第13話 二人目の相談者『斎藤美奈子』5
***
その後、鷺ノ宮が選び終わると、俺は四つの候補の中から、フリルとハート形のジュエリーの付いたピンクのブラを選んだ。
理由はまず、鷺ノ宮はおそらくピンクとハートが好きだから。
四月の最初に、俺の下駄箱に入れてきたラブレターもピンクとハートだらけだったし、今日着けていたブラもピンクだった。
そして一番の理由は、それが一番可愛く思えたから。
ある程度は理屈で選んだ方がいいと思うが、彼女が一番に思っていることは「俺に選んで欲しい」ということだろうから、最後の決め手は俺の個人的感想となった。
まぁどっちにしろ、候補として鷺ノ宮が選んできたものだから、おかしなやつではないだろう。
鷺ノ宮も、ショーツと一緒に喜んでレジに向かっていた。
店を出た俺たちは今、フードコートで昼食をとっている。もう昼の十二時だ。
四人掛けテーブルに、俺と鷺ノ宮、向かい側に斉藤が座っているわけだが、俺は正直言うと、斉藤の隣に座りたいと思っている。
先程から鷺ノ宮が、クレープを押し付けてくるのだ。甘いデザート系ではなく、ツナとかが入ってるやつ。
「先輩〜! ちょっとあげますよー!」
「お前、それ思いっきり食いかけのやつだろ」
「いいじゃないですか、先輩が最初にくれたんだし、そのお返しです!」
先程、俺が食べてるラーメンを欲望丸出しの表情で覗いてきていたから、少しあげたのだ。もちろん彼女の「欲望」は食欲ではない。「俺と関節キスしたい」という欲望だ。
それは分かっていたのだが、ずっと覗いてきていて鬱陶しかったのであげた。
そしたらこれである。
「なんで嫌がるんですか! 先輩、私と関節キスしたいでしょ?」
「えぇ……」
一体、なぜそのような思考ができるのだろうか。
鷺ノ宮は、諦めず、クレープを押し付けてくる。
「ったく、少しだけだぞ」
面倒くさかったので俺はあまり鷺ノ宮が口を付けてなさそうなレタスをかじった。
何だか、ただのレタスなのに不思議な感じがする。間接キスとはそういうものか。
これだけじゃ鷺ノ宮は不満を言うと思ったのだが、何故かめっちゃ喜び出した。
「ありがとうございます! 先輩、私がレタス苦手だと分かってて、食べてくれたんですよね?」
「……はい?」
もちろん初耳の情報だ。
鷺ノ宮が、幸せそうに俺のかじった部分を見つめる。
「これで、先輩を感じながらレタスを食べられるので苦手克服ができそうです!」
「そりゃ良かったな……」
そう適当に答えて、ずっと静かな斉藤にふと目を向けててみると、彼女もまた、自分の今飲んでいるタピオカミルクティーを見つめていた。
俺が怪訝な視線で見ていると、それに気づいた斉藤は、俺ではなく鷺ノ宮に向かって話しかけた。徹底して俺と話さないようにしてやがるな。
「これに、睡眠薬とか媚薬を入れるのはどうでしょうか?」
「いいですね! 作戦に加えておきましょう!」
「おい鷺ノ宮、それはダメだろ」
ガチでやりそうだったので止めておく。
「なんでですか?」
「理由は言うまでもないだろ……」
「チッ……」
露骨にがっかりする鷺ノ宮。ってか、斉藤も何考えてんだ……。タピオカミルクティーを見つめながら考える内容じゃないだろ。
「斉藤に何か言ったのか?」
「はい。『色仕掛けするから、それに関連することについて考えといてください』って言いました」
至って平然と、鷺ノ宮は答えた。確かに、別におかしいことは言ってないな。
要するに、斉藤も斉藤だ。どうして催眠薬とか媚薬を思いつくんだ? 人は一生懸命すぎると、思考がおかしくなるのだろうか。
ふと、そんな思考のおかしい疑惑の斉藤が呟いた。
「笹田君だ……」
「「え?」」
俺と鷺ノ宮は、斉藤の視線の先を追ってみる。
少し離れたところにある、一人用のカウンター席。そこには、ジャージ姿の、短髪の男が一人、カレーを食べている。部活終わりのようだ。
俺は、目を疑った。
「蓮じゃん……」
「先輩?」
鷺ノ宮が、不思議そうに俺を見る。
「……俺、あいつのこと知ってる」
そこにいるのは、どう見ても笹田蓮だった。俺は小学五年まで、彼と同じサッカースクールに通っていた。小学校は違ったが、スクール内では仲が良かったのを覚えている。
同じ高校に通っていたことを二年目にして初めて知ったわけだが、それはずっとぼっちを決め込んでいたからだろう。
俺と蓮はスクール内で特に実力があった。しかし五年の途中に、絶対に努力じゃ敵わないプレーヤーが入ってきた。要するに、「天才」ってやつだ。
俺も蓮も、そいつのように上手くなれるよう、今まで以上に努力した。だが、どれだけやっても全く敵わなかった。
おまけに、その「天才」は俺たちのよりもはるかに練習時間が短いことに気づいた。
それでもやっぱり、「天才」は俺たちより圧倒的に上手い。
だから俺は、一生懸命になるのが馬鹿らしくなった。
やらなくていいことはやりたくない。必要最低限のことだけやればいい。
何かに熱中することに意味が見いだせなくなっのだ。
しかし蓮は違った。あいつは、
『俺はやれるところまでやってみる』
とか言って、諦めずに練習を続けていた。
俺はすぐにスクールをやめたので蓮のその後は知らなかったが、今でもサッカー部に入っているということは、あれからずっと続けているのだろう。
斉藤が真剣に語る。蓮に尊敬するような、そしてどこか見守るような、眼差しを向けながら。
「笹田君、やっぱり今日も……。今日、本当は部活ないんです。でも笹田君は部活が無い日でも、必ず自主練をしに行ってるんです。毎回一人で……」
「なんで、笹田先輩はそんなに頑張るんですか?」
鷺ノ宮が素直に疑問をぶつける。
「前に聞いたら、『俺は何か一つでもやれることをあると、それをやらやらずにはいられない性格だから』っ言ってました」
蓮、もうお前すげぇよ……。俺にはそんなことは絶対にできない。したくもない。
「……あたしは、そんな一生懸命な笹田君が大好きなんです!」
斉藤が、そうはっきりと口にした。
それを見て、俺と鷺ノ宮は自然と顔を見合わせて頷く。互いが思っていることは口に出さなくても分かる。
鷺ノ宮が、斉藤に宣言した。まるで、自分自身にも言い聞かせるように。
「私たちに……、まかせて!」
……世間一般的に見れば、諦めずに頑張っている蓮が、正しいとされるのだろう。
だが、諦めた俺は、自分が間違っていたとは思っていない。
やらなきゃいけないことだけやる、というこの生き方も、俺は一つの正解だと思っているし、気に入っている。
だから改めて今、やらなきゃいけないことを確信した俺は行動するのだ。
恋愛コンサルティング部員としてやるやるべき行動。
そう、『「補佐」として、ただ鷺ノ宮の側にいるだけ』という行動を……
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