第12話 二人目の相談者『斎藤美奈子』4

 そんなことを一瞬思い、身の毛がよだったが、意外にもそれは要らぬ心配だった。


「待ってください、川石君は悪くないんです! 実は……」


斉藤が、事情を話し始めたのだ。途中で店員が来たことや、俺がなんとか誤魔化したことについて。


「なんだー、そうだったんですか!」


 斉藤の話が終わると、鷺ノ宮の明るい声が聞こえてきた。危なかった、助かったぜ斉藤。元はと言えば、全部お前が馬鹿正直に黙ってたせいだけどな。


 そしてやっと、二人は下着について話し出した。


 鷺ノ宮のことさらに陽気な声が聞こえてくる。


「では斉藤先輩、そのブラはさっさと外して、私の持ってきた方を着けてみてください」

「分かった! それ、可愛いですね!」

「でしょ? だからさっさとこっちを着けてください」


 カーテン越しでも、謎の圧が伝わってくる。鷺ノ宮はそんなに自分の選んだブラを付けさせたいのだろうか? なんか、違う気がする。


「どうでしょうか?」


 高速で付け替えたのか、すぐに斉藤がそう言った。

 鷺ノ宮が自信を含んだ声音で答える。


「いいと思います!」

「やったー!」

「あ、サイズは大丈夫ですか?」

「はい、丁度いいです!」


 突然、カーテンが少しだけ開かれた。その小さな隙間から鷺ノ宮が顔を出す。


「先輩も判定をお願いします!」

「やっぱりやるのか……」


 そして俺は先程言われた通り、一瞬だけ試着室の中を覗く。


 目の前には、下着姿の斉藤がいた。と言っても下はミニスカートを履いたままなので非常にアンバランスなのだが、それがまた上半身のきめ細かい肌と、存在感を放つ大きな胸を強調している。

 

 五秒くらい見ていると、俺に鷺ノ宮が辛辣な視線を向けてきた。


「……で、先輩、どうですか?」

「あ、ああ、いいと思うぞ。これなら笹田、とかいうやつも落とせるんじゃないか?」

「ありがとうございます先輩。じゃあ、閉めますよ?」


 鷺ノ宮はそう若干不機嫌気味に言うと、勢いよくカーテンを閉めてきた。


 お前が見ろって言ったから見てやったんじゃねぇかよ……。しかもちゃんと、一瞬しか見てねぇし。五秒は一瞬じゃないのだろうか。ってか、一瞬見ただけじゃ判定できなくね?


 そして俺は、慌てて周囲を確認する。有難いことに、誰も俺に視線を向けていなかった。でも、この居心地の悪さは変わらない。


 早く出たいなぁ……。


「ショーツも履いてみて下さい!」

「はい!」


 二人がそんな会話をしている。今から、下も試着してみる模様。衣ずれの音が聞こえ出した。なんか扇情的だ。


 一体、笹田へ告白する時に、どこまで見せるつもりなのだろうか……。度が過ぎると、ただの痴女になってしまう。


 鷺ノ宮が問いかける。


「どうですか?」

「あ、こっちも問題ないです!」

「じゃあ、これにしましょうか」

「はい、ありがとうございます!」


 二人の会話が途切れたと思ったら、また衣ずれの音が聞こえてきた。服を着ているということだろうから、後は会計をするだけだ。


 やっと出れるぜ、超嬉しい! 謎の達成感が湧いてきた。もう、二度と味わいたくない達成感。


 しかし、それはすぐにかき消せれ、絶望へと変わった。


 またカーテンが少し開き、鷺ノ宮が顔を出したのだ。彼女は心底上機嫌に言う。


「じゃあ、先輩、見て下さい!」


 本当にワクワクしていて楽しそうな鷺ノ宮。だが俺は何のことか分からないので、不安感を抱きつつ、聞き返す。


「え、何を?」

「いいから早く!」

「だから何を……」

「いいからっ!」


 鷺ノ宮は笑顔で誤魔化すだけで、教えてくれそうにない。何度も問い詰めて周囲から注目されるのも嫌なので、素直の覗いてみる。


「なんだよ一体……っ!」


 すると俺の目には、上下共に下着姿の鷺ノ宮の姿が飛び込んできた。


 美しい白い肌に、むっちりしている太もも、くびれた腰、そして何より、自然と目が吸い寄せられる巨大な胸。


 性的過ぎるその体を、ピンクがベースで、そこにカラフルな花柄が適度に施されたブラとショーツが包んでおり、可愛らしい雰囲気を醸し出している。


 隣には、服を着た斉藤が、憧れの眼差しを向けている。先程の衣ずれの音は、斉藤が服を着る音と、鷺ノ宮が服を脱ぐ音だったようだ。


「鷺ノ宮、可愛いな……」


 俺は気づくと、そんなことを口にしていた。つい溢れでてしまうほど、彼女は愛らしいかった。


 鷺ノ宮は俺の言葉が意外だったのか、拍子抜けした表情になる。


 でもすぐに、はっと我に返るとどんどん顔が朱に染まっていき、


「先輩……ばか」


 と、呟くと、急に俺から顔を背けて勢いよくカーテンを閉めてしまった。


 なんで照れてるんだよ……、普通に褒めただけなのに。あいつらしくない。俺がまた雑な対応でもすると思っていたのだろうか。調子が狂う。


 それはそうと、これで本当に終わった。


 今度こそやっと店から出られる! なんて、フラグを立てていると、鷺ノ宮と斉藤が出てきた。


 斉藤は俺が渡したレースのブラを戻し、そのまま会計に向かった。


 鷺ノ宮は俺の前に立つと、まだ照れ臭いのか、両手をこねくりまわしている。


 俺とあまり目を合わせないように、顔を背けたまま話しかけてきた。


「さっきは……、ありがとうございました」

「何が? 別に素直な感想を言っただけだが?」

「……ばか先輩」


 鷺ノ宮が、小声で呟く。もしかしたら、鷺ノ宮は素直に褒められることに弱いのかもしれない。


 今から思い返してみれば、鷺ノ宮の容姿に関して面と向かって褒めたのは、今回が初めてな気がする。


 俺も対応に困っていると、鷺ノ宮はこの空気を吹き飛ばすように、明らかに無理に明るい笑顔を見せてきた。しかし、まだ顔も耳も赤い。


「話は変わりますけど先輩っ、私のブラも選んでください!」

「は?」

「斉藤先輩のは選んだくせに、私のは選んでくれないなんて許せません!」

「そういうこと……」


 もしかしたら、俺に下着姿を見せてきたのも同じ理由なのかもしれない。斉藤の下着姿だけを見せるわけにはいかないと……。


 だが、俺はブラの良し悪しなんて分からない。


「斉藤から話は聞いてると思うけど、あいつのブラは適当に選んだだけだぞ?」

「はい、分かってます。でも、先輩に選んで欲しいんです!」


 もう、彼女の顔は赤くなかった。素直に、俺に頼んできている。


「……分かったよ。だけど、鷺ノ宮が欲しいやつをいくつか選んで、その中から俺が決めるってことでいいか?」


 流石にそうしないと、全く基準が分からない俺は選びようがない。それに、すでに可愛いブラを付けているのに、俺が変なやつを選んでしまうのはなんか気が引けるのだ。


「はいっ、もちろんです!」


 鷺ノ宮は元気よく頷き、下着の候補を選びに行った。俺もそれについていく。


 周囲の視線は、もう全く気にならなかった。

 

 ……変態じゃん、俺。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る