大きな扉の国(1)

1、赤猿、さんぽする


「困った」

 赤く大きな猿のごとき若者、さんぽをする。

「困ったのう」

 ぶつぶつ、ひとりごとを言いながら。

「国王の仕事なんぞ、全然、わからぬ・・・」


 この、赤く大きな猿のごとき若者。たいへんごっつい、六腕の力士である。

 怪力無双。けんかして、負け、ほとんどなし。

 それでいて、よくものを考える。

 で、ものを考え出すと、うろうろする。さんぽをする、というのが、クセであった。


「そもそもにしてだ。国王とは、なんぞ?

 けんかならばわかる。弟どもとさんざんやったからな。

 いまは『力』のルーンもあるのだから、どんな強い敵だって、困りはせぬ。

 だが、国王は、わからん」

 赤猿。

 もとい、巨人の国の、国王陛下。

 うろうろと、さんぽ。しかし、答えは出ぬ。

 やがて結論した。

「だめだ。だめなもんは、だめだ。

 やったことのないことは、考えたって、できん」

 立ち止まった。

 目の前には、広大なくぼみの地が広がっておる。

 巨人の王がぶっ倒れてできた、もんのすごくでっかいくぼみ。輝かしい勝利の記念。

「あのときはうれしかったのう。巨人の王に勝った、あのときは・・・」

 赤猿は思い出す。

「あ、そうか。身近に、王さまが居ったわい」


「義父上。いま、よろしいか」

 赤猿。

 家にとって返し、山の下にある、巨人の王の工房へと入った。

「なんじゃ? 陛下」

 へんじをしたのは、巨人の王。

 もんのすごくでっかい、目がひとつしかない、巨人である。

 愛用のハンマーを握ってなんか考えておったが、めんどくさそうに振り向いた。

 口では陛下とか言うといて、めんどくさそうなこの態度。ぞんざいな御方である。

「めんどくさそうな顔をせんでください。大切な話なのだ」

「しとらん」巨人の王はめんどくさそうに言うた。「とっとと言え。なんじゃ」

「国王とは、なんぞや?」

「は?」

「国王とは、どんな仕事をするもんなのか? それが、私にはわからんのだ」

「ほほう」巨人の王はちょっとうれしそうにした。「なんじゃ。ようやく仕事をする気になったか」

「そうです。しかし、やったことがないもんで、わからんのだ」

「まずもって、王と言うても、いろいろじゃ。

 強い王、弱い王。かしこいの、ばかなの。民を生き生きと伸ばすの、萎ます(しぼます)の。

 ──おまえさんは、どうなりたいのだ」

「ひとまず、義父上でも目指しますかな」

「ひとまずじゃと! ばかにするな!」

 巨人の王はちょっとキレた。

「そもそもにしてじゃ。わしゃ、王さま見習いなんぞ、取らんぞ」

「そこをなんとか」

「わしがどういう王であったかを、わしに訊くんじゃない。

 なんでといって、自分の姿は自分では見えぬのじゃからな。

 王妃殿下にはかられるがよかろう。なんと言うても、わしの娘じゃ。かしこいし」

「なるほどそうだ。お邪魔しましたな」

 赤猿はスタスタ歩いて工房から出ていった。

「なんじゃまったく!」巨人の王はちょっと怒ってから、机に向かった。「さてと。ええと、空飛ぶからくりじゃったな」


「おまえ。いま、かまわんか?」

 赤猿。

 工房から、夫婦の新居へ移動。

「なんです? あなた」

 目がひとつしかない妻。赤子をあやしながら振り向く。

 赤猿の妻。すなわち、王妃殿下である。

「私は、立派な国王陛下を目指そうと思うのだ。

 そのために、まずは義父上を見習おうと思うのだが・・・」

「まあ。立派なことですわ。先代の娘として、あなたの妻として、うれしく思います」

「よかった。それでなんだが、義父上はどんな王さまだったのだ?」

「そうですね・・・」

 目がひとつしかない王妃、考える。

「先代は、ものを造るのが上手でした。神々からも一目おかれていましたわ。

 また、とても強かったので、戦を仕掛けられることもありませんでした。

 お弟子さんもよく育て、世界に羽ばたかせました。

 欠点は、そそっかしく、怒りっぽいところでしょうか。

 また、いいものができると、誰にでもタダであげようとするのも、あまりよくないことでした」

「ふむ・・・」

 赤猿、考えた。「なかなか、難しいな。私は、ものは造れんし。弟子も居らんし」

 そしてこう言った。

「おまえ。私は、まず自分にできそうなところからやろうと思うのだが。

 それは『誰にも負けぬほど強い』というところだ。

 これは私にとって、自信のあるところだ」

「それがよろしいですわ。何事も、できることからこなすことは。

 それでは、私も自分の得意なことで、あなたを支えたいと思います」

「なんだ? 料理か?」

 目がひとつしかない妻、料理の腕、抜群である。

 派手な料理は一切せんが、とにかく、気持ちがほっとする。

 食えば幸せになり、健康になり、どんどん肥えてゆく。赤猿もだいぶ太った。

「私は、国王陛下のための、服を造りたいと思います」

「ふく?」

 赤猿、ちょっと戸惑う。

「いや、私は、服はあんまり・・・」

 この野人(やじん)。生まれてこの方、服というもの、着たことがないのである。

 目がひとつしかない妻もそれは知っておる。だが、今日は引き下がらんかった。

「国王陛下がはだかでは、しめしがつきません。さあ、寸法を取りましょう。さあ、さあ」


 赤猿、しょうがなく、寸法取りに応じる。

 すると!

 妻と接近し、いちゃいちゃし、寸法を取っておったら、すっかり楽しくなった!

「服も、いいかもな」

 戸惑い、どっかいった。赤猿、野人を卒業である。


2、赤猿、服を着る


 目がひとつしかない妻。服造りに打ち込む。

 彼女も巨人である。ものを造ることに関して、巨人という種族、妥協を許さぬ。

 ちくちくちくちく、かきーんごきーん、とんてんかん、ぐつぐつぐつ、しゃぁ、しゃぁ・・・。

 妻の作業室から、日夜、不穏な音が聞こえてきおった。

「なんでか、とんかちの音がするのう」

 赤猿が不思議がっておると、子供が近付いてきた。「とんかち!」

「おう、三男よ。そうだ。とんかちの音がするのだ」

 それは赤猿の三男坊であった。この子、まだ小さいが、ものすごくかしこい。人がものを造るところを、じーーーーーーっ・・・と見て、ぱっとマネをする。この子は巨人の血を引いたんだろうなあと、赤猿は思うておった。

「ははうえぇー」作業室へ入ろうとする。

「坊や。だめですよ」室内から声だけがした。「これは秘密の贈り物なのです」

「見せてぇー」

「うーん」目がひとつしかない母、考える。「父上に秘密にできるなら」

「できるぅ!」

 三男は母の作業室に入れてもろうた。

「あなたはだめですよ」

「うむ」

 赤猿は不思議がりつつ、出来上がりを楽しみにするしかなかった。

「なんで、とんかちの音がするんかのう?」


 やがて。


「あなた。いえ、国王陛下。服の用意ができましたわ」

 目がひとつしかない妻、大きな衣装入れを、誇らしげに持ってきた。

「おお!」赤猿、よろこぶ。「ずっと気になっとったのだ。いったい、どんな服なのだ?」

「はい。いまから着せて差し上げますので、どうぞこちらへ」

「どきどきするのう・・・」


 赤猿は、服のいらん男である。

 人間なら凍え死ぬほど冷たい夜でも、へいき。ごろんと土に転がって、平気で寝れる。

 そんなだから、服というもの、べつに、いらん。なくても困らん。

 しかし!

 妻が自分のためだけに造ってくれたこれは、もう、どきどきである。

 試着用の椅子に座って、言われる通り、腕を左右にばっと広げた。


 六腕力士(りくわんりきし)の腕。

 赤くごっつい、筋肉たっぷりの6本腕である。


「いつ見ても素敵ですわ」妻は赤猿の肩を撫でた。

「そうかのう? うへへ」赤猿、でれでれする。

「そうですわ。包んでしまうのは、もったいないというところです。

 ですが、私も真剣に造りましたので、ぜひ、試して頂きたいのです」

「わしも手伝うたんじゃぞー」三男が横から出てきた。

「よしよし。ご苦労さんだったのう」赤猿、息子の頭を撫でる。

 ちなみに、長男と次男は表で暴れておる。最近、相撲(すもう)をやるようになった。四男以降はまだ赤子である。

「それではあなた、私が『もういいですよ』というまで、目を閉じていてくださいませ」

「うむ? よし、わかった」


 がしゃーんがしゃーん。金属を打ち合わせる音がする。


「はて? なんで金属の音がするんかのう?」

「お楽しみですわ。──あ、いけません。動かないでくださいませ。危険ですわ」

「はて? 服とは、そんな危険なもんかのう?」

「お楽しみですわ。──あ、いけませんよ、坊や。危ないから、離れていなさい」

「はーい。とげとげ、きけんじゃあー!」

 三男がきゃっきゃ言いながら離れていく足音がした。

「はて? とげとげとは?」

「お楽しみですわ」


 がしゃーんがしゃーん。金属を打ち合わせる音がする。

 それはまぎれもなく、いま赤猿が着せられておる服(?)の、立てる音であった。だって、衝撃が伝わってくるもん。

 ズボンらしきものをはかされ、立たされ、きゅっと帯を締められる感触がした。


「いいですわ。さあ、目を開けてください」

 赤猿、目を開ける。

 正面に、目がひとつしかない妻。大きな鏡を抱えておる。

 鏡に、赤猿の姿が映っておった。

 生まれて初めて服を着た、自分の姿が。

「うお! むっちゃとげとげしておる!」

 赤猿、仰天。

 勢いよく腕を上げ、袖を見てしもうた。

 ぶおん! 服が風を着る音がした。

 がしゃがしゃがしゃーん! 勢いよく金属を打ち合わせる音がした。

 なんと!

 動いたときの、心地良さ!

 すうー、ぴたっと肌に寄り添う、何とも言えぬフィット感!

「すごい着心地だ!」

 がしゃーんがしゃーん。金属音を鳴らしながら、赤猿は身体をねじり、服をあらためた。

「お気に召しましたか?」

「よくわからん!」赤猿、興奮しておる。「すごいぞ!」


 それは、赤くトゲトゲしき服であった。

 ものすごく、見た目がごっつい。ものすごく、表面が硬い。

 そして強烈にトゲトゲしい。ギラリと輝く鋭いトゲが、ずらっと牙を剥いておる。

 赤猿は思い出した。「そういえば、私の妻。センスがごっついのだった!」


 赤猿。ばっと六腕を広げて、力士のかまえをしてみた。

 どこも突っ張らぬ。それでいて、腰回りはきゅっと締まっており、ばたつかぬ。

 腕を伸ばし、曲げ、クロスし、チョップし、パンチしても、どこも突っ張らん。余ったりもせん。

 動きの邪魔にならん。どころか、裸よりも動きやすい!

「すごい! まさに、神わざだ!」

「まあ」目がひとつしかない妻、赤くなってよろこぶ。「そんなに」

 赤猿には、服はわからぬ。

 だが、この評価はまったく的確であったと、私は自信を持ってみなさんに申し上げるものです。これはですね、誓ってもいいが、このとき赤猿が着たような服は、いまの世に至るまで、他に一着たりとも存在しないのですよ。本当に、神わざの服だったのだ。

 赤猿、かまえたり動いたりしておるうちに、少し落ち着いてきた。

 鏡をじっくり眺めた。

「うーむ! まるで、赤いドラゴンか、赤い岩山のようだ!」

「うふふ」

 赤猿はふと、鏡のとなりに立つ妻を見た。目がひとつしかない妻、ニコニコしておる。

 彼女と鏡の中の自分が、並んで立っておるように見える。

「おお・・・! それに、なんか、おまえの立ち姿と、私の姿が、とても似合っておる」

「そうでしょう。じつは、今日のこの服は、あなたの服に合わせたのですわ」

「なんと・・・」

 2人が並んだ見た目は、さしずめ夫婦岩(めおといわ)といったところである。

 赤猿のほうがトゲトゲしく鮮やかで、しかもごっつくて強そうで、うかつに手を出してはいかんという雰囲気が、ビシバシと伝わってくる。妻になんかしようもんなら、死なすぞ。と、服が言うておる。

「服というものは、すごいな!」赤猿は感心した。「見ただけで、いろんなことがわかるぞ」

「それは、あなたがかしこい人だからですわ」

「なんと? いやあ、私はかしこくないぞ。文字だって読めんし・・・」

「いいえ。あなたはかしこい御方です。なんでといって、」

「ははうえー。おなかすいたー」

 三男がわがままを言い出した。

「坊や、お待ちなさい。いまは父上が服を楽しんでおられるのですから」

「いやじゃー。はらへったぁー!」

「人が楽しんでいるときには、静かに見守ることをしなくてはいけません。

 それがちゃんとできたら、おいしいごはんを出してあげます」

「わしゃ、スープがいい」

「わかりました。父上が楽しんでいるあいだ、静かに見守ることが条件です」

「はーい・・・」

 赤猿は息子を観察。少し待たせたほうが教育になるなと判断した。

「ところで、この生地、とても固いな。叩くと、カンコン言いおる」

 カン、コン。赤猿が胸のところを叩くと、いい音がした。服の立てる音ではない。

「特別な薬品で固めたのですわ。あなたに似合うように」

「そうか。がしゃーんがしゃーんと音がするのは、薬品で固めたためか」

 赤猿はいっちにいさんしいと運動してみた。がしゃーんがしゃーん。やはり、服の立てる音ではない。

「いい音でしょう」

「うむ。いさましい音だ。それに、糸も頑丈そうだ。まるで、太い針金」

「太い針金ですわ」

「そうか。そしてこの、ドラゴンのごとき、するどいトゲ。まるで研いだナイフのよう」

「研いだのですわ」

「といだのか」

「はい。1本1本」

 肩にトゲトゲ。背中にトゲトゲ。腰にもひざにも、トゲトゲ・・・。

 これ、息子を抱いたら、死ぬんじゃないか? 赤猿は心配した。

 誰かを抱くようなポーズをしてみる。

 すると、なんとしたことか!

 抱き締めた空間の内側、1本のトゲもなし!

 トゲ、すべて、身体の外に向いてギラリとおっ立ちおった! まるで、ハリネズミのごとし!

 ちなみに他人から見れば、6本腕のくまが、えものを抱き絞め噛み殺しとるような感じのポーズである。

「なんとまあ。よく考えられた服よ!」

「とてもお似合いですわ、あなた」

 妻がニコニコとしてあまりに可愛いので、赤猿、とてもじゃないが「トゲはいらんのじゃないか?」なんて言えんかった。

 赤猿もにっこりした。そして、慎重に、妻を抱き締めてみた。

 大丈夫。トゲトゲの服の内側に、妻はすっぽりと安全に守られておる。

「ありがとう。素晴らしい服だ。大切にする」

「はい」

「・・・ははうえぇ、スープ!」


 食堂へ。一緒に丼でスープを呑む。

 そこに相撲を終えた長男と次男が戻ってきた。2人とも上半身は素っ裸。髪は濡れておる。「相撲のあとは水浴びをしなさい」と、母に言われておるのである。

「なんだ、父上!」次男がびっくりした。「なんだ、それ!」

「トゲトゲしき服」長男もびっくりした。「母上が造られたのか?」

「そうですよ。おまえたちも、スープを呑みますか?」

「呑む!」「呑む」

 そこに、巨人の王の弟子がぎゃあぎゃあ泣く赤子を抱いてきた。手に負えんらしい。しょうがないので母が子守にもどった。

「眠い・・・」次男がブツブツ言うた。「暴れて、食うたら、ねむうなった」

「俺もだ。ふわあ」長男があくびをする。

「寝るがよい。よく寝てよく暴れるのが、強くなる秘訣だ」赤猿、いばる。

「わしはじじ上のところへ行くのじゃ!」

 三男、お皿を放ったらかして工房へ行こうとする。

「こら待てい!」赤猿怒る。「皿を片づけよ」

「ばれた!」

「甘いわ。・・・さて、それでは私はと」


 赤猿、出る前に妻の様子を見に行った。目がひとつしかない妻、赤子をあやしておる。

「これは、外に出てもいいもんかのう?」

「なにがです?」

「服を着たまま外に行ってもええもんかと思うてのう」赤猿、へんてこなことを抜かす。

「大丈夫ですわ。汚れはやすりで落とせますし、剣で斬られるぐらいなら、びくともしませんわ」

 赤猿は疑問に思うた。「それは、服なのか? よろいでは?」

 しかし口に出してはちがうことを言うた。

「それは頼もしいことだ。

 なあ、おまえ」

「なんです? あなた」

「こう立派にしてもらったからには、私だって、国王らしいことをするぞ!

 もはや、けんか旅なんぞしとる場合じゃないのだ」

「立派ですわ、あなた。

 それで、何をなさるのです?」

「うん? それはだな、」

 赤猿、妻を見る。

 妻、ひとつしかない目で赤猿を見る。

「・・・ちょっと、さんぽにいってくる」

「いってらっしゃいませ」

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