第16話 吉沢先生の本性

「……ん?」


 よく見ると写真の彼女の隣には小さく、「ヤリナミマン」と書かれていた。


 そこで俺は確信した。


「その人、絶対吉沢先生だわ」

「なんでですか?」

「あの人のフルネーム、『吉沢ナミ』だから」

「なるほど……」


 鷺ノ宮は苦笑いにも似た、何とも言えない表情をしている。確かに知人の意外な過去を知った時はそういう反応になる。


 だが、対して俺は別に驚きを感じなかった。


 なぜなら、多くの生徒から「クールな先生」というイメージを持たれている吉沢先生が、この恋愛コンサルティング部の顧問だと知った四月の時点ですでに十分驚いたからだ。


 それにあの人には何かあるんじゃないかとも、うっすらと感じていた。


「ヤリナミマン……、ウケるっ、ヤリナミマン……マジで天才っ」


 鷺ノ宮が、肩を揺らして笑っていた。


 俺も、ヤリナミマンは素晴らしいあだ名だと思う。是非とも考えた奴を知りたい。


「えっ? ちょ、先輩見てください!」

「今度はなんだ?」


 急に真剣は表情になった鷺ノ宮。俺はどうせくだらないことだろうと思って目をやる。


 三人が写っている写真の上。


 そこには、「恋愛コンサルティング部設立メンバー」と書いてあった。


「この部活、吉沢先生が作ったんだな……」

「……ですね」


 正確には、作った内の一人、だが。


 俺たちは吉沢先生が、なぜこの部活の顧問なのかを理解した。


 あまり見てはいけないものを見てしまったような感覚に陥っていると、突然、ノックがされずに部室のドアが開く。


 現れたのは、噂をすればなんとやら、ヤリナミマ……吉沢先生だった。

 

 俺と鷺ノ宮は何となく、アルバムや缶の箱を長机の上から降ろして隠す。


 しかし、先生には怪しまれてしまった。


「今、何か隠した?」

「「いえ、何も!」」

「そう、まぁいいわ」


 俺たちが雑に誤魔化すと、先生は興味なさそうに納得して、いつも相談者が座る俺たちの向かいの席に座って来た。


「どうかしたんですか?」


 聞くと吉沢先生は、普段と違って優しげに言う……鷺ノ宮に対しては。


「二件も相談に応えられたそうじゃない。おめでと」

「……どうも」

「ありがとうございます!」 

「……やっぱり、私の目に狂いはなかったわ」


 俺と鷺ノ宮の返事に、先生が小声でよく分からないことを呟いた。

 鷺ノ宮が尋ねる。


「どういう意味ですか?」

「そのままの意味。二人を部員に選んだの私だから」

「マジすか!?」


 あまりにも自然な流れで衝撃の事実が飛び込んできた。


 俺は驚いているが、鷺ノ宮は先生に「いい仕事をした」と言わんばかりの上から目線な表情を浮かべて、うんうんと頷いている。お前はどんな立ち位置なんだよ。


 それはさておき、先生は部員を「選んだ」と言った。


 ということはつまり……


「恋愛実力テストって、重要なのは得点じゃなくて答案内容ってことですか?」

「そうよ」

「じゃあ尚更、なんで俺たちを選んだんですか……」


 俺たちはろくな解答をしてないはずだ。

 吉沢先生が、ちょっと悪そうな笑みを浮かべる。


「教科書通りの解説をするだけの先生と、ユニークな教え方をする先生、どちらが好き?」

「そういうことですか……」


 俺はラブコメ的回答、鷺ノ宮はヤンデレ的回答がユニークに思われて買われたというわけか。


 だが、今更こんなことを知ったところで何かが変わるわけではない。「敢えてまともな解答をしておけば良かった」とかはもう思わないし、ただ事実に驚いて、それで終わりだ。


 どうやら鷺ノ宮も、同じことを思っていたよう。


「それで結局、先生は何しに来たんですか?」


 すると吉沢先生は、はたと俯いて少し照れ臭そうに言った。


「え、だから……、顧問として二人の成果を褒めに来ただけだけど?」 


 それは普段の吉沢先生とは、かけ離れて、可愛らしいしぐさだった。


 俺と鷺ノ宮は、顔を見合わせて頬がゆるむ。ちょっと、なんかいい人な気がしてきちゃったよ、この人……。できれば俺にも優しく接して欲しいですけど。


 もしかしたら、自分たちが作った部活のことを実は気にかけていて、現在の部員である俺たちが順調にやっているから素直に褒めたくなったのかもしれない。


 そんなことを一瞬でも思ってしまったものだから、つい口が滑ってしまった。


「実はいい人なんですね、ヤリナミマンって」

「っ!」


 吉沢先生が固まった。


 鷺ノ宮は、呆れたようにこめかみをおさえている。


 先生がおそるおそる尋ねてきた。随分と動揺しているようで、冷や汗を流している。


「……それ、どこで知った?」

「えっとですね……」

「先輩が責任を持って説明してください」


 鷺ノ宮がジト目で見つめてくる。そうだな、今回は俺の責任だ。

 雑に床に置いたままになっていた缶の箱とアルバムを、長机の上に戻す。


「これを見てしまいまして……」

「……あぁ、そういうことね」


 吉沢先生は特に動揺することもなく、諦めたようにため息を吐くと、長机の上に突っ伏した。


「もうあなたたちには隠しても無駄ね。そうよ……、私がヤリナミマンよ」

「なんで今まで隠してたんですか?」


 恋愛コンサルティング部の俺たちにくらい、教えてくれても良かったはずだ。


「とにかく、学校では本性を隠していたかったのよ」

「本性? ビッチってことですか?」


 鷺ノ宮が躊躇なく質問した。

 先生は投げやりになるように語る。


「そうよ……、その通りよ! 私は生まれた時から性欲の塊なの!」


 言ってることがぶっ飛び過ぎてて、むしろ清々しい。 


「……そ、そうなんすか。ってことは今でも?」

「もちろんっ! 学校ではいつもこんなだけど、夜はホストクラブ通ったりセフレと遊びまくる毎日よ! そうやって発散しないと、性欲に押しつぶされて狂っちゃいそうになるの……」

「……確かにそれは、学校では言えませんね」


 言ったら言ったで、ある意味人気者になれそうな気もするが。

 突然、吉沢先生が俺に上目遣いを向けてきた。


「だから、私が狂っちゃったら川石君のこと、食べちゃうかもしれな……」


 そこで、先生は言葉を切った。鷺ノ宮がの目から、光が消えかけたことに気づいたからだ。


「先生でも、容赦しませんよ?」


 鷺ノ宮の怖い笑顔が、先生に向けられる。最強のヤンデレVS最強のビッチの戦いは見てみたいが、ここで起こって欲しくはない。


「ふーんなるほどねぇ……」


 対して吉沢先生は鷺ノ宮の圧なんて一切気にせず、それどころか面白そうにニヤリと笑った。


 そして、今度は俺を観察するように見つめてくる。

 だが今度は、つまらなそうな顔をした。


「なーんだ。面白くない」


 俺はその一言で、この人が本当に恋愛に精通している人なのだと確信した。

 全てを見透かされているんだと理解し、鳥肌が立つ。


「さて、もう戻るわ。私たちが作ったこの部活、これからもよろしくね」


 吉沢先生が立ち上がり、優しく言った……今度は俺に対しても。やったぜ!


 そして、俺たちにビシッと指を差してくる。


「あ、絶対に私の秘密は言いふらすんじゃないわよ! ……絶対によ!」

「そんな風に言われたら、逆に言いふらして欲しいみたいに感じるんですが」

「バカ言わないの! 誰かに言ったら容赦しないから」 


 そんなことを言いつつ、吉沢先生は楽しそうだ。なーんだ。本当は、性欲を一生懸命抑えてる、部員思いのいい先生なんじゃないか……どんな先生だよ。


「はーい」

「大丈夫です!」


 俺と鷺ノ宮の返事を満足げに受け止めると、


「じゃあね」


 と言って、ヤリナミマンは部室を出て行った。


 俺はまだ中身をちゃんと読んでいない恋愛マニュアルのノートを缶の箱に戻すと、用具入れの方に体を向ける。


「……先輩、読まなくていいんですか?」


 後ろから鷺ノ宮が、俺のブレザーの裾を弱々しく掴んできた。


「いいんだよ」


 俺が触れると、彼女の手は簡単に離れる。


 鷺ノ宮が本心を言っていないということは、その無理して平静を装っている様子を見ればすぐに分かる。


「先生には悪いが、俺たちにはこんなもの必要ないだろ。俺たちには俺たちのやり方があるし、それこそ、こんな教科書通りのやり方は楽しくない」

「……はい!」


 少し目をうるっとさせながら大きく頷く鷺ノ宮。彼女は自分のアドバイスで相談者を手助けすることに、楽しさとか喜びを感じているはず。


 もちろん、俺も今のスタンスに不満はない。


 だから、こんなものは必要ないのだ。


 それがどれだけ、正しい恋愛の知識だとしても。


 だって今の恋愛コンサルティング部は、ヤンデレが教える恋愛相談室なのだから。


***


 吉沢先生が去ってからもう三十分くらい経っただろうか。俺たちは当然のように、今度こそ二人王様ゲームを始めようとしていた。


 そんな時、先程とは違ってちゃんと部室のドアがノックされた。ということは先生ではないだろうから、相談者か。


「良かったな、鷺ノ宮」

「はい! 別に、二人王様ゲームでも良かったですけど……」


 そんなことを言いつつ、随分と嬉しそうだ。

 そのままの勢いで、鷺ノ宮が合図する。


「どうぞ!」

「失礼するわ」


 緊張感ゼロでそう言って入ってきたのは、かなり低い身長、長い茶髪そして童顔の女子生徒。


 俺は真っ先に小声で、鷺ノ宮に耳打ちする。


「初めての一年生だな」

「そうですね。でも、私と同じクラスの生徒ではないです」

「ふ〜ん」


 どうでもいい話をしていると、相談者が向かいの椅子の前にやってきた。座っていいか迷っている様子だったので、鷺ノ宮が声をかける。


「あの、どうぞ座ってください」

「あ、そう。失礼するわ」


 相談者がちょこんと椅子に座る。正直、小学生と言われても疑わないほど「ロリ」って言葉が似合う容姿だ。


「私、花城乃亜はなしろのあ。三年生。告白の手伝いをしてもらいたくて来たの」


 相談者、花城先輩が軽快な口調で自己紹介した。

 俺と鷺ノ宮は、もちろん即座に問う。


「「今、三年生って言いました?」」

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