ行くということ。

 言いたくないことは言わず、行きたくないところへは行かぬということだ」

「は・・・?」

「国王である私だって、みなの自由の邪魔はできぬ。

 まして外人のそなたらが、我が国民に強制をできようか?

 できるはずがない。

 小さなかわいそうな氏族を移住させたように、我が国民に強制をできようか?

 できるはずがない。

 だのに、そなたらは『情報をよこせ』と、我が国に強制をした」

「いえ、強制など・・・」

「そちらの意見は聞いた。こちらの答えも、最後まで聞いてもらいたい」

 鬼神。

 にっこり笑って、六腕を広げた。

「長老どもに伝えよ。

 巨人の国は、自由を尊ぶ(たっとぶ)。

 その重み、我が六腕でもって、教授してくれる──とな」


 国王陛下直々の、宣戦布告であった。


3、博士の奇妙な留学


「宣戦布告がなされました。外交使節の方々は、速やかに国外へ退去なさい」

 目がひとつしかない王妃。

 急転直下の宣言に、すかさず追い打ち。

 巨人の女らしい、ずうんと腹に響く声で、外交使節に退去を命じた。

「我々は、平和と友好のために・・・」

「自由のわからぬ者は、友ではない」鬼神は切り捨てた。「敵じゃ。失せい」

 ハイエルフども、顔を見合わせ、仕方なしと判断。

 退去を始める。

「退去してよいのは外交使節だけです」王妃が注意した。

「な・・・なんと?」

 ハイエルフども、驚愕。

「ということは・・・エスロ博士を、人質になさるおつもりか!?」

「ご冗談を。博士は賓客(ひんきゃく)ですわ。1年間、大切にお預かりいたします。

 ──近衛兵!」

 がしょーんがしょーん。

 金属の音を立てながら、全身を甲冑で守った大男が1人、前に出てきた。

「ここに!」

 声を聞いた鬼神は気付く。「なんだ、次男か。ごっついヨロイだのう」

 甲冑の次男、胸を張ってめっちゃ威張っておる。

 いつ造ったんか知らんが、まあ見事な甲冑である。

「エスロ博士を、お部屋にご案内するように。大切な学生さんです。失礼のないように」

「は! エスロ博士、こちらへどうぞ!」

 エスロ博士。

 たった1人、歩み出た。

 いつもの魔術師のローブに、首元の美しい黒玉が輝く。

「魔術大学のエスロ博士に間違いございませんな」

「はい。間違いありませぬ」

 めっちゃ茶番である。2人とも顔見知りだのにから。

「留学を歓迎いたします! どうぞ!」


 こうして、緑の魔術の国は宣戦布告をされ、その外交使節は巨人の国から追い出された。

 王妃のはしゃぎっぷり、演技であったか! ──と歯噛みするも、もはやなにもかも手遅れである。


「・・・おい、びっくりしたぞ! ずいぶん手際が良かったのう」

 鬼神。

 身内だけになると、早速本音をぶちまけた。

 身内とは、鬼神、目がひとつしかない妻、長男次男三男、巨人の王、空飛ぶ台ども、そしてエスロ博士である。

 ・・・え? 博士も居るのかって? そりゃあそうだ。博士を外したら、空飛ぶ台どもが怒るでしょうが。

「予想をしておりましたから」と目がひとつしかない妻。

「父上の宣戦布告のほうがびっくりだわ」と次男。

「同意。寝耳に水」と長男。

「おう、それもそうだ。わっはっは」

「うまく行って、良かったですわ。ただ、博士にはおつらいことでしょうが」


 博士は裏切り者ではない。愛国者である。

 戦のときに故郷に居れんのは、つらいことであろう。まして、自分1人だけ敵国に守ってもらうなど。


「博士よ」巨人の王が心配そうな表情をした。「あんた、嫌がらせをされたりしたか?」

「いいえ。具体的には、なにも。

 ただ、会話玉で連絡を頂いた翌日、長老会議から『報告せよ』と、唐突に求められました」

「秘密を言えと?」

「いえ。『報告をせよ』とだけ。

 ですので日記をそのまま複写して出してやりました。

 『午後、王妃殿下に謁見、本3冊献上す』『夕食は、巨人のスープ』など。

 したところ翌日また呼ばれ、『詳細に』と言われましたので、詳細にしてやりました。

 『3冊の題名はこれこれこれ』『巨人のスープは肉多し。味わい深く、うまし』などと、つらつらと」

「わはは」鬼神は笑った。「いたずらな御方だ」

「学長にも言われますえ」

「盗聴されたか」と巨人の王。

「あの通信のとき、隣の空き部屋に生命の反応がありましたのえ」と博士。「私が気付くのは知っていて、わざと」

「そうか。博士が『隣室の声』と言うたので、慌てて暗号を使うたんじゃが、正解じゃったな」

「しかし、自国の研究者を圧迫するとは」鬼神は罵った(ののしった)。「くずめ!」

 ごん!

「あいた! なにをしよるのだ、エス子や」

 鬼神のすねに、空飛ぶ台のエスロ台が頭突きして来おったのであった。

 ぶわっさぶわっさぶわっさ! なんか文句言うとる。

「なんだ。なにがアカンのじゃ」

 ぶわっさ! ぶわっさぶわっさ!

 エスロ台、エスロ博士のそばに寄り、そこからジャンプジャンプして鬼神に文句を言う。

「・・・ああそうか。博士は私に文句が言えんのに、私だけ一方的に言うなと?」

 ぶわっさ。

「わかったわい。博士、すまん。あんたは遠慮しとるのに」

「いいえ、陛下」

 エスロ台は落ち着いた。『わかればよろしい』ということのようである。

「エス子。おまえ、私に当たりがきつくなっとらんか?」

 ぶわっさぶわっさぶわっさ! エスロ台がまた怒り出した。

 ぶわっさぶわっさ! 鬼神台がエスロ台に歯向かった。主人を守ろうとしとるようである。

「わかったわかった。博士は丁重に扱うから! ・・・やれやれ。ま、大切な留学生だからのう」


 博士はこうして、奇妙な留学生となったのであった。


4、戦争開始


 会戦の日は、それから3カ月経ってからであった。

 3カ月かかったのは、緑の魔術の国が1カ月おきに手紙を3回送ってきたからである。

『貴国は誤解している。我が国は命令などしておらぬ』が1回目。

『誤解を招く表現は取り消し、訂正をする。両国の変わらぬ平和と友好を望む』が2回目である。

 鬼神。

 ばかではない。戦のときは、冴え渡る。

「時間稼ぎだ」一発で見抜いた。「息子よ。たこで調べよ。なにか準備をしとるはずだ」

 三男がたこを飛ばす。

 急遽(きゅうきょ)同型機を増やし、巨人の弟子や、ものがわかってきた四男にも手伝わせ、四方八方に飛ばしまくった。

 結果。

「当たりじゃ、父上」目の下に隈をつくって報告に来た。「奴ら、この前の砦のほかに、反対側にも砦を造っとる」

「くぼみの地の左右に砦をかまえたわけか?」

「そうじゃ。掴みかかる左右の手のごとき2つの砦じゃ。ほんでガンガン物資を運び込んでおる」

「よし。それがわかったらもうよい。寝てよし」

「じゃが、兄者の甲冑も調整せにゃならんし」

「寝てからにせよ」


『平和、友好、知識の共有、以上を拒否なさるなら、残念ながら宣戦布告を受けざるを得ない』が3回目の手紙であった。

 これを読んだ鬼神。手紙を持ってきた使者団に告げた。

「よろしい。では、明日から戦を開始する」

「し、しかし、我ら帰国には3日かかりますゆえ・・・」

「フーン」鬼神は半目になった。「明日だ。時間稼ぎにはこれ以上付き合わぬ」

 出て行くハイエルフども。

 鬼神、三男を呼び、たこを飛ばす。

 ハイエルフは帰国の準備中。だが1名だけ準備を手伝わず、魔術を使い、なにやら紙を読みあげておる。「本日は晴天にして、太陽を一目見るや士気も高揚し・・・」といった、何を言うとるかよくわからん内容である。

「じじ上と一緒じゃな」と三男。「暗号で本国に連絡しとるんじゃろ」

「そんなことだろうと思ったわ」鬼神は笑った。「なにが帰国に3日だ。食えん奴らめ」


 きっかり24時間後。

 鬼神はたった1人で、森の中の砦めがけ、スッタラスッタラ走っていった。

 10人ほどしか居らん槍兵がびっくりして出てくるが、蹴散らす。

「そうれ、『力』のルーン!」

 砦をがーんと殴る。殴った瞬間、『力』のルーン発動!

 砦、バラバラに吹っ飛ぶ!

「うわあ」「うわあ」「死ぬるう」「お助けえ」

 逃げまどうハイエルフにはかまわず、拾える物資をぜーんぶ拾い、高々と積み上げる。

 積み上げた樽や木箱の高さ、なんと巨人の王の背丈にも届くほどであった。

 それを、よいしょと持ち上げて、スタスタ歩いて帰る。

 物資を工房に運び込む。

 倉庫では、長男が四男五男を助手として、物資を計上しておった。

「父上。何事?」

「もろてきた(もらってきた)」

「お見事」長男、口では褒めるが「これも数えるのか・・・」と顔に書いてある。


 鬼神。

 休みもせず、もう1つの砦へスッタラスッタラ走っていった。

 なんと、そっちは退却の真っ最中。

 30人ほどで隊列組んだ槍兵が出てくるが、蹴散らす。

「そうれ」

 砦をがーん。『力』のルーン!

 砦バラバラ!

「うわあ」「うわあ」「強すぎるう」「お母ちゃーん」

 逃げまどうハイエルフにかまわず物資を拾うが、量が少ない。

「おい。隊長殿。物資が少ないのう」

「退却処理で・・・後方へ・・・逃がしましたゆえ」足を折って倒れとる守備隊長が答えた。

「ほほう。それは見事。手早いことだ」鬼神、強い奴は好きである。「さすが、戦の強い国だけある」

「お褒めいただき・・・光栄ですえ」隊長は応じた。「しかし・・・鬼神さまは、格がちがいましたに」

「光栄だ。ではさらば」

 鬼神。

 山のような荷物を軽々と運びながら、いまさらのように、考えた。

「巨人の国に居るとわからんようになるが。どうも、私は人間の戦に関わっちゃいかん気がするのう」

 で。

 物資を工房に運び込む。

 長男四男五男、まだひいこら言いながら計上しておった。

「父上・・・」

「もろてきた」

「・・・お見事」

 長男、さすがにうんざりした表情をする。

 そこへ空飛ぶ台が飛んできた。

 フロントに真っ赤な『壱』の字──長男専用機、壱号である。

 ぶわっさぶわっさ! なんか言うとる。

「何事?」

「手伝うと言うとるんじゃないか? 相棒なんだし」

 ぶわっさ! 壱号、鬼神にびしっと向き直った。

 弐号も飛んできた。壱号と弐号がふわ~~~と上昇し、鬼神が高々と積み上げた木箱や樽に沿ってふわ~~~と下りてくる。

「計上完了?」と長男。

 ぶわっさ!

「ぶわっさ言われてものう」鬼神が首をひねった。

 長男はどっかからチョークを持ってきた。床の空いとるスペースに巨人文字を書く。

 『壱、弐、参、肆・・・十、百、千・・・』と数字を。

 『水、酒、穀、塩、拝陽砦箱、拝陽砦樽・・・』と種類を。ちなみに拝陽はハイエルフの意である。

「利用せよ」

 ぶわっさ!

 壱号はすぐに『拝陽砦箱』へ飛び、続いて数字のところへ飛び始めた。

 弐号は『弐』のところへ止まって、きょとんとしておる。鬼神と息子どもはわっはっはと笑うた。


 さて、ハイエルフども。

 2つの砦を跡形もなく吹っ飛ばされて、どうしたか。

 あきらめて降服した? いえいえ!


「父上ぇ! ちちうえたいへんじゃあー!」

 三男が飛び込んできた。

 砦をぶっ壊してから、1週間後。

 鬼神が1人で朝飯を食っておったときのことである。なんで1人か? それは、妻と息子どもが飯を食うておるあいだ、巨人の王や鬼神が見張りに立っとるからである。

「どうした。奴らが来たか?」

「そ、そうじゃ。くぼみの地の向こうに、むっちゃたくさん兵士が出て来よった」

「そうか」鬼神は食うのをやめぬ。「およその人数と、どのような作業をしておったか、報告せよ」

「1万以上じゃ! 到底、数え切れん」

「それは歩兵か」

「ああ。・・・ああそうじゃ。騎兵は100も居らん。あと、後続がまだわからん。兄者らが見とる。

 作業はじゃな。杭を打ったり、地面をならしたり、荷馬車を整列させたりじゃ」

「そうか。今日の戦はあるまい。落ち着いて水でも呑め」

「な、なんでじゃ?」

「なんでといって、その人数でくぼみの地を渡ってくるには何時間もかかる。

 杭を打って野営をし、ゆっくり休んで、明日から始める気だ」

「ほんじゃ、今日の夜にでも不意打ちしよう! 有利になるぞ!」

「いや。そんなことをしては、しめしがつかん」

「なんじゃ、しめしとは?」

「コソコソせず、堂々と戦うということだ」

「砦はコソコソと行ってぶっ飛ばしたじゃないか?」

「あれは、あっちがコソコソしたからだ。『ふざけるな』というんで、コソコソし返したのだ」

「うーん?」三男は納得しとらん。「勝てばええんじゃないのか?」

「息子よ。

 おまえが、汚らしいことをする敵と戦っとるとせよ。

 不意打ちする、罠を張る、女子供を襲う、死んだフリ、うんこ投げる、うそをつく──など」

「食うとるときに、うんこて」

「それでだ。そいつが『三男よ! 話がある。武器を下ろせ』と言うて来たら?」

「下ろさんわ。どうせ、だますんじゃろ」

「そうなるだろう?」鬼神は肉をぱくっと食べた。「そうなると、停戦、交渉、できん。もぐもぐ」

「あー・・・そういうことか」

 三男、納得して水を呑む。

 そこに長男と次男が入ってきた。

「父上」次男が低い声で言う。「あの弓野郎が居ったぞ」

「弓野郎?」

「アロウ殿」と長男。「敵本陣左翼弓兵隊、氷天部族らしき面々と共に」

「なんだと」

 鬼神は手を止めた。

「アロウ殿が、敵に?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る