空飛ぶ生きもの(2) こどものつくりかた
4、こどものつくりかた
「では、こどものつくりかたじゃが、」
「なんだそれは」
鬼神、いきなり話の腰を折る。
「なんじゃ国王陛下。なにが不満じゃ」
「なんでだ義父上。なんで私が、そんな説明を聞かねばならんのだ」
「それはこういうわけじゃ。
これから、空飛ぶ台の次の世代を造ることになる。
わし1人では手が回らん。手伝ってもらわんといかん。
じゃによって、説明をする。こどものつくりかたをな」
巨人の王は部屋を見回した。
鬼神、目がひとつしかない妻、鬼神の長男、三男、そしてハイエルフのエスロ博士と、空飛ぶ台の『エスロ台』。
以上6人と、巨人の王。でっかいテーブルを囲んでおる。
「なんと。では、私も手伝わせてくれるのか」
「だめじゃ」と巨人の王。「おまえに触らすと、こわす。指一本ふれるな」
「おちょくっとるのか!」鬼神怒鳴る。「私だって、忙しいんですぞ!」
すると三男が口を出してきた。
「国王陛下なんじゃから、理解はしとったほうがええじゃろ?」
「む」
「それにな。父上の空飛ぶ台も造るんじゃ。造り方を聞いといたほうが、楽しみじゃろ?」
「む?」鬼神、表情が変わった。「私の台を、造ってくれるのか?」
「そうじゃ」と三男。
「そうじゃ」と巨人の王。
「ならばよし。さあ、早う(はよう)説明せい」
「げんきんな奴じゃ」
巨人の王。
壁にはめ込まれたでっかい石版に、チョークで要点を書いた。
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こどものつくりかた
1、台を造る。
2、呪文のガラス版を造る。
3、生命のごとく振る舞うものが生まれたら、それを育てる。
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「以上。3段階じゃ」
「1はわかりますが、」と鬼神。「2と3は、なんじゃそりゃ?」
「うむ」
こどものつくりかた(1) 台を造る
「まず初めに、台を造る。これは空飛ぶ台の、身体じゃ」
巨人の王が見回す。みな、うなずく。
「説明はいるか?」
巨人の王が見回す。みな、首を横に振る。
「では、1は省略じゃ」
こどものつくりかた(2) 呪文のガラス版を造る
「次は、呪文のガラス版を造る」
「1が身体だというんだから、2は、心ですな?」
「いや、心とはちょっとちがう。
生きものが生きものらしく振る舞うための、核じゃ」
「は?」
「これはエスロ博士がお考えになった呪文じゃ。説明は、博士、たのむ」
「はい、工房長閣下」
ハイエルフのエスロ博士が、黒玉の首飾りをきらりと光らせて、立ち上がった。
「この呪文は『御霊の型枠(みたまのかたわく)』といいます。
効果は、生命のごとく振る舞うものを、結果的に生み出す──というものですえ」
「なんのこっちゃ?」と鬼神。
「はい。それは、この子のように・・・」
博士は『エスロ台』を撫でた。
エスロ台とは、この世で初めての空飛ぶ台。ついこの前初飛行した、あの台。いまやエスロ博士専用機である。
ぶわっさ。エスロ台はしゃべれん。だが、ちょっと浮いて、博士の手にこつんと頭突きした。
その動作、まるで主人に鼻面を押しつける、いぬ。
鬼神は思った。「早く私もあんなことがしたいぞ」
博士が話をつづける。
「・・・この子のように、『ああ、生きものだなあ』となる、そういうものを生み出すのです」
「それはだから、心ではないのか? 生きものは、身体と心からできとるんだし」
「いいえ、国王陛下。心のない生きものも、この世には居りますのえ」
「なんと?」
「たとえば、ありんこ」
「ありんこ・・・たしかに、心はなさそうだな」
「そうです。『絶対ない』と言い切るのは難しいですが、私たちのような心はないと思われまする。
ですが、ありんこも、生きもの。『生きものだなあ』と思わせる、なにかはありますえ」
「生きものであるための、なにか大切なもの、ということか」
「まさに!
生命のごとく振る舞うために必須であるところの、なにか。
それを、結果的に、生み出す呪文です」
「うーん。わかったような、わからんような」
鬼神は混乱した。
すると目がひとつしかない妻が手を上げた。「2つ質問がございます」
「はい、王妃殿下」
「1、その『なにか』とは、情報ですか?
2、『結果的に』とおっしゃるのは、どういう意味ですか?」
「いい質問ですに」
博士はにっこりした。
「『なにか』とは、情報がものすごくたくさん撚り合わされた(よりあわされた)、偉大なもの。
『結果的に』と申しましたのは、設計して造るのではない、狙って生むのではないという意味ですえ。
情報をたくさん生み出し、型枠を当てて待ち、結果的に御霊が生じることを期待しますのえ」
「わけがわからぬ」と鬼神。
「父上。2人の共同作業じゃ」と三男。「1人がアイディアを出し、もう1人が軌道修正するっちゅうことじゃ」
「そうですに。三男殿のたとえ、実際にかなり近いですえ」
「つまり」目がひとつしかない妻が整理した。「情報をたくさん生み、型枠でまとめれば、生命らしく振る舞うようになる?」
「まさに! 王妃殿下のおっしゃるとおりのことですえ」
「かしこいのう。よくそこまで理解できたな」
「うわさ集めから、連想したのですわ」
「うわさ集め?」
「うわさというものは、ひとつでは、ただの情報です。
ですが、うわさがたくさん集まってひとつの話になると、その話が一人歩きを始めるのです」
「ああ!」鬼神は手を打った。「あれか。『大きな扉の国』とかいう、ばかな歌みたいに」
「そうです。そういうところから、私は連想したのです」
「そうなると、『情報お化け』という感じだな」
「あなた。エス子はお化けではありませんわ。可愛いですわ」
「えすこ?」
ぶわっさ。エスロ台が小さくジャンプした。
博士がエスロ台を撫でる。
「ははあ、おまえのことか。エス子や」
ぶわっさぶわっさ。エスロ台、うれしそうに飛び跳ねておる。
「しかし博士。そのエス子のように、なごむ生きものになるにはだ。
情報? とやらが、むっちゃたくさん必要なのではないか?」
「はい」
「そんなたくさんのことを、どうやって覚えておくのだ?」
「おお。核心を突く質問ですに。
一言で申しますと、魔術によって、記録をいたします」
「魔術で・・・記録?」
「私たちは、自分の身体の中で、物事を覚えます。
空飛ぶ台は、中ではなく、外部に、魔術で記録を取りますのえ」
「どこに?」
「目に見えぬ、手にも触れぬところに」
「そんなことが、本当にできるのか?」
「できますえ」
「父上」三男が口を開いた。「この世には、わしらの目に見えんもんがいっぱいあるんじゃ」
「空気みたいにか?」
「それもじゃし、わしらが空を飛べず地面に落っこちたりするのも、目に見えんはたらきといえる」
「力のはたらきか」
「それらは、わしらの目や手では掴めん。じゃが、ルーンや魔術ならば、掴めるわけじゃ」
「それをいじくったら、ものを覚えたことになるのか?」
「なるんじゃ」
「なんでだ」
三男は博士にゆずった。
博士がつづける。
「目に見えぬもの、イとロがあるとします。
イとロが繋がっておれば、『はい』であると、取り決めます。
さすれば、目に見えぬものの接続によって、物事の記録が可能になるのですえ」
「なんと・・・?」
鬼神はいっしょうけんめい考えた。
「つまり・・・目に見えんところに、本を書くようなものか?」
「そうですに。
ただし、接続はいつでもくっつけたり離したりができます。
本よりは、砂に文字を書くと想像なさったほうが、より実際に近いですに」
「そんなことができるのか」
「はい。できますのえ。
ただし、生まれたてのときは、これをようやりませぬ。
3つめの話にもつながることですが、生まれたての空飛ぶ台は、自分の記憶を扱えませぬ。
少しずつ、自分なりに、記憶のしかたを覚えてゆくのですえ」
「すごいのう・・・!」
鬼神は感動した。
「エス子や。おまえ、かしこんいだのう!」
ぶわっさ。エスロ台はジャンプして、鬼神のそばに寄ってきた。
「おお、よしよし」
鬼神はそーっと台を撫でた。
目がひとつしかない妻も一緒になって撫でた。撫でながら、訊く。
「博士。呪文をガラス版に刻むのは、なんでです?」
「こうでなければ、御霊が空飛ぶ台に定まらず、どっか飛んでってしまうらしいですえ」
「らしい?」
「じつはこれは偶然の発見でして、理屈は私にもわからぬのです」
「わしもわからん」と巨人の王。「生命の神秘じゃ」
「私はもう何十回も『御霊の型枠』を試してきました。
初めは、私と助手で呪文を暗記し、交代交代に唱えました。
呪文全体が1日では終わりませぬゆえ、1人では無理なのです」
「苦行だのう」
「そうですに。しかし予算を減らされ、助手を解雇することになり・・・。
やむをえず、粘土板に呪文を刻んで自動化いたしましたところ、成功してしもうた」
「最初から自動にすればよかったんじゃないか?」
「呪文版を造るのは、手間なのです。暗記して唱えたほうが早いのですえ。
そやに、助手の解雇なくば、いまだに失敗しておったことでしょう」
「そうか・・・。エス子や、聞いたか? 博士が粘り強い御方だったから、おまえが生まれたのだぞ」
ぶわっさぶわっさ。
「粘土をガラスに変えたのは、なんでです?」と妻。
「長生きさせてやりたいからじゃ」と巨人の王。
「私では、ガラスに精妙な細工はできませぬ。巨人の御手(みて)あっての改良ですえ」
「なるほど。わかりましたわ」
「なんとなあ」
鬼神はうなった。
「博士と義父上は、こんなことをやっておられたのか」
「そうじゃ」と巨人の王。
「これが、博士の秘密の研究だったわけだ」
「ちがう」
「あれ? ちがうのか。私はてっきり」
「ちがうんじゃ。秘密の研究は、まだ秘密じゃ。いつか必ず話すゆえ、いまは許せ」
「む。わかりました。義父上がそうおっしゃるなら」
こどものつくりかた(3) 生命のごとく振る舞うものが生まれたら、それを育てる
「では、次の説明に入るぞ。
『3、生命のごとく振る舞うものが生まれたら、それを育てる』じゃ。
じゃがこれは、たとえ話だけなら、かんたんな話なのじゃ」
「ほんとうか? さっきのは難しかったぞ」
「ほんとうじゃ。それはこういうことじゃ。
台と御霊がそろった時点では、空飛ぶ台は、まだ、赤ちゃんなのじゃ」
「あかちゃん」「空飛ぶ台が?」
鬼神と目がひとつしかない妻、顔を見合わせる。
夫婦2人でオロオロしながら赤ちゃんの世話をした時間を思い出したのであった。
「そうじゃ」
「あ、わかったぞ。
あれだ。さっきの博士のお話の。
記憶、なんだっけ、接続? がうまく扱えんとかいう、あの話だ。
物事がうまく覚えられんのだから、付きっ切りで見てやらねばいかんのでしょう」
「まさにということじゃ!」巨人の王は膝を打った。「おまえ、ごく稀に(まれに)、かしこいな」
「一言余計だわい。かしこくあらんと、つねづね努力しとるんですぞ」
「ふーん」
巨人の王、受け流した。
「まあそういうわけでじゃ。
『御霊の型枠』は、生命のごとく振る舞うものを生み出す。
しかし生まれた時点では、なーんも知らん、覚えることもようせんというわけじゃ」
「まさに赤ちゃんですな」
「そうじゃ。じゃから、誰かが育ててやらねばならん」
「おっぱいもやったりするわけか」
「いや。こやつらはマナで動くゆえ、飯はいらん。
じゃが『覚えかた』を覚えるまでが、大変なんじゃ」
「時間がかかりそうだな・・・」
「うむ。そこに居るエスロ台の場合、何年もかかったわい」
「わしも手伝うたぞ」と三男が主張した。
「うむ。おかげでよい子になったわ。のう、エスロ台や」
ぶわっさぶわっさぶわっさ。エスロ台が飛び跳ねた。
「私も早くそんな相棒が欲しいですぞ」
「うむ。お楽しみということじゃ」
巨人の王。
会議を締めにかかる。
「どうじゃ。3つめは簡単だったじゃろ?」
「まあそうですな。実際は大変なんだろうが、つまりは、育児ということだろう」
「そういうことじゃ」
巨人の王は見回した。
「説明は以上じゃが、質問はあるか?」
「はい!」
「なんじゃ、国王陛下」
「私の台は、いつ私のとこに来るのです?」鬼神はそわそわしながら訊いた。
「まだわからん。エスロ台より早く育つよう、秘策は練っておるというところじゃ」
「よろしくたのみますぞ! 早う乗りたくて、たまらんのだ」
「うむ。努力するわい。国王陛下よ」
巨人の王が見回す。みな、うなずく。
「では以上。解散。孫は手伝いをたのむ」
「わかりましたぞ」「了解しましたわ」「手伝い了解じゃ」「それでは失礼いたします」ぶわっさ。
5、空飛ぶ台、おとなになる
数カ月後。
「陛下」
「なんです、義父上」
「成人じゃ」
「なにがです」と言い返してから、鬼神は気付いた。「あっ! まさか? 空飛ぶ台か!?」
「うむ」
「やったー!」鬼神は踊り上がって喜んだ。「どこです?」
「いま、王妃殿下が化粧をほどこしておる」
「けしょう?」
「国王専用機とわかるよう、きっちり、かっちり、仕上げたいから、数日待ってくれとのことじゃ」
「す、数日・・・そうですか。ぬう」鬼神は悔しがった。「妻がそう言うなら、しょうがないか・・・」
「あとちょっとじゃ。待ってやってくれ」
「ううむ・・・」
鬼神、煩悶した(はんもんした)。
いますぐ乱入して台を見たい。なでなでしたい。だが妻に待ってと言われては・・・。
「ぬぬぬぬ・・・」
それから、我に返って、気付いた。
「ん? 待てよ。あの説明から、まだ1年も経っておりませんぞ」
「うむ。秘策でもって、劇的に時間短縮したのじゃ」
「それはすごい秘策だ。どんなのです?」
「エスロ台に、母をやらせた」
「はは?」
「エスロ台に、次代空飛ぶ台どもを育てさせたのじゃ。そしたら、早くなった」
「年単位だったのが、月単位に? 早過ぎんか? 大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃ。空飛ぶ台はものすごいスピードでやりとりができるゆえ、早くなったんじゃろ」
「うん? やりとり? エスロ台はぶわっさぶわっさ言うばっかりだが・・・」
「うむ。しゃべれんが、魔術で通信はできるんじゃ」
空飛ぶ台はしゃべれん。しかし、空飛ぶ台同士は、魔術で通信ができるんだそうです。
これがもんのすごく効率がいいという。
どのぐらい効率がよいか。
「おはようございます」
と人間がしゃべっとるあいだに、空飛ぶ台は・・・
お 空飛ぶ台(以下、甲とする):おはよう兄弟。今日はいい天気ですね。あなたは昨日誰かを乗せて飛びましたか?
は 空飛ぶ台(以下、乙とする):おはよう兄弟。私はなんと、エスロ博士を乗せて飛びましたよ!
よ 甲:なんと。それはうらやましいことだ。博士はお元気でしたでしょうか?
う 乙:はい。博士はとてもお元気でした。私は少し緊張してしまいました。特に、曲芸を試されたときには。
ご 甲:博士は私たちに試練を課してくださいます。それは楽しく、また、緊張することですね。
ざ 乙:はい。まさにということです。また、私は博士が大好きです。それも緊張の原因でした。
い 甲:あいわかりました。私もまったく同感です。こちらは以上です。
ま 乙:こちらも以上です。それではごきげんよう。
す 甲:ごきげんよう。
・・・ぐらいのスピードで、やりとりができるというのだ!
「めっちゃ早口だな!」
「じゃによって、当然の結果だったわけじゃ」
「義父上。ものを造るというのは、なんか、恐いようなところがあるな」
「なんでじゃ」
「なんでといって、やり方ひとつで、こんなに時間が変わるということがだ」
「ああ。それはまさにじゃ。わしもべんきょうになった」
「義父上がか」
「わしゃ、同じもんを二度造るのは、嫌いじゃ。
速度を比較するなんちゅうことは、とんとやったことがなかった。
今回のことは、孫とエスロ台の功績じゃ」
「三男の?」
「そうじゃ。『空飛ぶ台は空飛ぶ台に育てさせよう。親子なんじゃし』と言うたのじゃ。
やらせてみたら、エスロ台がやりとげたっちゅうわけじゃ」
「2人とも成長したんだのう・・・」
「まったくということじゃ」
鬼神と巨人の王は、子供の成長をうれしく思い、ちょっとさみしくも思ったのであった。
こうして、空飛ぶ台は、おとなになった!
それも、いちどに3台!
うち2台はエスロ台によく似ておる。だが1台は、全然ちがった。
ごっついでっかい、赤くトゲトゲしき空飛ぶ台。
超重量級・空飛ぶ台である。
その名も──
『鬼神台(きしんだい)』。
──はい。もう、誰の台かは説明するまでもありませんね?
そう。国王陛下専用機だ。目がひとつしかない王妃が腕によりをかけてトゲトゲにした。
これを見せられた鬼神がよろこんだこと。これも、説明するまでもありますまい。
ですが、次のことは、説明せねば想像できんはずですぞ。
鬼神台が、この世で初めてクラッシュした空飛ぶ台になった、ということはね。
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