第18話 三人目の相談者『花城乃亜』2

 そして、花城先輩に「見ててください」と目で合図すると、なんか寸劇みたいなものを始めた。


「先輩、ヘアピン落としちゃったんですけど、見つからなくて、探すの手伝ってもらえませんか?」


 異常に演技が上手い鷺ノ宮。全く違和感がないし、すごく楽しそうだ。でもその割にセリフがおかしい。お前、ヘアピンなんてしてねーだろ。別にいいけど。


 俺もできる限り自然に言ってみる。


「……おう。い、いいけど」


 全然だめだった。めっちゃたどたどしくなった。


 鷺ノ宮が一瞬だけ、生暖かい視線を向けてくる。おいやめろ、その憐れむような目はやめてくれ。なんか惨めに感じる。


 しかし鷺ノ宮はすぐに切り替え、


「ありがとうございます!」


 と言うと、床に屈んでヘアピンを探す仕草をし始めた。なので、俺も同じような体勢になって探すフリをする。


「あ、すいません!」


 ふと、鷺ノ宮が足を滑らせたフリをして、俺を背後から押してきた。突然だったので体勢を整えられなかった俺は、床にうつむきで寝転がった状態になった。


「いってぇ……」


 鷺ノ宮はどうせ俺の上に覆い被さってきてるんだろうな……と思ったが、重量を感じないのでそれはないようだった。


 そんなことを考えながら、取り敢えず顔をあげると……目の前に、パンツ丸見えの鷺ノ宮がいた。


 普通にしゃがんでいるだけなのだが、それだけでスカートを履いてる女子はパンツが十分見える。


 その光景が予想外で、俺の心が揺れかける。


 鷺ノ宮は、したり顔でわざとらしく言った。


「先輩、大丈夫ですかー?」

「やるな鷺ノ宮……」

「でしょ?」


 そして寸劇は終わり、鷺ノ宮はゆっくりと花城先輩のいる長机の方へ戻っていった。


 ……ったく、鷺ノ宮、あいつマジで可愛いからやめろって。パンツまで俺が選んだブラとお揃いのやつにしやがって。


 フリルとハーノのジュエリーのピンクのショーツ。ブラを買う時に一緒に買ってたやつだ。


 鷺ノ宮がしたり顔を浮かべたのは、ラッキースケベが成功したことなんかじゃなく、あのパンツを履いていることを俺に示せたからだろう。


 やっぱりこのままだと、負けた気がして仕方がない。


 しかし、鷺ノ宮はすでに花城先輩と会話を始めている。


「こんな感じのがラッキースケベです」

「なるほどね……」


 素直に感動する花城先輩。


「そしてここで、大人なパンツを履いておけば、ギャップ感を出せます! それにこれなら、相手も絶対忘れませんし、嫌でも意識するようになります!」

「すごい! すごいわ鷺ノ宮ちゃん!」

「いえいえ! ……あれ、先輩もういいですよ?」


 俺がずっと寝転んでいると、鷺ノ宮がどこか急かすように声をかけてきた。


「ああ、分かってるよ」


 言いながら立ち上がり、鷺ノ宮の隣の席へ戻る。


 今ここで、またあの新技を言ってやろうか……と企んでいると、先に鷺ノ宮のはうから近づいてきて、俺の耳元で少し寂しそうに呟いた。


「今日は『可愛い』って、言ってくれないんですか……?」


 ――ホントやめろ、可愛すぎるんだよ、お前。


 ***


 翌日の放課顔、俺と鷺ノ宮は三階の音楽室の扉の窓からこっそりと中の様子を見ていた。


 今日は吹奏楽部の活動日なのだ。そして、花城先輩がギャップ萌えを狙ったラッキースケベ作戦を実行する日。


 この作戦に必要なのは大人なパンツだけであり、花城先輩がすでに一枚、大人なパンツを持っていたので、早速実行となった。


 マジで、買いに行くことにならなくて良かった……


「あ、井上先輩だ」


 鷺ノ宮が呟いた。俺も彼女の目線の先を追ってみると、暗髪ショートボブの女子生徒が。間違いなく井上可憐だ。トランペットの練習をしている。


 吹奏楽部だとは知らなかった。


 彼女がヤンデレ化して狂っていることを知っているから、楽器の練習をしているだけなのに一瞬、寒気を感じてしまった。と言っても、全部俺たちのせいなのだが。


「あのトランペットで、岩野に何をするんだろうなぁ……」


 つい、思ったままのことを口にしてしまった。


「どういうことですか?」


 横から鷺ノ宮が、興味なさそうに尋ねてくる。大して気にしていないが、取り敢えず聞いてみたという感じだ。


「あ、いや、何でもない。本当に」

「そうですか……あっ!」


 鷺ノ宮が小さく指さした。見てみると、花城先輩が、真面目そうな黒髪の男子生徒に近づいて行っている。


 あいつが葉川祐二だろう。身長が高い上、一年生とは思えないほど落ち着いた雰囲気を醸し出している。


 そんな二人を見ていると、「学年逆じゃない!?」と思ってしまった。


「ごめん、葉川君。ヘアピン探すの手伝ってくれないかしら?」


 花城先輩が話しかけた。あんたもヘアピンなんて付けてねぇだろ……

 すると葉川は、快く答えた。


「分かりました! どんなやつですか?」

「え、えーと、黒いやつよ!」


 慌てる花城先輩。色を聞かれると思っていなかったのだろう。黒のヘアピンってあの細くて実用的なやつのことか?


 花城先輩が屈んでヘアピンを探すフリを始める。


 葉川もそれに続いた。


「う〜ん、見当たりませんねー」


 当たり前だ。落ちてないんだから。


 それでも探し続ける葉川に目掛けて、花城先輩が意図的に足を滑らせる。


「あっ、ごめん葉川君!」

「おっと……」


 作戦通り、葉川が押されて床にうつ伏せになる。

 その彼の頭上に、


「ごめん、大丈夫かしら!?」


 と、花城先輩がかなり自然な感じで言ってしゃがむ。


 完璧だ。作戦通り。


 ……そう、俺も鷺ノ宮も安心しきっていたのだが、その直後、予想外のことが起きた。


「鷺ノ宮、今の見たか……?」

「……はい」


 顔を上げ、花城先輩の大人なパンツを見た葉川がショックを受けたような表情をして、小さくため息を吐いたのだ。


 これはまさか……俺たちは一つ、勘違いをしていたようだ。


 花城先輩は葉川の反応に気づいていないよう。


 鷺ノ宮も俺と同じことを考えたのか、扉の窓から離れると、手招きしてきた。


「作戦、立て直さなきゃですね」

「そうだな……」


 俺も鷺ノ宮と部室へ戻ろうとすると、背後から扉の開く音がした。


「ちょっと待ってっ」


 振り向くと、井上が立っていた。現在は普通の女の子にしか感じられない。


「ちょっと二人に、伝えておきたいことがあるの」


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