大きな扉の国(2)

3、国王陛下、さんぽする


 国王陛下、さんぽする。

 赤くトゲトゲしき服に身をよろって。

「王さま。王さまか。少し、できそうな気はしてきたぞ。

 だが、まだ、わからぬ。これはあれだ。実戦が足らんのだ」

 スタスタ歩く。

 がしゃーんがしゃーん。がしゃーんがしゃーん。服がうるさい。

「私も、いまや服を着る御身分というわけだが、」

 それも、奥さん手作りのだ。

 赤くてごっつい、いかにも『化け猿』という服である。いやちがう、間違うた。いかにも『国王陛下』という服である。

「こんなすごい服を着せてもろうても、中身が伴わん(ともなわん)のではな。

 早く中身を育てなくては。なんとかこう、王さま実戦の機会、ないもんか?」

 赤猿。

 もとい、国王陛下。

 実戦(?)求め、さんぽする。

 やがてまた、くぼみの地に到達する。

「それにしても、私は本当に、この土地に来て生まれ変わったようなもんだな」

 しみじみしておると。


 人の気配あり。


「うん?」

 くぼみの地は、森に囲まれておる。その森の中に、人影があった。

 うごめくほっそりした人影が、三つ、四つ・・・八つか。

 赤猿、人影を見る。

 人影、赤猿を見る。

 どうやら、人間のようである。男女。いずれも若々しい。耳が長い。

 曲がった杖を持ち、腰に小剣(肘から指先ぐらいのサイズの剣)を差しておる。

 地味な服で、じっとしておる。それで、危うく気付かず通りすぎるところであった。

「なんじゃ?」

 赤猿。

 若き日の旅の経験から、こういうときに言うておかねばならんこと、よーくわかっておる。

「おーい、そこの、にんげんども。

 言うておくが、私は怪物じゃないからな」

 そう。

 まずこれをやっとかんと、怪物扱いされるんである。

 なにしろこの怪物、いやちがう、この国王陛下、人間の3倍は背丈がある。腕も6本ある。額の左右にはツノもある。目はちっちゃいし、肌はゆでたように赤いし・・・そりゃあ、怪物とも思うわい。

 森の中の者ども。きょとんとした。「・・・怪物では、ないに?」

「そうだぞ。

 私は話のわかる男なのだ。それにほら、ふくだって着ておる」

 赤猿。着たばかりの服を見せびらかす。

 可愛い奥さん手作りの、ビシッ! ガシッ! トゲトゲ! とした服。威嚇効果、十分である。

「・・・怪物でないと、おっしゃっておられるえ」

 森の中の者ども、こそこそと相談。秘密の相談のつもりらしい。

 しかし赤猿、やたらに耳がよい。丸聞こえである。

「・・・しかしのう。あな(あんな)恐ろしげ、ごっつい生きもの、見たこともなし」

「・・・あれは、服か? ヨロイでは?」

「・・・いとトゲトゲし。おそろし。戦装束にちがいなし」

 ご自慢の服が、疑われとる。

 赤猿。微妙な顔をした。「いい服なんだがなあ」

「・・・言葉よく介し、戦装束す。ただの怪物ならじ。知的文明的巨人ならめ」

「・・・まこと未知なる脅威。我ら、ここで死ぬやも」

 森の中の者ども、どんどん深刻な雰囲気になってゆく。

「やれやれ」

 赤猿、ため息をつく。

 半ばあきらめつつ、せめて敵意がないことを示そうと、すわった。

 森からちょっと離れたそこらの岩に、どかっ。ガキッ。岩が欠けた。服のトゲが岩を削ったんである。服の勝ち。

「まあ、よい。

 警戒するならそのままでよいから、話をしよう」

「・・・話を? なぜ?」

「なんでと言って、ここは、私の国だからだ」

「・・・なんと! あな知的文明的、六腕の巨人が、国をなすほどこの世に居るとは!?」

「・・・もしや、彼こそ古伝(こでん)の『地震の王』」

「・・・したり! この近辺、恐ろしい力によって滅びたらしき廃墟、いくつも」

「・・・いよいよもって、この事、生命に替えても部族に警告すべし」

「・・・よし」リーダー格らしき男が言った。「さあらば、私に任せよ。万が一には、そなたら八方に散って逃げよ」

「・・・アロウ殿!」

 リーダーらしき男、手に持っておった曲がった杖を、そばの女に預ける。

 腰の小剣は、自分で持つ。抜いたのではない。鞘ごと右手ににぎった。それも、剣先を前にして。

 そして、勇敢! 堂々と森から出て来おった。

「ふむ? あいつ、剣を、わざわざ抜きにくい形ににぎりおった」

 赤猿。剣の礼法は知らんが、けんかの直観でわかった。

「あれは『先制攻撃はしませんよ』という意味か?

 剣の持ち方で意志を表わす、礼儀作法というわけか。

 なんとなんと! 武器というもの、持つ者が持てば、面白いものだ!」

 感心する。

 国王の仕事なんぞわからんわいと、悩んだ気分もどこへやら。

 けんか関わりゃ、意気軒昂(いきけんこう)。元気溌剌(げんきはつらつ)、興味津々(きょうみしんしん)。

 ニカッと笑って男を待つ。その顔、まるで、えさを見る猛獣。さすがに男もびびった。顔が青ざめる。

 男、6尋(ひろ)ほど、つまり人間の身の丈6人ぶんほど余して、立ち止まる。

 赤猿、また感心。「こやつ、私の間合いを見切りおった!」

 これは戦上手にちがいなし! 好敵手見つけたり! ──赤猿、うれしくなった。

「六腕の偉大な巨人よ」男、青ざめつつも、声にはふるえなし。「もしや、御身は地震の王ですか」

「地震の王?」

 赤猿、内心「ここぞ!」と思い、ますます笑うた。

「いいや、ちがうな。私は──」

 赤猿、大きく息を吸い込んだ。そして、名乗った!


「私は、鬼神と名乗る者。

 鬼どもの神、鬼神なり!」


4、国王陛下と、ハイエルフ


「・・・きしん?」男は首をひねった。長い耳がぴょこっと動く。「初耳ですえ」

「えっ?」

 赤猿あらため、鬼神。戸惑った。


『鬼どもの神、鬼神なり!』

 この名乗りはちゃあんと考えてあった。じつは練習もしておった。

 しかし、それを「知らん」と言われるとは、想定外。

 鬼神、名乗るのは、これが生まれて初めて。

 なんとなく『名』というものに幻想を持っておった。ばーんと名乗れば、ははーと納得する。そういうもんかと思うておった。

 『初耳ですえ』? そんな反応、ありなのか? 戸惑う鬼神であった。


「はてさて、どうしたものやら?」

 すると、耳の長い男のほうが、気を取り直した。

「あいや、これは失礼をいたしました。お先に名乗って頂きましたのに。

 私は、アロウと申す者。あちらの者どもの、隊長をしておりますえ」

「アロウ殿か。これは、初めまして」

 鬼神はていねいに言うた。そして、付け加える。「我が国へようこそ」

 アロウ殿も礼を返してきた。

「これは、ごていねいに。初めまして、鬼神さま。

 本日はお天気もよろしゅう」

「うむ」

 鬼神、改めてその男、アロウ殿を観察。

 どう見ても、若い。少年か青年かわからん。なのに、肝(きも)の据わった態度。

「見た目は子供、中身は戦士か」鬼神、分析。「こやつ、いったい、何者ぞ?」

 そして口に出してはこう言うた。

「まこと、いい日和ですな。さんぽには、とてもよい日だ」

「さんぽをしておられたのですか」

「うむ、」

 鬼神、返事をしつつ、忙しく頭の中で考える。


「国王! 国王らしくするのだ、私よ!

 でないと『あ、こいつ、国王に慣れてないな』なーんて、見透かされてしまうぞ!

 私が舐められる、すなわち、国が舐められるのだ! 戦え、私! これは実戦だ!

 だがどうすればいいのだ!? やったことないのに、わからんわ!

 ・・・あ、そうだ。

 私の知っとる国王のマネをしよう」


「・・・うむ、いかにも、まさに、さんぽをしておったのじゃ」

 結論。

 巨人の王のマネ。

 鬼神の知る唯一の王さま。尊敬もしとる。殴ったけど。

 モノマネで国王の威厳を保とうとしたわけだ。なんと、ばかめ。浅はかなやつじゃ。

「して、アロウ殿とやら。そなたらは、なにものじゃ?」

「はい。鬼神さま。

 我々は、ハイエルフ。氷天部族の探検隊。

 あちこち探検をしておりましたところ、たまたまこの場所に行き当たりましたのえ」

「はいえるふ?

 ひょうてんぶぞくとは、なんじゃ?」

「ハイエルフは、太陽の女神のしもべ。私たちの種族ですえ」


 エルフという種族、いまでは有名になりました。いろんなお話にも登場しておる。

 しかし、みなさんの知っておるのと、私の言うのとでは、なんか違いがあるかもわからん。

 ですので簡単に説明しましょう。

 この世界のハイエルフは、太陽の女神がお造りになられた種族です。

 人間の中でいちばん早くこの世に現れ、巨人から文字を学び、神から魔術を学んで、文明を築いた。

 太陽をあがめるハイエルフが、人間の歴史に曙光(しょこう)をもたらしたというわけです。

 耳が長く、男も女も似たようなほっそりした体型。

 いちばんの特徴は、歳をとらぬこと。

 15歳ぐらいで、ぴたっと成長が止まるそうです。そこからは一切歳をとらぬ。

 シワもできず、ハゲもせず、ボケもせず、何百歳になっても子を作れる。

 このお話の時代には、ハイエルフは世界のあちこちに居ったらしい。しかし、いまではめっきり減ってしもうた。南方では、太陽の神殿にでも行かん限り、姿を見ることもない。そのうち地上から消えてしまうのかもしれません。鬼神と同じようにね。


「エルフか。そういえば、聞いたことがあったわい。

 歳をとらんそうじゃな? まるで、お日さんやお月さんのようじゃな」

 鬼神は空を指した。

 目にも眩い太陽が、あたたかく、青空に輝いておる。

「とんでもございませぬ。たしかに歳はとりませんが、」

 アロウ殿はかしこまった。

「現実はきびしいもの。けものに襲われて死に、飢えて死に、病で死に、暑さ寒さで死に・・・。

 神さまのようにはなれませぬ」

「それもそうか。生きものだものな」

 生きものというのは、死ぬときにはあっさり死ぬものですからね。

「ではやはり、そなたらは、にんげんか」

「いかにもそうですえ。

 ちなみに、我が氷天部族には『八百過ぎればみな長老』ということわざがありますが、」

「800歳だと! 長老とは、そんなとんでもないのか」

「と思いますでしょう? そこが皮肉でして、

 『どうせ800年も生き延びる奴なんぞ居らぬ。ゆえに、長老の条件はそのぐらいがよし』

 『長老なんぞ気取っとるヒマがあったら、100歳でも200歳でもはたらけはたらけ!』

 ・・・という意味合いで使われるのですえ」

「なんだ。皮肉なのか」鬼神、笑った。「愉快(ゆかい)な部族だな」

「鬼神さまは、鬼の神さまとおっしゃいましたか?」

「うむ。私はこの世で最初の鬼。鬼どもの神じゃ。

 私の父は赤き大地の神、母は暗い霊峰の女神。私も見ての通り、尋常の生きものではない」

「ではやはり、神さま」

「しかし、まだ神と名乗るようになって、日が浅いのだ。

 つまり新人だ。まあ、そのうち慣れるであろうが」

「はあ・・・」

 鬼神、『この仕事は初めてでして』みたいな言い方をする。アロウ殿は返答に窮しておる。

「それで、ひょうてんぶぞくとおっしゃったか?」

「はい。氷がてっぺんにある山、氷天山。

 その山を我が国とする部族ゆえ、氷天部族と名乗っております」

「山ひとつか?」

「そうなりますに」

「持ち上げられたら終わりだな。ふたつは欲しいところじゃ」

「はい?」


 鬼神は『力』のルーンの所有者。

 言葉どおりに、山を持ち上げれる男である。

 アロウ殿、そんなこと知らんので意味がわからず、「???」となっておる。


「それで、アロウ殿はその氷天山を出て、あちこち冒険をしたと」

「はい。冒険ではなく、探検をば、しておりますのえ」

「たんけん?」

「冒険は、危ない目に遭うてでも、実入りを得ようとするでしょう?

 たとえばドラゴンと戦って、その宝を手に入れるなど」

「ふむ。そうだな。ドラゴン退治は冒険だった」

「ところが探検では、危ない目は避けて(よけて)ゆきます。

 ドラゴンの宝ではなく、ドラゴンが居るという話を頭に入れるのですえ」

「はなし」

「たとえば、」

 アロウ殿、歌みたいに調子をつけて、語り始めた。


 森の向こう、とてつもなくでっかい、くぼみあり。

 くぼみ、水が張れば湖とも海ともならん。しかし水なく木なく、乾いたくぼみ。

 そのくぼみの地、『鬼神』とおっしゃる新たなる神、おわす。

 六腕(りくわん)巨体、全身赤く、トゲトゲし。

 武威ある神にて、また話よくなさる神さまなり。


「──といったぐあいですえ」

「おお。なんか、私がかっこよく語られておる」

 鬼神、拍手。そして考える。「大切な任務だな。やはりアロウ殿は大物にちがいない」

 で、このように告げた。

「あいわかった。

 しかしじゃ。ここは、私のおさめる国なのだ。じゃによって、勝手に探検をされては困る」

「鬼神さまは、国王であらせられるのですか」

「うむ。わしは鬼神にして、巨人の王の王。

 そしてここは、巨人の国っちゅうわけじゃ」

「巨人の国?」

 アロウ殿は周囲を見回した。

 草原。森。山。くぼみの地。家なんぞ、いっこもなし。

「どこからどこまでが、巨人の国なのです?」

「どこから? うーむ」

 鬼神、また困った。

「山とか川とか、目印のようなものはありませぬか?」

「・・・アロウ殿。それはちがうぞ」

 鬼神は岩から立ち上がった。

「ちがうとは?」

「それは人間の感覚だ。山とか川とかが、国の目印になるというのは」

「はい?」

「神というものはだな、」

 鬼神、アロウ殿に少し下がってもらい、密かに唱える。「いくぞ、『力』のルーン!」

 そして座っておった岩を掴む。


 ずごごごごご・・・。


 持ち上げる!

 土をぼろぼろと落としながら、巨岩、大地から抜ける!

 手ひとつでがっちり掴み、高々と、頭上へ!

 あたりが暗くなるほどの巨岩を、軽々とかざす!

「あなや!」

 アロウ殿、びっくり。森の中の7人もぴーちくぱーちくと騒ぎ始めた。

「アロウ殿。神というものはな。

 このようにして、山でも川でも、動かしてしまうのだ。

 だから地形でもって『あの山からこの川まで』というようなことは、言わぬ」

「山も持ち上げる? なんと・・・」

 アロウ殿、半信半疑の様子。だが、鬼神の言いたいことは理解した。

「つまり、人間の世界の言葉では、言い表わせぬ、ということですかに?」

「いかにも、そういうことじゃ」

「では、我々は何をもって、巨人の国と知ればよろしいですかに?

 衝突を避けるためには、かかる目印、ぜひともあるべきと思いますえ。

 お教え頂ければ、わたくしども、しかと部族に伝えます」

「なるほど、もっともなおっしゃりようじゃ」

 鬼神は無造作に岩を下ろした。ばかーんと岩が割れ、ずずーんと地面が揺れる。

 哀れ、虫けらども。岩の下に棲んでおったのに、岩が割れてしもうた。神のしわざではどうしようもない。泣き寝入りである。

 アロウ殿はそんな虫けらの姿を見ておる。

 鬼神は話を続けた。

「そうだな。

 巨人の姿が見えるところ。

 巨人の足音が聞こえるところ。

 巨人の踏みしめる地面の揺れが伝わるところ。

 これすべて、巨人の国じゃ」

「ふむ」

「そして、巨人の国で悪さをする者は、ゆるさん。1人残らず、私の怒りを受けてもらう!」

 鬼神、ばーんと格好をつけて言い切った。

 アロウ殿、鬼神の発言を噛みしめた。

「巨人の見えるところ、足音聞こえるところ、揺れ伝わるところ、鬼神さまのしろしめす地なり。

 悪さは決して見逃さぬ。──こういうわけですに?」

「そうじゃ!」

「・・・しかし、今日は、巨人はお見えになりませんようですに?」

「おやおや?」鬼神は笑った。「この新たなる神を疑うか、アロウ殿」

「いえいえ。しかし・・・なーんも、見えませぬに?」

 実際なんも見えん。巨人はいま、みんな工房の中。つまり山の下に居るからである。

「なるほどよろしい! ではそなたらを、巨人どものところへ案内しよう。

 さもなくば『鬼神はホラ吹き、6本腕のお猿なり』なーんて、報告されかねんからのう?」

「あなや。そのような報告をしたらば、このアロウこそホラ吹きとなりますえ」

 わっはっは。

 鬼神とアロウ殿、笑い合った。

「アロウ殿。あらためて招待しよう。ぜひ我が国を見ていってくれい」

「光栄でございます」


 こうして、ハイエルフの探検隊、アロウ殿ご一行。

 巨人の国に招待されることとはなったのである。

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