くぼみの地の戦い(2) 鬼神、撃たれる

5、鬼神 vs 歩兵軍団





「・・・で、アロウ殿は見つかったか?」

 腕組みした鬼神が訊いた。

「だめじゃ」

 三男が、制御箱のレバーをがちゃがちゃやりながら答える。

 『たこ』を操縦しとるんである。

 たこ。8本足の竹トンボ。空飛ぶからくり千里眼。いまは高空にあり、敵陣全体を見下ろしておる。

「魔術師がうようよ飛んどるで、危のうて(あぶのうて)、近づけん」

「そうか」

「わし、アロウ殿の顔覚えとらんし、見つけるのは無理かもわからんわ」

「おまえは小さかったからな」鬼神はなつかしんだ。「しし車に潜り込んで、寝ておったのう」


 アロウ殿。ハイエルフの探検家。

 巨人の国に迷い込んで来た彼の一隊を、鬼神は気に入って、歓迎してやった。

 次男も三男もまだ小さく、ばかなことをやった。鬼神の楽しい思い出である。

 そのアロウ殿が、緑の魔術の国の弓兵隊に混じっておる。

 なんでじゃ?

 それはわからぬ。

 巨人の国はみーんなでっかくごっつく強い男ばかり。密偵とか、できん。

 わからぬまんま、会戦とあいなった。


 ときは朝。

 ところはくぼみの地。

 こちらは巨人軍。37人。規模としては、軍というより『隊』レベル。

 あちらは『緑の魔術の国』の軍。兵数なんと、1万以上。


 緑の軍、まずは、歩兵10軍団から2軍団、前へ出してきた。


「端から端まで、エルフでいっぱいじゃ・・・」三男びびる。

 壮観であった。

 2軍団で2千人。ワラワラワラワラ、エルフまみれ。

「5町(ちょう)ほどか。幅は」長男が見立てた。

「うん」三男うなずく。「間隔は1間(けん)ぐらいかのう。300人っちゅう計算じゃな」

 かしこい2人。敵の行列をぱっと割り出す。

「300行、7列か。薄いな。装備は整っとるが」

 敵、2軍団。

 全員が、小剣(しょうけん)とバックラー、かぶと、胸当て、こて装備であった。

 小剣は肘から指先ぐらいの長さの剣。リーチはないが乱戦向きである。

 バックラーは金属の丸い盾。これも乱戦向き。

 行進する姿は、まるで黄金色の波のよう。歩くたびに、かぶとが黄金に煌めく(きらめく)。

「綺麗なかぶとじゃのう。お日さん色じゃ。青銅製じゃな」

「歩兵だけか・・・」

 騎兵は80騎ほど居るが、動く気配なし。

 魔術兵は30人ほどで、本陣上空をぐるぐる飛んどるだけ。

「空飛ぶ台での奇襲を恐れとるんじゃないか? 4台しかないとは知らんのじゃろ」

「歩兵だけで楽勝、との判断かも知れん」

 兄弟の話を聞いとった鬼神。

 あきれて首を振った。

「よくまあ、1万も揃えたもんだのう」

「借金」

「しゃっきん? 大将閣下よ、それはなんじゃ?」


 『大将閣下』とは、長男のことである。鬼神が任命した。

 これが当たりであった。長男は読書家で、ハイエルフの戦史なども読んでおる。しかも、かしこかった。


「長老会議が各部族から金を借り、兵と食料を贖う(あがなう)のだ。・・・と、母上が言うとった」

「人に借りた金で戦う、っちゅうわけじゃ」三男が噛み砕いた。

「返すアテはあるんか?」

「わしらから宝をぶんどる気じゃろ」

「然様(さよう)。歩兵1万というて、その大半、略奪のための日雇い人夫に過ぎぬ」

「わしらがどんだけ宝を持っとるか、ずーっと調べとったわけじゃ。口で『友好』と言いながらのう」

「くずめが!」甲冑(かっちゅう)姿の次男がキレた。

「まったくじゃ!」鬼神もキレた。


 ぶお~~~ん。


 ホラ貝の音、鳴り響く。

 ハイエルフ歩兵、2軍団。前進開始。

 先頭に、大きな軍旗、ひるがえる。紋章は円(太陽)と大樹である。

 ずん、ずん、ずん。

 2千人が綺麗に揃っての地響きは、巨人の足音のごとし。


「ちちうえぇ」三男びびる。

「よし、出るか」

 鬼神、六腕の腕組み、ほどく。

 いつもの国王の服のまんま。武器もなし。

 ただ、額には鉢金(はちがね)をしっかり巻いておる。

 おっそろしい目のマークが刻まれた、まばゆく白く輝く鉢金である。

 これ、目がひとつしかない妻が造ってくれたもの。「私の夫を殺すことは許さぬ」との気迫がこもっておる。

 鉢金を留めるのは墨(すみ)色の布。後頭部で結ばれ、動くとかっこよくひらめく。

「父上出陣。近衛(このえ)、お弟子壱番隊、お供をせよ」

 大将閣下が命じた。

「任せろ!」

 がしょーん! 甲冑姿の次男立ち上がる。たった1人の近衛兵である。

 頭からつま先まできっちり覆われた全身ヨロイは、ハイエルフ歩兵とくらべ、圧倒的に重装である。

 手には身の丈ほどもある、オレンジの金属杖。

 その金棒、ずんと地面に突き立てて、言うた。

「じじ上の『不壊の金棒(ふえのかなぼう)』! これさえあれば、百人力(ひゃくにんりき)よ」

「壱番隊、お供了解」

 ずしーんずしーん。巨人の弟子8人、前に出る。

 こちらは鍛冶用のごっついエプロンに、金属のすね当て。

 4人で1本の巨大な鎖を持っておる。8人なので、巨大鎖は2本である。

 ・・・え? なんで鎖なんぞ持っとるのかって? うむ。それは、すぐにわかる話ですぞ。


「掃き掃除(はきそうじ)じゃ!」

 鬼神。

 うれしそうに怒鳴る。

「陣形を崩すなよ。私についてこい!」

「おう」「了解」

 鬼神。スッタラスッタラ走り始める。

「父上速すぎだ! ついて行けん」

 言うた本人が陣形崩してどうする。

 鬼神減速。スタスタ歩いて前進。

 甲冑の次男従う。

 お弟子壱番隊、4人ずつ左右に分かれて従う。巨大鎖、地面すれすれにダラ~ンとして。

 その隊列は、たった10人でおよそ50間をカバーする!

 正面から見た図にすれば──


 弟□弟□弟□弟□鬼□弟□弟□弟□弟

 子∞子∞子∞子□神□子∞子∞子∞子


 ──こうである!(□はなんもないとこです。次男は鬼神の後ろで、正面からは見えませぬ。)


 なんじゃこれは。と、思うたんであろう。

 ハイエルフ歩兵の足並みに、迷いが出る。

 鬼神は迷わず突っ込んでゆく。


 10人 vs 2千人、戦闘開始!


「わっはっは! そうれ、捕まえたぞう!」

 鬼神。

 ハイエルフをわっしと掴む。片手でぶん投げる!

 宙を飛んだハイエルフ、味方にぶつかり、5人6人巻き添えにして気絶!

「名付けて、エルフ投げじゃ!」ひどい名前のわざである。

「うおお!」

 次男。

 鬼神の横に現れて、オレンジ色の金棒を回す!

 右の肩から振り下ろしては、ハイエルフの盾をへこませる。

 左の脇からカチ上げては、ハイエルフの小剣を弾き飛ばし、そのまま右腕ぶん殴る。

 武器なくし、腕を折られたハイエルフ、苦痛に叫んで後退する!

「・・・。」

 お弟子壱番隊。

 なんも言わず、ただ、歩く。そのつま先、ハイエルフを蹴っ飛ばす。空高々と!

 ダラ~ンと垂らした巨大鎖、ハイエルフを薙ぎ倒す!

「ぐええ」「なんで鎖ぐええ」「なんとでっかい鎖ぐええ」「こんな戦術ぐええ」「危なぐええ」

 間隔5間、きっちり5人、逃さず倒す!

 そう! 巨大な鎖、このための武器であった!

 ダラ~ンと垂らして歩くだけで、一網打尽(いちもうだじん)!

 漁師が網打つごとし! あわれハイエルフ、小魚のごとし!

 敵中央、あっちゅう間に、ガタ崩れ!

「うわあ」「うわあ」「腕が折れた」「足が折れた」「どうすれば」「重いえ。どいて」「お母ちゃーん」

「わっはっは!」

 鬼神、六腕それぞれにハイエルフをふん捕まえ(ふんづかまえ)、6方向に放り投げる。

 宙飛んだ6人、それぞれ6人を巻き添えにしてダウン! 敵の穴、さらに広がる!

「歩兵なんぞ、何万出したって相手にならんぞう! 死にたくなければ、散れよ! 逃げよ!」

 ハイエルフども、「うわあ」と逃げてゆく。

「一気に刈り取るぞ! お弟子隊は、左へゆけ。1人残らず、刈り倒してしまえ!」

「進行方向左、了解」

 お弟子壱番隊の8人、ハイエルフを蹴散らし、薙ぎ倒しつつ、ずしーんずしーんと左へゆく。

「息子よ、我らはこっちだ! 遅れるな!」

「お、おう」

 鬼神、次男を引き連れ、右へ!

 ハイエルフを、文字通りに掴んでは投げ、掴んでは投げ。

 もんのすごい速度で、敵陣を食い破ってゆく。

 勇敢にも、剣突き出してくるハイエルフも居った。が、鬼神の着とる国王の服、まったく剣を通しゃせぬ。どころか、トゲで剣をからめ捕り、へし折りよる。ソードブレイカー・国王の服! で、仰天するハイエルフを捕まえて、エルフ投げ。

 じつにひどい。

 次男を囲もうとするハイエルフも居った。与し易し(くみしやすし)ということであろう。

 だが当然、鬼神の怒りを買うことになる。

「こら!」

 鬼神、息子を狙う敵には手加減なし。こぶしでぶん殴る。もんのすごい音がした。岩が砕けるような音である。

「うわあ」「うわあ」「強すぎる」「もうだめえ」「死ぬるう」

「踏み止まれ!」

 必死に旗を振って叫ぶ旗手(きしゅ)にも、エルフ投げ。旗倒れる。

 周囲のハイエルフがあわてて旗を立て直すも、エルフ投げ。旗倒れる。

「無理やえぇ・・・!」ハイエルフ泣きながら逃げてった。


 あわれハイエルフ歩兵。

 初めから騎兵・魔術兵・弓兵、全種連動してくれておれば、こんなボロ負けはせんかったのに。

 だがそれは、岡目八目(おかめはちもく)というもの。

 指揮官の声もなく(エルフ投げでやられた)、旗もなく(エルフ投げでやられた)、兵士は薙ぎ倒されてゆく。


 10分が過ぎた。


「はぁはぁ」

 次男、息切れしとる。

 無理もない。甲冑着けて戦場走っての10分である。

 むしろよう戦った。途中からは足払いでガンガン敵を倒したし。ハイエルフ歩兵の装備は足元が弱いと、戦いの中で気付いたんである。立派な戦士っぷりである。

 鬼神。密かに満足しつつ、次男をかばって中央にもどる。

 お弟子壱番隊も、こちらの様子が見えたんであろう。やはり中央へもどってくる。

「もうよかろう。引き揚げだ! お弟子さんよ、鎖を1本貸してくれい」

「どうぞ」

 鬼神は巨大な鎖を両手で掴み、ぶん回した。

 ごう、ごう、ごおお。

 台風のような音を立てて鎖が回る。

「当たると死ぬぞう! ほうれ、下がれ、下がれい」

 当たれば死ぬっちゅうのは、言われんでもわかる。

「ひええ」「お助けえ」「もういややえ」「死にとうない」

 ハイエルフ、もはや誰も鬼神に近付かぬ。

 そのあいだに、次男と弟子8人は退却をした。


 ぶおん、ぶおん、ぶお~ん・・・。


「わあい、退却!」「たいきゃくやあ」「退却う」「やったあ、助かったあ」

 ホラ貝の音、鳴り響くやいなや、ハイエルフみーんな逃げてゆく。

 敵の2軍団2千人、潰走(かいそう)である。


 10人 vs 2千人、戦闘終了。10人の勝ちであった!


6、巨人の王 vs 騎兵隊


「わかっておったことではあるが、ちと、かわいそうだったのう」

 自陣に引き揚げた鬼神。微妙な表情。

 かぶとを脱いだ次男、汗だくで反論する。

「なにが、かわいそうだ! はぁはぁ。父上が居らなんだら、俺が、ああなっとった。はぁはぁ」

 指差す。

 眼下、くぼみの地。うめく敵歩兵。1千人近く倒れとるんではなかろうか。

 太陽の女神のわざで骨折すら治しよるハイエルフも、さすがに手が回らんか。荷馬車を引っ張ってきて収容しておる。

「もちろん、あんなことにはせぬ。だが、なあ・・・」

「父上は神じゃからな」たこを操縦しつつ、三男。「不公平ではある」

「ふこうへいだと?」と次男。

「あっちの女神さまは、手控えておいでじゃもの」

 三男は空を指した。

 ちょうど、お昼である。明るく輝く太陽は、空の真ん中に達しておった。

 

 昼飯は戦場で食うた。

 目がひとつしかない母の料理。お弟子隊が運んでくれた。

 肉たっぷり、野菜どっさり、乳と卵とろーりのスープである。鬼のおやつ。喉も潤せるし消化もいいので、ちょうどいい。

 敵軍も、煮炊きを始めたようである。

 三男が単眼鏡(たんがんきょう)で確認する。

「具の入っとらん汁に、固いパンを漬けて食うとる。兵士ども、不満げじゃ」

「そらそうだろうな」

 鬼神はスープを呑む。こっちはお肉たっぷりである。

 肉も野菜もいつもより小さめで、隠し包丁も入っとって、柔らかく呑み込みやすい。抜け目ない母のわざである。

「父上のおかげじゃな」三男、単眼鏡をしまう。

「なにがじゃ?」

「この前、父上、砦をぶっこわしたじゃろ? あんとき奪った物資は、食料と矢弾だったわけじゃ」

「補給面では有利」大将閣下がうなずく。「が、郷土防衛。後退はできぬ」

「逃げたら、わしら、行くとこないもんのう」

「そんなことにはせぬ」鬼神はスープをがぶ呑みした。「我らの家には、指一本触れさせぬ」


 双方、昼食終わり。

 また敵が2軍団を前に出してきた。

「こりん奴らだ」がしょーん。次男が立つ。

「待つんじゃ、兄者。敵騎兵に、動きありじゃ」

 三男が、たこを操縦しながら言う。

 敵の動きをもっと調べようとしする。だがそのとき。

「本陣が慌ただしいわい。もしかすると騎兵以外も──あっ、いかん!」

 千里眼の覗き窓。

 突然、敵の魔術兵の顔が映った。

 たこは高空を飛んでおる。だが、魔術兵も空を飛び、接近したんであろう。

 あわてて肉眼で見ると、たこは遥か遠く、ゴマ粒のごとし。下から迫る魔術兵が見えた。

 魔術兵、呪文。紫に輝く光の弾、たこを直撃。木っ端みじん!

 千里眼の覗き窓、真っ暗となる。

「たこがやられた」

「じじ上に通信。『出撃準備をせよ』」と大将閣下。

「じじ上出撃準備、了解じゃ」

 三男、制御箱のツマミをねじる。

「こちら箱ノ参号(はこのさんごう)。こちら箱ノ参号。箱先代聞こえるか。どうぞ」

<・・・こちら箱先代じゃ。聞こえるぞ。どうぞ>

 巨人の王の声がした。

「大将命令。出撃準備せよ。どうぞ」

<こちら箱先代、出撃準備、了解じゃ。なんかあったのかどうぞ>

「全員無事じゃ。敵騎兵に動きあり。本陣あわただし。たこ撃墜され、詳細不明。箱ノ参号以上」

<あいわかった。いつでも出れるようにしておく。箱先代以上>

 通信終わる。

「さあ行くぞ、父上!」次男いきり立つ。

「いや、弟よ。おまえは待機だ」大将が止めた。

「なんでだ!」

「先ほどの疲れがあろう」

「それは! ・・・そうだが」

「本陣の動き、気になる。例の武器で支援に備えよ。俺の分も頼む」

「例の武器だと! もう来るというのか?」

「うむ。奴ら、食料も逼迫(ひっぱく)しておる。決戦と見た」

「わかった。不満だが、兄者が大将だ。従うぞ」

 次男はがしょーんがしょーんと歩いて武具入れの箱に取りついた。

 それを見ながら、鬼神。「例の武器?」

「飛び道具だ。レースのときに使うた──」

「敵が来るぞ!」三男が叫ぶ。

「父上、出撃されよ」

「おう。了解じゃ」

「お弟子隊弐番参番! 鎖のつばさとなれ」

「弐番了解」「参番了解」

 鬼神と巨人の弟子2隊、前に出る。合わせて17人である。

 対し、敵2千人。明らかに質が下がった。金属ヨロイを着けとらん。盾もあったりなかったりする。


 17人 vs 2千人、戦闘開始!

 敵、やる気なし! いきなり士気崩壊!

 17人 vs 2千人、戦闘終了。鬼神と巨人の弟子16人の勝ちである!


 ・・・では、あったのだが。

 戦っとる鬼神たちを大きく迂回して、敵の騎兵が本陣に突っ込んできた。

「騎兵が来るぅ!」三男びびる。「ひゃ、百騎! いや2百騎は居るぞ!」

 正しくは80騎ほどであった。びびっとると敵が多く見えるんである。

 大将閣下はびびらぬ。

「じじ上に通信開け。俺が話す」

「りょ、了解。こちら箱ノ参号。こちら箱ノ参号。どうぞ」

<こちら箱先代。どうぞ>

「代わる。──じじ上。こちら大将。騎兵が突っ込んでくる。出撃せよ。どうぞ」

<出撃了解じゃ。いきなりやるのか? どうぞ>

「いや。攻撃はこちらで指示する。通信を開いたまま移動せよ。どうぞ」

<攻撃はまだ。そちらの指示を待つ。通信を開いたまま移動。了解じゃ。どうぞ>

「よろしい。このまま通信を維持」

 ゆらーり。地面が揺れた。

 振り向くと、工房のお山の向こう。

 雲つくような巨人が歩いてくる。

 巨人の王である。

 その姿が見える。

 その足音が聞こえる。

 その踏みしめる地面の揺れが伝わってくる。

 じつに心強い増援であった。

 前方から迫る騎兵のひづめの轟き(とどろき)も、軽くなったように感じられた。

 大将、じーっと機をうかがう。

 戦場の鬼神が騎兵に気付いた。こちらを振り向いてきた。巨人の王にも気付いたようで、大きくうなずく。

「よし! いまだ、じじ上。攻撃せよ!」

<攻撃了解>


 巨人の王 vs 騎兵隊、戦闘開始!


 どっしーーーん!!!

 巨人の王、足踏み。大地震! 長男次男跳ね上がり、三男すっ転び、スープのお鍋はひっくり返る!

 戦場、大混乱!

 あわれ馬ども。突撃中に地面が上下左右に移動してはたまらぬ。足折れつんのめり、乗り手を投げ出して大転倒! 全滅!


 巨人の王 vs 騎兵隊、戦闘終了! 巨人の王の勝ちである!


7、鬼神、撃たれる


「義父上め。力を入れすぎじゃ」

 もんのすごい揺れに襲われながら、鬼神はハイエルフを3人掴んで立っておった。

 倒れはせぬ。が、地面があんまり上下に激しく波打つので、さすがの鬼神も戦闘ができぬ。巨人の弟子どもですら、上下にぽんぽん弾んでおる。巨人の王がぶっ倒れたとき以来の激震である。

「工房は大丈夫だろうな」

 気になる鬼神。ついつい敵に背中を向けてしまう。

 うかつであった。敵軍には、地震に影響されぬ部隊があるのだ。それを、完全に失念しておったんである。

「撃てえ!」「魔弾!」「魔弾!」「魔弾!」「魔弾!」


 鬼神 vs 魔術兵、戦闘開始! 魔術兵の不意打ち!


「ぬ?」

 紫に輝く光の弾、ワアッと視界を埋めつくす!

 鬼神に、『魔弾』の集中砲火!

 鬼神めった打ち!

 顔面に! あごに! 胸に! 腹に!

 ボカンボカンボカンボカン! 紫の極光(きょっこう)、炸裂!

「むっほ」

 赤くトゲトゲしき姿、紫の爆発に呑み込まれ・・・、

 光の中から、よろよろと現れ・・・、

 ばたり!

 あおむけにぶっ倒れた!!!

「神!」「神!?」巨人の弟子ども、あわてる。

 まさか鬼神がやられるとは思っとらんから、距離がある! どうにも間に合わん!

「仕留めたえ!」「やった!」「倒したあ!」「歩兵、とどめ!」「討ち取れえ」「わー」「わー」「わー」

 ハイエルフ、わーわー言いながら、鬼神に迫る!

 鬼神あやうし!

 そこに今度は、巨人軍のほうから、びゅーんと風音掻き立てて、白い弾が飛んできた。

 地面に落ちた弾、爆裂!


 ぼっふぁーーーん!!!


 もんのすごい音。

 白煙、もうもうと立ち昇る。

「げっほ」「うえっほ」「げほげほ、熱いえ」「目が」「喉が」「鼻があ」

 煙はやけどするほど熱く、吸い込むと息ができなくなる。目にもしみる。

 ハイエルフ歩兵、咳き込んでよろめき、混乱する。

 ぴゅーんと風音掻き立てて、もひとつ白い弾が飛んできた。

 魔術兵に直撃! 爆裂!

 ぼっふぁーーーん!!!

「ぐっは」魔術兵墜落!

 周囲の魔術兵も目をやられ、咳き込み、呪文の詠唱ができんようになる。

<父上! 無事か? へんじをせよ!>

 上空から舞い降りてきた、たこ予備機。

 白い煙をものともせず(生きものじゃないからのう)、鬼神が倒れたあたりに突っ込み、三男の声を届けてくる。

<父上! へんじをせよ! へんじできんなら、兄者が突っ込む>

「げほげほ」鬼神の声がした。「私は、げほげほ、大丈夫だ」

 白煙の中から、赤くトゲトゲしき巨体、ずるずる這い出してきた。

 やけどしそうな白煙も、鬼神にはなんてことはない。ちょっと咳き込んだだけ。すぐ回復する。

「やれ助かった。これはあれか。レースのときの」

<そうじゃ。煙幕(えんまく)ということじゃ。こっちも危ないで、もう下がるぞ。がんばれ>

 空飛ぶ台でレースをしたとき、三男が打ち上げた(失敗して手元で爆発したが)、あの煙玉。

 あれを撃ち込み、煙幕を張って、時間を稼いでくれたわけである。

 鬼神は立ち上がり、自陣を見やった。

 長男と次男が、大きな弓をかざしておる。弦に弾を載せるかごのついた弓──弾弓(だんきゅう)である。

「なるほどのう。あれが、秘密の武器か。

 ──にしても、油断したわ。仲間ごと撃つとはな」

 さっき、鬼神は3人の歩兵を掴んでおった。その3人を巻き添えに攻撃されたんである。

 鬼神、魔術兵どもに呼びかけた。

「やるのう! すごいわざだ。ドラゴンとの戦いを思い出したぞ」

「え?」「え、ドラゴン?」「え? 無傷」「ま、魔弾、集中したに・・・」「無傷やと!?」

「さて、お返しだ」

 鬼神。

 倒れとる兵士から、盾をひっぺがす。

 脇に抱えて、投げる! 円盤投げ!

 くるくると飛んでった盾、魔術兵どものど真ん中へ! 魔術兵あわてる! 1人が喰らって墜落!

「あわわ」「なんという怪力」「危なかったえ」「次弾用意! 次弾用・・・ぐえっ」

 命令を飛ばそうとした魔術隊長、盾喰らって墜落!

 ほぼ同時に次の盾! さらに次の盾! さらに!

「隊長がやられぐえっ」「何枚投ぐえ」「6枚ずつ拾っぐえ」「あ、え? 土ぐえ」「ぐえ」

 なんと、鬼神。

 盾を、石を、土を。

 六腕全部に拾っては、ばばばばばばっと投げ、また六腕全部に拾っては、ばばばばばばっと投げつける!

 乱れ飛ぶ盾。石。当たれば骨折は免れぬ(まぬがれぬ)!

 ぱっと広がるだけの土! 被害はないが、まぎらわしい!

「おまえらもやれ」

「了解」

 巨人の弟子ども、やっぱりなんか掴んで投げつける。盾、かぶと、石、土、倒れとる馬まで!

 魔術兵、直撃喰らって墜落。混乱して味方とぶつかり、そこに石を喰らって墜落。馬が飛んで来て避けようもなく墜落。

 またたくまに、魔術兵35人は半壊。隊長を失って、命令もないまま、退却してゆく。

「まいったか!」

 鬼神、勝ち誇る。

「名付けて、からすの乱れ投げ!」

 これまさに、鬼神が若き日にやられた、あれの真似!

 からすにちょっかい出して反撃され、うんこぶつけられた忌まわしき記憶、ついに有効活用したった!


 鬼神 vs 魔術兵、戦闘終了! 鬼神の勝ち!

 ・・・では、あったが。


「やれ。危なかったわい。あの呪文。喰らったとたんに、力が抜けおった」

 鬼神、汗を拭う。珍しい姿である。

 しんどそうに歩き始める。

 まさにそのとき。

 するすると音もなく、矢、伸びてくる。

 赤き服の衿元。暑がりの鬼神のために大きく開いて喉が見えておる。その喉に。

 矢! 突き立たんとす!

 鬼神、全然気付いとらん! あやうし!

「おっと、危ない」

 鬼神は突然立ち止まった。

 がきーん! 火花散らして矢が弾ける。

 鬼神が急に立ち止まったため、矢は喉ではなく、肩に当たった。

 赤くトゲトゲしき服。肩の部分は、特にごっつい。矢を弾いて、鬼神を守ってくれたのであった。

「この気配のない矢──」鬼神、直観す。「さては!?」

 睨みつける(にらみつける)。

 視線の先に居ったのは、緑の軍の弓兵隊。

 じつはこやつら、魔術兵と同時に出撃してきたのが、地震ですっ転んでタイミングがずれたんである。

 鬼神が睨むと、みな、すくみ上がる。

 だが、1人だけ、不思議そうな目で見つめ返す奴が居った。

 おや? なんで生きておられるのえ? ──と、その冷たい目が言うた。

「アロウ!」

 そう。その、『なんでおまえ死んでないの?』とでもいうような目で鬼神を見てきおった、その男。

 見間違いようもない。あの、氷天部族のアロウ殿であった。

「おまえ! よくも、その態度!」

 鬼神激怒。さっそく殴りに行こうとする。

 が、動きがにぶい。そこに。

「魔弾は、効いておる!」緑の弓兵隊長が号令した。「かまえ! つがえ!」

 緑の軍の弓兵隊。一斉に矢を抜き、つがえ、鬼神を狙ってきた。

 ふだんの鬼神なら、素早く動くか伏せるかした。だが、身体が重い。

 仕方なし。敵の盾で身を守ろうと──いや小さすぎる! 鬼神が身を守るには、この盾では小さすぎる!

「撃てえ」

「む・・・!」

 矢の雨、乱れ飛んで来る。

 ぶわっさ!

 がきんがきんがきん!


 ・・・火の雨散らして、矢、すべて弾けた。

 空中にぴたりと止まった、赤くトゲトゲしき、巨大な台によって。


「相棒よ!」鬼神、びっくり。「来てしもうたのか!」

 ぶわっさ。

 鬼神台。

 鬼神専用の空飛ぶ台。

 空から駆けつけ、いまこのとき、鬼神を守る盾となった!

 その姿!

 なんと! まるで、かぶとがに!

 赤くトゲトゲしき、ごっつい甲羅(こうら)! しっぽのごとき長いトゲ!

 この甲羅でもって、鬼神を狙う緑の矢、すべて弾いてみせよった!

 ヨロイ纏った(まとった)鬼神台!

 アーマード鬼神台!

 鬼神の危機に、馳せ参ず(はせさんず)!

「なんと、おい、かっこええのう、おまえ!」

 鬼神感動。台に乗る。

 ぶわっさ。台、即座に浮かび上がる。

「ようし。あの恩知らずめをぶっ飛ばしてやるわい。突っ込め!」

 鬼神指差す。

 鬼神台、その方向へ突っ込む!

「うわあ」「こっちに来るう」「空飛ぶ騎兵やえ」「お助けえ」

 ハイエルフの弓兵ども、まさかの空飛ぶ鬼神におおあわて。迎撃どころの騒ぎでない。

 だが1人だけ、例外が居った。

「私に任せよ。そなたらは、散れ」

「隊長」「隊長」「アロウ殿」

 氷天部族のアロウ殿。

 もはや疑いようもなし。あわや鬼神の喉に突き立とうかという、あの矢のぬしは、アロウ殿であったのだ。

 その必殺の弓、ふたたび、鬼神に向ける。

 が。

「なんと!?」「盾?」「4枚盾!?」

 そう。

 鬼神。ちゃっかり、盾を拾って握っておった。

 それをがばっと広げてかまえる。図にするならば──


 盾□盾 

 □鬼□

 盾神盾 

 ■台■


 ──こうである!(■は鬼神台のボディです。)

「ひええ」「人外」「神わざなり」「空飛ぶ盾騎兵」「そんなあほな」

 アロウ殿、無表情。

 うっすら翳った(かげった)目で鬼神をぼーっと見る。弓をいっぱいに引く。

 するする・・・!

 やはり、その矢、いつ放たれたのかわからぬ。

 気付いたときには宙にあり、かと思うと鬼神の眼前へ!

「甘いわ」

 鬼神、冷笑。盾で受ける。

 がきん! 矢、弾け飛ぶ。鬼神無傷。

「必殺の矢、やぶったり!」


 じつは、アロウ殿のわざ。

 いつ撃ったかわからん気配のなさに加え、相手の動き始めを撃つというところに強みがあった。

 相手が歩き始める、その瞬間。

 足の浮く瞬間に、ぴたりと急所を撃ち抜くわけである。

 だがアーマード鬼神台に乗った鬼神に、『足の浮く瞬間』なんぞない。

 まさに一心同体の、防御のわざであった!


「伏せ!」

 アロウ殿、自分も素早く伏せながら命令。

「恩知らずのアロウよ!」鬼神の声、轟く。「鬼どもの怒り、思い知れ!」

 そして鬼神、ぐわっと横に倒れた。鬼神台、ひっくり返る!

 鬼神、逆さまになる!


 □■台■□

 □□神□□

 □盾鬼盾□

 盾□□□盾


 こうである!

「うわあ!」「さかさま鬼!」「ありえぬ!」「非現実!」「女神さまあ!」

「──ゆくぞ相棒。『力』のルーン!」

 鬼神台、突如、猛烈な加速!

 鬼神の『力』のルーンにより、矢よりも速く、ぶっ飛んで来る!

 逆さまに台からぶら下がったまま、4張りの盾、振るう!

 伏せた弓兵を、地面ごと! どっかんと殴って、すぽーんと空へカチ上げる!

 どっかんすぽーん、どっかんすぽーん、どっかんすぽーん!

 伏せても意味なかった! 『力』のルーンに敵う(かなう)ものなし!

 畑耕すがごとく、地面めくっての、無双突撃!

「名付けて、たがやしチャージ!」

 ばかなことを叫びながら鬼神飛び抜ける。

 後には、高々と舞い上げられるハイエルフどもの姿。

「うわあ」「ぬうわあ」「うぐわあー」

 アロウ殿も、どっかんすぽーん! 空高く舞い上げられた。

 背の高さより高く舞い上がり、ぐるぐる回って地面に落ちる。

 あわれ氷天部族のハイエルフ、あちらは腕の骨を折り、こちらは足の骨を折り・・・

「我が『影の矢』、一度ならず・・・二度までも・・・」

 アロウ殿もまた、うめき、力尽き、ぶっ倒れた。


「勝ったな、相棒!」

 ぶわっさ! ぶわっさ!

 よろこびに満ちたアーマード鬼神台のはばたきの音とともに、鬼神、空を飛ぶ。

「どれ、よっこいしょ」

 身体を揺らし、グルンと回って、元の姿勢に。

 もはや、誰も撃っては来ぬ。鬼神、盾を下げ、悠然と飛ぶ──


 □□鬼□□

 盾盾神盾盾

 □■台■□


 ──こうである!


 鬼神 vs アロウ殿、戦闘終了。鬼神の勝ちであった。

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