第9話 二人目の相談者『斉藤美奈子』1
「失礼します!」
大きな声と共に、また勢いよくドアが開けられる。
そこにいたのは、息を切らしながらポニーテールを揺らしている女子生徒。学校指定のジャージを着ている。
彼女は入って来ると、俺たちの正面にある椅子に座った。以前は、井上が座っていた場所だ。
鷺ノ宮が話しかけようと口を開いたその時、相談者の女子が先に声を出した。
「名前は……」
「――あたし、
声がデカくて勢いがすごい。
一瞬驚いた鷺ノ宮だったが、すぐに持ち直すと、自身の胸と斉藤の胸を見比べ始めた。
そして、俺に対して勝ち誇った笑みを浮かべる。
「私の方が上!」
「なんで張り合ってるんだよ……」
でも確かに、斉藤は巨乳だ。ジャージが大きく押し上げられている。ご本人にがおっしゃる通り、鷺ノ宮には敵わないが。
「なんか、また二年生の相談者ですね」
鷺ノ宮がふと呟いた。しかし、別段気にしているわけではなそう。
「そりゃ、当然だろ」
「なんでですか?」
「だって一年は入学してまだ一ヶ月だし、三年は受験」
一年で、初日から気になる人がいて、その人の所属している部活を調べたりしてるのはお前くらいだ。
「なるほど」
ふむと頷くと、鷺ノ宮は斉藤に顔を向ける。
「私は一年の
「俺は
「よ、よろしくお願いしますっ!」
斉藤が、大袈裟に頭を下げてきた。そして、そのまま続けた。
「あたし、サッカー部のマネージャーやってるんですけど、部員の
「なるほど、こんな時間にジャージで来たのは、そういうことか」
「はい! さっきまで部活に出てました」
確かに、運動部は休みにくいだろうから仕方ない。
「それで私たち、一週間後の日曜に、大事な試合があるんです。そこで勝ったら、試合後に告白しようと思ってるんですけど、その際の何かいいアドバイスを頂けたら嬉しいです!」
斉藤の本気度が、彼女の態度から、ひしひしと伝わってくる。そして、かなり積極的な子のようだ。
でも、本気すぎやしないだろうか。同級生である俺や、後輩の鷺ノ宮にまで敬語使っている。
それはつまり斉藤も、前回の井上のように純粋に俺たちを頼ってきているということ。
鷺ノ宮もそれは十分に分かっているのか、斉藤に真剣な眼差しを向ける。
「私たちに任せてください! きっと成功に導いてみせますからっ」
「ありがとうございます!」
再び、斉藤が頭を下げる。
そして俺も、鷺ノ宮に頭を下げる。俺は「補佐」だから。
「じゃあ今回もアドバイス、頼むわ」
「はい、任せてください!」
そう自身たっぷりに言った鷺ノ宮は、とても生き生きとしていた。
まぁ素直に鷺ノ宮に感謝はしているのだが、この辺で俺は身を引いておいた方がいい。
だって俺がちょっと斉藤と会話しちゃうと、いつ鷺ノ宮の目から光が消えて、狂い出すか分からないから。
こんな感じに、いざ行動開始となったところで、最終下校時刻を告げるチャイムが鳴った。
鷺ノ宮が、何となしに提案する。
「続きは日曜日とかに、ショッピングモールにでも行ってします?」
「いいんですか? ぜひお願いします!」
間髪いれず、斉藤が食いついた。
まじかよ……、土曜も部活!? 別にやることがあるわけではないが、本来何もやらなくてもいい日に、わざわざ行動するということを俺の性分が嫌っている。
時間外労働だけは避けたいので、それとなく行くメンバーには含まれていないことを主張してみる。
「いいんじゃないか? 言って来いよ」
「何言ってるんですか、先輩も行くんですよ?」
鷺ノ宮が真顔で首を傾げた。
「やっぱ、行かなきゃダメか……」
「当たり前じゃないですか! だって先輩、私の『補佐』なんですから!」
「それを言われると反論できねぇ……」
俺のこの部活での唯一の役職が、こんなところで足枷になるとは。
前のめりになって顔を近づけてきた鷺ノ宮が、怖いほどの笑顔を向けてくる。
「じゃあ、お願いしますね!」
「……分かった」
こうして、俺の休日が一つ、潰れたのであった。
ふと背後の窓を見てみる。
もう夕日は差し込んできておらず、歪んだ自分の顔が見えるだけだった。
***
日曜、休日にも関わらず平日と同じ時間にベッドから起きた俺は、リビングで妹と朝食の準備をしていた。
と言っても、昨日の夕食の残りものを解凍しているだけだが。
両親は共働きで、立派な社畜だ。土日は昼前まで起きてこない。
そういえば来週の今日に、斉藤は告白するのか。
「今日、兄ちゃん早いね」
自分と俺の分のご飯をよそっている妹の
「……ちょっと用事があるんだよ」
俺が悲壮感を漂わせながら言うと、紗南はそっけなく「あっそ」と答えて今度は二人分の牛乳を用意した。
なんやかんや、しっかり俺の分まで用意してくれるいい妹だ。
「ほら、兄ちゃん食べるよ」
「ああ」
「いただきます」
「いただきます」
それから俺たちは、昨夜も食べた肉じゃがを、てきぱきと食べた。意外と味がしみていて、美味かった。
「ごちそうさまでした」
俺は食べ終わったが、紗南はまだ食べていた。
なので、何気に今まで聞いてこなかった質問をしてみる。
「なぁ、ヤンデレってどう思う?」
「は?」
即座に睨んできた。思春期の妹にするような話ではなかったか。
「いや、やっぱなんでもない」
「兄ちゃん、ヤンデレなの?」
流されたと思ったが、紗南が話に乗ってきた。
「違うぞ。俺はヤンデレについてどう思うか聞いただけだ」
「ヤンデレねぇ……。紗南のイメージでは、刃物とかスタンガンとか持ってるイメージかな」
「それは現実にいたらまずい方のヤンデレだな」
まぁ俺の知ってる現実にいるヤンデレも、十分まずい分類に入っていると思うが……。
でもそれがまた一人、増えようとしている。もちろん、斉藤美奈子という、ちょっとドジっぽくて積極的な女子のことだ。
「もし、ヤンデレが増えたらどうなると思う?」
「殺し合いが起こると思う」
「だからそれは、現実にいたらまずい方のヤンデレについてだろ?」
「違うよ」
紗南はきっぱりと否定した。
「え?」
「女子の社会って怖いんだよ。カーストもめっちゃ気にしなくちゃいけないし、その上で頑張って周りに話を合わせなきゃいけないし」
「へ、へぇ……」
「だから、もし好きな人が被ったりとかして、ましてやそれがヤンデレ同士だとしたら、殺し合いくらい普通に起こるよ」
そう語る紗南は心底鬱陶しそうだった。彼女が言う「殺し合い」の「死」が意味するのは、クラス内での「死」と言う意味だろう。
本当に、俺はぼっちで良かったと痛感する。
それにしても、嫌な話を聞いたものだ。相談者を、今で言うなら斉藤美奈子を応援したくなってきてしまったじゃないか。
だって、相談者の告白をどんな手を使ってでも成功させてしまえば、恋人になるわけだから恋敵などは現れにくくなる。よって、「殺し合い」の起こる確率が減る。
それが、相談者をヤンデレ化させると言う代償を払わなければお役に立てない俺たちに唯一、できることだろう。
台所に食器を持っていき、洗い桶に放り込む。
そして部屋に戻り、適当にネイビーのマウンテンパーカーを羽織って玄関へ向かう。
「じゃあ俺、行ってくるわ」
「行ってらー」
面倒くせぇけど、やらなきゃな。
こういう時に限ってスムーズにやって来るエレベーターに乗り、一階へ向かってどんどん降下して行った。
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