赤猿の旅(後)

2、悪くない怪物、いじめる


「気持ちのよいところだのう」

 赤く大きな猿のごとき若者。草原をゆく。


 額のかどに、2本のツノ。でっかくごっつい巌(いわお)の身体。

 手に持つものは何もなく、まとうヨロイも何もなし。

 いまだ1個のさすらう生きもの、ゆくあてもなし。


「ドラゴン退治は楽しかったのう。また、あんなことがないだろうか」

 陽は輝き、緑の草を渡る風は清々しい。心地よい春の空気であった。

 しかし、若者が考えるのは、戦のこと。

 もっとでっかく、もっとごっつい敵と戦い、ぶん殴って、勝ちたい。

 ドラゴンを倒してからというもの、そんなことばかり考えるようになっておった。


 いまの世に生きるみなさん、みなさんはこの赤猿を、「乱暴者だなあ」と思われるでしょう。

 しかしそれは、みなさんが文明人で、怪物に圧迫されておらぬせい。そこで「怪物をやっつけたい」と言われれても、「なんじゃこいつ」と奇異に思う。これが当然。

 しかしですね。思い出して頂きたい。

 この赤猿の若者の生きる世界、怪物だらけ。

 見上げればドラゴン、見下ろせばへび、舟出せばくじら。

 怪物どもめ、キラキラした目でこっちを見おる。「にんげんだ」「うまそうだ」とな。

 ヒューマンなんぞ、森に隠れて生き延びるしかない。平原で暮らすなど、むり。なんでといって、平原。夜。煮炊きでもしてごらんなさい。その火の輝き、遥か彼方の山の上に居座るドラゴンにだって、丸見えなのだ。その夜のうちに滅ぼされてもおかしくない。平原へ進出できたのは、魔術師をどっさり抱えたハイエルフの都だけだったという。それだって、ドラゴンや地震や津波でしょっちゅう滅んだとか。

 日当たりの悪い、じめじめした、鬱屈(うっくつ)した暮らし。そこで「怪物をやっつけてやりたいもんだのう」と言われれば、「まったくだ!」「ぜひたのむ!」となる。これが当然。

 ──もっとも、赤猿の若者、調子に乗りすぎだ。

 こうなれば大失敗するものと、相場が決まっておる。


「そもそも、『力』のルーンは強すぎるのだ。だから、戦いがなんか味気なくなる。

 ルーンが通じぬような、厄介な相手は居らんのか。

 そのぐらいの困難が、私のごとき男には必要なのだ」

 そんなお馬鹿なことまで考えながら歩いておると、はたして。

 道端に大きなからすが座り込んでおった。

 化けガラスである。大変にでかい。なんとそやつ、あの黄色のドラゴンよりもでかかった。つばさを広げれば、赤猿の身長の3倍も超えるかもわからん。

 そして足3本。日当たりのよい道端で、ぼけーと口を開けて太陽をあがめておる。

「なんでこう、どいつもこいつもでっかくなるんじゃ」

 自分もでっかいくせに、赤く大きな猿のごとき若者はそうぼやいた。

「まあいい。強そうな相手だ。やっつけてしまおう」

 なんと乱暴な。

 相手はまだ何の悪さもしておらぬ。もしかしたらちっとも悪くないでっかいだけの相手かもしれんのに、早くも退治すると決めてしもうた赤猿。すたすた歩いて化けガラスに近付く。

 化けガラス、こちらに気付く。「む?」

「からすよ。おまえは強そうだな」

「なんだがあ? 赤く大きな猿よ」化けガラス、しわがれ声。「おっと、危ない」

 ぶわっさと巨大なつばさを広げて飛び立つからす。その身体のあった空間を通過する岩。

 赤猿の若者があいさつと同時にぶん投げた岩であった。

「ちっ、外したか」舌打ちする赤猿。

「があがあ。ちんぴらめが」

 化けガラス、非難。ごもっともである。

「があがあ。があがあ。ちんぴら。ちんぴら。不埒(ふらち)もの」

「うるさいわい。先手必勝。私は失敗から学ぶ男なのだ」

「があがあ。そんなん、知らんがあ」

「降りてきて、私と戦え」

「あほう。あほう。誰が降りるかあ」

 化けガラス、拒否。ごもっとも。

「があ、があ、者ども、であえ、であえ。縄張り荒らしぞ。不埒ものぞ。であえ、であえ」

 ぶわっさぶわっさぶわっさ。

 不吉な羽音が迫ってくる。

 ぶわっさぶわっさぶわっさぶわっさぶわっさぶわっさぶわっさぶわっさぶわっさ・・・。

 空が暗くなってきた。

「うん?」

 背後を振り向く赤猿。その目に映ったものは!

 天を覆い尽くす、化けガラスの群れであった!

「うおっ!」さしもの赤猿も、その光景にぶったまげた。「むちゃくちゃ居る」

「縄張り荒らしぞ。ちんぴらぞ。ばくげきせよ」

「があがあ」「があがあ」「ばくげきだがあ」「があがあ」「があがあ」

 化けガラスの群れ、おのおの垂らした足の数は3本。

 その真ん中の足に岩を抱えておる。それを、不埒な赤猿の頭上で放り投げた。

 自然の法則により、岩、落下。無数の砲弾となって馬鹿な若者を襲う。

「ふん。当たるものか」

 避ける若者。しかし、避けても避けても岩が落ちてくる。

 化けガラス、次第に巧妙に。太陽の中から、右から、左から、ぶつかるぐらい低いとこから、てんでになんか投げ、落としてはどこかへ飛び去り、すぐ次のなんかを掴んで飛来。

 『なんか』というのは、なんかである。初めは岩だけであったのに、途中から色んなものを混ぜて投げてきおった。

 岩かと思いきや土の固まり。地面に落ちて凸凹となり、避けるのの邪魔になる。

 岩かと思いきや腐った果実。地面に落ちて弾け、ツルツルすべる。避けるのの邪魔になる。

 岩かと思いきやうんこ。地面に落ちるときたなく、踏みたくない。避けるのの邪魔になる。

 岩かと思いきやけものの毛玉。避けたつもりがフワフワ宙をただよっており、「えっ?」と意表を突かれ、避けるのの邪魔になる。

 なんだもう岩は投げて来んのかと思ったら岩。ガーン。

 あらゆる角度・速度でこんな様々なもんを落とされて、正直、もう、むり。

「うわあ」

 赤猿、逃走。だが化けガラス、赤猿が走るより速い。追いすがり、頭上からなんか落として来よる。岩だの腐れ果実だのうんこだの。

「私が悪かった。許してくれえ」

 ついに泣き声を上げる赤猿。その頭にうんこが命中。

「があ。があ。いい気味だがあ。あほう。あほう」「あほう」「あほう」「あほう」「あほう」

 阿呆阿呆の大合唱。

 みじめな気分となり、うんこにまみれ、散々な気分で平原を逃げ出した。

 爽やかな春の気分もどこへやら。

 赤猿は泣き言をわめきながら、川に飛び込み、うんこを洗い流すのであった。

「今日は人生最悪の日だ。ああ、くさい。調子に乗りすぎた。

 ルーンが通じぬ相手などと、馬鹿なことを願ったもの。

 ルーンを持つこの私が、うんこに負けるとは。ああ、くさい、くさい。くそう」


 この時代の平原はかように恐ろしい場所だったのです。これで信じて頂けましたでしょうか?


3、強盗、だます


「おい。お宝を置いて行きやがれ」

「うん?」

 赤く大きな猿のごとき若者。山道にて呼び止められ、足を止める。

 道の両端。

 手に手に剣や棍棒(こんぼう)を握ったならず者、10人余り。

 左右から押し包むように迫って来おる。

「おい」赤猿いわく、「私はいま、不機嫌(ふきげん)なのだ。ちょっかいを出す気なら、やめたがよい」

「なんだと」

「化けガラスにうんこを投げられ、誰かを殴りたい気持ちでいっぱいだ。手加減できんぞ」

「なに、うんこだと。ふざけやがって。

 ちょっとでかいからって、舐めてんじゃねえ。お宝置いて去りやがれ」

「ははあ」

「なにがはははだ」

「おまえたちは、ごうとうだな」

「なんだ、いまさら。そうよ、強盗よ」

「この手前の村で聞いたぞ。峠にごうとうが出る。難儀しておるとな」

「その通りよ。俺たちは峠の強盗団。死にたくなけりゃ、お宝出して去りやがれ」

「馬鹿だな。おまえ。私が宝を持っておるように見えるのか」

 赤猿、余裕の態度で肩をすくめてみせる。


 いまだ1個のさすらう生きもの、うんこは綺麗に洗ったが、心のキズいまだ癒えず。

 額のかどに、2本のツノ。でっかくごっつい巌(いわお)の身体。

 手に持つものは何もなく、まとうヨロイも何もなし。

 宝なんぞ、持ってもおらねば、しょってもおらぬ。ポケットひとつついとらん。


「どうだ、貧乏だろう」

「ウソついてんじゃねえ。

 おまえ、赤猿だろう。黄色のドラゴンを倒した奴だろう。

 だったら財宝を持ってねえはずがねえ。どこに隠した。言え」

「財宝なんぞ、全部・・・」

 村に置いてきた、と言いかけて、危ういところで赤猿、言葉を中断。そんなことを言えば「そうか。なら村だ。村を襲え」となりかねんと、ギリギリで気付いたのであった。

「全部、なんだ」

「使ってしもうたと思ったが」赤猿、ごまかす。「そういえば・・・アレはまだ・・・いやいや、うん、全部、使ってしもうた」

 ウソである。ヘタクソなウソである。

 が、強盗ども。

「なんでえ。隠してもムダだぞ。俺は聞いたんだ。赤猿がドラゴンを倒したってな」

「ドラゴンを倒すほど強いんなら、あっちこっちで宝を奪っとるはずだ」

「そうだ、そうにちがいねえ」

「出せ」「出せ」「宝を出せ」大合唱である。

 欲の皮突っ張り、ウソも見抜けなくなった強盗どもに、赤猿はニンマリした。うんこのイライラをこいつらで晴らしてやろうと、意地の悪い気分になったのである。

「今回は化けガラスとはちがうからな」ひとりごと。「相手が悪いんだからな。私は、調子に乗っとるわけじゃない。うむ」

「なにブツブツ言ってやがる。ええい、やっちまえ! 殴って吐かせろ。殺すなよ」


 戦闘開始!

 赤猿のパンチ、パンチ、キック、頭突き、背中で体当たり、肘打ち、2人まとめてラリアット、後ろ蹴り、ビンタ、逃げるのを襟首掴んで捕縛!

 戦闘終了!


「ぐわー! 放せ!」

 襟首掴まれた強盗が暴れる。だが『力』のルーンの所有者に、ただの強盗、敵うはずなし。

「おかしらー」叫びながら逃げてゆく強盗ども。

「おいてめえら逃げるんじゃねえ! 助けろ!」

「おかしらー」叫びながら逃げてゆく強盗ども。助けるつもりゼロ。

「くそっ!」

「さて、どうしてくれよう」

 赤猿に間近で睨まれ、強盗のかしら、「ひいい」と叫んだ。

 なにしろ、人間の2倍を軽く超える、赤く大きな猿のごとき生きものである。それもごっつい。顔がなんかゴツゴツと岩山のようにとんがっておる。しかも猛烈に赤い。目だけは小さくギラギラ輝いておるのがまたこわい。

 見た目がごっつい。けんかが強い。カッカと怒って睨んでくる。そりゃあこわい。

「お、俺が悪かった。許してくれ。生命ばかりはお助けを」

「うむ?」

「あ、あんたには敵わねえ。心を入れ替えてちゃんと働く。だから許してくれ。

 あれだ。そう。俺には妻と子供がいるんだ。そうそう。

 何とか食わしてやりたくて、こんな馬鹿なことを。

 ああ俺が悪かった! おまえ、子供たち、馬鹿なおっ父を許しておくれ。うわああ」

 まくし立てた強盗、なんと、泣き出した。

「おい。男が泣くな。見苦しい」

「うわああ。おまえ。あの世で待っとるぞお」

「くそ。なんだ。こっちが悪いみたいではないか」

 戦いはべらぼうに得意だが、世の中のことは知らん赤猿。泣き叫ぶ強盗の話を素直に聞いて「ああ、こいつにも子供が居るのか」と思ってしもうた。すると、あの黄色のドラゴンの村で父と子が再会したときの喜びようが浮かんでくる。また、父を亡くした魔術師すみれの勇敢な姿も浮かんでくる。

 強盗、そんな赤猿の若者をチラリとうかがって、さらにわあわあ泣き立てる。

「坊や。お嬢。おっ父はもう、おまえらには会えんのだ」

「ええい。もうよいわ。失せろ」

 赤猿の若者、うんざりして強盗のかしらを放り投げた。

「・・・いいのか?」

「失せろ。二度と私の前に現れるなよ」

「もちろんだぜ。ひひひ。じゃあな、あばよ! 赤猿の旦那!」


「・・・まあいいか。ひと暴れできたし。

 『力』を使わんでも、あのぐらいの人数、相手できるとわかったしのう」

 赤猿の若者。

 苦い気分で歩き始めたものの、自分の戦いっぷりを思い出すうちに、ちょっと気分が良くなってきた。

 あの短い戦闘、赤猿は『力』のルーンを使わんかったのである。襟首引っ掴んだおかしらが暴れるのでちょいと使うたが、それもいらんかったほどである。

 自分はルーンなしでも相撲では負けんな。そう思うと、がぜん気分が良くなった。

 そして、ぴたっと立ち止まった。

「あ、そうだ。手前の村の者どもに、強盗はやっつけたと言うてやろう」

 急ぐ旅でもないからと、くるりと振り向き引き返す。

「そうしたら、喜んでくれるだろう。飯ぐらい、食わせてくれるかもしれんしのう」


「強盗を改心させた・・・ですか?」

「うむ」

 手前の村にもどり、強盗に悩まされとるという話を聞かせてくれた男どもに話をする赤猿。

 ところが、男どもはちっとも喜んでくれぬ。

「なんじゃ? 喜んでくれるかと思うたのに」

「うーん・・・いや、やっつけてくれたのは、まことあっぱれなんじゃが・・・」

「放してやったのですか・・・」

「うむ」と赤猿。「妻が、息子が、娘が、うわあんなどと泣き叫ぶので、殺せなんだ」

「ははあ・・・。今度は、娘が増えましたのか」

「うん?」

「いやあ、じつは、わしもやられましてな。そのときは、妻が病気と言われ・・・」

「わしは、長男が食うものもなく飢え死にしかけと言われ・・・」

「そういうわけで・・・これまで二度も同じようにして逃げ延びとる強盗なのじゃ」

「なんだと?」

「あなたさまが優しい御方と、見抜いたんでしょうなあ・・・」

「うぬう!」赤猿の若者、激怒。「あのウソつきめが!」


 強盗のかしら、ウソつき。

 あの生命乞いの内容、どうやら丸ごとウソ。

 だまされたと知った赤猿の若者、湯気を立てて怒り狂うた。

 が。


「・・・しかしのう」若者はようやく落ち着いて、言うた。「ああやって泣かれると、殺す気になれんぞ。見苦しいが、効果的なわざだ」

「そうですなあ。わしらも、無理じゃった」

「ここはひとつ、武器を奪ってはどうでしょう?」1人が提案した。「身ぐるみ剥いでやれば、放したって、悪さはできぬ。自分の里へ逃げ帰るか、帰ることも許されず野垂れ死ぬ(のたれじぬ)か、それは奴らの運命ということで」

 赤猿の若者、ぽんと手を打った。

「おう。それならできるぞ!

 ・・・しかし、もう一度私が行って、姿を表わすかのう」

「赤猿殿。このジジイ、お手伝い申す」

 そう名乗り出るじいさんが居って、話が決まった。


「おい。お宝を置いて行きやがれ」

「うん?」

 山道をゆく荷馬車。呼び止められ、貧相なロバ止まる。

 御者は老人である。耳に手を当てて怒鳴り返す。

「なんじゃって!? なにか、おっしゃたか? よう聞こえなんだ!」

「耳が遠いのか? いいかよく聞けよ。

 お宝を! 置いて! 行きやがれ!」

「おまえら そろって いいきみだ?」

「なにを言うとるんだ! いいか、よく聞け。

 お宝を!! 置いて!! 行きやがれ!!」

「みぐるみ はいで ほっぽりだすぞ?」

 沈黙。

「・・・おいジジイ。てめえ、わかってやってんな?」

「あん? なにをわかっとるって? 強盗どの」

「てんめえ馬鹿にしやがって!

 おい野郎ども! このすっとぼけたジジイを引きずり下ろせ!」

「おお」「おらあ」「どけジジイ」

「うわあ」老人は馬車から飛び降り、藪(やぶ)へ逃げ込む。「生命ばかりはお助けを」

「最初っからそうしてろ! ったく。荷馬車はもらったぞ!

 ・・・うん? なんだこりゃ」

「おかしら、どうしたんで」「ただのワラ束じゃねえんで?」「なにかあるんで?」

「なんかこの、ワラ束の中に、赤くて大きなもんが入っとるぞ」

「隠してるんですか」「隠すってこたぁ・・・」「お宝だあ!」「わあい」「引っぺがせー」

 荷台のワラ束を引っぺがす強盗。

 さて、出てきたお宝。その姿は。


 額のかどに、2本のツノ。でっかくごっつい巌(いわお)の身体。

 手に持つものは何もなく、まとうヨロイも何もなし。

 お宝なんぞじゃ、ありはせぬ。

 金目のものなど、着けとらん。

 身に着けたるは、ただひとつ。

 旅人レガーに授かった、剛力無双の『力』のルーン!


「また会うた(おうた)のう」

 ニヤリと笑うは、赤猿の若者!

 ワラ束に隠れ、強盗をだました。策略、見事に的中である!

「ひいい!」強盗ども、パニック!「赤猿だあ」

「逃がさんぞ」


 戦闘開始!

 赤猿の若者、自分と一緒にワラ束に隠してあった必殺の道具を、ばっと宙へ。

 それは網(あみ)! 縄を編んだ、ごっつい網(あみ)! くじらでもとるんかというほどの、ごっつさ! 『力』のルーンの所有者でもなければ、とても投げれんごっつさ!

 一網打尽! 戦闘終了!


「た・・・助け・・・つ、妻と子供が・・・」

「うむ」赤猿の若者、にっこり。「妻子の元へ帰るのだろう? わかっとるとも」

「は・・・放してくれるのか?」

「放してやるとも」

「ひひひ。あんた、いい人だなあ!」

「ただし、裸でな」

「え?」

 赤猿の若者、強盗1人1人を順番に網から出しては、武器を奪い、粗末な服や革のヨロイを引っぺがし、まるっきりの素っ裸にしてから、こっぴどく尻を蹴っ飛ばした。しばらくは立つこともできんぐらいのキック。強盗ども、泣きながらヨタヨタと逃げていった。

 そうして強盗の仲間を1人残らず身ぐるみ剥いでから、最後にかしらを網から出した。

「く・・・くそっ・・・かんべんしてくれ・・・ハダカで放り出されちゃ、死んじまう・・・」

「おまえには、妻子が居るのだろう? 妻子に助けてもらえばよいではないか」

「あ、あれはウソで・・・」

「いやいや、私は、信じたぞ」赤猿の若者はにっこり笑った。「信じたからな?」

「・・・へい」

 そうして武器を奪い、ヨロイを引っぺがし、首根っこをむんずと掴む。

「さあ、根城へ案内せい」

「ぐ、ぐえ・・・」

「ウソをつくなよ。子分どもは先に逃げ帰ったようだ。

 子分の居らん場所に案内してみろ。そのときは、もう容赦せんぞ」

「は、はい・・・」


 強盗のかしらをねこのごとくぶら下げ、赤猿の若者は根城へ向かう。

 ロバに乗った老人も、一緒についてきた。

 強盗どもの根城。

 それは、古い石造りの砦(とりで)であった。

「なんだ。立派なところだな。おい、ウソじゃなかろうな」

「ウソじゃねえ・・・です」

「赤猿の殿。これは、ハイエルフの砦じゃ」老人が言うた。「ずっと昔に捨てられたんじゃなかろうか」

「なるほどのう。この砦、使いますか?」

「いや、砦なぞ・・・それこそ、強盗の根城になるだけじゃ。石材は使えるかもしれんが」

「でしょうな。なんで片づけて行かんのだ。無責任なエルフどもだのう」

 赤猿の若者、しばらく考える。

「よし。いま片づけよう」

 赤猿の若者、砦に向かって大音声(だいおんじょう)。

「中に居る強盗ども! 出て来い!」

 返事はない。

「よいか、いまから十数えるうちに出て来い。

 さもなくば、死ぬかも知れんぞ! 助けてはやらんからな!」

 返事はない。

「いっちにいさんしい! ごおろくしっちはち!」

「うへえ」「早い早い!」「待ってくれえ」強盗ども、飛び出してくる。

「きゅう・・・じゅう! それ、こうだ!」

 赤猿の若者、拳(こぶし)を突き出し『力』のルーン!

 左手に強盗のかしらをふん捕まえたまま、右手で砦をぶん殴った。

 何十年か、もしかすると何百年かを生きてきた堅牢なハイエルフの砦に、激震。緻密(ちみつ)に組まれた石材もバラバラとなり、崩れ落ち、砦の中の空間はぺしゃんこになってしもうた。

「うわあ!」「ひい!」「お助けえ」強盗ども、みたび逃げ散る。

「あああ! お、おれの、おれのお宝が!」

 強盗のかしらは崩れる砦の下に手を伸ばす。だが、赤猿の手から逃れることはできぬ。

「どうやらこやつ、お宝を隠しておるようですぞ」

「村の者に伝えましょう。しばらくは、楽しく石材堀りができますわい。ふわっはっは」

「あああ・・・ち、ちくしょう・・・」

「さて、おまえはこうだ」

 赤猿の若者、強盗のかしらを、仲間よりもいっそうひどく蹴っ飛ばした。かしらはすっ飛んでゆき、藪の中に突っ込んだ。素っ裸に引っぺがされて藪へのダイブである。悲鳴。

「なんじゃ、うるさいのう」

「妻子がトゲトゲしいようじゃの」と老人。

「さて、土産(みやげ)にこいつを持って帰るとするかのう」

 赤猿の若者、そう言うや、大きな石材をひょい、ひょいと掴み上げる。

 左右にひとつずつ、大きな石を持って帰還した。


「──というわけで、めでたし、めでたしじゃ」

 老人が語って聞かせると、子供がわーっと盛り上がった。

 子供はみな、綺麗(きれい)に磨かれた石の上に座っておる。

「おまえたちの座っておる石こそ、まさにその、赤猿殿の砦石よ。

 そっちは赤猿殿が右手に持っておった石。そっちは左手の石。

 指の痕が、彫り込んであるじゃろ?

 そのぐらい、でっかい手をしとったんじゃぞ」

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