空飛ぶ生きもの(3) 国王陛下、空を飛ぶ

6、国王陛下、スタートラインに立つ


「よーし! ここが、スタートラインだ!」

 鬼神。

 満面の笑みで、宣言した。

 どーん。木の幹を地面に突き立てる。

 足元には深々と掘られた、みぞ。深さ、1尺(約30cm)はあろうか。

「掘りすぎじゃ」三男が指摘した。「スタートラインじゃと言うとる。なんで、みぞを掘る」

「わっはっは! うれしくて、力が入りすぎた!」

「はしゃぎすぎじゃ」

「ついにこの日が来たのだから」

 なでなで。

 赤い手で、大きな赤い荷台のごときものを、撫で回す。

 成人したばっかりの、新たな空飛ぶ台である。

 赤くトゲトゲしき、国王専用の!

 『鬼神台』である!

「ああうれしや! 綺麗な赤だのう。トゲトゲしいのう」

「ええ出来じゃろ」と三男。「国王専用機じゃというて、母上とお弟子さんらがめっちゃ気合い入れてのう」

「うむ、じつに! かっこいい! かっこいいぞ、我が台よ」

 ぶわっさ。

 鬼神台、はばたきの音でもって応える。

 なんか勇ましい音である。鬼神にふさわしい、気の強い男(?)のようである。

「自分のものを持つというのも、楽しいもんなのだな」

「父上。いつまでニヤニヤしとるのだ」

 次男が文句を言うてきた。

「とっととレースをやろう。待ちくたびれた」

「同感」長男もうなずく。

 次男と長男、この2人も、空飛ぶ台に乗っておる。

 いずれも新しい世代、『成人』したての空飛ぶ台であった。

「はっはっは、すまんすまん。では息子ども。そして我が『鬼神台』よ。位置につけ!」

 ぶわっさ。

 鬼神専用の空飛ぶ台、はばたきの音ひとつ。

 スタートラインの手前まで、ゴロンゴロンと車輪を鳴らして移動した。

「行け!」

 次男も命令。

 空飛ぶ台、ダッシュ! 行き過ぎた!

 がこん! 鬼神が掘ったスタートみぞに、車輪落ちる!

「うおう」次男落ちる!

「わっはっは、ばかめ」鬼神笑う!

「急いた(せいた)な、弟よ」長男は冷静に命令をした。「壱号(いちごう)よ。鬼神台の右に並べ。間隔1尋(ひろ)、先端合わせ。みぞ注意」

 ぶわっさ。長男の空飛ぶ台、はばたきの音が、なんか冷静である。

 静かに転がり、ぴたりとスタートみぞの直前に止めた。

「見た目はそっくりだが、個性があるようだのう」

 鬼神が感心すると、三男もうなずいた。

「生きものじゃからな」


 3台の空飛ぶ台。

 まず、鬼神専用機。鬼神台は、大きくて真っ赤である。そしてトゲトゲしておる。

 長男次男の台。こちらは特に名はない。大きさは初代のエスロ台と同じ。色も同じ、温かいクリーム色。ただし、ちょっとアレンジがされておる。

 フロント左右に、ツノ。鬼神台のトゲトゲと同じのが2つだけついておる。

 中央には、赤く美しく堂々と、巨人文字が象嵌(ぞうがん)されておる。

 『壱』が、長男専用機。

 『弐』が、次男専用機である。

 このトゲと赤いカラーリングで、壱と弐が鬼神台の子分であることは明白である。

 また、壱と弐はクリーム色のボディであるから、エスロ台の仲間でもある。

 見てすぐにわかる、仲間のしるし。

 これぞ、目がひとつしかない王妃の『お化粧』であった。

「じつに、かしこい化粧だ」鬼神は感心した。「さすがは我が妻だ」

 

 ──さて、ここからは、空飛ぶ台を名前で呼びます。

 『鬼神台』は正式名称ですから、これでよろしいでしょう。

 長男と次男の台には正式名称はありません。しかし長男が自分の台を『壱号』と呼んでいましたので、これを使います。

 『壱号(いちごう)』。長男の台。フロントに『壱』の文字がある。

 『弐号(にごう)』。次男の台。フロントに『弐』。

 ・・・え? 三男は台に乗らんのかって?

 そうなのだ。三男は「もっと研究してから自分で造るんじゃ」と言うて、自分の台は後回しにしたのだ。まあ、運動の好きな男ではないし、どっちみちレースはしなかったんじゃないか?

 代わりに三男は三男で、この日のために持ってきた仕掛けが2つあったのだ。それはすぐにわかるでしょう。


「ふっふっふ。かっこよく飛んで、息子どもを置いてきぼりにしてやろうではないか!」

 鬼神、そう言いながら、台に乗る。

 ぶわっさ! 鬼神台が勇ましく応える。

「父上」三男が釘を差してきた。「無理はいかんぞ。その子は、初めて父上を乗せるんじゃから」

「うむ、そうだな」と鬼神。

「空を飛ぶのは、走るのより、ずーっと危険じゃ。ほんの一瞬が、大事故になるんじゃ」

「そうだな。わかった」と鬼神。

「ぶつけるなんぞ、もってのほかじゃぞ」

「しつこいわ! わかったと言うのにから」

 三男は微妙にしつこいのが玉にキズである。

「ほじゃけど父上、勝負となると子供になるし・・・」

「以上じゃ! スタートをせよ!」

 鬼神。三男に背中を向けた。

 目上の者に『以上』と言われたら、話は終わり!

 これ、巨人の礼儀。三男の身体に染みついておる。鬼神、それを利用した。

「息子ども。用意はいいか? ──私に負ける用意は!」

「こっちのセリフだ!」

 台から落っこた次男。言い返して、飛び乗る。

 どすん! ぎしい! 台きしむ。

「兄者ァ!」

「うるさいのう」次男は口をへの字にした。「わかったわい。すまん」

「わかっとるんなら飛び乗っ──」

「よし! 合図せよ!」鬼神、機先を制す。

「た・・・っむ。ふん!

 ほじゃ、合図をするぞ。

 ぱーん! と、でかい音がするからの」

 弐号、飛び出した。

「おいこら、まだだ」と鬼神。

「合図かと思うたのだ」

 次男、弐号を旋回させ、スタートラインに戻ってくる。

 優雅な飛行である。

「妙にうまいな」鬼神は気付いた。「・・・まさか!」

「ふっふっふ」次男はにやっと笑った。「バレてしもうたのう、兄者」

「迂闊(うかつ)だのう、弟」長男も笑った。「父上、我等、秘密特訓済み。熟練十分なり」

「なんと!? 卑怯な!」

「わっはっは。戦に卑怯もくそもあるか」次男が鬼神みたいなことを言うた。

「抜け目のない奴らだ! だがそんなことで私は負けんぞ」

「もうええか?」

 三男。右手の筒を空に向ける。

「3つ数えるぞ! 3、2、1、」


 ぼっふぁーーーん!!!


 もんのすごい音。

 白煙、もうもうと立ち昇る。

 ごう、ごう、ごおう!

 3騎の空飛ぶ騎士ども、風を巻き起こし、白煙を渦巻いて飛び立ってゆく。

「うえっほ」三男、咳き込みながら、煙から飛び出してきた。「げっほげっほげっほ」

 3騎はすでに、青空に小さなシルエット。

「気にせんと行ってしまいおった」三男ぼやく。「やれやれ・・・煙玉は、失敗じゃな、こりゃ」


 三男の仕掛けその1、煙玉鉄砲。筒先で爆発。ま、失敗ということじゃ。


 白いススをかぶったまま、地面に置いた大きな箱へと向かう。

 発砲済みの筒を片づける。

 代わりに、黒い物体を取り出す。

 それは黒く平たい、奇妙な物体でああった。

 竹トンボみたいな羽根が8枚ある。8枚の羽根は正八角形に配置され、それぞれが小さな丸いボールのようなもんにつながっておる。そうして、その8つのボールが、中央の平たい皿のごとき物体と接続されておる。

 じつに奇妙、異質な見た目である。いったい、なんであろうか。

「飛べ、たこ!」

 たこ。

 奇妙異質なこの物体、名前は『たこ』であった。

 底面中央のボタンを、ぽちっとな。

 ぶーん・・・。

 竹トンボのごとき羽根、回転。ダウンウォッシュ。三男の頭の白いスス、飛ぶ。

「げほっ」

 三男が顔を背けるあいだに、たこ、浮上。

 ユラユラ揺れながら、空へと上がってゆく。

 三男、たこが手から離れると、また大きな箱の中から物体を取り出した。

 小さな箱。レバーと、ガラスの覗き窓がついておる。

 覗き窓には、地面にしゃがみ込んだ鬼の青年が映っておった。頭と背中に白いススをかぶった青年を、真上から見た映像である。

「たこ目、千里眼(せんりがん)よし」

 なんと!

 その覗き窓、千里眼の魔法の覗き窓であった!

 たこから見下ろした地上の光景が、窓に映るんである!

 三男、レバーを操作。

 青空に浮かぶ『たこ』、上昇、下降、静止、のちわずかに傾き、一定方向へ飛び始めた。

「たこ足、浮遊よし。

 制御、前後よし。垂直よし。左右よし。

 成功じゃ! こっちはうまく行ったわい!」


 三男の仕掛けその2、たこ。大成功じゃ! ま、ちゃんとやれば、ざっとこんなもんじゃ。


「さーて。父上に兄者ども、順位はどうなっておるかのう?」

 たこはすいーっと青空を横切り、工房のお山のてっぺんを目掛けて上昇していった。


7、国王陛下、空を飛ぶ


 空飛ぶ台、3台でのレース。

 スタート直後の順位は、1位が長男、2位に次男、3位は鬼神となっておった。

 小型軽量の息子どもが、スタートダッシュで先んじたんである。

 ドンベ(最下位)となった鬼神は・・・


「わっはっは! これは気持ちがええわい!」

 めっちゃくちゃ喜んでおった。

 自分が最下位なのはわかっておる。くそっと悔しがる気持ちも一瞬はあった。

 が。

 なめらかな飛行。

 ふわーり・・・空飛ぶ台は浮かび上がる。ぐうーーーん・・・空飛ぶ台はわずかに沈み込む。

 ぶわっさぶわっさ。大型の空飛ぶ台が立てる勇壮なはばたきの音。

 耳いっぱいにはためく、風の音も!

 びゅんびゅん流れ、飛んでゆく景色。

 森は、まるで輝く緑の海のよう。ざーっと葉っぱを鳴り響かせて、長男が飛び、次男がつづき、最後にもっとも大きな鬼神が大波を蹴立てて飛び抜ける。

 全身を包む、爽やかな森の、温かい空気!

「素晴らしい!」

 鬼神感激。

 順位のこと、頭から飛ぶ。

「空飛ぶ台よ! 素晴らしい。空は素晴らしいのう。

 おまえたちは、素晴らしい生きものだ!」

 ぶわっさぶわっさ。空飛ぶ台はしゃべれん。しかしなんとなく嬉しそうである。

 鬼神は、輝く海のごとき下界を見渡して、満喫する。

 すると。

 森の中からこちらを見上げる、ハイエルフの男と目が合った。

「ん? なんで、巨人の工房のこんな近くに、狩人が?」

 気になる。

 しかし、もう通りすぎてしもうた。

「・・・後にするか。そうだ! まずは、息子どもを追い抜かねばな!」

 前を見る。

「しかし、あやつら変な格好だのう。尻を突き出しおって」

 息子ども、へんてこな姿勢で飛んでおった。

 上半身を完全に前に倒し、屈み込んで台にしがみついておる。

 足は前後に揃え、膝は曲げておる。

 なんか一本橋渡るがごとき姿勢である。

「えらい窮屈そうな姿勢だが、なんで2人揃って、あんなことを」

 ぶわっさ。空飛ぶ台がなんか言うた。

「ん? ・・・そうか、マネしてみればわかるか」

 鬼神。

 息子どもの姿勢をまねして、上体を前に倒した。

 空飛ぶ台が一瞬つんのめるように前に沈む。鬼神は体重がもんのすごく重いから、バランスが崩れたんである。が、鬼神台は素早く体勢をもどす。ボディ下部のトゲトゲがちょっと葉っぱを切り裂いたが、問題はなし。

「おお?」

 ふっ・・・と、鬼神の身体にかかる圧力が消えた。

 鬼神台の速度が上がった。

「なるほど。身体を屈して風をかわし、速度を上げておるのか。

 ならばこうだ!」

 鬼神。

 がばっと台の上に寝そべった! 台、沈む! 葉っぱ吹っ飛ぶ!

 さらに速度が上がった!

「よーし! 追いつけ追い越せ!」

 ぶわっさぶわっさ。

 風の抵抗が最小になった鬼神台。本来の力を発揮。ぐいぐい距離を詰めてゆく。

「わっはっは! そうれ、追いつくぞう!」

 鬼神が大喜びで声を上げたせいで、次男が気付く。

「ぬう! 兄者ァ! 父上が追いついてきた。例の作戦だ」

「了解」

 兄弟が鬼神対策をはかる。

 長男は台の上に伏せた。速度を上げ、じわじわと離れてゆく。

 次男はなんと、弐号の台の上でくるっと振り向いてきおった。

「うん?」

 鬼神台、弐号をパスしようと、左にかわす。

 次男、弐号の左サイドを手でトンと叩く。すると弐号、そちらへスライド。鬼神台の行く手をふさいだ。

 鬼神台、右に大きくかわす。

 次男、弐号の右サイドをトントンと素早く叩く。弐号大きくスライド。鬼神台の行く手をふさぐ。

「なんと!? おまえ、妨害する気か?」

「そうよ」次男、得意気。「父上に勝つため、あらゆる策を練りに練った。結論がこれよ。俺が邪魔をし、兄者が勝つ!」

「手を組んだのか! そんなもん、反則だろうが!」

「うーん?」次男ニヤニヤ。「手を組んではいかんと、誰が決めたのだ?」

「ぬう・・・! しかし、これではおまえだって、勝てんじゃないか」

「父上に勝つためならば、俺はよろこんで犠牲となろう」

「言葉は潔い(いさぎよい)が、やっとることは、いんちきじゃ!

 ええい、こんな勝負あってたまるか。鬼神台よ、あいつをぶっ飛ばすぞ! ぶつけよ!」

 鬼神台をぺちぺち叩く。

 ぶわっさ・・・。空飛ぶ台はしゃべれん。しかし『ばかを言うな・・・』と言われたようである。

 鬼神台、あくまでジェントルに、弐号を抜こうとする。

 弐号、あくまで卑怯に、鬼神台を妨害する。

 しばらく駆け引きが続いた。

 そして。

「だめだな、これは」

 鬼神が見切った。

 鬼神台も、がんばってはおる。だが。

「もはや、勝てぬ。

 我が鬼神台は、加速では弐号に劣る。これはおそらく重量のせいだな。

 ここで弐号を抜いたとしても、折り返しで、また抜き返されるであろう。

 そんなこんなで弐号とやり合っとるあいだに、壱号はゴールしてしまう・・・」

 ぎりぎりぎり。

 鬼神。

 歯噛みする。

 結婚し、父親となり、国王となって、だいぶ落ち着いた鬼神であったが、しかし!

 やっぱり、負けるのはイヤだ!

 許せん! おのれ!

「なんとかならんか。なんとか!

 もっと力は出せんのか!? もっと、力を!

 ・・・ん? 力?」


「ほっほう。たのしいのう」

 こちら三男。

 次男と鬼神の競り合い(せりあい)を、千里眼の覗き窓で見下ろしておる。

「ええのう。これは。人が競って(せって)おるのを、上から見下ろすちゅうのは。

 なんか、優越感があるぞ。お弟子さんらにも言うてやろ」

 などと楽しんでおるあいだも、鬼神台は弐号を抜こうとあれこれ手を尽くしてがんばっておる。

「兄者たち、小ずるいことを考えるのう。父上が怒って、むちゃをせにゃよいが」

 この心配。すぐに、的中することになる。


「ようし。作戦は、成功だ!」

 こちらは次男。

 鬼神台の妨害がうまく行き、御機嫌。

 前を見る。兄の壱号、順調にリードを広げておる。

「ふっふっふ。どうやら、勝ったようだのう」

 後ろに向き直る。

「どうだ父上? もうあきらめて──ぬう!?」

 鬼神台が──

「どこじゃ!?」

 慌てて前を見る。居らぬ。ずっと向こうに兄者の壱号が見えるのみ。

 左右を見る。居らぬ。

 ──居らぬ! 鬼神台が! 前後左右、どこを見ても!

「な!?」次男、慌てる。「ち、父上、どこだ?」

「わっはっは! 私はここだ」

 頭上から、声がした。

 次男見上げる。

「うおっ!?」

 真上に真っ赤なトゲ!

 次男慌てて避ける(よける)!

 頭をトゲでこすられるとこであった!

 巨大な鬼神台が、太陽をさえぎった。

 ぶおぅんと風がひしがれ、弐号はその風に煽られる(あおられる)。

 赤いトゲトゲの巨体が、前に出た。

 そこから、爆発的加速をして、すっ飛んでゆく。

「ば、ばかな!」次男叫ぶ。「なぜそんなに、速く!?」

 父のごっつい顔がこっちを振り向いた。

 してやったりとの、満面の笑みである。

「ルーンを使ったのだ──『力』のルーンをな!」

 なんと。

 鬼神。

 『力』のルーンで、空飛ぶ台をスピードアップしたというのである!

「ルーンだと!?

 そ、そんなことができるのか?! さすが、父上・・・いやいや、待て待て!

 そんなもん、反則だろうが!」

 すると父はニターリと笑った。

「うーん? ルーン禁止と、誰が決めたのだ?」

「ぬ、ぬう!」

「ではさらばだ、息子よ! うわっはははは!」


8、国王陛下、つきささる


「うわー! 父上なにをしとるんじゃー!」

 三男が叫ぶ。

 千里眼の覗き窓に、ごっつい加速で弐号を置いてきぼりにする鬼神台が映っておる。

「やめんかー! むちゃをするんじゃない! こわれるー!」

 三男は叫ぶ。

 しかし、むだ。

 千里眼の覗き窓は、景色をこっちに送ってくるだけ。一方通行。映像のみ。

 どんなに叫んだって、声は届けられん。

「うわー! 伝声機能をつけとくんじゃったぁー!」


「わははははは! これだけ力の差があれば、もはや、考えるまでもなし!」

 鬼神台。

 ぶっ飛ばす。

 もんのすごい風である。

 その風の抵抗をもねじ伏せる圧倒的な『力』が、鬼神台には加わっでおった。

 あっちゅう間に長男に追いつく。

「よし! 行け! 追い抜け!」

 鬼神、大喜びである。

 長男。鬼神の声が聞こえたか。振り向いて、ぎょっとする。

 当然であろう。鬼神台はとんでもない速度で長男に迫っておるのだ。

 だが長男、ぴくっと不機嫌そうに目を細めただけ。取り乱しはせぬ。すぐ前に向き直る。

 負けるときも最後まで冷静なのが、この長男という男である。

 折り返し地点は、もうすぐそこであった。


 トンガリ岩。

 三角形をしたでっかい岩が、上下逆さまに、山腹に突き刺さっておるところ。

 超自然的なこの地形が、レースの折り返し地点であった。

 じつはこのトンガリ岩、巨人の王がやらかした結果できたもの。

 『赤く大きな猿』のうわさを聞いた巨人の王が、勢いよく立ち上がって工房の天井をぶち抜いてしもうた、あのとき。1章の『巨人の王(1)』で、お話ししましたね。あのとき、吹っ飛ばされた山頂がここに逆さまに突き刺さったわけだ。

 鬼神たちがお山を散策するときの目印にもなっておる、このトンガリ岩。

 大きく眼前に迫っておった。


 ここで、長男の壱号、外にふくらんだ。

 コース内側を大きく空けて、わざわざ大回りを始めたのである。

「ん? なんだ?」

 鬼神、長男の動きの意味、わからぬ。

「負けを認めて、讓る(ゆずる)というのか?

 ふふん、潔し(いさぎよし)! では行かせてもらう」

 鬼神、トンガリ岩ギリギリのところへ、鬼神台を突っ込ませる。

 トゲが岩に触れんかというほどの、ギリギリのライン取り。

 ふくらんだ長男を、抜き去った!

 そのままカーブを急角度で──

 曲がれぬ!

 ガタガタガタ。

 鬼神台が振動を始めた。

 ガタガタガタガタ、ガガガガガガ。

 不吉な振動を立てながら、外へすべってゆく。

「な、なんだ? おい。ちがうぞ。曲がれ! 曲がるのだ!」

 鬼神、わめく。

 しかし。

 曲がれぬ!

 鬼神台、カーブの外へ外へと、ふくらんでゆく!

 そこへ壱号、クロスして切り込んで来た!

 曲がり切れずふくらんでゆく鬼神台!

 インへ切り込み、肉薄する(にくはくする)壱号!

 アウト・イン・アウト! 壱号がふたたびトップに!

「ぬう!?」

 内側を見る鬼神!

 外側を見る長男!

 ニヤリ。

 長男、笑いよった!

 鬼神沸騰!

 巨大な六腕の1本を伸ばす!

 長男の首根っこ、ガッと掴む!

「何!?」

「抜かせんぞ!」

 頭に血が昇った鬼神!

 前後の見境なし! 自分が怪力なのをすっかり忘れ、長男をぐいっと引っ張った!

 長男、空中でこける! 「ぬあー!」

「あ」鬼神、我に返る。「しもた」

 だが手遅れ! もう間に合わん!

 長男の身体が倒れてくる! 鬼神台のトゲの上に!

 その瞬間! 壱号激しく横転! 鬼神台に体当たりしてきた!


 がっちぃーん!


 大小2台の空飛ぶ台、空中で一瞬ひっついて、ぱーんと左右に弾け飛んだ!

 飛び散る火花! 飛ぶ長男! 飛ぶ鬼神! 大の字になってくるくると、森の中へ落っこちる!


 大クラッシュである。


「うわあああーーー!!!」

 上空からモニターしておった三男、飛び上がって制御箱を放り出す。

「父上のばかものー! これはおおごとじゃー!」

 工房へ走る。

 大きな扉をひいひい言うて引っ張り、隙間を作ってすべり込む。

「ははうえたいへんじゃー!」

「どうしたのです?」

 目がひとつしかない母上。夕食の仕込みで鍋を火にかけておる。

「父上が事故ったぁー」

「父上が事故をした。どのように事故をしたのです」

「空を飛んで競争しておる最中に、いちばん上の兄者に掴みかかったんじゃ。

 それでぶつかって、2人とも、吹っ飛ばされて、ほんで、ハァハァ」

「落ちた場所は?」

「トンガリ岩のへんじゃ。じゃが吹っ飛んだで、場所は・・・わからん」

「それでは、あなたは2人の落ちた場所を探しなさい。

 母は火の始末をしてゆきます」

「2人を探す。そうか。たこで探せる! 了解じゃ!」

 三男飛び出して行った。

 目がひとつしかない母、叫ぶ。「お弟子さん! お弟子さん! かまどへ!」

「何事?」巨人の王の弟子の1人が駆けつけてきた。

「私、急用。火消したのむ」

「火消し。了解」


 トンガリ岩下、森の中。苔いっぱいの地面。

 赤くトゲトゲしきごっつい足が2本、生えておった。

 がしっ。巨人の女、その足首をまとめて掴む。

 大根抜くがごとくして、ずぼっと引っこ抜く。

 出て来たのは、鬼神であった。

「あ、おまえ」

「あなた」

 平坦な声。彼女の激怒のサイン。

 鬼神、焦る。「あ、いや、これはその」

 弐号が飛んできた。乗っておるのは次男である。

「母上! 兄者を見つけたぞ」

「無事ですか?」

「お、おう。無事だ。山のふもとまで転がり落ちて、こっぴどく目を回しておるが」

 壱号と鬼神台が飛んできた。

 壱号はズタボロ。ボディが破れて中のからくりが見えておる。誰も乗せず、1人で飛んでおる。

 鬼神台は手すりがひしゃげた程度。長男が寝ており、三男が同乗して支えておる。

「兄者はそのまま工房へ。私が帰るまでそのままで。鬼神台や、揺らさないように頼みますよ」

「わかった」と三男。

 ぶわっさ。と鬼神台。そーっと工房へ飛び去ってゆく。壱号もそのあとに続いた。

 鬼神は足首掴まれ逆さにぶら下げられたまま、その姿を見送った。

「ほら、おまえ」焦った鬼神。言わんでええことを口走った。「みんな無事だ」

「無事とは言いませんわ」目がひとつしかない妻のへんじ。「このような事態のことは」

「はい・・・」


「呪文版に異常はありません。記憶のほうも、大丈夫なようですね」

 数日後。

 エスロ博士がそう言うて、2台のボディを撫でた。

 外交使節で訪れるやいなや工房に引っ張り込まれて、鬼神台と壱号を診断させられとったんである。

「そうか。ひと安心じゃ」巨人の王がうなずいた。

「来て早々、すまんのう、博士」鬼神があやまった。

「いえ。万が一がありますからに。知っておったたら、私の方から飛んできたところですえ」


 呪文の刻まれたガラス版は、空飛ぶ台の最重要パーツである。

 この呪文版が割れたり、文字が削れたりすると、空飛ぶ台の御霊はどっか飛んでってしまうと考えられる。

 そうなればもう飛ぶこともできんし、ぶわっさとも言わん。つまり、死ぬわけである。


「壱号はかわいそうに、トゲが突き刺さったんじゃ」

 三男が博士に愚痴(ぐち)をこぼした。

「父上はむちゃくちゃをしよるし、母上だって、トゲをつけすぎじゃ」

「それはまあ・・・国王専用機じゃからの」巨人の王、言葉をにごす。


 あ、これは、ちゃーんと理由があったのです。

 壱号がズタボロになったことには。

 あのクラッシュのとき。

 本当は、鬼神台のトゲ、長男殿に突き刺さるところだったのです。

 それを壱号がとっさの判断で自ら横転し、長男殿と鬼神台のあいだに自分のボディをねじ込んだ。

 結果、長男殿はトゲから守られ、代わりに壱号が穴だらけとなったのでした。

 これは国王陛下や工房長閣下、それに我らがエスロ博士でさえ、知らなかったことなんですけどね。

 壱号の名誉のため、私が補足いたしました。

 ・・・え? 壱号が報われないって?

 いえいえ、そんなことはないのですよ。

 人間には知られずとも、空飛ぶ台の一族にはちゃーんと伝えられたんですからね。『我ら一族かくあるべし』とのお手本として、壱号は讃えられ(たたえられ)ました。それに、長男殿もずっと見舞いに来てくれましたしね。


「それで博士」

「はい、三男殿」

「修理のついでに外装を強化したいんじゃが、どう思われる? じじ上には却下されたんじゃが」

「生きものは、改造しちゃいかん」と巨人の王。

「私も、工房長閣下に同意いたしますえ」博士が答えた。

「そうか。どうせ直すなら頑丈なボディに替えたほうがと思うたんじゃ。なんでアカンのじゃ?」

 すると博士は突然強烈なセリフを言った。

「それは、三男殿の腕を引っこ抜いて、代わりに巨人の腕を差すのがアカンのと同じ理由ですえ」

「・・・え?」三男は真顔になった。「そんなこと、できんじゃろ?」

「できますえ。そのほうが、頑丈になりますえ?」

「い、いやじゃ。やりとうない」

「でしょう? それが正常な感覚というものですえ。

 身体は、生きものの存在そのもの。服とはちがいますに、軽々しくいじってはなりませぬ」

「そうかぁ」三男はしょんぼりした。

「博士、」鬼神が訊いた。「鬼神台はこんなに真っ赤に塗られとるが、大丈夫なのか?」

「これはお化粧ですに」

「トゲもつけられたぞ」

「トゲは・・・はい、まあ」博士、言葉をにごす。

「そうか!」三男ひらめいた。「ほじゃ、服ならええんじゃな? ヨロイなら」

「ヨロイか」博士は考えた。「そやに。脱ぎ着できるものなら。けがが治って、落ち着いてからですえ」

「わかったわい。ほじゃ、元通りに直す。んで、落ち着いたら、エス子も入れて相談しようわい」

 ぶぶわわっさ。鬼神台と壱号がハモった。『了解』と言うたようである。

 鬼神と三男は博士にあいさつをし、出て行った。

 巨人の王と博士、それに空飛ぶ台だけとなる。

「強度が甘かったようじゃ」と巨人の王。「あの程度で大穴が空いたんでは、きたる戦に耐えれまい」

 博士は『きたる戦』の一言に、表情を引き締めた。「もっと戦闘向きの子を投入なさるのでは?」

「むろん、努力はする。じゃが、出し惜しみする余裕はなかろう」

 博士は反論せず、ため息をついた。

 そして黒い髪をかく。

「さっきエスロ台とも会うたのですが・・・まあ大騒ぎで。まるで怒った母猫のごとし」

「ほう? あやつ、わしらの前ではおとなしいんじゃがのう」

「なんと」

「ふっふっふ。博士には本音が出るようじゃ」


 さらに数日後。

 鬼神台、ふわ~~~とゆっくり、工房の廊下を飛行しておった。

 手すりの修理も終わって、見た目はすっかり元通りである。

 その隣を、鬼神が歩いておる。なんかあったら即座に手を出して支えようとの態勢。しかし取り越し苦労であった。鬼神台は安定しており、一切異常なしである。

 2人はそのまま工房の一室へ。

 その部屋は、空飛ぶ台の育児室であった。

 部屋の奥の高いところに、初代のエスロ台がじっとしておる。

 3台の空飛ぶ台が、床をうろうろ動き回っておる。これらはいずれも次の世代の空飛ぶ台。つまり、赤ちゃん空飛ぶ台である。ボディはエスロ台と同じであるが、まだ飛ぶことができず、床をうろうろするばかり。反応もぼんやりしておる。

 鬼神台がふわ~~~と飛んで入って来ると、赤ちゃん3台、一斉に振り向いて停止し、じーっと鬼神台を見つめてきた。

 鬼神は赤ちゃん空飛ぶ台を避けて(よけて)歩き、エスロ台の前に来て、正座した。

「すまんかった」頭を下げる。「壱号はまだだが、鬼神台の修理は終わったんで、改めて謝りに来たのだ。すまんかった」

 鬼神台も隣に来て、神妙にする。

 ・・・。

 エスロ台、しばらく沈黙した。

 それから高くなった床を降りて鬼神の隣に来て、ゴンとぶつかってくる。

「まこと、あいすまん」

 エスロ台はこっちに尻を向け、ごろごろ転がってあっち行った。

 ぶわっさ。鬼神台がうながしてきた。

「うむ。行くとするか、相棒」


9、あやしい狩人


「・・・居ったぞ、父上。こいつらか?」

 制御箱のレバーをかちゃかちゃやっとった三男が言うた。

 鬼神、三男の後ろから箱を覗き込む。

 千里眼の覗き窓に、森の小道が映っておった。

 ハイエルフの男が3人立っておる。弓と木の槍を持った姿。狩人風である。

「・・・わからん」鬼神は答えた。「レースの最中にちらっと見ただけだからのう。顔までは、覚えとらんわい」


 鬼神と三男。

 謎のハイエルフの男を探しておった。

 レースの最中に、鬼神が一瞬だけ目が合うた、あのハイエルフの男である。

 鬼神台に2人乗りをして、三男がたこを飛ばして探索する。鬼神はルート選定と、三男の護衛である。

 鬼神台はなめらかな飛行で2人を支えた。さらには、森の中にひそむ危険な生きもの(へび、いのししなど)を素早く察知して三男を守るという、意外な特技まで見せた。

 ・・・え? 鬼神は守らんのかって? 鬼神はへびやいのししなんぞ障害とはせぬ。ごはんにするだけだ。

 何日かこうして巡回をして、ようやくそれらしき者どもを見つけたのであった。


「声を聞いてみるか。ただし、父上」

「なんだ」

「こいつの伝声機能はまだ試作じゃ。こっちの声も、あっちに伝わってしまうんじゃ。

 じゃから、一切音を立ててはいかんぞ」

「わかった」

 応えた鬼神。すっと静かになる。三男が思わず振り向いたほど、突然気配が消えた。

「・・・びっくりしたぞ。父上、そんなこともできたんか」

 鬼神は肩をすくめて首をかしげた。『自分でもわからんが、なんでか、できるのだ』と言うたようである。

「じゃ、繋ぐぞ」


<赤いドラゴン、白いワシ、共に姿はなしか>

 ハイエルフどもの声が、切れ切れに聞こえてきた。

<大猿の縄張りのはずだが、あれ以来、大猿の姿もなしやえ>

<やはり、目が合うたので警戒されたのでは?>

<野生の勘かに>

 3人は静かに笑った。

<日が落ちる。シェルターへもどろう>

 ハイエルフどもは歩き始める。

 最後に1人が空を見上げた。まさに覗き窓のほうを見たのだが、こっちに気付いた様子はなかった。


「・・・よし、もうええぞ。伝声は切った」

「気付かれたかと思うたわい」

「目立たん色に塗り直しといて正解じゃったわい。

 それに、ただのからくりじゃから『生命探索』をやられても、引っ掛からんしのう」

 

 『生命探索』は魔術師の基本呪文である。

 エスロ博士だけでなく、魔術師なら誰だって使うらしい。それで、不意打ちを防ぐわけだ。

 たこはからくりの飛行物体なので、生命探索には引っ掛からんというわけだ。


「赤いドラゴンは鬼神台、白いワシは壱号弐号っちゅうとこかのう?」

「さあな。『大猿』は私のことだろうが」鬼神はさびしそうにした。「トンガリ岩のほうへ出るようだな」

 鬼神は相手のルートを見てそう判断した。

「こちらは、トンガリ岩下の、長男広場のほうへ回るとしよう」

 長男広場というのは、森の中の湿地である。土がゆるいせいか、木が生えとらん。

 クラッシュした長男がそこで気絶しとったので、この名がついた。

「頂上に回った方が見張りやすいんじゃないのか」

「あいつらは上ばっかり見ておる。だから、下に回った方が見つかりにくい」

「・・・父上は、こういうときは、かしこいんじゃな」

「私は本来かしこいのだ、息子よ。国王とかは、苦手なだけだ」


 3人はシェルターへもどった。これは草木で造った雨風を避けるだけの小屋である。そこで野宿のかまえ。

 鬼神たちは工房へ戻って温かいベットでぐっすり寝た。有利な態勢である。

 このようにして、追跡をした結果。


 数日後。

 3人組がシェルターを解体した。

 材料だった草木で地面にほうきがけをして、自分たちの足跡を綺麗に消しよった。

 これは怪しい! 今日は何かある!

 気合を入れて追跡をした鬼神と三男。

 夕暮れになって、ついに拠点を突き止めた。

 3人が帰り着いた先。それは。


「砦じゃ・・・」

「あやつら、軍人であったか」

 鬼神たちの巨人の国と、ハイエルフどもの緑の魔術の国の中間地点となる、森の中。

 木々のあいだに隠れるぐらいの、背の低い、平たい建造物。

 頑丈な石造りで、窓は非常に小さい。周囲に木の杭が張りめぐらされ、見張りの槍兵まで立っておる。

 どう見ても、軍事拠点である。

「こんな砦、いつの間に」鬼神が首をひねった。「さんぽは毎日しとるのに、気付かんかったわい」

「父上のさんぽルートを見極めて、見つからんようにこっそり造ったっちゅうことかのう」

「ということは、」

 鬼神と三男は顔を見合わせた。

「奴ら、戦をする気でおるのか?」




※このページの修正記録

2023/11/16

『7、国王陛下、空を飛ぶ』

 以下の範囲の文章を書き直しました。読み直したらわかりづらかったので。話しの中身は一切変わってません。

  「よし。作戦成功だ」

   :

  「な!?」次男、慌てる。「ち、父上、どこだ?」

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