巨人の王(2)

5、地の底にて


 さて、赤猿。

 巨人の王との第一戦、釘打ちにぶっ叩かれ、地の底までも突き刺さって、敗北。

 さしもの赤猿も失神したが、なんとも頑丈なことに、まだ生きておった。

 しばらくして、目を覚ます。

「なんじゃ? 夜になったのか」

 あたりは真っ暗。

 見透かしてみるが、なにがどうなっておるのやらわからぬ。

 赤猿は暗闇には慣れておる。なんでといって、母は暗い霊峰の女神。名の通り、暗い山の女神であるからして、その息子の赤猿も暗いところには強いのである。

 その赤猿にして、自分の手もよう見えぬ暗闇。

「夜にしては、暗すぎるようだのう」

 上を見る。

 夕焼けの空が糸のように細く見えた。裂け目の隙間からほそぼそと空が見えるのであった。

「ああ、そうか。

 脳天に一撃を喰らい、釘打ちにされて、こんなところまで叩き込まれたわけか。

 たまげた怪力よ。恐るべし、巨人」

 などと感心する赤猿。

 その巨人の一撃を喰らっておきながら生きておる赤猿だって、恐るべし。なのであるが、本人は自覚しておらぬ。まあ世の中そんなものかもしれませんね。

「やれやれ。えらい目に遭うた(おうた)。

 あんなもん、どうやって勝てばよいか、さっぱりわからぬ」

 赤猿はぼやく。

「わからんし、寝よ」


「兄者(あにじゃ)」声がした。「いちばん大きな兄者」

「む?」

 目を開ける。

 するとそこに、赤く大きな猿のごとき若者が、立っておった。

「弟よ! 生きておったのか!」

 赤猿は喜び、飛び起きた。

 それは、赤猿の弟。

 遥か故郷で、父なる赤い大地の神の火を浴びて死んだはずの、次男であった。

 不思議なことに、弟の身体、うっすらぼんやり光っておる。

「なんで光っておるのだ?」

「兄者。私は死んだのだ。

 死んで、冥界をあてどもなく彷徨って(さまよって)おったところ」

「なんと。それでそんなに、ぼんやり光っておるのか。

 それではここは、冥界か?」

「兄者、それはわからぬ。

 いちばん大きな兄者こそ、なんでこんなところで転がっておるのだ?」

「弟よ、それはこういうわけなのだ」

 いちばん大きな兄者すなわち赤猿、巨人の王にやられたことを語る。

 弟、聞き終えて、笑った。

「それは面白い。さすが兄者だ。とんでもない相手に挑んだものだのう」

「まったく、生まれて初めて、こてんぱんにされたわい。

 世の中には、自分より大きく強いものが居るのだな」

「兄者。この世はすごいところだな」

「弟よ。まさにそうだ。これでこそ、旅に出た甲斐があったというものだ!」

 2人はわっはっはと笑い合った。

「それで・・・」兄者は言うた。「どうしたらよいか、わからぬ」

「なんだ、兄者。情けないことを言いおって」

「ちがうのだ弟よ。

 もちろんふたたび挑むつもりだが、勝つ手段がわからんのだ」

「そんなに圧倒的なのか」

「そうなのだ弟よ。まったくもって、手も足も出んかった。

 あの恐るべきハンマーは『力』のルーンを相殺しおる。ゆえに、支えるのがやっと。

 私の腕は2本しかないゆえ、支える以外のことは、何もできなくなってしまう・・・」

 いちばん大きな兄者は、腕を組み、しばらく考えた。

 沈黙し、次男がそこに居らぬかのように瞑目(めいもく)した。

 しばらくして、カッと目を見開いて、こう言うた。

「そうだ。手数だ」

「手数?」

「あのハンマーを受け止めるには、両腕がいる。これはもう、どうしようもない。

 よって、この2本の手以外に、新たな手数が必要なのだ」

「なるほど。手が足りんか」

「だが、どうやって手数を増やしたものか・・・」

 すると弟はニカッと笑って、自分の両手を突き出し、拳をグッと握った。

「兄者。手なら、ここにある」


「なんだ。夢か」

 赤猿は目を覚まし、むくりと起き上がった。

「弟よ。おまえが夢枕に来てくれたのは、なぜだ?」

 赤猿はそばに誰も居らぬ地の底で、腕を組み、沈黙し、瞑目(めいもく)した。

 そしてカッと目を見開いた。

「そうだ。ともに世に挑み、己(おのれ)を試すためだ。そうだな。

 さあらば弟よ! 私に手を貸してくれ!

 ともにあの巨大な御方に挑み、この世に名を残そうではないか!」

 そうしてばんと手を合わせ、念じた。

 すると腹が温かくなり、背がむずむずとし、新たな力が沸き起こってきた。

「これでよし」


 このとき、赤猿には驚くべき変化が起こったのでした。

 その変化とは何か? それは、巨人の王がこの世で初めて目にすることになる。

 みなさまには、巨人の王と一緒に、ご覧いただくとしましょう。


6、第二戦


「・・・あいつ、生きておるじゃろうか」

 さてこちら、巨人の王。

 ひとり言を呟き(つぶやき)ながら歩いております。

 そろりそろりと、地震を起こさぬように。

「さっきは生きておったが。

 頭を叩くと、しばらくしてぽっくり死んだりするからのう」

 工房への道を、そろりそろり。

「やりすぎた。頭は叩いちゃいかん。そもそも、強く叩きすぎじゃ」

 そろりそろり。

「わしはイライラするとなんでもだめにしてしまうのだ。

 ああ、面白い奴であったのに、もったいないことをした」

 しんみりしながら、そろりそろり。

 そうして工房へ戻る道の真ん中当たりまで戻って来たとき。

 膝のあたりから、声がした。

「もし、巨大な御方」

「なんじゃ。ばかな赤猿め! 追いかけてきおったのか」

 巨人の王はちょっぴり嬉しく感じ、急いで、しかし地震を起こさぬよう、振り向いた。

 そこには、赤く大きな猿のような若者が立っておった。

「なんと、おまえ、その姿!」

 巨人の王はびっくりしてよろめいた。地震が起こり、行きしなにすでに廃墟となってしまったそのあたりの町が、さらに崩れた。

「手が──4本にふえておる!」


 そう。

 左に2本、右に2本、左右広げて4本腕。

 その自然なこと、まるで生まれつき生えていたがごとし。

 どれがもともとの2本なのか、もはや見分けがつかぬほど。

 これが、地の底で赤猿に起こったこと。

 いまだこの世に居った試しのない、4本腕の赤く大きな猿のごとき生きものとなって。

 赤猿、地上にカムバック。


「あなたに勝ちたいと思い、工夫をしてきたのだ」

 赤猿、4本の腕をグッと伸ばし、拳を握ってみせた。

「・・・腕というのは、工夫で生えるものなのか?」

「生えたんですぞ」

「そんなことはないと思うが」


 巨人の王の疑問はもっとも。みなさんも、「そんなばかな」と思われたことでしょう。

 わたくしめ、この腕が生えたということについて、言い訳はせぬ。くどくどしい説明もせぬ。というか、しろと言われても、できん。

 ただこう言うだけです。赤猿は、大地の深い裂け目に落ち、生まれ変わった、と。


「ないといわれても、あったもんはあったのだ。

 死んだ弟が夢に現れ、力を貸してくれたんですぞ」

「そういえば、弟を亡くしたと言うておったな」巨人の王は同情した。

「はい。

 死んだ弟の望みは、この私が世につなぐのだ。

 そういうわけだから、もう一度、戦って頂きたい」

「いや、だから、なんでそうなるのじゃ。おまえは本当にばかだな」

「ばかじゃありませんぞ」

「もうおまえとは戦わぬ。わしは工房に帰り、天井を造り直すのだ」

「それは後にして、私と戦っ──」

「嫌じゃと言うておる」

「それでも戦って頂く」赤猿、またしても巨人のスネを先制パンチ。

「あいた! まったく、不埒(ふらち)な奴!」

 巨人の王、もう飛び上がりもせず、尻餅もつかぬ。赤猿は不埒な奴と、もうわかっておる。

「喰らえ」ごうん! とハンマーを振り下ろす。

「いいや喰らわぬ。『力』のルーン!」赤猿予想ずみ。両手で受ける。

 巨人の王、次は左手を振り上げ、赤猿の脳天釘打ちにせんとす。

「突き刺され」

「刺さりもせぬぞ。弟よ!」赤猿これも予想ずみ。新しく生えた両手で受ける。

 ずずーーーん・・・。

 地響きがした。土煙が上がった。だが、煙が晴れたとき、赤猿はまだ立っておった。

 赤猿、上の両手でハンマーを、下の両手で脳天釘打ちをしっかり受け止め、立っておる。

「受け止めましたぞ」

「ほう? やるのう」巨人の王は感嘆した。「弱点を克服してきおったわい」

「負けたままでは居れませんのでな」

 得意満面の赤猿。

 が、いかんせん、そこから先が続かない。

「む・・・むむ・・・ど、どうやって攻撃すれば・・・?」

「なんじゃ。この程度か」

「な、なんの、この程度じゃ・・・ありませんぞ・・・」

 巨人の王に挑発され、赤猿は真っ赤になった。

 だが口だけ。もはや手数なし。身動きできず、膝はがくがく。

「まったくおまえは不屈の奴じゃ。

 だがしかし、わしはまだ怒っておるので、おまえを蹴り飛ばすことにする」

 巨人の王はそう言って、右足をひょいと、地面から浮かせた。

 蹴鞠(けまり)を蹴るがごとく、その足を後ろへテイクバック。

「ぬう・・・!」赤猿はうめいた。「私を押さえ込みながら、片足で、立つだと・・・?」

「当然じゃ。わしはハンマーとやっとこで仕事をしながらでも、相撲が取れる。

 そんなやり方でも、弟子どもをみーんな蹴散らせるのじゃからして」

「あなたは相撲取りでしたか」

「いいや、わしは巨人の王だ。なんだってできる。わしにわかることならな」

「じつに・・・偉大な・・・御方だ・・・」

 お世辞。だが、巨人の王には通用しない。赤猿、負けパターンに入りました。

「おまえのように面白い奴から褒められるのは、よい気分じゃ」

「では、蹴り飛ばすのは・・・」

「いいや。蹴り飛ばすのはやめぬ」

 巨人の王、右足をちょんと前へ。

 赤猿のどてっぱらに、巨人の足の親指当たる!

 どかん! 馬に蹴られた小猿がごとし! あっちゅう間に、空の彼方へさようなら! 赤猿!

 巨人の王、地震を起こさないようにそうっと足を着く。残心(ざんしん)も完璧。

 戦闘終了。


「生きておるかな?」

 巨人の王は空を見やった。

「ま、今回は手加減したから、生きておるじゃろう。

 ふっふっふ。じつに面白い奴じゃわい。ふっふっふ」

 巨人の王は笑ったが、周囲を見回してため息をついた。

「やれ。はあ。またそこらじゅう壊してしもうた。

 赤猿めが、4本腕なんぞ見せよるもんじゃから。

 すっかりおったまげてしもうた。気をつけるつもりでおったのに。

 さ、工房へ戻って、もう出て来ぬようにしよう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る