巨人の王(1)

1、ウワサ、とどく


「赤く大きな猿というものが、居るらしい」

「ものすごい力を持っておるらしい」

「ドラゴンを倒した」「砦をぶっ壊した」

「豪傑だ」「怪物だ」「巨人だ」「軍神だ」


 ウワサが、広まりつつあった。

 赤く大きな猿のごとき若者の、ウワサ。

 その類稀(たぐいまれ)なる活躍っぷり。人の口にのぼらずにはおらなんだ。

 当の本人は気付いておらんかった。ウワサは尾ひれ。本人の後ろをついてくるものゆえに。

 しかし、やがてその尾ひれが、本人を追い越すことになる。


「なんだ。ずいぶん、世の中が騒がしいようじゃが」

 巨人の王も、赤い猿のウワサを耳にした。

「おうい。娘や。娘。居らんのか? どこへ行ったんじゃ」


 巨人の王。いったい、どんな御方か。

 『巨人』という種族は、もはやこの世には1人も居らぬ。が、この時代にはまだ生き残っておった。

 古代からこの世に存在する、神にもひとしい、偉大な生きもの。

 目がひとつしかない。とても大きい。見た目は恐ろしげだが、中身はそんなに恐ろしくない。

 そして、巨人の王ですが、まず、とてつもなく大きい。

 どのぐらい大きいか?

 赤く大きな猿ぐらい? いえいえ、とんでもない。赤猿の若者など、王さまの膝にも届きはせぬ。

 では、くじらぐらい? いえいえ。とんでもない。くじらなど、王さまは片手で鷲掴み(わしづかみ)にしてしまう。

 それほど巨大であったのだ。本当ですよ。

 そうして、巨人の王には、ひとつだけ、良くないクセがあった。


「おい。弟子どもよ。わしの娘がどこへ行ったか、知っておるか」

 巨人の王は振り返り、弟子どもに訊いた。

 弟子どもが答えた。

「はて? わかりません」


 そこは、巨人の王の工房であった。

 もんのすごくでっかい炉。もんのすごくでっかい巨人ども。

 でっかいハンマーを打ち下ろすたびに、ずしーん、ずしーんと地震が起こる。

 山をくり抜いて造られた、鍛冶の工房。

 鍛冶師は、みーんな巨人。みーんな、巨人の王のお弟子ども。

 弟子も王と同じ、目がひとつしかない。そして、目が少ないのと同様、口数も少なかった。

 わかりませんと言うたっきり、あとは知らんぷり。


「誰もわからんのか。ええい、イライラする」

 巨人の王は立ち上がった。

 そして、頭を天井にぶっつけた。

 工房の天井は、高さ8尋(ひろ)よりも高い。つまり、ハイエルフが8人縦に並んだよりまだ高い。のであるがしかし、巨人の王、その天井に頭をぶっつけた。

 ガラガラ、どしゃーん。

 天井が一角、崩れ落ちた。

「しもた。またやってしもうた」

 巨人の王は頭の上を見た。穴が空いて、岩肌が見えておる。

 工房は山をくり抜いて造られておるわけだから、天井をぶち抜くと、山の中が見えるのである。

「あーあ。天井をぶち抜いてしもうた。

 じゃけれども、屋根は無事じゃ。修理は、あとでよかろう。

 娘や。娘。どこじゃ」

「はい。父上。私はここに居りますわ」

 工房からつながる、もんのすごくでっかい廊下。その向こうに、もんのすごくでっかい台所。

 その台所から、ガラガラどしゃーんの音を聞きつけたものか、娘がやってきた。

 目がひとつしかない、巨人の娘。巨人の王のたった1人の家族であった。

「なんじゃ。そっちに居ったのか」

 巨人の王は、腰掛けた。立っておると天井に頭がつっかえ、窮屈なのだ。

「なんだか、世の中が騒がしいようじゃが」

「はい、父上。そのようですね」目がひとつしかない娘は答えた。

「そなたなら、その理由を知っておろう?」

「はい、父上。赤く大きな猿のウワサが、世を騒がせております」

「どんなウワサじゃ」

「でかくてごっつい赤い猿。その正体は、豪傑か、怪物か、巨人か、軍神か、どれか」

「なんだと。いったいどれなんじゃ。はっきりせい」

「赤い猿、自分より大きな者に戦いを挑み、見事打ち破って、相手の持ち物を奪う」

「なんだと。人のものを奪うとは不埒な奴」

「自分より小さな者には声をかけ、相手が欲しがるものならば、何でもくれてやる」

「なんだと。わけのわからぬ奴だ」

 巨人の王、イライラした。

 猛然とイライラした。

 猛然と立ち上がった。

 猛然と、工房の天井をぶち破った。

 どおーーーん。

 天井を抜け、上にかぶさった山をも抜け、巨人の王は山の稜線の上に、頭を突き出してしもうた。

 山が吹っ飛ぶ。バラバラになった山頂が四方八方へ飛び散った。

「しもた。またやってしもうた」


 はい。もうおわかりですね?

 巨人の王の、良くないクセ。

 それは、わからぬことがあるとイライラし、動きが雑になってしまう。

 とてつもなくでっかい巨人が、動きが雑になる。これは、大変良くないクセ。被害甚大。


「やれ! とうとう、屋根もお山もぶち抜いてしもうた。

 可愛い娘よ、おまえは無事か?」

「はい、父上」

 ずうっと下の方から声がした。

 天井の穴から、巨人の王は下を見た。

 工房の中はがれきだらけ。もうもうと土煙が立ち込めておる。

「無事には見えんが」

「でしょうが、無事ですわ。がれきをどけてくださいな」

「我々にお任せを」

 弟子どもが飛び出してきた。ふだんは知らんぷりの弟子どもであるが、イライラしておる王に動かれ、またなんか壊されてはたまらぬという、素早い判断。

 ひょいひょいとがれきをどける。人間よりでかい岩もあるが、巨人には石ころと変わらぬ。

「あっ、いた」「よかった。無事だ」「ご無事でした」

 とても大きな金属のかたまりが、がれきの下から現れた。

 人間の家ほどもある、片方がとんがった金属のかたまりである。

「はて。娘よ。おまえはそんな、金床みたいにとんがっておったかのう?」

「父上。これは父上の金床ですわ」

 金床の出っ張りの下から、目がひとつしかない娘が這い出してきた。

「私にはわかっていました。そろそろ父上が天井を崩されるものと。

 それで、あらかじめ、お弟子さんたちに金床を出しておいてもらったのです」

「さすが我が娘じゃ!」巨人の王は喜んだ。「未来をよーく見通しておる」

「父上」

 目がひとつしかない娘は平坦な声になった。

「喜んでいる場合ではありませんわ」

「はい」巨人の王はうなだれた。「すまんことじゃ」

 しかしすぐ開き直った。

「天井ならば造り直せる。天井のことは、わしはよくわかっておるからのう。

 じゃが可愛い娘よ、おまえは造り直せぬ。わけがわからんからのう」

「父上」平坦な声。「生きものは、造り直せばよいというものではありませんわ」

「はい」巨人の王はうなだれた。「すまんことじゃ」

 そしてすぐ開き直った。

「娘や。私はちょっと、出て来ようと思う」

 巨人の王は、愛用のハンマーを指先でひょいとつまみ上げた。

 このハンマー、ハイエルフが8人がかりでも持ち上がらぬほど重いもの。だが、巨人の王はそれを指先だけでひらりと肩まで持ち上げるのであった。

「ウワサを確かめに行かれるのですね?」

「そうじゃ」

「お夕食には、大切なお客さまをお迎えすることになるでしょう」

「ほう、そうか。それは楽しみじゃ」

「・・・」

 目がひとつしかない娘は、その大きな目でギョロリと天井を見上げた。

「はい」巨人の王はうなだれた。「帰ったらすぐ、直す」

「では、行ってらっしゃいませ」

 目がひとつしかない娘はお辞儀をした。だが、こう付け加えた。

「ですが、父上はお負けになるでしょう」

「なんだと。可愛い娘よ。なんでそんな、不吉なことを申すのじゃ」

「わかりません。しかし、お負けになるであろうことは、私にはわかります」

「わけのわからぬことを言いおって。ええい、イライラする」

 巨人の王はイライラしたが、それを可愛い娘にぶつけてはいけないと思い直した。

「ようし。このイライラは、赤く大きな猿めにぶつけてくれよう。

 では、行ってくる」

「はい、父上。行ってらっしゃいませ」


2、偉大なものの世界


 巨人の王は、ハンマーをかついで出発した。

 イライラしながらの出発である。巨大な足が、ズガゴーン、ズガゴーンと、乱暴に地面を踏みしめた。連続地震発生。

 その地震、遠く大海原まで伝わった。その揺れで、昼寝をしていたセイレーンがびっくり。飛び起きて悲鳴を上げた。サイレン(警報)鳴り響く。

 その悲鳴でクジラがびっくり。飛び起きて潮を噴いた。この潮は空を飛び、昼寝をしておった海神トトリルの鼻の穴に入った。

 海神トトリル、寝耳に水ならぬ、寝鼻に潮。びっくり。


 この海神トトリル。どのぐらい大きいか。

 赤く大きな猿ぐらい? いえいえ、とんでもない。

 では、くじらぐらい? いえいえ、とんでもない。

 巨人の王ぐらい? いえいえ、巨人の王よりまだでっかい。

 いいですか、みなさん。

 海神トトリルには足ヒレがある。その足ヒレで叩けば、国がひとつ、ぺちゃんこになるという。ぱん、ぱん、ぱんと、3回ほども叩けば、大陸もぺちゃんこ。もう3回叩けば、この世界みんなぺちゃんこ。それほど、巨大な神なんだそうですぞ。


 さて、その海神トトリル。びっくりしたあまり、慌てて起き上がった。巨大なヌメヌメした身体がのたくる。その拍子に、ついうっかり、巨大な足ヒレでどぱーんと海原を叩いてしもうた。大津波発生。

 とんでもない波、地上に押し寄せる。海沿いの町、滅亡。平原のハイエルフの都、滅亡。しかしそれらの町の名前はもう忘れられてしまったので、ここに書くことはできない。


「我輩(わがはい)、びっくりじゃ。いったい、なんじゃ」

 すっかり目が覚めてしもうた海神トトリル。

 生白い頭を、ぬーっと、海上遥かに高く持ち上げて、呼びかけてきた。

「おうい、おうい、巨人の王よ」

「これはこれは、偉大な海神よ」巨人の王はあいさつした。「おひさしぶりです」

「巨人の王よ。そなた一体、何をそんなに、騒がしくしておる?」

「偉大な海神よ。わしは騒がしくしておりませぬ」

「しかし、ものすごい足音じゃ。我輩(わがはい)、びっくりしたぞ」

「それは失礼。ちょっとイライラして、歩いておったので」

「そうか」

「偉大な海神よ。御身こそ、なぜそんな大波を蹴立てなさる?」

「巨人の王よ、我輩は大波を蹴立ててなどおらぬ」

「しかし、ものすごい津波です。わしのくるぶしが濡れてしまった」

「それはすまぬ。ちょっとびっくりして、起き上がったせいじゃろう」

「そうですか」

「それよりもじゃ、」

 海神トトリルはゆったりと波に揺られながら、話を続けた。この波、トトリル御自ら(おんみずから)が蹴立てた津波の、返し波である。しかしトトリルにしてみれば、揺り籠の揺れみたいなものでしかない。

「それよりもじゃ、巨人の王よ。そなたが外を歩くのは、珍しいのう」

「まったくもって。ずいぶん久しぶりのことですわい」

「いったい、何があったのじゃ?」

「偉大なる海神よ、わしは、ウワサを確かめにゆくところです。

 赤く大きな猿がわけのわからぬことをしておるので、イライラして、見にゆくところです」

「ふうむ」

 偉大なる海神トトリルは、考え深げにヒゲをこすった。

「巨人の王よ。そなたの悪いクセじゃ。わからぬことがあると、イライラするのは」

「はい」巨人の王はうなだれた。「おっしゃるとおり」

「うむ」

 トトリルはうなずいた。それから、好色な顔をした。

「してその、赤く大きな猿は、見目麗しい(みめうるわしい)乙女であったりはすまいか?」

「いいえ。赤く大きな猿は乱暴者の大男。まったくもっ」

「なんじゃ、男か。では、わしは、昼寝の続きをする」

「て、見目麗しい奴では・・・あれ? 海神よ。どこに行かれた?」

 海神トトリルは、もう海の上には居らなんだ。

 男の話と聞いて一切の興味をなくし、海の底へ沈んでいったのであった。


 海神トトリルは、芸術の神でもある。

 美しいものを愛すること、この上なし。見目麗しい乙女が船に乗っておれば、船を木っ端みじんにしてでも手元へさらい、求婚する。これはよく知られた話。それなので、南方では「船にも乗らせぬ愛娘(まなむすめ)」などという表現があったりする。

 しかし、美しくないものには一切興味を示さぬ。

 赤く大きな猿のごとき男など、論外。だらりと波間に寝そべり、そのまま深海へ沈没したのであった。


 さてここで、海神トトリルはもうこのお話には出ていらっしゃいませんよということを、言うておかねばならない。海神の信者の皆さんがた。申し訳ないが、あなた方の偉大な神には、もう出番はない。

 セイレーンのお嬢さんがた、怒ってホラ貝を吹いたりなさらないように。私たちはいつでも海を見て、偉大なトトリルのことを思い出せるでしょう? ひるがえって、六腕三眼(りくわんさんがん)の鬼の神と言いますと、いまはもう、地上では見ることができない。そういうわけですから、いまはこのお話を続けさせて頂きたいのです。


「やれ。相変わらず、美女にしか興味を持たぬ御方じゃ」

 巨人の王は首を振った。

 引き続き、地震を起こしながら歩きつづける。

 山がたくさん並んでおるあたりまでやって来たときのこと。

 膝のあたりから、声がした。

「もし、巨大な御方」

「うん?」

 巨人の王はあわてて立ち止まった。相手を踏んづけてはいけないと思ったからである。だがそのせいで、ひときわ大きな地震を起こしてしもうた。それで人間の町がまたいくつか滅んだが、この町の名前ももう忘れられてしまったため、ここに書くことはできない。

 巨人の王、揺れる大地を見下ろす。

 するとそこに、赤くて大きな猿のごとき男が、立っておった。

 あっぱれ、この地震の中でもビクともしておらぬ。巨人の王のスネのあたりから、見上げておる。

「いったい、何者じゃ?」

「私は、名もない生きもの」赤く大きな猿のごとき男は答えた。「巨大な御方よ、頼みがございます」

「なんじゃ?」

「私と、戦って頂きたい」

「なんじゃと?」


3、巨人の王とさすらう生きもの


「私と、戦って頂きたい」

 赤く大きな猿のごとき男は、そうくり返した。

「まあ待て」巨人の王は優しく言うた。「まず、自己紹介からじゃ」


 じつはこのとき、巨人の王は戦うつもりなんぞこれっぽっちもなかったという。

 まずもって、かかる巨大な御方には敵などというものはなかった(ドラゴンもハイエルフの魔術師もまったく敵ではなかった。軍勢でかかってこられても、文字通り蹴散らすことができたのである)。戦ってくれなどと言われても、「馬鹿なことを」としか思わぬ。

 また、自分が戦うという激しい動作を実行した場合に人間世界に生じる甚大(じんだい)な被害のことを、一応、認識してらっしゃったからである。

 認識しているのに直せないのはなんでかって? それは、巨人の王がそういう生きものだから。ものを造り、地震を起こす生きものだったからとしか、言いようがございませんな。


「む」

 赤猿は、不満そうな顔をした。

 巨人の王は、赤猿を「戦うに足りぬ小さな奴」とみなしたのである。

 赤猿、そのことを、戦士の勘でするどく悟った。

 ムカッときた。それが顔に出る。しかし、口ではこう言うた。

「・・・いいでしょう。では、私の願いは後回しにしよう」

「わしは、巨人の王じゃ」

「王さまでいらっしゃったか」

「うむ。して、おまえさん一体、なにもんじゃ?」

「私ですか・・・」

 赤猿は口ごもった。

「私には名もなく、いまだに自分が何者かわからぬ。どうお答えすればよいやら」

「見たことないほど、大きな猿じゃな」巨人の王は言うた。「わしのスネほどまで背丈がありよる」

「巨人の王よ、私は猿ではありません」

「猿にしか見えんが」

「猿はこんなに大きくありません。

 また、ツノもございませんでしょう」

「たしかにな。しかし、猿でないとしたら、なんじゃ?

 親はだれじゃ?」

「私は、父たる赤い大地の神と、母なる暗い霊峰の女神の息子です」

「なんと。神々の息子か。では、神か」

「はて。私自身は、神のつもりはこれっぽっちもないのですが」

「ではやっぱり、猿か」

「猿ではないというのにから」

「日々、なにをしておる。仕事はなんじゃ」

「仕事?」

「こやつ、なんとものを知らんのだ」巨人の王はおどろいた。「仕事というものも、知らんようだ」

 そして優しく言うた。

「仕事とはな。世のため人のため、なにかを分担することじゃ」

「・・・さすれば、怪物退治が私の仕事と言えましょう」

「こやつ、暴れん坊じゃな」巨人の王は思った。「ウワサは本当のようじゃわい」

 そして言うた。

「ではそなたは戦士であろう」

「そう見られるかもしれんが、格好良すぎですな」

 赤猿は首をひねった。

「名もなくさすらう生きものというのが、私には相応だと思う」

「そんなわけのわからん身分で、おまえさんは、平気なのか」

「いいえ」赤猿はちょっとしょげた。「自分が何者かわからぬのは、イライラすることです」

「ふむ」

 巨人の王は考えを改めた。「こやつ、馬鹿ではないようだわい」


 巨人の王は、ゆーっくりとハンマーを地上に下ろした。

 静かに下ろしたのだが、その重量に大地が耐えかね、へっこむ。その凹みはのちに大きな池となった。ハンマー池と呼ばれ、巨人の王を祀る(まつる)祭壇もできたというが、それはこの話とは関係がないので、詳細ははぶく。


「さて、訊きたいことがある」

「なんでしょう」

「そなた、なんでそんなに、世を騒がせておる」

「巨人の王よ。私は世を騒がせたりはしておりませぬ」

「しかし、ずいぶん騒ぎになっておる。わしの工房まで、騒ぎが届くほどじゃ」

「それはお騒がせしました。ちょっと力を試しておっただけなのですが」

「そうか」

 巨人の王はもう少し考えを改めた。「なかなかどうして、話のできる奴じゃ」

 そしてさらに訊いた。

「そなた、自分より大きな者に戦いを挑み、見事打ち破って、相手のものを奪っておるじゃろう」

「はい。それが私のしたことです」

「人のものを奪うとは不埒な奴。なんでそんなことをするのじゃ」

「戦うのは、自分の力を試すため。

 ものを奪うのは、そいつが他人から奪ったものを、奪い返しておるだけです」

「なるほど」

 巨人の王はひとつわかってうなずいた。

「もうひとつじゃ。

 自分より小さな者に声をかけ、相手が欲しがるものならば、何でもくれてやっておるじゃろう」

「はい。それも私のしたことです」

「わけがわからぬ。なんでそんなことをするのじゃ」

「声をかけるのは、私が怪物でないことを示すため。

 ものをくれてやるのは、相手が喜ぶので、私も気分が良いからです」

「ははあ!」

 巨人の王はすべてわかってうなずいた。

「あいわかった。どうしてどうして、筋の通った奴じゃ!」

「わかって頂けましたか」

「うむ」

 すっきりした巨人の王は、ゆーっくり、優しく、その場に座った。

「わしは、おまえさんが気に入った。面白いし、話のできる奴じゃ。

 よければ、おまえさんの旅の話、聞かせてくれ」

「いいでしょう。かいつまんで」

 赤猿も、少し離れたところで地面に座る。近くに座ると巨人の王の膝が邪魔となり、互いの顔が見えんので、離れて座るのは仕方がない。


 赤猿はしゃべった。

 赤猿のごとき若者が故郷を出たいきさつ。旅で出会った人々。倒した怪物。

 巨人の王はそれに応えてしゃべった。

 巨人の王のところに、それがどんなウワサになって聞こえてきたか。

 そうして、赤猿の行ないと、ウワサとをくらべてみると。


「なるほどのう。どうやら、ウワサがだいぶ派手になっとるようじゃ」

「そのようですな。少々、とまどいましたぞ」

「すまんことをした。とはいえ、ウワサを立てたのは、わしじゃないからのう。

 ──お返しに、わしの事をお話ししてしんぜよう」

「喜んでうかがいましょう」

「わしは巨人の王。これはさっき言うたな」

「はい。うかがいましたな」

「わしには、娘が1人居る。

 わしにわからん未来のことがわかる。とても賢い娘じゃ」

「それはよい娘さんですな」

「うむ。自慢の娘じゃ。あと、部下がたくさん居る。

 そうしてわしはな、自分が造ったものを他人が使ってくれるのが、とても嬉しいのじゃ。

 他人が喜んでおると、もう、タダでくれてやってもよいと思ってしまう」

「おお」赤く大きな猿のごとき男、うなずく。「わかりますぞ。喜ばれるのは、気分の良いことです」

「まさにということじゃ!

 それで、つい、実際にくれてしまって、娘に怒られる」

「なんで怒られるのです?」

「ただでものをくれては、相手のために良くありませんわ。と言うのじゃ」

「なるほど。おっしゃる通りだ。考えの深い娘さんですな」

「うむ。わしなんぞ、形無しじゃ」

 2人はわっはっはと笑った。

「そうかそうか。おまえさん、なかなかどうして、気持ちのいい男じゃな」

「王さまも、立派な御方でいらっしゃる」

 2人は互いを認め合った。

 巨人の王はすっかり満足し、気持ちのよいため息をついた。

「そういうことならば、すべて納得じゃ。

 一件落着、すっきりさっぱりというもんじゃ。

 わしは、工房に戻るとしよう。さらばじゃ、赤猿のごとき男よ」

 巨人の王はゆーっくりと立ち上がり、帰ろうとした。

 すると膝の裏あたりで声がした。

「もし、巨大な御方」

「うん?」

「私と戦って頂きたい」

「なんじゃと?」

「自己紹介がこうして終わったのですから、」

 赤く大きな猿のごとき男、不敵な荒くれ者の面となっておる。

「いよいよ、私と戦って頂きますぞ」


4、第一戦


「なんでじゃ」

 巨人の王、当惑。

 互いに自己紹介をし、歓談し、気分良く別れようとした。

 なんでそこから「それでは戦って頂きますぞ」となるのか。

「わけがわからぬ。おまえは、ばかか」

「ばかじゃありませんぞ」

「わしは、悪い怪物ではないぞ」

「でしょうな」

「それはわかっとるのか」

「むろん」

「わかっとるなら、なんで戦わねばならんのじゃ」

「なんででも、戦って頂きたい」

「なんと・・・」

 巨人の王は少し考えを改めた。「どうやら、こいつは馬鹿のようだわい」

 そして優しく言った。

「いや、おまえとは戦わぬ。

 わしは工房に帰るつもりじゃ」

「それは後にして、私と戦って頂きたい」

「いや、おまえとは戦わぬ。

 わしは天井を造り直すつもりじゃ」

「それは後にして、私と戦って頂きたい」赤猿はしつこい。

「嫌じゃと言うておる」巨人の王はついにふたたびイライラして、雷のように怒鳴った。

「嫌でも戦って頂く」赤猿ひるまず宣言し、巨人のスネをパンチした。

「あいた!」

 巨人の王は飛び上がり、尻餅をついた。

 とんでもない地震が起こり、見渡す限りの人間の町はみんな滅んでしまった。そればかりか、巨人の尻が大地にめり込んだので、地下にあったダークエルフの王国まで滅んでしまった。しかし、それらの町の名も忘れられてしまったので、ここに書くことはできない。

 地震が収まる。

 巨人の王、立ち上がる。入道雲のごとく、そびえ立つ。

「何をする。不埒な奴め」

「何としても、戦って頂くのだ。さあ、いくぞ」

 赤猿のごとき男、勝手にそう宣言して、キックした。

 そして、巨人の足の小指をしたたかに蹴りつけた。

「あいた!」

 しかし今度は、巨人の王は飛び上がらず、尻餅もつかなかった。

 さっきはびっくりしたのでうっかり飛び上がり、体勢を崩してしまった。だが、いまはもう、巨人の王は怒っておる。こうなると、赤猿の蹴りごとき、いくら当たってもビクともせぬ。

「何をする。不埒な奴め。

 わしは怒ったぞ。これでも喰らえ」

 巨人の王はハンマーを振り下ろした。

 岩山のごとき巨大ハンマーである。もしも地面に落ちたならば、これはもはや地震ごときでは収まらなかったであろう。それほど偉大な一撃であった。

 あやうし赤猿!

「むう。『力』のルーン!」

 赤猿、岩山をも受け止める『力』のルーン発動!

 巨大ハンマーを、受け止めた!

「なんと!」巨人の王は感嘆した。「受け止めよった!」

「私は『力』のルーンを授かっておるのです」

「なんと!」巨人の王は驚愕した。「しかし『力』のルーン、いまいましくも厄介な神竜(じんりゅう)が所有者であったはず。いったい、そなた、どのようにして手に入れたのじゃ」

「旅人と話をして、それを授かったのです」

「なんと。旅人とな。ただの旅人ではあるまい。名はなんと申す」

「レガーと名乗られました」

「レガーは盗っ人の神じゃ!」

「なんですと?」

 赤猿は驚き、つぎに憤慨(ふんがい)してこう言うた。

「レガーさんは泥棒などではない。立派な御方ですぞ。

 私の恩人なのだ。悪くおっしゃられるなら、承知しませんぞ!」

「悪く言うつもりはない」

 巨人の王はそう言った。王さまは事実を述べているつもりであったため。『悪くは言うとらん。事実じゃ』という意味でそう言うたのである。

「ならばよろしいが」

 赤猿は納得した。『もう泥棒呼ばわりはしないのだな』と勘違いしたのである。

「あやつめ、あちこちでルーンを盗んでおると思ったら、配ったりもしておったのか」

「悪く言わんとおっしゃったぞ!」

「だから、悪くは言うとらん」

「あなたはウソつきだ!」

「なんじゃと、このばかめ!」

 2人は怒鳴り合い、巨大ハンマーを下から上から押し合いした。

 だが、ハンマーは動かぬ。巨人の王は赤猿をつぶすことができず、赤猿はハンマーをどけることができぬ。

「なんという巧み(たくみ)じゃ」巨人の王は感心した。「『力』のルーンを使いこなしておる」

「な・・・なぜだ・・・」赤猿は汗だくであった。「さ・・・支えるだけで・・・精一杯・・・動かすこともできぬ・・・」


 岩山をも持ち上げるはずの『力』のルーン。

 いかな巨大物、いかな重量物であっても持ち上げ、空の彼方に吹っ飛ばしてきた『力』のルーン。

 それが、巨人の王のハンマーに対し、拮抗(きっこう)。

 持ち上げることはおろか、左右にそらすことすらできぬ。

 赤猿、困惑。その顔に焦りと恐れが浮かぶ。


「『力』のルーンで思い通りにできぬので、驚いておるな?

 じゃが、それも当然ということじゃ」

 巨人の王は涼しい顔である。

「これには、ちゃんとした理由がある。

 だがしかし、わしは怒っておるので、種明かしはしてやらん。

 それより、レガーからルーンをもらったと? 間違いない話か」

「はい」

「あんなひねくれ神から贈り物を授かるとは」

「レガーさんのことを・・・悪く・・・言うなというのに・・・!」

「おまえは、じつに驚いた奴じゃ。

 だがしかし、わしは怒っておるので、おまえを叩きつぶすことにする」

「つぶされは・・・しませんぞ」

 赤猿は言い返した。

 だが、それはもはや、やせがまん。

 巨人の王のハンマーはあまりにも重すぎて、もう指一本動かすことができない。汗はだらだら出てくるし、膝はがくがくと震えている。

 赤猿、こんな苦しい思いをしたのは生まれて初めてであったと、のちに述懐(じゅっかい)す。

「いいや、つぶすと言ったらつぶす」

 巨人の王はそう言って、左手をハンマーから離した。

「うぬう」赤猿はうめいた。「こんな重いハンマーを、あなたは片手でふるえるのか」

「当然じゃ。わしはこのハンマーを右手に持ち、左手でやっとこを持って鍛冶をするのじゃからして」

「あなたは鍛冶師でいらっしゃったか。鍛冶師とは、こんな大きな者でしたか」

「いいや。わしは巨人の王だ。鍛冶もできるが、それだけではない。なんでもできる」

「実に素晴らしい御方だ」

 赤猿は息切れしながら言った。

 もう立っているのもやっとのありさま。

 なんとか糸口を見つけようと、お世辞を言うておる。

 だが。

「おまえのように面白い奴から褒められてよい気分だ」

「では・・・つぶすのは、やめて頂けませんか・・・?」赤猿は情けない声を出した。

「いいや。つぶすのはやめぬ」

 巨人の王、そんなお世辞にゃ左右されぬ。

 左手を高々と振り上げ、赤猿の脳天に叩きつけた!

 赤猿の全身に走る衝撃!

 脳天釘打ちに打ち下ろされ、地面に突き刺さる!

 まさに釘が板に刺さるがごとし! 地面にぶっ刺さる! 刺さりすぎ! そのまま地の底へ!

 止まらぬ! どこまでも地の底へ!

 一拍おくれて大爆発! とんでもない地震! 土煙!

 轟音! まっぷたつに割れてゆく大地!


 ・・・土煙がおさまったときには、長い長い裂け目が大地に走っておった。

 赤猿は、割れた大地の遥か深み。地の底にてひっくり返り、ぴくりともせぬ。

 戦闘終了である。


 ここまで負け知らず(うんこ除く)の赤猿を叩きのめしたばかりか、オマケに地割れまで造ってしまう。真実、偉大なる打撃! 巨人の王ここにあり! まったくもって、やり過ぎ!


「ううん」赤猿は地割れの底でうめいておる。

「死んでおらんのか。頑丈な奴」巨人の王はあきれた。「だが良かった。不埒な奴とは言え、殺さずに済んだのなら何よりじゃ」

 そうして巨人の王は周囲を見回し、ため息をついた。

「わしが外に出ると、とにかく人が死ぬのでいかん。

 工房へ戻って、もう出て来ぬようにしよう」

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