大きな扉の国(3)

5、巨人どもの、いえ


 山の下なる巨人の工房。入り口はものすごくでっかい扉。

 ハイエルフ探検隊、まずはその扉に、たまげる。

「なんと!」「これが、扉!?」「我ら8人肩車しても、てっぺんに届きそうになし」「とてつもなく大きな御殿にちがいなし」

「わっはっは。さあどうぞ!」

 鬼神、笑って、大きな扉を引き開けた。

 こっそり『力』のルーンを使って、ぶわあ! と勢いよくこっちに開く。

「うわあ」「あなや」「とびら、倒れてくるう!」

 大きな構造物が急に動いたものだから、ハイエルフども錯覚。きゃあきゃあ八方へ逃げまどう。

「はあはあ、たまげたえ」「あなや、これほど大きな扉を、ぶわあと一気に」「この世ならぬ怪力」「はあはあ」

 驚きっぱなしである。

 鬼神はにこにこ。なんなら引っ剥がして(ひっぺがして)ぶん投げることもできるぞ。やらんが。

「さ、ここが巨人どもの、いえじゃ」


 入ったそこは、巨大な玄関ホール!

 明かりもないのに輝く床、ビシーッとまっすぐな壁、壁に飾られた道具! 武器! 道具!

「山の下に、かかる大空間!」「なんと綺麗な建物か」「見よ。武器、道具の、なんと見事なできばえ」「釘まで輝いておる・・・」

 さすが探検隊。

 鑑定眼、鬼神なんぞより、よっぽど優秀。

 じつはこの工房、何もかもがすんごく高級なんである。

 たとえば、とんかち。うっすらと温かくオレンジに輝く。人間の炉では決して溶かせぬ金属でできておる。『不壊(ふえ)のとんかち』とでも呼ぶべき逸品。これ、巨人の王は天井を直すのに使うた。ただの日用品。

 たとえば、釘。うっすらと冷たい青に光る。岩をも貫通し、鬼神が『力』のルーンで曲げても、びよーんと元に戻ってしまう。実際試した(そして怒られた)ので間違いない。『折れずの釘』とでも呼ぶか。これ、そこらじゅうに使われておる。ただの消耗品。

 ハイエルフども、かわいそうに、声も出んようになってきた。

 と、そこへ、巨人の女、供を従え現れる。

「あなた。お客さまですか?」

「おお、おまえ。それに、息子どもよ」

 目がひとつしかない王妃と長男次男の、お出迎えであった。

 王妃はあの鬼神と対になる服。長男次男は控え目なトゲトゲ服。どうも王妃の中ではトゲトゲが順位を表わすらしい。

 まるでこのことあるを予知しておったがごとき、準備万端の姿であった。

「ようこそ、ハイエルフのみなさん。巨人の国へ」

「初めまして、王妃さま。氷天部族の探検隊長、アロウと申します」

 ハイエルフども、目がひとつしかない王妃の姿にたまげておる。

 だがアロウ殿はさすがに礼儀正しくあいさつをしたので、鬼神はさらにご機嫌となった。

「さあ、それでは工房へ案内しよう!」

「あなた」王妃がやんわりブロック。「探検隊の方々は、お疲れなのではありませんか?」

「うん?」

「今夜はゆっくり休んで頂き、ご案内は明日としては?」

 王妃、かしこい。いきなり工房へ入れたら巨人の王だって嫌がる。また逆鱗に触れるところであった。あぶないあぶない。

「なるほどそうだ! 旅人を急かしてはいかんかったのう」


 ハイエルフの男連中を、長男次男がお風呂へ案内。並んで歩くと、長男次男はハイエルフの誰よりもでかかった。まだ子供なのに。

 ハイエルフの女連中は、目がひとつしかない王妃が案内。

 旅の汚れ、疲れもさっぱり。ゆるく着替えて、次。

 巨大な食堂へご案内。

 巨大なテーブル! 山のごとき肉! 海のごときスープ! なんもしゃべらん巨人の弟子ども!

「なんという食事」「これが、神の国か」「かかる美味、探検に出て以来」「いやいや、生まれて初めて」

 ハイエルフども、幸せと驚きで目も回る気分のまま、客間へ。

 梯子をよじ登らねば手すら届かん巨大なベット。

 巨人の弟子1人用だが、アロウ殿ご一行が枕を並べても、十分。

 ふとんに沈み込む。するともう、自分以外はなーんも見えん。遥か上空に美しい天井が見えるのみ。

 まるで、雲の中に眠るよう。

 朝、起きて来ぬ仲間あり。

 アロウ殿ら、白い雲海を飛ぶがごとくして探し回る。

「あれ、隊長?」見つかった仲間。「せっかく天国に来たに、まだ、探検をせねばなりませんかに?」

「こやつ、寝ぼけおって」「たしかに、天国のごときおふとんえ」「ああ、起きとうない」「帰りとうない」「わはは」


 翌日。巨人の王の工房(いつもより、ものが減って片づいておる)。

 会談が始まった。


「アロウ殿は、弓使いか」巨人の王、楽しそうにしゃべる。「腕前を見てみたいもんじゃ」

「ゆみつかい?」鬼神、首をひねる。

「みなさん、持っておられたじゃろうが」

「私が見たのは、曲がった杖と、短い剣だけですぞ」

「ばかめ。陛下。曲がった杖ではない。弓じゃ」

 2人のやりとりを聞いたハイエルフども。

「ここな武神、弓を知らぬと」「あな巨人、国王陛下をばかと言うたえ」「まこと、不思議な国なり」

 ヒソヒソ話す。しかし、耳のいい鬼神には丸聞こえ。

 鬼神、焦る。「しもた。これでは、舐められてしまう!」

 王妃がフォロー。

「夫は弓というものを見たことがないのですわ。

 もしよろしければ、弓のわざを披露(ひろう)して頂けませんでしょうか」

「王妃殿下のご希望とあらば」

「それなら、ちょうどよいものがあるわい」

 巨人の王がにこやかに言うて、倉庫からなんか引っ張りだしてきた。

 車輪のついた、ずんぐりむっくりした、毛皮の固まりである。

「義父上。なんです、その・・・くま?」

「しし車じゃ」

「ししぐるま?」


6、ししぐるま


「これは、いのししを真似て造った、からくりの車じゃ。

 いのししの車じゃからして、『しし車』じゃ」

 巨人の王がうれしそうに説明する。

 鬼神は黙っておるが、心の中で「義父上はやっぱり名付けのセンスがないのう」などとダメ出ししておった。

「孫らの的当て遊びによろしかろうと造ってあったのじゃが、」

「よくできてますな」と鬼神。「くまそっくりだ」

「いのししじゃ!」

 鬼神はふーんと言いつつ、しし車をぽんぽんと叩いた。

 すると中から「ひっ」というような声がする。

「変な音がするぞ」

「変とはなんじゃ。ばかめ!」

「義父上。私も的当てしてかまいませんかのう?」

「だめじゃ」

「なんでじゃ」

「子供用と言うたじゃろが。おまえさんでは、一発で木っ端みじんじゃ」

「ああ、そりゃいかんな。わっはっは」

 いつもの調子で巨人の王と鬼神は笑いながら出てゆく。

 ハイエルフども、2人のやりとりに困惑しつつ、それに続く。

 工房の外へ。

 例の、広々としたくぼみに下りてゆく。

 このくぼみ、巨人の王のとてつもない体重にプレスされたがゆえに、なにもかもぺちゃんこにひしゃげ、地面はかちんこちんに固まっておる。車を走らせるにはじつに都合がよいんである。

「わしがからくりを動かすので、ご自由に撃ってくだされ」

 弓を張るのはアロウ殿と2人の供の3人である。

 張りつつも、アロウ殿はしし車を見て首をかしげた。

「偉大なる工房の長よ」

「なんじゃ、アロウ殿」

「矢は思いがけなく深く刺さることもありますえ。あそこは、危ないですに?」

「なに、大丈夫じゃ。中身はただのからくりじゃからして、壊れてもかまわん」

「しかし、人の気配がしますえ」

 会話を聞いていた、目がひとつしかない王妃。周囲を見回す。

 次男が居らん。

「アロウ殿、少々お待ちを!」珍しくあわてた声で言うた。「あなた、しし車の中を見てくださいな」

「なんでだ?」

「次男が見当たりません」

「なに?」

 鬼神、長男を見た。長男、動揺。鬼神、ピンと来た。

 しし車のところへスッタラスッタラと走り、べりっと毛皮をめくる。

 すると、なんとしたことか!

 中に、次男が隠れておるではないか!

「おまえは、ばかか」鬼神は次男をつまみ上げた。「何をしとるのだ」

「いや、それがだな」

「あっちへ行け」

「だが、父上」

「なんだ。行けと言うのに」

「いやそれが、弟が床で寝とるのだ」

「は?」

 鬼神はからくりの中を覗き込んだ。

 しし車の中は歯車みたいなもんが組み合わさり、精妙で、複雑である。

「義父上はまったく、あんなでっかいのに、どうやってこんな込み入ったものを造るのだ」

 感心しつつ、隙間から中を透かし見る。

 すると、なんとしたことか!

 床で、三男がぐうぐう寝ておるではないか!

「おまえは、ばかか」鬼神は三男をつまみ上げた。「なんでこんなところで寝とるのだ」

 すると三男は飛び起きた。「なんぞ! 父上。きんきゅうじたいか!?」

「いや。だが、あぶないのだ。とっとと起きて、母上のもとへゆけ」

「うん」


 鬼神どもがもどってくると、目がひとつしかない王妃が静かに子供を睨み付けた。

「は、母上。すまんことじゃ。あの車、とても寝心地がええんじゃ。ときどきゴロゴロというて、楽しいし」

「そりゃ試運転しとったんじゃ」巨人の王があきれて言うた。「いつから寝とったんじゃ?」

「ときどきじゃ」と三男。「いっつも」

「どっちじゃ」

「ふだんはそうなのですね。今日はどうなのです?」目がひとつしかない母、静かに訊く。

「・・・のけものにされたので、見とったら、眠くなったんじゃ」


 要は、三男。

 自分も会談に出たかったんである。

 しかしまだ子供。留守番を命じられた。

 三男、不満。俺は赤子じゃないぞ! と、倉庫に侵入。会談を盗み聞き。

 しかし大人の長話である。子供にはつまらん。眠くなる。

 しし車がある。お気に入りの寝床。

 ぐう。


「こそこそと泥棒のような真似をしてはいけません」

「はい。すまんことじゃ、母上」

 目がひとつしかない母の目は、次男に向けられた。

「それで、あなたはなんで入ったのです」

「えっと、それはだな。・・・びっくりさせようと思うたのだ」

「びっくりさせようとした。誰を? どうやって?」

「みんなだ。的当てをするのだろう? パッと払いのけて、あっと言わせてやろうと思うたのだ」

「武器をあなどってはいけません」

「はい」

 目がひとつしかない母の目は、最後に長男に向けられた。

「それで、あなたは気付いていたのでしょう?」

「弟が居らんのは、気付いておった」と長男。「しかし・・・」

「しかし、なんです?」

「その・・・母上に『黙って立っておれ』と言われたし」

「そういうときは、自分が仕える相手にこっそり伝えて、指示をあおぐのです」

 目がひとつしかない母、説教を終え、アロウ殿に向き直った。

「息子どもがお騒がせしました。どうぞ」

「アロウ殿。ばかな息子ですまぬ」鬼神もあやまった。

「いえ」アロウ殿はちょっと迷ってから、言った。「じつは私も同じようなことをして、怒られたことがありますえ」

「なんと。そなたが」

「大人に黙って、けものを追い立てようとしたのです。

 手柄を立てるつもりだったのですが、けものには突き飛ばされ、我が親には撃たれそうになり、さんざん怒られましたえ」

「なんと。アロウ殿がのう」

「俺たちは鬼だ!」次男がいばる。「けものなんぞには負けんのだ」

「ふあー。ねむい」三男がぐずる。

「孫ども、静かにせよ」

 巨人の王が三男をつまんで、胸のポケットに入れた。三男、ポケットに垂れ下がり、うつらうつらしだす。

 三男が落っこちんように注意しつつ、巨人の王はしし車のしっぽを引っ張った。

 ごろごろ・・・どん、がん、ごろろろろ・・・。

 しし車の内部で、音がしだす。

「アロウ殿、お二方、しし車、発進しますぞ」

 しし車。

 初めはゆっくり。しかし、すぐに勢いづく。

 土煙を立てて突進! ずざざーと音を立てて止まる! 向き変えて、突進! ずざざー。突進!

「猛烈だのう」鬼神が眉を寄せた。「子供がぶつかったら、吹っ飛ばされそうな速度だ」

「そうじゃな」

「なんでそんな速さにしたのだ。あぶないでしょう」

「なんでといって、安全な造りにしてみろ。

 おまえの息子どものことじゃ。『いのしし恐るるに足らず』などと言うて、本物に挑みかねんぞ」

「・・・む。たしかに」

「じゃによって、本物より気持ち強めに造っておいた」

「ならばよし」

 ハイエルフども、いいのか? と困惑。

 アロウ殿と選抜された2名はさすがに緊張の面持ちで、もう会話は耳に入らぬ様子。

 弓矢はだらりと下に向けたまま、じーっとしし車を見つめ、機をうかがっておる。

「きびしいな」と鬼神。

 距離は20尋ほど。わずかな狂いで大外れとなる距離。しかも、しし車は不規則。これはむずかしい。

 アロウ殿が弓を上げた。弦を引く。残りの2人もその動きにならった。

 しし車は走り、止まり、回転し、また走り始──める瞬間、アロウ殿の矢が、しし車の首筋に生えておった。 

 ついで他の2人の矢が、ひょうん、ぶうん、と音を立てて飛び、カッ! カッ! と、しし車の後ろ半分に突き立った。

「見事」鬼神はうなった。「見事じゃ。恐ろしいわざだ!」

 アロウ殿がふーっと息をつき、ぼそぼそと「光栄です」と言うた。

 鬼神。

 内心「なんだこいつは」とたまげておった。

 アロウ殿の矢がいつ放たれたのか、鬼神にはわからなんだ。完全に虚を突かれたと言うてよい。あっと思うたときには、するすると矢が飛んでおった。いや、それが見えただけでも、さすがは鬼神と言えよう。巨人の王や息子どもに後で聞いたところ「何が起こったかわからんかった」と言うておったぐらいである。

 するする伸びてゆく矢の揺れる軌道。頼りないようでいて、あやまたぬ。

 初めから当たると決まっておるがごとし。いや、初めからそこに矢が生えておったがごとし。

「まるで魔術だ」鬼神は感嘆した。「こんな男とうっかり戦ったら、おおごとになるとこだった。見せてもろうて、よかったわい」

 この鬼神の勘、やがて大当たりすることになる。

 だが、まだそんな勘の利かん子も居った。

「なんだ。やっぱり、大したことはないぞ」次男がわめく。「あんなへなちょこ矢、手づかみにしてくれるわい」


7、次男 vs アロウ殿


「ばかめ」鬼神はあきれた。「息子よ。おまえ、いまのを見ておらんかったのか」

「見ておったわい!」

 次男はむきになった。

「なにが弓だ。へろへろして、音もせんかったではないか。

 父上が投げる石にくらべたら、全然大したことはない。

 ハイエルフなんぞみんなひょろひょろして、俺より小さいし、大したことはないのだろう」

「ばか。阿呆。失礼な奴め。

 ひょろひょろした者が、ごっつい者を投げ飛ばすことだって、あるのだぞ」

「だって、父上のほうが・・・」次男は少しひるんだ。「なあ、兄者。そうだろう?」

「いや、ここは父上が正しいと思う」長男は考えながらそう言うた。「おまえ、ちょっと黙っておれ」

「なんだ。兄者め。びびりおってからに」次男は引き下がらぬ。「おいアロウとやら。俺と勝負せよ!」

「おい、やめろ」長男が止めた。

「俺は負けんぞ! 的当てなら、俺だってかなりのもんなのだ」

「いい加減にせよ」鬼神が怒った。「お客さまに謝らんか」

「しかしだな、父上・・・!」

「あなた」目がひとつしかない王妃が、手を上げた。「私に、考えがございます」

「うん?」

「母上!」次男、鼻息荒し。「止めてくれるな! 俺はだな、」

「息子や。おまえがどうしてもというのなら、母からアロウ殿にお願いしてもよろしい」

「どうしてもやりたい!」

「いいでしょう。その代わり、約束を1つ、してもらいたいのです」

「なんだ、母上。どんな約束でもするぞ」次男は言い切った。

「では、勝負に負けたら、死になさい」

「えっ・・・」

「死んだフリでよろしい。今日だけでよろしい。ですが真面目に死んだフリをなさい。

 一切、文句を言ってはなりません。死人は口を利かないのですから。

 二度目の勝負もいけません。死人に『次』はないのですから。

 母に約束できますか」

「それは・・・」

「いやいや、おまえ。負けたら死ぬとは限らんぞ」「そうじゃそうじゃ。こいつなんぞ、わしに負けたくせに」

 鬼神と巨人の王がなんか言いかけた。が、目がひとつしかない王妃にじろりと睨まれ、

「そうだ。母上が正しい!」「はい。そうじゃ」引き下がった。

「母に約束できますか?」

「じゃ、じゃあ、アロウも、死んだフリを」

「しません。なんでといって、あなたが無理にお願いをする立場だからです。

 今回は、あなたが代償を払うのです」

「い・・・いいぞ」次男はだいぶひるんだ。「そんなことで、ひるんだりは、せんのだ」

「母に約束できますか」

「で、できる! 約束する、母上」

「それではアロウ殿。私からお願いいたします。

 息子に、本物の戦士のわざというもの、見せてやって頂けませんか」

 アロウ殿はうなずいた。「かしこまりました」


 先攻、次男。

 口ばかり先走る次男であったが、しし車の肩にしっかり当てた。

 この距離で当てるだけでも、なかなかではある。

「どうだ!」

 しし車の肩に、石の当たったへこみができておった──と思いきや、そこに矢が生えた。

 アロウ殿、放ち終わった弓を下ろす。

「・・・え?」

 次男、青ざめる。

 ハイエルフどもは微妙な表情で、なにか言いたげにしておる。

「どうしたのじゃ?」鬼神が訊いた。「すごいわざではないか」

「・・・あそこでは、効きませぬ」ハイエルフの女が言うた。「いのししの肩骨に当たり、石だろうが矢だろうが、はじかれますえ」

「ほう」

 すると他の者どもも、ぴーちくぱーちく言い始めた。

「・・・アロウ殿、大人げなし」「いや、あれでこそ隊長。手加減できぬ御方」「かえって教育にならぬ」「いや、なる」

 鬼神、内心「こいつら面白いな。うるさいが」と思った。

「ひ、引き分けだ! いまのは」次男、わめく。「次はあんたが先、俺が後でやろう」

「いいでしょう」

 アロウ殿、矢をするっと抜き、弓と合わせてだらりと構える。

 しし車は相変わらずめちゃくちゃに動いておる。走り、曲がり、止まり、走──り始めた首筋に、矢が生えた。

「・・・勝負あったな」鬼神はつぶやいた。

「なんでじゃ」

 巨人の王が訊く。その声でポケットの三男が目を覚ました。「ふあ? なんじゃ?」

「息子は、石投げに勝とうとがんばっておる。

 だがアロウ殿は、いのししを殺しておるのだ」

「なるほどのう」巨人の王はうなずいた。「遊びと仕事の差じゃな」

 次男、投石。

 外れ。

 緊張したのか、暴投になった。しし車にはかすりもせず、手前の地面に投げつけてしまう。

「アロウ殿の勝ち」目がひとつしかない王妃が宣言した。「あなたは、死にました」

 次男、ひざをつく。

「二番目の兄者。何をしとるんじゃ」目を覚ました三男が言うた。「しし車は、あっちじゃぞ」

「・・・わかっとるわい」

「なんであんな、手前に投げよったんじゃ」半分寝ぼけた三男はしつこい。

「弟よ。話しかけるな。俺は死人なのだ」

 次男は片膝、こぶしを握り、うなだれておる。死んだフリらしい。そんな死にポーズあるか。かっこつけすぎだ。

 大人たちは次男をそっとしておいて引き揚げた。長男が慰めるも、次男はなかなか立とうとせんかった。


8、大きな扉の国


 アロウ殿一行は、数日、鬼神のもとに滞在し、ふたたび探検にもどった。

 そして数カ月後。元気な姿で、あいさつにやって来た。

「おお、アロウ殿。お元気そうじゃのう」

「鬼神さま。いよいよ故郷にもどることになりましたえ。

 先日のお礼に、このあたりの情勢の話をお持ちしました」

「探検家よ、ありがたい。どうだ、怪物でも居らんか? 私がぶちのめしてやるぞ」

「いえ、居りませぬ。

 しかし、ハイエルフの大勢力がありますえ。

 『緑の魔術の国』と名乗る者どもで、近く、平原に進出しましょう」

「緑の魔術の国だと。魔術師が居るのか」

「はい。たくさん居るようですえ。魔術大学という、立派な学校もあり」

「なんと」

「すでに、くぼみの地から数日の距離に、都がありましたえ」

「気をつけねばならんな。どうもありがとう。さあさあ、休んでいかれよ」

 アロウ殿ご一行、また滞在。今度はひたすら休養である。

 そして、いとまを告げて立ち去った。

「鬼神さま。巨人の国に、繁栄を」

「氷天にも、強く健やかな未来を」


 アロウ殿は無事故郷に戻り、探検の成果を報告したという。

 その結果。


「あなた。『大きな扉の国』の歌が、ハイエルフのあいだではやっているそうですわ」

「なんだその、大きな扉の国とは」

「我が国のことですわ」

「なんだと? 私は『巨人の国』と言うたぞ」

「アロウ殿はそう報告なさったことでしょう。ですが、歌はこうなっておりますわ──」


 『大きな扉の六腕神(りくわんしん)』

 ♪森の向こうのくぼみの地、そびえる大きな扉あり。

  六腕赤き鬼神さま、見過ごすことなき慧眼(けいがん)の。

  従う巨人のひとつ目も、ふたつの目よりよく見える。

  豊かなりや神の国、肉もスープもこの上なし。まさに神の美食なり。

  探検途中のアロウ殿、もてなし受けて心身全快。まさに神の恩恵と。


「おまえの料理、ずいぶん褒められておるな」

「あなたも、目のするどい神とたたえられておりますわ」

「しかし、大きな扉の国とはなあ。義父上みたいな名付けのセンスだ」

「まあ、あなた。私もそう思っておりました」


 この歌は各地のハイエルフの部族に伝わった。

 アロウ殿が警告してくれた『緑の魔術の国』にも、もちろん、伝わっておったのである。

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