第11話 二人目の相談者『斎藤美奈子』3
彼女の吐息がくすぐったかったので、少し顔を逸らす。俺の目に飛び込んできたのは、目が一切笑っていない、鷺ノ宮の微笑だった。
まずい、もし少しでも斉藤と話せば、鷺ノ宮の目から光が消えてしまう。そんなことになったら……、こんなところで鷺ノ宮とイチャつかなきゃいけなくなる。
「分かったよ。ずっと黙ってりゃいんだろ?」
すると鷺ノ宮は「はいっ!」と満足げに頷き、今度は斉藤に話しかける。
「斉藤先輩、サイズ教えて下さい!」
「はい! Fです!」
「分かりました。それと、朝も言った通り、川石先輩には話しかけないようにお願いしますね」
それ、斉藤にも言ってたのか……あと、鷺ノ宮ってFよりデカいんだな、どうでもいいけど。
「もちろんです!」
斉藤が大きく頷く。それが鷺ノ宮に洗脳されてきているからなのか、斉藤が鷺ノ宮の言うことを熱心に聞いているからなのか、分からなくなっきた。
鷺ノ宮が下着選びに行くと、俺と斉藤は二人、無言で試着室の前に一生立つことになった。側から見れば俺たち、頭のおかしい連中に見えるんじゃないだろうか。
それはそうと頼む! 鷺ノ宮、早く帰って来てくれ! じゃないと……
一つの最悪な可能性を思いついた時、それが現実となってしまった。
「お客様、どうかされましたか?」
店員さんが、話しかけて来たのだ。二十代後半くらいの親切そうな女性。
まぁ、隣に斉藤がいるおかげでそこまで訝しげな視線は向けられていない。だが、こんなところで棒立ちしていることについて、何と説明したらいいだろうか。
取り敢えずは、適当なことを言って誤魔化すしかない。
いい感じに愛想笑いを浮かべる。
「いや〜、すいません、購入する商品でちょっと迷っていて……」
「あー、そうでしたか。試着はもうされましたか?」
店員さんが、優しく微笑みながら聞いてくる。
俺は斉藤に目を向けた。ここは彼女が答えた方がいいだろう。
しかし、
「……」
斉藤は答えない。もしかして、鷺ノ宮の言うことを守っているつもりだろうか。どっちかって言うと今は、店員さんと会話している場面なはずなのだが。
俺は目で、もう一度斉藤に訴えかけてみる。「今はそんなこと気にするな」と。
「……」
「……」
だが、頑なに斉藤は口を開かない。目も、最大限俺と合わせないようにしている。これでは、喧嘩中のカップルみたいで店員さんに変な気を使わせてしまう。
……あーもう、面倒くせぇ! こういう微妙な空気ってなんか嫌なんだよ!
俺は、斉藤を試着室の中に封印することにした。
近くのブラジャーの中から大きめのものを適当に選び、斉藤の手に無理やり持たせて、彼女を試着室に強制的に押し込む。
そして、店員さんには爽やかな笑顔でこう言っておく。
「今から試着させて頂きます! あいつ、人見知りなんですいません。また何かあったら、声をかけさせて頂きますっ!」
「そ、そうですか。では……」
店員さんは、俺の強引な行動に引きながらも、なんとか営業スマイルを保ちながら去って行った。
良かった……、一件落着だ。で、ちなみに俺は斉藤に、どんなブラを渡したんだ?
そう思い、それらが吊るされているスペースに改めて目をやると……俺が渡したのは、美しい刺繍がされた紺色のレースブラだった。
基本的に大事な部分以外は透けており、非常にエロい。
もはや、相手に見せる前提、エッチする前提のようなブラだ。つまり……、店員さんが引いてたのは、こんなブラを斎藤に進めた俺に対してというわけか……?
はぁ……、今さら考えても遅いが、もうちょっとまともなブラにすべきだったかもしれない。
「あれ、先輩しかいないんですか?」
俺が後悔していると、怪訝な表情の鷺ノ宮が帰ってきた。
「なんか、……色々あってな。斉藤はこの中だ。事情は彼女に聞いてくれ……」
別に約束通り、斉藤とは一言も喋っていないが、なんか言いずらかったので返事が辿々しくなってしまった。
鷺ノ宮は少し、訝しむように俺の顔を覗き込んできたが、すぐに笑顔になった。
「分かりました! 着替えが終わったら呼ぶので、そしたら隙間から中を覗いて下さい」
「え、『下着の判定』ってそういうこと? さすがにもうそれはアウトじゃない?」
具体的にどうするのかは聞いていなかったが、それやったらもう俺、立派な犯罪者だろ……。
「大丈夫です! 覗くのは一瞬だけでいいですから」
「一瞬とか、そういう問題じゃなくてだな……」
「それにもし、お巡りさんがきても、私がちゃんと説明しますから」
「じゃあ、早く終わらせろよ」
もし何かあったら、有る事無い事全てこいつになすりつけてやろう。
そして鷺ノ宮は「もちろんです!」と、それだけ言うと、井上の入っている試着室へ入って行った。
その時に彼女が持っていたのは、白の生地に水色や黄緑色のチェック柄がプリントされた、普通にポップで可愛いブラとショーツだった。
鷺ノ宮は意外とちゃんと、まともな下着を選んだようだ。
そんなことでちょっとホッとした手前、中から鷺ノ宮の驚愕の声が聞こえてきた。
「斉藤先輩……、そのブラ……」
「なんか川石君に渡されたから、着けてみました!」
どうやら斉藤は、俺が適当に渡したレースのブラを着けてみたらしい。俺は鷺ノ宮と話していたから、カーテンの向こう側の音に気づかなかったようだ。
「先輩が、他の女のブラを選んだ……? しかもよりによってそんなやつを……、なんで、どうして……?」
狂気に満ちた鷺ノ宮の声が。……あれ、これってもしかして、鷺ノ宮が暴走しちゃうんじゃ!?
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