緑の魔術の国(1) 狩人の村

1、国王陛下、さんぽする


「さあ、さんぽをしますぞ」

 国王陛下、さんぽをする。

「なんでじゃ」

 巨人の王、不満を言う。

「なんです義父上。いきなり不満とは」

「なんで、わしまでさんぽに連れ出す。1人で行かんか」

 巨人の王。

 だいぶイライラしとるようである。

 微振動が、鬼神の足元に伝わってくる。あとちょっとのイライラで、地震発生である。

「巨人のしるしのあるところが、巨人の国だと、宣言したのだ。

 だからして、義父上には、人から見えるところに出てもらわんといかんのだ」

「なんでそんな、ひとを目印にするようなことをする」

 グラグラ・・・。

 まずい。地震になりそうである。

「わしは忙しいんじゃ。いま、仕掛けで難航し、集中を必要とするとこじゃというのに」

「だって、地形は目印にならんでしょうが」

「なんでじゃ」

「義父上がコケたりして、地形をつぶすからだ」鬼神、目の前に広がる、くぼみの地を示す。「こんな風に」

「おまえさんが殴るからコケたんじゃろが!」

 巨人の王、ちょっとキレた。

 もうだめだ。地震です。近くの森から鳥が一斉に飛び立つ。

 どうも鬼神と話すと毎回こうなる。

「いや、そうなんですがね」鬼神、へりくだる。「国のため、子供のためだ。頼みますよ」

「むう・・・。国王陛下にそう言われてはのう。

 しかし、なんで、さんぽ。目印なら、1日1回、工房の前に立つぐらいでよかろう」

「勘です」

「は?」

「私の、戦の勘が言うのだ。さんぽをせよと!」

「全然わからん。戦とさんぽが、どう繋がるんじゃ」

「あやしい者に気付くことが、防衛の第一歩だからですぞ」

「・・・それは、『見張り』ではないか?」

「そうです」

「なら初めから見張りと言わんか!」

「義父上があっちこっちと質問をされるから、あちこちに答えが飛ぶのだ。

 私のせいじゃありませんぞ」

「質問せなんだら説明もせんじゃろが!」

「そうですな。わっはっは」

 2人はしばらくスタスタと歩いた。

「・・・あいわかった」と巨人の王。

「なにがです」と鬼神。

「第一に、目印として、外界に姿を見せよ。

 第二に、どうせだから見張りもやってくれと、こうじゃな?」

「いかにもさよう」

「じゃが、やはり、わからぬ」

「なにがわからんのです」

「人間が攻めてきたところで、わしとおまえが蹴散らせばすむことじゃろが。

 なんで、わざわざ、見張りなんぞをする」

「それでは、ひがいが出るでしょうが」鬼神は偉そうに言うた。

「被害じゃと?」

「人が殺されたり、宝を奪われたり、家や土地がそこなわれたりといった」

「わっはっは。ばかめ!」

「ばかじゃないわ!」

「わしら巨人を殺せるような人間なんぞ、この世に居らんわい。

 わしの娘、つまりおまえさんの嫁、つまるところの王妃殿下にしたってじゃ。

 ハイエルフの兵士になんぼ囲まれようが、蹴散らして逃げて来るぐらいはできるのじゃ」

「義父上。私は、大切な妻にそんなことはさせませんぞ」

 鬼神はあきれた。

「それに、私の息子は鬼だ。人間なんですぞ」


 ・・・あ、一応言うておきますが、鬼は人間の部類です。

 この世界では、ハイエルフみたいな生きものをまとめて『人間』という。

 2本足で立ち、手にものを持ち、言葉をしゃべる生きものは、だいたい『人間』ということです。

 鬼は少々でっかいが、ま、人間です。

 巨人は『神々と巨人』という部類ですので、人間とは呼ばん。まあ、巨人の王なんぞは『地形』のグループに入れた方がいいぐらいですからね。仲間外れにしようというんでは、ありませんがね。


「そうか。孫どもは、人間じゃったな」巨人の王はさびしそうにした。

「だいたいにして、我が家の庭で敵を迎え撃つなんて、そんな国、私はいやだ」

「わしだっていやじゃ」

「でしょう。

 『攻撃されてから反撃すればいいや』などは、怠慢(たいまん)なのだ」

「むう」

「ばかなのだ」

「ばかじゃないわ!」

「そういうわけだ。孫のためと思って、頼みますよ」

「わかったわかった」

 巨人の王はうなずいて、くぼみの地の向こうを見た。

「そうすると、空から見張れれば、効率的なわけじゃな」

「わっはっは。そりゃそうだ。

 空飛ぶ生きものは、強いからのう」

 鬼神。空をあおぐ。

「しかし我々は地べたを歩く生きものだ。こうして見上げるぐらいしか、

 ・・・ん?

 義父上。なんか、あそこ、煙がかっておらんか?」

「どこじゃ」

「あっちです。森の上空、かすかに煙っておるようだが」

 巨人の王、鬼神が見つけた煙のところを、ひとつしかない目で、ギロッと見る。

「む」

 胸のポケットから、筒を取り出す。

 その筒を、ひとつしかない目に当てて、ギロギロッと覗く。

「むむむ」

「なんです、それは」

「単眼鏡じゃ」

「たんがんきょう?」

「遠見の眼鏡じゃ」

「なんだ、めがねか」

「・・・村ができとるようじゃ」

「村ですと?」

「うむ。森の中に空間がある。

 屋根が3つ見える。草木葺き(ぶき)じゃ。ハイエルフが造るシェルター(雨避け小屋)の技法と見た。

 煙はそっから上がっておる。

 ──以上じゃ」

 巨人の王、巨人的簡潔さで報告。

「つまりなんです?」

「ばかめ。ハイエルフの村じゃないか? と言うとるんじゃ」

「アロウ殿の言っていたやつか。緑・・・緑の・・・」

「緑の魔術の国じゃ」

「それだ」

「国には見えんが」

「いやわからんぞ。なんでも末端というのは小さいもんです。

 ようし。ここはひとつ、私が行ってみますぞ」

 鬼神。スッタラスッタラと軽い足どりで走り、またたく間にくぼみの地を走り抜けてゆく。

「小さいくせに、足の早いやつじゃ」巨人の王はそう言うて、引き返した。「娘に伝えるとするか」


2、狩人の村


「──やあ。弓を持つハイエルフどもよ。

 おっと、私は怪物じゃないからな。弓を撃つのは、ちと待った」

「なんと」「怪物ではないに?」「化け猿ではないに?」


 アロウ殿のときと同じようなやりとりをする鬼神。

 巨人の王の推測が的中したのだ。森の中で、ハイエルフの狩人と邂逅(かいこう)したのであった。


「私は、鬼どもの神、鬼神と名乗る者。

 煙が見えたので、なにかなと思い、見に来たのじゃ!」

「なんと!」「歌に聞く、六腕神さま!」「弓を向けたこと、どうか、お許しを」

「うむ! そなたらが巨人の国で悪さをせん限り、怒ったりはせぬ」

 鬼神はかっこをつけてうなずいた。

 巨人の王のモノマネ開始である。

「じゃけれども、その巨人の国、もう、目と鼻の先じゃ。

 じゃによって、ちょっと見に来たというわけじゃ」

「なんと? それは、存じませなんだ」

「そうか」

 深く暗い森の中である。

 わずかに開けた真上の空以外は、なんも見えん。くぼみの地も見えんし、工房のある山も見えん。

「ならばよし。弓持つハイエルフたちよ、初めまして。今後ともよろしく」

「は、初めまして」「おそれおおい」「ありがたい」「神さまと話してしもうた」「一生の記念え」

 ハイエルフども、びっくりしておる。

「して、そなたらは、なんという部族のハイエルフじゃ?」

「我らは、灰沼の氏族。見ての通り小さな氏族で、部族には属しておりませぬ」

「はいぬま?」

「灰色の沼ですえ。こことは全然ちがう森の、池とも沼ともつかん、ちっぽけですが明るく住みよい、我らの故郷です」

「かえるがたくさん居る」「かえるの女神さまがいらっしゃる」「ぐええぐええとうるさい」「でもうまい」

「ほう。楽しいところのようだな。なんでここに?」

「それは、『緑の魔術の国』に、無理やり移住させられまして」

「なんと?」

「ある日、『緑の魔術の国』が、灰沼にやって来まして。

 抵抗したのですが、『まだん』とかいう呪文で叩きのめされ、若いのが3人殺された。

 罪人のように引っ捕らえられ、連れて来られましたのが、ここで」

「なんじゃそれは。横暴だのう」

「まったくですえ」「私、緑、きらい」「わしも」「人を人とも思うておらぬ」「ありんこのごとき扱い」

「来て1カ月。見も知らぬ森で、食うものも獲れず・・・見てのごとく、みな、がりがりに」

「ひどいな」

「まったくですえ」「なみだ、なみだの日々」「ここは、静かすぎて」「かえるの声が恋しい」「死ぬなら、故郷で死にたい」

「このような状況でして、鬼神さまの御国にどうこうなど、我ら毛頭ございませぬ」

「そうか」


 狩人ども、たしかに、がりがりに痩せて(やせて)おる。

 外に居るのは男だけで、女子供は小屋に隠れておる気配。

 万が一には、刺し違えてでも女子供を逃がす・・・と、男どもは決意しておるようである。


「だが、その焚き火を見るに、なんとかなりそうか?」

 狩人どもの背後。

 『焚き火』と言うたが、火ではない。地面に置いたでっかい木の葉っぱと石から、煙がもやもや立ち昇るのみ。そこから、肉の燻される(いぶされる)いい匂いがしてくる。

 狩人どもは「あちゃーばれた」という顔をした。

「そんな顔をするな。取りはせんから」鬼神は微笑んだ。「腹は減っておらん。もう帰る」

「しかし、神さまを手ぶらで帰しては失礼ですに。おみやげと言っては、この肉ぐらいしか・・・」

「だめじゃ!」

「なんでですに?」

「食うのに困っとる者から、みやげなんぞ取り立ててみよ。わしゃ、妻に嫌われるわい」

「なんと」「鬼神さま、奥さまに、頭が上がらぬので?」「こりゃ! なにを言う」「いやしかし」

「いやいや、じつは、そうなのだ」

 鬼神は笑った。

「私は婿(むこ)だし、妻はかしこいのでな」

「・・・なんと」「私も入り婿ですに。女房が恐あて」「婿ではないが、おんなが恐あて」「聞かれるえ」「うわあ、こわい」

 鬼神と狩人ども、わっはっはと笑い、物品のやりとりは一切せず、別れた。


 こうして鬼神、近所のちょっと偉いおっさんぐらいの扱いを受け、すっきりして、戻ってきた。

 玄関で、目がひとつしかない妻と長男次男が迎えてくれた。

 長男次男は、自分の身長ぐらいある太い杖を握っておる。

「あなた。ご無事でしたか」

「うむ。・・・なんで武装しとるのだ?」

「万が一のためだ」次男が言うた。

「弟がうるさいので」長男が言うた。「父上の様子だと、取り越し苦労だった」

「兄者は甘いのだ! 俺はもう、油断をせぬ!」次男は鼻息も荒い。

「ふっふっふ、頼もしいではないか」鬼神は息子を褒めた。「大丈夫だ。今日のところはな」


「・・・あなた。それは、よい情報とは言えませんね」

「だろう?」

 鬼神。

 目がひとつしかない妻と2人で、狩人の村のことを話し合った。

「どうも、緑の魔術の国、注意が必要だぞ」

「そうですね」

 という結論になった。

「私も、これまでは趣味でうわさを集めておりましたが、本腰を入れますわ。

 情報収集をします」

 目がひとつしかない妻、そう言いつつ、お茶を淹れてくれる。

 湯気といい香りが立ち昇る。

「そういえば、おまえ」

「なんです、あなた」

「うわさはどっから集めておるのだ? 外に行くところは、見たことがないが」

「お弟子さんが、神々にお会いして、うわさを聞いてくるのですわ」

「なんと? 神に?」

「はい。巨人のおみやげは、よろこばれますから」

「なんとまあ、神としゃべるとは、巨人はすごいのう」

 目がひとつしかない妻は噴き出した。

「なんで笑うんじゃ?」

「だって、あなた」鬼神の肩を叩く。「私もいま、神さまとしゃべっていますのに」

「あ、そうか。なんだ。大したことないな」

 鬼神はお茶をふうふうした。

「もう」

「神は、人間のうわさにくわしいもんなのか?」

「そうですわ。人間どもは、神さまに熱心に話をしますから」

「なんでじゃ?」

「なんでかはわかりません。ですが、人は神を恋い慕う(こいしたう)ものです」

「・・・立派だのう、他の神さまは。

 私なんかこう、ただのでっかい猿みたいだのに」

「いいえ。あなたは、鬼どもの神ですわ」

「そうかな」

「そうですわ」

「そうだな。

 息子どものために神になる。これは決意したことだ」

 鬼神。

 柔らかい椅子にもたれかかり、お茶をひとくち飲んだ。

「・・・にしても、狩人を追い払うとはなあ。ばかな国だわい」

「さあ、どうでしょう」

「だって、狩人は、知らん森では仕事がしづらいと言うておったぞ。

 自国の民を苦しめるのは、自国を傷つけることだ。ばかではないか」

「おっしゃるとおりですわ。

 ですが、囮(おとり)の可能性があります」

「おとり?」

「弱い立場の者を、巨人の国の近くに住ませる。そして、様子を見るのです」

「二重にひどいわ!」鬼神は憤慨(ふんがい)した。「故郷を追い立てたのが、そんな目的だとしたら」

「ですから、今日のあなたの対応は、悪くないものでした」

「ぬう! 私は、そんなつもりで!」

 鬼神はお茶を呑み干した。

 目がひとつしかない妻がお代わりを入れてくれた。鬼神はそれも呑み干した。

「そんな国ならば、とっとと滅んでしまえばよい」

 鬼神が呪う(のろう)と、目がひとつしかない妻は予言した。

「いずれそうなりますわ。ですが、そうなり果てるまでは、油断はできないということになるでしょう」

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