新たな神

1、むこと、ひめ


 故郷を出で(いで)、旅した赤く大きな猿。

 いまや身分は、お婿(むこ)さん!


 粗食野宿の浮浪者が、なんと出世したものよ。

 巨人の王に認められ、下にも置かない扱いだ。


 して、お婿さんなる赤猿の、奇想天外、そのすがた!

 六腕(りくわん)生やした異形の力士!


 死んだ弟ゆめまくら、4本腕を生やしてくれた。

 己が(おのが)2本の腕合わせ、六腕力士の完成だ!


 生まれ変わった赤猿は、さあさあそれからどうなった!?


 ──あ、その前にひとつ、言うておくことが。

 それは、ここから先しばらくは、平和な日々がつづくということだ。

 けんかけんかの日々、一転。けんか、しばらく、なし。

 よろしいですな? けんか、しばらく、なし。

 けんかに期待しておられるオーガの皆さん、苛立って私とけんかしないように頼みますよ。そんなことになれば、ヒョロヒョロした私なんぞ、明日の太陽も拝めぬ身となるは必定(ひつじょう)。このお話しだって、続けられなくなってしまうんですからな。


 さて、それからどうなった?

 今日は、赤猿の結婚までの日々、軽くお話しいたしましょう。


「赤猿殿? お願いしたいことがございます」

 巨人の王の工房にて。

 目がひとつしかない娘に呼び止められた、赤猿。

 びっくりして飛び上がる。

「あっ、姫。はい。なんでしょう?」

 赤猿、今日も工房にやってきて、巨人の王とパワフルな話で盛り上がっておったところ。突然背中から声を掛けられ、ドキッとしたのであった。

 目がひとつしかない娘、ギョロリと父を睨む。

「それは・・・ここではちょっと」

「あっ」巨人の王はあわてて言うた。「そ、そうじゃ。アレを片づけておかねば」

「あれとは?」と赤猿。「そうじなら、お手伝いしますぞ。力仕事なら、私だって役に立つのだ」

「いやそうじではない。ええと、そう。ものを造るんじゃ。じゃによって、わし1人でやる。ではな」

 巨人の王、逃走。ずしーん、ずしーん。地震発生。

「あわてすぎだ」赤猿つぶやく。「しかし、へんだな。ものと造ると言いながら、ハンマーも放っぽり出し、工房から出て行ってしまわれた。はてな?」

「殿」目がひとつしかない娘はにっこりした。「私のお願いですが」

「ああ、姫。失礼しました。なんでも申してくだされ」

「はい。じつは、家の相談なのです」

「いえ?」

「私たちの新居ですわ。建てる前に、相談をしませんと」

「おお! 家か。すみません、姫。全然考えが回っておりませんでした。

 なにしろこの私、家に住んだこともないもので」

「でしたら、いっそうしっかり話し合っておかねばなりませんね?」

「う、うむ! まったくそうです。その通りですぞ。姫は頼りになる御方だ」


 赤猿、じつは鍛冶に興味があった。『力』のルーンも、やっぱり勉強しようかと思ったりもした。

 それで、工房へ行く。巨人の王にいろいろと質問などをし、話をし、盛り上がる。

 すると、すうーっと目がひとつしかない娘が近付いて来、巨人の王がどたばたとどっかへ行く。

 2・3回くり返し。

 さすがに赤猿、理解した。

「これはいかん」冷や汗。「しばらくは、姫にかかりっきりになろう」

 それから結婚まで、目がひとつしかない娘と付きっ切りで過ごしたのであった。


 もっとも、これは赤猿視点でのこと。

 目がひとつしかない姫にしてみれば、婚約者のしっぽをつかんだだけのこと(おっと、赤猿にしっぽはないですぞ。たとえですよ)。上手に操作してやったというだけのことなのだ。


 そういうわけで、赤猿、巨人の王からゆっくりものを学ぶ機会はついになかった。

 ま、鍛冶をやっても、うまく行ったかは怪しいものですが。赤猿、器用なたちではないし。六腕(りくわん)の身体も役に立ったかどうか。自分の腕が邪魔になりそうでしょう?


2、結婚


 結婚の日、近付く。

 赤猿、戸惑う。

 どうしよう。なにをすればよいのだろう。

 考えるが、なにをどうしたらええやらわからぬ。

 あっちゅう間に、結婚。


「巨人の王の王よ、永遠なれ!」

「赤く大きな猿のごとき巨人の王の王、ばんざい」


 『巨人の王の王』とは、赤猿のことである。

 巨人の王(これは赤猿のことではありませんよ。巨人の王のことだ)は譲位をしようとしたのだが、弟子どもが納得せんかったのだ。

「弟子どもよ。結婚ののちは、この御方が巨人の王じゃ」

 と巨人の王がおっしゃったのだが、弟子ども、困惑したのだ。

「困る」

「なんでじゃ?」

「仮に」と弟子ども。「いま、すでに、ご譲位の後とする」

「うむ」

「たいへんです、王さま!」と弟子どもが叫んだ。

「なんじゃ?」巨人の王が答えた。

 赤猿は黙って不思議そうな顔をしておる。

「ほら。困る」と弟子ども。「どっちかわからん」

 巨人の王と赤猿、顔を見合せた。

「もちろん、譲位したのちは、この御方が巨人の王じゃ」と巨人の王が言うのと同時に、

「もちろん、巨人の王といえば、この御方以外に居らぬ」と赤猿が言うた。

 巨人の王と赤猿、顔を見合せた。

「なるほどわかった」巨人の王は折れた。「譲位、やめ。わし、巨人の王。この御方、『巨人の王の王』」

「了解」弟子ども納得。


「巨人の王の王ばんざい」「ばんざーい」

 ふだんは口数少ない部下ども、この日ばかりはちゃんと唱和。

 だがしかし。

「お食事の用意ができました」

「うむ。出せ出せ」

 食事どーん。

 途端(とたん)に弟子ども沈黙。もくもくもく。食うだけ。

 じつは赤猿、この黙々とした食事がとても好きであった。

 さすがに今日は落ち着くどころではなかったけれども。


「うーむ・・・なんだろうな」

 食事が終わって、1人になって。

 赤猿。首をひねる。

 ちなみに休憩中。新婦お色直し中。終わったら新居へというタイミング。

「なんだか、落ち着かぬ」

 首をひねる。

「結婚だ、王さまだと、私がなんもせんうちに話が進んでしもうた。

 けんかのひとつもしておらん。こんなことでよいのか?」

 赤猿、わけのわからん悩み方をする。

 なんでけんかせねばならんのか。

 ずっと1人でけんか旅をしてきたせいか、赤猿は言うことがおかしい。

 しかし、結婚式アンド戴冠式となれば、戸惑うのは自然なこと。王なんて、そんな、ガラでもない。むしろこの赤猿、蛮人野人のたぐいだわい。

 それに、赤猿はなんでも自力で手に入れようという気概(きがい)ある男。

 『力』のルーンだって、もらうのをずいぶん渋った。あれも「努力せずにものをもらいたくない」という気持ちだったのでしょう。

「ううーん」

 赤猿、伸び。

 夜空を見上げる。

 月が誘う(いざなう)ように輝いておる。

「そういえば、レガーさんには、王になったら呼ぶと約束したのう・・・」


 思い出す。

 あの故郷での日。

 『力』のルーンをもらった、あの日。

 旅人レガーの、ひょうひょうとした声。

『いつか君が、王になったとき。

 そのとき私を呼んでくれ。

 そして、君の冒険の話を聞かせてほしい』


「・・・いや、いまはまだ、その時ではない」

 赤猿は首を振った。

「レガーさんに約束した『王になったら』とは、身分の話ではない。

 もっとこう・・・なにかもっと、節目となるような、大きな・・・」

 ひとり考え込んでおると、目がひとつしかない新妻が呼びに来た。

「あなた」

「おお」

「準備ができたそうですわ。新居に参りましょう」

「そうか」

「・・・どうなさったのです?」

「え? いや、なに」

「なにか気にかかることでも?」

「姫は落ち着いておられる」赤猿、目がひとつしかない姫を見て、感心する。「私はなんか、落ち着かんのだ。なんかもっと努力せねば、姫に見合わん気がしてしまうのだ」

「落ち着いている? 私がですか?」

 目がひとつしかない姫は、赤猿の手を握った。その手は汗ばみ、小刻みにふるえている。

「姫」

「・・・もう、姫ではありません」

「そうだな」赤猿は赤くなった。「我が妻よ」

「はい」目がひとつしかない妻も赤くなった。「あなた」

 赤猿はにっこり笑って、妻を抱き上げた。

「きゃ」

「ゆこう。おまえ」

「はい、あなた」

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