巨人の王(4)
10、種明かし
「巨人の王よ。どうしても訊きたいことがあるのです」
翌朝。赤猿、巨人の王のとこへゆく。
戦いを挑んだときは不埒(ふらち)にもいきなり殴りかかったが、今日は礼儀正しく、おじぎ。
巨人の王はハンマーを手になんか考えておったが、それを置いて、振り向いた。
「なんじゃ? 婿(むこ)殿。言うてみよ」
「むこか」赤猿は心の中でくり返した。「なんだか、くすぐったいのう」
そして口に出しては、こう質問をした。
「なぜ、『力』のルーンが通じなんだのです?」
「ああ、わしとおまえの、けんかのときのことか」
「そうです。
『力』のルーンは、どんな重いものだって持ち上げ、投げ飛ばせるルーンだ。
なのにあのとき、あなたのハンマーを支えたら、もうなんもできなんだ。身動きもできず、汗はだらだら出てくるし、膝はがくがくするしで、あんなにびっくりしたことは生まれて初めてですぞ」
「あらたまってなにかと思えば、そんなことか。
よろしい。当然、種明かしをしよう。
なんでといって、あんたは娘の婿殿じゃからして」
2人は工房の邪魔にならんところに避けて(よけて)座った。
「わしは、自分にわかるものならなんでも造ることができる。これは言うたな?」
「うかがいましたな」
巨人の王はでっかいだけではない。ものを造ること、神のごとしなのだ。
わかっておるもんならなんでも造れる。また直せるというのである。
「で、じゃ。
わしは、『力』のはたらきのことはよーく知っておる。
じゃによって、わしは『力』のはたらきも、造ることができる」
「・・・うん?」
赤猿、何を言われたか理解が追い付かぬ。
巨人の王、そんな赤猿に、愛用のハンマーを出して見せる。
「これは『力』のルーンのはたらきを真似して造ったハンマーじゃ」
「な・・・!!?」
赤猿、驚愕!
自分だけのものと思うておった『力』のルーン。
ハンマーにつけれる!?
「ルーンのついたハンマーですと!?」
「ルーンのはたらきを真似たハンマーじゃ」
「そ、それで、なにができるのです!?」
「わしが持ったならば、『力』のルーンと同等のことができる。たぶんな」
「ばかな!」
赤猿は飛び上がった。
「ということは、もしもあなたが、そのハンマーを何百と造れば・・・」
「なんじゃと? 同じもんを何百も造れじゃと?
ばかめ! 時間の無駄じゃ!」
巨人の王、突如(とつじょ)、激昂(げっこう)!
赤猿びっくり。なんで怒られたのかわからぬ。が、すぐ弁解した。
「いや、造れというのではなくてですな──」
「だったらなんじゃ!」
だめ。赤猿の弁解も半分しか聞いてくれぬ。
危険。これは危険。もうすでにユーラユーラと、工房が左右に揺れておる。横すべり地震。巨人の王、イライラするとこうなる。自分の工房すらぶっ壊す御方。危険すぎ。
しかし赤猿も、歴戦の荒くれ者。
ユーラユーラしまくる工房で、巨人の王に睨まれ(にらまれ)て、おびえも焦りも見せはせぬ。
逆に堂々、平然と、怒ることじゃありませんぞと、不敵すぎるツラがまえ。
「いやあ。私ときたら、なんでもすぐに、戦(いくさ)に結びつけてしまうのだ」
「戦じゃと? 戦がどう関係するんじゃ!」
「そんなハンマーが何百もあったら?
大戦争になってしまうぞ! ・・・と、心配したわけです」
「ばかめ! そんな心配、なんでするんじゃ。死んでもおことわりじゃ」
「お弟子さんたちにも、造れんのですか?」
「むりじゃ」
地震が収まった。巨人の王、ふーっとため息をつく。小さな竜巻ができた。
「わかっとるもんならなんでも造れるというのは、わしだけの話じゃ。
それにな、弟子に真似れるようなもんならば、わしが造ったりはせん。弟子にやらす」
ここ、説明が必要でしょうかね?
巨人の王。現代に生きる我々とは、ちがうのだ。
我々は、すぐもうけや戦争に考えがいってしまう。
「そんなすごいハンマーが造れるのか。
だったら、いっぱい造って売ればもうかる!」
「いや待てよ、そんなものが世にあふれたら、大戦争にならんか?」
──なんてこと、あなた、考えませんでしたか?
私は考えたのだ。
でも巨人の王はそうではない。
この世にいまだないもの、誰にも真似できんものを造ることこそ、よろこび。
「同じものをもう1つ造ってくれ」などと言われたら、「時間の無駄じゃ!」となる。
「何百も造れば・・・」なんて、逆鱗(げきりん)。というわけです。
「先走ってばかなことを申しました。すみません」
「よい。ゆるす」巨人の王はしょんぼりと眉を上げた。「知らんことでの失言は、仕方がない」
「しかし、びっくりしましたぞ。『力』のルーンも、あなたの前では形無しだ」
「いや。『はたらきの武具』は、ルーンほど簡単には使えんのじゃ」
「はたらきのぶぐ?」
「このハンマー、名付けて『はたらきの武具』じゃ。ま、持ってみよ」
「よろしいので?」
「ええからとっとと持てい!」
「では失礼して」
ハイエルフが8人がかりでも持ち上げられぬハンマー。
赤猿はもともと怪力なので、よっこいしょと持ち上げることはできた。
できたがしかし。
「・・・あれ?」赤猿困惑。「これは、本当に『力』のルーンですか? ちっとも力が出んのだが」
持ってみた感じ、赤猿にはそのハンマーはただのでっかいハンマーとしか思えんかった。
念じても、「うごけ!」と口に出しても、「えいや」と気合を入れても、なんも起こらん。
不思議なことに、赤猿本来の『力』のルーンまで、使うことができぬ。
「なんだこれは。重たい。なんて使いづらいハンマーだ。
しかも、私のルーンが使えませんぞ! 呪いにでもかかったかのようだ!」
赤猿、困惑のあまり、ひどいことをわめく。
しかし巨人の王、怒りはせぬ。
本来は心の優しい御方なのだ。しろうとが作品を理解できんぐらいで怒ったりはしないのだ。
え? 怒りっぽく見える? ──それは、赤猿がやたらに逆鱗を突くせいだ。
「はっはっは。やはりな。
そなた、ルーンを感覚で使うておるじゃろう?」
巨人の王、ハンマーを取り返す。
人指し指の上にちょんとのっけた。
ハンマー、絶妙なバランスで水平を保ち、ゆらゆらする。
「この『はたらきの武具』はのう。
はたらきを理解しておらん者には、使えんのじゃ」
「なんですと。私が『力』のルーンをわかっておらんと、こうおっしゃるのか?」
『力』のルーンの所有者たる赤猿、ちょっと憤慨(ふんがい)。
「おまえさんは、ルーンの所有者かも知れん。
じゃが、そのはたらきをわかっておらん」
「なんでです。岩山も投げ飛ばせるし、もっとでっかいものだって持ち上げて見せますぞ」
「それは『使う』というのじゃ。『わかる』とはちがう」
巨人の王はがまん強く説明した。
「よくできたものは、誰にでも『使う』ことができる。
ルーンはとてもよくできておる。じゃによって、阿呆(あほう)にでも使える。
しかしそれは『わかる』とはちがうことじゃ」
「ぬ、あほうだと? だ、だがしかし・・・私だって・・・!」
赤猿、カッと赤くなったが、しばらくしてしょんぼりと肩を落とした。
「たしかにそうかもしれん。言い返せぬ」
「おまえさんが『力』のはたらきをわかっておったら、こんなこともできたはずじゃ」
ハンマーは、巨人の王の人指し指の上で、くるくると回り始めた。
巨人の王はなんもしておらぬ。指を動かしてもない。つついたわけでもない。もちろんふうふう吹いたりもしておらぬ。
手品じゃありませんぞ。まったくなにもしてないのに、ハンマーがひとりでに回り始めたのだ。
くるくる、くるくる。やじろべえのごとく、軽々と。
赤猿ですら『重い』とぼやく重さなのに。
くるくる、くるくる。
「おお・・・!」赤猿、感心。目を輝かせた。
「じゃがしかし。
わかっとらん者に握られると、『はたらきの武具』は混乱してしまうのじゃ。
ルーンのはたらきの混乱じゃ。
そうなれば、『力』のルーンもはたらかなくなると、こういうわけじゃ」
「ははあ」
「呪いの武具ではないからな。変なことを言いふらすんじゃないぞ」
「はい。暴言でした。失礼しました」赤猿、お詫び。
「うむ」
「それじゃあ、私には使えませんな」
「かもしれぬ。勉強すれば使えるようになるかもしれぬ」
「べんきょうか。したことはないが。すぐにできるもんですか?」
「ばかもの。勉強に王道なしじゃ。一生費やす覚悟をせよ」
「大変そうだ。やめよう」
「ま、そういうわけでじゃな、」巨人の王はハンマーを下ろした。「わしが持ったればこそ、『はたらきの武具』はルーンと拮抗(きっこう)できるというわけじゃ」
「じゃあ、あのときは私が掴んだので、そのハンマーが混乱したのですね?」
「いやちがう。柄(つか)はわしが握っておったんじゃもの。
『力』のルーンも、ちゃんとはたらいておったぞ」
「しかし、私はなんもできなんだ」
「それはわしが打ち消したからじゃ」
「はい? 打ち消した?」
「おまえさんがルーンで右に引っ張れば、わしはハンマーで左に押し。
おまえさんが左にひねれば、わしは右にもどし。
おまえさんの『力』のルーンの出力と、ぴったり釣り合う出力でもってじゃ」
「完敗だ!」
赤猿、うれしそうに目を輝かせた。
「なるほどこれは、ルーンに頼っても敵わん(かなわん)わけだ。
あなたは偉大な御方なのに、べんきょうまでしておられる。
私ときたら、ただ暴れて回っただけで、おとなになったつもりでおったのだ!」
「いやいや、わしだって、おまえさんにはびっくりしたぞ」
「なんでです」
「なんでといって、おまえ。
『手を生やしてきたからもう一度戦ってくれ』などと言われる身になってみよ。
なんじゃこいつ。わけがわからぬ。恐るべし。と、思うわい」
「はっはっは、それはそうですな」
「弟が死んだら腕が生えたとはのう。
生きものの神秘なわざじゃ。わしにはまったくもって、わからぬ」
腕を生やすのは、生きものの神秘なのでしょうか? というか、わざなのか?
私には、全然そうは思えないのですがね。ま、巨人の王は、生きもののことはわからんと、ご自分でおっしゃっておられる。知らんことでの失言は、仕方がない。
「いや。私はなんか奇天烈なだけだ。あなたこそ、偉大な御方ですぞ」
「そんなに褒めても、もうくれてやる娘は居らんぞ」
「そんな欲張りは申しておりませぬ!」
2人はわっはっはと笑い合った。
赤猿、自分はまだまだ未熟者、半端者(はんぱもの)じゃと思い知る。
やっぱり世に出て良かったわい。弟どもよ、見ておるか?
──そう、世に出たよろこびを、噛みしめるのであった。
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