第15話 二人目の相談者『斎藤美奈子』7

 一生懸命すぎるところとドジっぽさは健在で、相談にきた時と変わっていないようにも見えるが、そんなことはない。ちゃんと頭の中は鷺ノ宮に洗脳されている。


「笹田君〜っ!」

「斉藤? なんでこんな時間に?」


 斉藤に気づいた笹田が、問う。この時間に彼女がいるのは不自然だ。


「別に、ちょっと用事があっただけ!」

「そうか」

「笹田君は、相変わらず練習してたの?」

「ああ。試合前だからこそ、ウォーミングアップをしておこうと思ってな」


 鷺ノ宮の教えられたセリフを自然な感じに読み上げる斉藤。そんなことを知る由もない笹田は、ただただ彼女と普通に会話している。


 そして、次にとる行動も鷺ノ宮に教えられたもの。


「本当、毎日偉いね、笹田君は」


 そう言って、斉藤は笹田の前でしゃがんで、手を前につく。鷺ノ宮が俺にやってきたのと同じことだ。


 当然、服装も同じ。


 笹田は見て見ぬフリをしているのか、単に気にしていないだけなのかは知らんが斉藤は現在、ブレザーを着ていないのはもちろん、ブラウスのリボンタイと、第三ボタンまでが外されている。


 だから今、笹田には見えているのだ。斉藤のブラと谷間が。


「ちょ、急にどうした……?」


 笹田はなんとか視線をすぐ目の前の斉藤の顔に向けようと努力している。なかなか紳士なやつだ。まぁ、この場合は見てくれた方が都合がいいのだが。


 斉藤が甘やかすように囁く。


「笹田君は偉い、すごいよ。誰に認めてもらうためでもなく、一生懸命サッカーに熱中して」

「いや、これは俺の性分で……」

「それでもだよ。そんな笹田君のことあたし、好きなんだ」

「……好きって、どういう意味でだ?」


 笹田が戸惑いつつも尋ねる。


「もちろん、性的な意味でっ」


 そう蠱惑的に言うと、斉藤は両手を広げた。


「いいんだよ、おいで、笹田君。今までよく頑張ってきたね。私は今もこれからもずっと笹田君の味方」


 すると、笹田の目元が滲み出した。


「本当……か?」

「もちろんっ!」


 斉藤が笑顔で言うと突然、笹田は勢いよく斉藤の巨乳に飛び込んだ。背後に手を回し、無邪気に抱きついている。


「斉藤……、ありがとう……!」

「これからは、いつでもいっぱい甘えていいからねっ」


 我が子を慈しむように斉藤が、笹田を上から包み込んだ。

 彼女はその直後、欲望丸出しの狂気に満ちた表情で、


「……これで、笹田君はあたしのもの! 絶対に誰にも渡さない。どこに監禁しようかなぁ……」


 と小声で呟いていたが、気にしないでおく。


「これで二件目も終わりましたね!」


 嬉しそうに鷺ノ宮が、手を突き出してきた。ハイタッチというやつだろうか。それは人生初だからやってみよう。


 勢いよく手を鷺ノ宮の手に重ねてみる。彼女の手は、思っていた以上に小さかった。


「そうだな。お疲れ!」

「先輩もです!」

「ありがとな」


 小声でそんな会話をしつつ、俺たちは部室へ戻る。


 なんやかんや、今回も上手くいって良かった。


 笹田は明らかに、褒められたことによって落ちた。


 鷺ノ宮と同じで褒められることに慣れていなかったのかもしれない。


 おそらく小学校の時に天才プレーヤーが現れてから、ずっと一人で頑張ってきたのだろうから、当然と言える。


 まぁ彼は決して、誰かに褒められたり、称賛されるために頑張っていたわけではないだろうが。


 それはさておき、気づけば俺は斉藤の告白を成功させるために、鷺ノ宮とこの部活動に熱中していた。 


 ずっと前に、熱中することの意味を見失っていたはずなのに。


 恋愛コンサルティング部は、何かに熱中している人を手助けすることに熱中する部活なのかもしれない。


 なかなかいい部活だと、一瞬だけ思った。


 ちなみにこの日の夕方、本日のサッカーの試合のMVPが笹田だったという報告が斉藤から、鷺ノ宮経由で来た。

 

 ***


 翌日、月曜日。


 放課後、夕日が差し込む部室では、仕事が無くなった俺たちがまた、二人王様ゲームを始めようとしていた。


 どこからともなく運動部や吹奏楽部の活動に熱中している生徒たちが放つ効果音が聞こえてきているが、自然と今日は気にならない。


 俺が二本しか入っいないくじをぼーっと眺めていると、鷺ノ宮が立ち上がった。


「先輩、王様ゲームの前にちょっといいですか?」

「ん?」

「これ、なんだと思います?」


 そう言って長机の上に、缶でできた大きな箱を出してきた。かなり埃が被っている。


「え、なにこれ……。ってか、こんなものどこにあったんだ?」

「掃除用具入れの中です」


 鷺ノ宮が、部室の端っこを指差す。


 確かにこの部室には、掃除用具入れがあるが、四月から一度も使っていない。というか、もう長年開けられていないんじゃないだろうか。


 以前見た時は、取っ手の部分も埃が溜まっていた。


 まぁ、それも当然だろう。部室の掃除なんて、普通はしないものだから。


 では、なぜ鷺ノ宮は……


「なんであんなところ開けたんだ?」

「たまたまです」

「ふ〜ん」


 鷺ノ宮は何となしに答えた。本当に、特に理由があるようには見えない。俺を監禁するためかと思っちまったぜ。


 で、一体何だろうか、この謎の箱は。


 言うまでもなく、随分と開けられていないように見える。


「ちょっと、開けてみるか」

「そうですね!」


 あまり進んで触りたいとは思わないが、我慢してふたに手を掛ける。


「よいしょっと!」


 もわっと埃が舞う。箱は、少し力を加えたら簡単に開いた。もちろん手は埃まみれになったのですぐに洗いに行って来る。


 中はあまり汚れておらず、色々なメモ用紙と、一冊の大学ノートが入っている。


 真っ先にノートが気になった俺と鷺ノ宮は、ゆっくりと取り出す。


 表紙には、こう大きく書かれていた。


「「ヤリナミマン、ビッチかな、花魁蘭の恋愛マニュアル……?」」


 謎すぎて、俺と鷺ノ宮は顔を見合わせて首を傾げる。


「何でしょうか?」

「マジで分からん……」


 取り敢えずパラパラとページをめくってみる。古い紙特有の枯葉のような匂いが漂ってきた。


 途中までめくってみて気づいたのだが、この本はタイトルの通り、「恋愛マニュアル」だった。「人柄に惹かれる人を好きになるべし」とか、「告白では相手の内面のいいところを褒めるべし」など、色々と書かれている。


 誰がこんなものを作って、用具入れの中に入れたのかは分からない。でもこれは、確実に過去の恋愛コンサルティング部の誰かが作ったものだろう。


「これに最初から気づいていれば、もっと楽でき……」


 それとなく思ったことを、鷺ノ宮に言ってみようとした。


 だが、彼女が悲しそうな表情を見せたので慌ててやめる。


「な、なんでもない。それより、これを作った人の顔が見てみたいよな」


 話の逸らし方は雑だったが、鷺ノ宮の顔から曇りが消えた。


「そうですね。この『ヤリナミマン、ビッチかな、花魁蘭』って、どんな人なんでしょうか……?」

「最後まで見てみるか」

「はい!」


 俺は手早く最後のページまでめくってみた。

 すると、


「写真、ですね」

「すげぇな……」


 最後のページには、一枚の写真が貼ってあった。三人の女子高生が並んで写っている。それだけ聞くと、普通の写真に聞こえるが、全然違う。


 女子高生たちが、全然普通じゃないのだ。


 大きく開けられた胸元に短すぎるスカート、見るからにビッチの集団。メイクは一昔前の印象を受ける。制服はもちろん、今のものと同じだ。


 鷺ノ宮が、その内の一人を指さした。


「先輩、この人って……」

「ああ、やっぱり鷺ノ宮もそう思うか? 俺も薄々感じてたんだが……」


 一番右に写っている、黒髪ロングの生徒。最初に見た時から思っていたのだが、どう見てみても我らが部活の顧問、吉沢先生なのだ。

 

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