第10話 二人目の相談者『斎藤美奈子』2


 ***


 俺の住むマンションから徒歩十分ほどで着く大型のショッピングモール。四階建ての建築物が道路沿いの広すぎる敷地にドカンと設置されていることが、この街がベットタウンであることを物語っている。


 適度に人の気配を感じる日曜の朝十時の街を通り抜け、鷺ノ宮たちとの集合場所へ向かっていた。


 集合場所はラインで聞いたのだが、ちなみにここ半月、俺は鷺ノ宮との深夜のラインについて困っていない。


 寝る前に「今から寝るからラインしてくんな」と一言送れば、不思議と素直に従うようになったのだ。


 何を言っても、深夜でもお構いなしに電話までしてきた中学の頃とは大違いだ。彼女の中でどんな心境の変化があったのかは知らんが、結果良ければ全てよし。


「先輩ー、遅いですよ!」

「時間通りのはずだが?」


 集合場所の一階のフードコートの前に到着すると、二人はもう来ていた。腕時計の針は約束の十時半を示している。大丈夫、俺は遅れていない。


 鷺ノ宮は白のブラウスにグレーのVネックワンピースを着ており、可愛らしい印象を受ける。


 斉藤はピンクのイラストがプリントされたオーバーサイズのスウェットに、ブラウンのミニスカートを履いている。ゆったりとしたシルエットで、とても春らしい。


 まぁ彼女たちの場合、どんな服を着ようが関係なく、周囲の視線をある一点に集めるのだ。


 そう、胸である。


 鷺ノ宮がツインテールと巨乳(すごく)を揺らしながら、意気揚々とエスカレーターに向かって走っていく。その後を斉藤が、ポニーテールと巨乳(普通に)を揺らしながら追って行った。


「まずは第一スポットから行きますよ!」

「はい、お願いします!」

「第一スポットってなんだ……?」


 もしかして鷺ノ宮、今日の計画を自分一人で立てて来たのか……? 言ってくれれば、計画くらい俺も手伝ったのに。


「先輩、早く来てくださーい!」


 気づけば俺は、立ち止まってしまっていた。すぐに鷺ノ宮たちの元へ向かう。


 三階でエスカレーターを降りた。


 今日行くことを決めたのは鷺ノ宮とは言え、俺も同じ部員だ。

 

 計画を立ててもらった分、せめて俺は「補佐」としてしっかりと鷺ノ宮の側にいようと思う。斉藤のためにも。


「着きました!」

「ここですか!」


 鷺ノ宮が元気よく指を刺した方へ俺と斉藤が目をやると、ブラジャーやショーツが並んでおり……そこは、ランジェリーショップだった。


 一瞬で、決意が揺らぐ。


「うん。ごめん俺、やっぱ何もできねぇわ」


 ごめん。ホントごめん。さっきまで二人の役に立ちたいと思ってたけど、ここは無理だわ。


 ただでさえ暗黙のルールで男が入ることを許されていないこの場所に、女子二人を連れて入るなんてできない。


 しかし鷺ノ宮が、ケロッとした顔で聞いてくる。


「なんでですか? 先輩は『補佐』ですよ」

「いや、それは分かっている。でも、ここは駄目だろ……」

「大丈夫じゃないですか〜? 少なくとも私は気にしませんっ!」

「お前はそうかもしれないけどな……。で、俺に何をさせるつもりなんだ?」

「下着の判定です!」


 鷺ノ宮が、びしっと下着の試着室を指さした。そしてその指がそのまま、斉藤の胸へと向けられる。


「見てください先輩、斉藤先輩の巨乳を! これは、最強の武器なんです! ……まぁ、私には敵いませんが」


 最後のは昨日も聞いたな。だからなんでお前、張り合ってんだ?


 そして先程から、斉藤は全く恥ずかしげな素振りを見せていない。笹田とかいう奴と結ばれたいという思いが、全てを上回っているのだろうか。


 と、ここで一つ、疑問が浮かんだ。それは告白のアドバイスをするはずの鷺ノ宮が、なぜ下着を買いに来たのかということ。


「要するに、笹田に色仕掛けするつもりか?」

「ええ、そうですけど」


 鷺ノ宮は、迷いなくそう言った。


 まぁでも、俺たちには「手段を選ぶ」なんて概念は存在しないので、もう色仕掛けでもなんでもいいか……。


 それでも、納得できない点はあるのだが。


「下着の判定なら、鷺ノ宮がやればいいんじゃないか?」


 聞くと、鷺ノ宮が嫌な笑みを浮かべた。


「それはダメです!」

「なぜ?」

「男性目線の意見が聞きたいのと……、私の下着姿も先輩に見てもらいたいからです!」


 その声音は、堂々としすぎていて清々しさを感じた。特に後半。


「……何言ってんだ、お前」

「いいじゃないですか〜。ついでに見てくれても」

「ついでって言われても……」

「さぁ行きますよ!」


 俺の言葉を無視して、鷺ノ宮が斉藤を連れて店へ入ろうとした。


「おい、やっぱり流石にここには入らねぇぞ」


 俺は立ち止まって断固拒否する。

 すると、鷺ノ宮が着ているワンピースを脱ぎ始めた。


「お前、何してんだよ……?」

「先輩が試着室に来てくれないから、私の下着姿はここでお披露目しないとと思いまして」

「……マジかこいつ」


 周囲には当然、客が何人もいる。まだ誰も俺たちのことは注目していないが、このままいけばそれも時間の問題となってしまう。


 笑顔で手招きしてくる鷺ノ宮。


「さ、行きましょう」

「分かったよ……」


 三人で店内に入り、俺は周囲からの大量の視線と、警備員を呼ばれないかを気にしつつ、すたすたと試着室の前へと進む。


 カップルで来るとギリギリ許されると聞いたことがあるが、女子二人を連れているとやっぱり怪しまれてしまうらしい。……当たり前か。


 斉藤の手を掴んだ鷺ノ宮が、


「では、選んでくるのでここで待ってて下さい!」


 と言って、店内を周りに行こうとした。


「嘘でしょ!?」


 俺は全力で聞き返す。ランジェリーショップの更衣室の前で棒立ちとか、どんな状況だよ……。


 それこそカップルで来てて、彼女が試着してるのを待っているとかならまだ分かるが、誰も入ってない試着室の前で男が一人立ってるとか、絶対俺捕まるだろ。


 俺はプライドとか色々と全てを捨て、懇願する。


「お願い。二人の内、どっちかはここに居て……」

「いいですよ?」


 鷺ノ宮は、意外と快く承諾してくれた。そして斉藤に、


「しょうがないので私が一人で選んできます。斉藤先輩もここで待っててください」


 と言うと、俺の肩口をすごい力で掴んで降ろし、自分の口元が俺の耳の前に来るようにした。


 そっと鷺ノ宮の小声が聞こえてくる。

 

「斉藤先輩と、一言もしゃべっちゃダメですよ?」

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