第3話 花火大会

花火大会当日の朝。


下駄箱で上靴に履き替えていると後ろから

「おはよー。今日、18時にあそこのコンビニだからね!」

彼女が、そう話ながら小走りに近寄ってきた。


「分かってるよ」


小学校の頃は、花火大会といえば、友人たち数人と行っていたけど、今年は違う。


期待と不安を胸に時は、過ぎていった。


下校の時間。今日はみんな足早に帰っていくような気がする。


「じゃ、コンビニでね。」

そう言うと、笑顔で彼女もまた、足早に帰っていった。


今は16時すぎ、ゆっくり帰ってもまだ、時間が余るくらいだ。女の子は、浴衣とか着るから時間が足りないんだろなぁ。



18時少し前に、約束のコンビニに着き、僕は週刊誌を立ち読みしながら待っていたけど、内容は全く頭に入ってこない。


「ごめん。待った?」


その声の方を振り向くと、水色の浴衣に身を包んだ、彼女が立っていた。

いつもは、下ろしている髪の毛も今日ばかりは、綺麗に後ろでお団子に結ばれていた。


「大丈夫。今、来た所だよ。じゃ、行こっか」

そう言うと、二人並んで、屋台がある通りにくりだした。

わたあめ、金魚すくい、焼きそば、たこ焼き、お好み焼き、りんご飴、かき氷、いろんな屋台が店を出している。


「どこから回る?」

「というか、打ち上げって何時からだっけ?」


お互いが、そわそわしているのか、上手くかみ合わない事で、さらに焦っていく。

心では、何度も、”落ち着け”と言い聞かしたけれど、あまり効果は無かったみたいだ。


「たこ焼きとかどう?」

「良いねー」


ふたり並んで、屋台がひしめき合っている道を歩いてたこ焼きの屋台を目指す。

屋台までのちょっとした間ですら、自分があたふたしているのが分かる。


「おじさん!たこ焼きふたつ」


「あっ!ちょっと待って。あのさ、ふたりでひとつを食べない? 始めからいっぱい食べて、お腹が一杯になるのもなぁって思って。」


「そっかぁ。そうだよね。沢山楽しめるようにそうしよっか。」


「おじさん、たこ焼きひとつ頂だい」

「あいよー 500円ね」

「はい」

「まいどー。お祭り楽しんでね!」


「おじさんありがと」とハモりながらお礼を言う。それでまた笑いがこみあげてくる。





人通りが多い道から、少し中に入った所の壁に持たれながら、たこ焼きをふたりでつつき合う。この時、少し緊張がほぐれた様な気がした。


「人多くなったね」



<ドン  ヒューーーー  バーーーン>



そんな轟音から始まった。


人々は、静かになり、星が広がる空を見つめる。


漆黒の空に、夜の花が咲きほこる。


赤や緑、青や黄色、色とりどりの、夜の花が咲き、辺りを照らす。


「きれい」


彼女は、そう呟きながら上を向いていた。


「そうだね」と言いながら、僕は、彼女見る。


そこには学校では、見れない彼女の姿があった。

浴衣姿というものは、見慣れないから余計に可愛く思える。

入学当時からだいぶ髪が伸びていたのも気がつかなかった。

そして、アップにセットされた髪の毛にこんなに男心をくすぐるものとは思わなかった。


花火の光に照らされた彼女の顔を見ていると色々な事に気がつく。

長いまつ毛やくりっとした目、今まで彼女をしっかり見ていなかったのかもしれないと思うくらい、僕は彼女に見惚れていた。


「顔になにかついてる?」


「いや。 なんでも、、、、、、、、可愛いなって思って、、」


「ふふっ。素直でよろしい!」


そうやってからかいながら、彼女は今日一番の笑顔を僕にくれた。


「花火、休憩になったね。今のうちにもう少し屋台見に行こうよ」


「うん。そうだねー」


他の地域の花火は分からないけど、ここの花火は、良く休憩が挟まれる。理由は、煙があって花火が見えなくなるのを防ぐ為らしいけど、たぶん休みなく打ち上げると、すぐ終わってしまうんだと僕は思っている。



川沿いの屋台を見るために、河原に続く坂道を歩いて下りていく。

下駄を履いた彼女は、歩き難かったみたいでよろよろ不安定に歩いていた。


手をつなごうかと思ったけど、怖気づいてしまう。


たぶん、彼女は受け入れてくれる気はしたけど、恥ずかしさが勝って、手を出せない自分に腹がたち、また情けなくなる。


「あっ!」


彼女は砂利に足をとられ態勢を崩し、とっさに、彼女の前に入る。

気がつくと、向き合い、抱き合う形になっていた。


「あっ!ゴメン」

「いや、こっちこそありがとう」


僕は、離れようとするけど、彼女が腕を後ろに回す。




「このまま、、もうちょっとだけ、、、」




その言葉を、聞くと自然に僕は、彼女を抱きしめていた。


そんな時間が永遠に続くわけも無く、「他でやれよ」そんな声がどこからか聞こえて来て、自然に離れる事になる。




「どうしよっか?」

少し戸惑いながら、僕は彼女に問いかける。


「少し暑くなっちゃったし、かき氷食べる?」


「うん!良いねー」


笑顔の彼女を見て、また、胸がザワメキたつ。




〈ヒューーーー  パーン〉



「花火始まっちゃった。急ごう!」

「うん」

僕たちは、急いでかき氷の屋台を見つけ向かう。


「なんの味が良い?」


「じゃ、ブルーハワイとかどう?」

「良いね!練乳は?」

「もちろん、かける!」


「おじさん。ブルーハワイ1つ頂だい。練乳もかけて」

「お待ちどうさん」

「ありがとう」とまた、ハモり笑いがこみ上げてくる。


かき氷を受け取り、さっき居た場所まで戻るが、そこには他の人達が居て、僕たちは他の場所を探しながら空を見上げる。


そうこうしている間に、花火がラストに近づいていくのが分かる。



「あそこはどうかな?」

少し陰に入った所だったけど、人は少なかった。


「良いところがあいてて良かったー」


「そうだね。こんな所が穴場って言うのかなぁ」


僕たちは、かき氷を食べようとした時に初めて気がついた。スプーンがひとつしかない事に。




「どうしよう、、、」




「間接チューになっちゃうね。私は良いよ。」

そう言いながら、彼女は、僕からかき氷を取り上げて。食べ始める。


「冷たい。暑い時はやっぱりコレだね!」

彼女は、ニヤニヤしながらコッチを向く。


「食べるでしょ?」

「うん。食べるけど、、、」

「じゃ、私が食べさせてあげる」

「自分で食べれるよ」

「恥ずかしいなら、目をつぶったら良いじゃん」

「そういう事じゃなくてぇ」

「いいから! ほら早く目をとじて!!」

僕は、ブツブツ言いながら彼女に従う。こんな時の彼女は結構しつこい。だから僕は、いつも渋々言う事を聞く形になる。








《⁉》







あれだけ心臓の奥まで響いていた、花火の音が聞こえなくなり、冷たい感触と共に柔らかい感触を感じ、目を開けるとそこには、彼女の顔があった。


「良いよって、言ったでしょ。でも、間接じゃないチューしちゃったね。 ふふふ。」


  




「一緒に食べようよ」


啞然に取られる僕をよそに、彼女はパクパクかき氷を口に放り込む。


「あ、イタたた。かき氷を食べすぎると痛くなるコレって何なんだろう。でも、コレがあるから食べてるって感じするよねー」





〈 ドン! ドン! ドンドン! ドンドンドン! 〉


夜空のキャンパスに満開の花が咲き誇る。


小さい花火大会ながら、ラストは見ごたえがあると思うと同時に、少しさみしさがこみ上がる。



遠くで、終了のアナウンスが流れている。


「終わっちゃったー。ねぇ、もう少しここに居ない?」


立ち上がろうとした僕の手を強く握り手を引く彼女。



「うん。良いよ」


「ありがとぉ。今日、どうだったぁ?楽しかった?  私はね、凄く楽しかったよぉ」


そう言いながら、笑顔でこちらを見てくる彼女。


可愛いなぁ。やっぱり、僕は彼女が好きなんだなって思う。

 

「うん。僕も楽しかったよ」


「ホントに~?」


「ホントだって。初めは緊張してたけどね」


「知ってる。チョー顔怖かったもん」


「ホントに?」


「うそ!」


「え!?」


「嘘だよ。というか私も緊張してたからあんまり顔を見れなかったのが本音かなぁ」


「あ、、、のさ。  、、 たち、、」


「なに? 聞こえないよー」


ブーーブーー


「あっ!ちょっと待って。スマホが鳴ってる。誰からだろう、、、」


彼女は、鞄からスマホを取り出して顔が青ざめる。


「ヤバい! お父さんからだ、、、」


電話に出ようか迷ったのか少し経ってから電話にでると


『いつになったら帰ってくるんだ!』そんな声が、離れた所まで聞こえて来る。


「お父さんが帰って来いってさぁ。近くまで迎えに来てるんだって。めっちゃ怒ってた、、、」


寂しそうに言いながら、彼女は立ち上がる。


「夏休みも始まったばっかりだし、また遊ぼーよ。ねっ!」


「うん。今度はなにしよっか?」


「そうだね~ 遊園地とかはどう?」


「うん。良いね。でも、僕は、絶叫系無理だからね」


その後、彼女の顔を見て、そう言ってしまった事を後悔したのは言うまでもない。


「じゃ、またね。 怖がる姿、楽しみにしてるよー」



彼女は、人ごみの中に父親を見つけ、名残惜しそうにつないだ手をほどき、小走りに去っていった。


僕は、彼女の温もりが冷めないように、ポケットの中に手を突っ込む。


好きと言えなかった不甲斐なさと、今日の事を思い出して幸せを感じながら帰る。


たったひとこと、『君が好きだ。』そう言うだけで世界が変わるかもしれないのに。

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