第14話 二人目の相談者『斎藤美奈子』6


 ***


 翌日の五月五日、月曜日。


 俺たちは、当然のように部室にいた。


 鷺ノ宮が、斉藤と何か話している。


「そういえば、告白の予定日は笹田先輩、試合の日なんでしたよね?」

「はい! でも試合前か後、どちらにした方がいいか分からないんです……」

「それは絶対試合前です!」


 きっぱりと鷺ノ宮が答えた。


「どうしてですか?」

「試合前の方が、性欲が強まっているからです!」

「それ、一流アスリートの話だぞ」


 水をさすようだが、一応伝えておく。


 なんかスポーツ選手は筋肉量などの関係で、闘争心とか性欲を高める男性ホルモンが多く分泌されるという話を聞いたことがある。


 そしてそれは確かに、試合前の戦闘態勢になる時に値が上がっていくらしいが、果たしてそれは、笹田にも関係あるのだろうか……


「いいんですっ、少しでも性欲が強い時だったらそれで!」


 口をとがらす鷺ノ宮。初めて見る表情だ。

 しかしすぐに持ち直して、また斉藤と話しだす。


「ということで、告白は今週日曜の朝ですね! でも、どのタイミングで実行しましょうか……?」

「あ、当日は学校に集合してから、バスで会場に向かうんです。だから笹田君のことだから多分、早めに学校にきて自主練してると思います」

「なるほど……分かりました!」


 突然、鷺ノ宮が席を立った。

 そして、元気よく言い放つ。


「今から、告白の際のお手本を見せてあげますっ!」

「ありがとうございます!」

「じゃあ先輩、協力してください」


 鷺ノ宮が俺のブレザーの肩口をくいくいと引っ張ってきた。

 座ってるだけで退屈していたのでちょうどいい。


「別にいいが、何をすればいいんだ?」


 聞くと、鷺ノ宮がびしっと床を指さした。部室の中央辺り。土下座をしろということだろうか。


「そこで、しゃがんでもらえますか?」

「分かった」


 土下座ではなかった。


 取り敢えず指定位置で、崩しまくっただらしない体育座りをする。


 対して鷺ノ宮は、ブレザーを脱ぎ、首元のリボンタイを外すと、ブラザーのボタンを上から三つ外した。


「お、おい、何してんだよ……?」

「何って、だからお手本を見せるだけですよ」


 幸せそうな顔で、鷺ノ宮が答えた。


 俺はやっと気づいた。鷺ノ宮の言っている「お手本」が、告白の「お手本」ではなくて「色仕掛け」の「お手本」だということに。


 気づいた時にはもう遅い。斉藤が必死に学ぼうと、俺たちに注目してきているのだ。今さら中断できそうにない。


 鷺ノ宮は座っている俺の目の前まで歩いてきて、急にしゃがむ。


 そのまま、両手を床につき、前屈みになった。


 すると鷺ノ宮の顔が少し近づき、そのすぐ下で、ブラに支えられている柔らかそうで大きな谷間があらわになる。


 彼女は甘い声で呟いた。吐息がかかってくる。


「大好きですよ。先輩っ」

「……」


 つい、言葉を失ってしまった。


 俺は確信した。これは効くぞ、絶対に笹田にも有効だぞ、と。


 だが俺は、ここで終わりにしたくない。このままだと。鷺ノ宮に負けた気がする。現に彼女は、少し勝ち誇ったような笑みを浮かべている。


 なので、仕返しに昨日習得した新しい技を使うことにした。


 目の前の鷺ノ宮の頭を撫でながら、優しく言う。


「鷺ノ宮、可愛いぞっ」

「っ! ……先輩! ……ほんと先輩、ばーか」


 そんなことを小声で呟きながら、即座に鷺ノ宮は俺から顔を背けた。


 そして立ち上がり、とても軽やかな足取りで斉藤の方へ戻って行った。やけに笑顔で、斉藤の質問に答えたり、コツをレクチャーしたりしている。


 やはり使えるぞ、この新しい技は。


 俺が鷺ノ宮の頭を撫でたのには理由がある。むしろ、理由がなければ、俺は鷺ノ宮の頭を撫でないだろう。


 それは鷺ノ宮が、昨日俺が選んだブラを付けていたからだ。フリルとハート形のジュエリーの付いたピンクのブラ。


 悔しいが、そのことに俺は少し嬉しくなってしまった。翌日から早速、健気に付けてきてくれたことに喜びを感じてしまったのだ。


 あくまでも俺は選んだだけで、買ったのはもちろん鷺ノ宮なのに。


 俺は誰にも聞こえないように小さく独り言を言いつつ、立ち上がる。


「本当に可愛くてどうするんだよ……」


 そして席へ戻った。


 二人は、相変わらず熱心に作戦でも立てている。


 週末までは、こんな日々が続くのだろう。


 悪くない時間だと思った。

 

***


 五月十一日、日曜日。ついに斉藤が告白する日だ。


 俺の予想した通り、今日に至るまでの数日間は、ただただ斉藤が鷺ノ宮の指導を受けて、どんどん思考が狂っていくという日々だった。


 現在朝の六時半。窓から校庭を見れば、笹田が自主練をしている。


 別に今日は時間外労働をしなくても良かったのだが、前回の井上の時と同様、どうにも気になってしまったのだ。


 笹田が、休憩のためかグラウンドを出て、水道の方へと向かった。


「今です!」


 鷺ノ宮が宣言する。


 それに対し俺と斉藤は大きく頷き、彼女に続いて俺たちも水道の方へと向かう。


 校舎内は日曜の朝から活動している部活や、笹田のように自分から登校してきている生徒以外の姿は見受けられず、非常に静寂としている。


 同じ静寂でも、夕日の暖かさがある放課後の静けさとは違い、少し硬い印象を受けるため、緊張感に襲われてくる。


 一階に着き、校舎を出てからは足音を立てないように進んだ。


 次の角を曲がれば水道だ。


 成り行きで一番先頭を歩いていた俺が、角から少し顔を覗かせると、校舎と地面との小さな段差に腰を下ろした、笹田がいた。


 自主練が終了したのだろう。


 気づくと鷺ノ宮も俺のしたからひょこっと顔を出していた。


 そして、斉藤に告げる。


「今ですよ! 今が最高のチャンスです!」

「……はい!」


 斉藤は気合を入れ直すように答えると、そのまま笹田の前へ出て行った。

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