第2話 恋愛コンサルティング部
なぜ俺と
ん? 今、目を丸くした鷺ノ宮が一瞬、ガッツポーズをしたように見えたのだが気のせいだろうか……?
そしてなんで
「俺たち呼ばれたぞ。鷺ノ宮、なんかお前やらかした?」
「いや、何もしてないですよ?」
鷺ノ宮は、大きく首を横に振った。まぁ、こいつの場合、もうすでに人として色々とやらかしてるような気がするけど。
「ってか、吉沢先生となんか関わりあんの?」
「ないです」
「だよな……」
もし俺と鷺ノ宮が別件で呼ばれていたとしても、吉沢先生が鷺ノ宮を呼ぶのはやっぱりおかしいのだ。
俺は吉沢先生に去年度は何度か会ったことがあるし、何より今年度からはまだ一週間だが数学を教わっている。でも確か吉沢先生は現在、一年生は教えてないはず。鷺ノ宮とは接点がない。
だが、何も分からなくても呼ばれた以上は仕方ない。
「取り敢えず行くしかないか」
俺は右手を揺らして、掴んできている鷺ノ宮の両手をそろーっと解くと、彼女に背を向けて校舎へ向けて歩き出した。
「あ、待ってくださいよ、先輩〜」
俺の横に鷺ノ宮が並ぶ。
背後からは春風が背中を押してきている。まるで急かされているようで、俺はブレザーを羽織り直して送り出す足を遅めた。
***
鷺ノ宮と職員室に入る。するとすぐに吉沢先生と目が合い、アイコンタクトで「こちらへ来い」と言われた。
先生は現在、綺麗に片付いた地味なデスクの上にある、何かの答案用紙二枚を真剣に眺めていた。
正面に立つと、吉崎先生が顔だけこちらへ向ける。
「意外と早かったわね」
それに対し俺と鷺ノ宮が軽く会釈すると、いきなり、吉沢先生がとんでもないことをこともなげに言い放った。
「いきなりだけど、川石君、鷺ノ宮さん。あなたたちには今日から、恋愛コンサルティング部の部員として活動してもらいます」
「……なんすか、その胡散臭い部活は?』
「あ? なんか言った?」
「いえ……」
なんで先生、キレ気味なんだよ……。だって胡散臭いでしょうが、「恋愛コンサルティング部」なんて。
もし他の先生がこれを言っていたら俺は、冗談を言っているのだと思って、愛想笑いを浮かべていただろう。
しかし、あの威厳に満ち溢れる吉沢先生が言ったのだ。確実にガチなはず……
「ってか、なんですか、その部活?」
「え、知らないの?」
吉沢先生が、心の底から驚いたような表情を向けてきた。まるで、知らない俺がおかしいみたいだ。
だが、残念ながら俺は本当に知らないのだ。この高校も今年で二年目だが、少なくとも去年度、そんな部活は一度も聞いた覚えがない。
「私は、入学してすぐ、噂で聞きました」
鷺ノ宮が無機質に呟いた。俺に話しかける時とは大違いだ。まぁこいつ、俺がいない時はおとなしいらしいからな。
吉沢先生が、俺に責め立てるような視線を向ける。
「ほら、一年の鷺ノ宮さんはちゃんと知ってるわよ。なんで二年の川石君が知らないの?」
「いや俺、部活とか面倒だから、高校入学前から帰宅部って決めてたような人間なので」
中学の時は、強制だったから美術部に入ったのだ。理由は絵を描くのが少し好きなのと、楽そうだったから、以上。
吉沢先生が、呆れの籠ったため息をついた。
「……そう。じゃあ教えてあげる」
「お願いします」
教えてもらったところで、素直に部員になる気はないが。
「恋愛コンサルティング部は、言わばこの中原中央高校の恋愛相談室ってところよ」
「恋愛相談室ねぇ……」
「それで代々、男女一人ずつで運営されてきた。あ、顧問は私ね」
えぇ……、吉沢先生が顧問なのかよ。普段の厳かな態度からは想像ができない。
それと、もうここまでで大体この人の要件が分かってしまった。
「つまり、先代部員が去年度卒業したから、今度は俺たちがやれってことですね?」
「その通りよ。そういうことだから、よろしく」
「ちょっと待ってください。普通に嫌です。それに、なんで俺たちなんですか?」
恋愛に関する部活なら、俺なんて絶対に向いていない。むしろ、やっちゃいけない部類の人間だ。そして、鷺ノ宮も別の意味でやっちゃいけない気がする……。
すると吉沢先生が、先程までじっくり見ていた二枚の答案用紙を見せてきた。
「川石君は始業式に、鷺ノ宮さんは入学式の日に『恋愛実力テスト』っていう妙なテスト受けたでしょ?」
「あー、なんかそんなのあった気が……」
氏名の欄を見ると、その答案用紙は俺と鷺ノ宮のものだった。
思い返してみれば、そんな意味不明なテストを受けさせられた気がする。確か帰りのHRで突然に実施されたんだ。それで俺は面白半分で、今まで読んできたラブコメの知識を使って適当に答えたはず。
てか、鷺ノ宮は入学式の日に受けたのか。新入生にいきなりなんてものを受けさせてんだこの学校は……。
「もしかしてそれで俺、高得点だったんですか?」
「そうよ」
「チッ、ラブコメ最強かよ……」
ということは、鷺ノ宮も高得点だったのだろう。しかし、俺は怖くて彼女の答案用紙の回答欄に、目を向けることができなかった。
「じゃあ、そういうことだからよろしくね。ちなみにこれ、学校側からの強制だから」
「嘘でしょ!?」
「マジよ」
そう言った吉沢先生は嘘偽りない表情をしていた。お願い! 嘘って言ってくれ! あー、本当なんでこんなことになっちゃったんだろ。何か俺悪いことしたっけ?
対して鷺ノ宮は、全く動揺していなかった。諦観しているかのように、口元だけで笑う。
「分かりました。強制なら仕方ないですね」
「ありがとう。鷺ノ宮さん」
「……」
何いい子ぶってるだよ……。だが、なんとなく吉沢先生に俺と鷺ノ宮が知り合いだと思われたくなかったので、口にはしないでおいた。
突然、鷺ノ宮が真顔で俺に話しかけてきた。
「ほら、川石先輩も入らないと! 先生を困らせちゃダメですよ!」
「……」
そうか……、こいつ、いい子ぶってるんじゃない……。素直に俺と二人で部活ができることに喜んでやがるんだ……!
「本当によくできた子ね」
吉沢先生が、鷺ノ宮に優しげな視線を向けて頭を撫でた。対して鷺ノ宮は、口の端を歪めて嫌な笑みを浮かべている。こいつ、あの吉沢先生を手玉に取りやがった……。
そして先生は、俺には辛辣な視線を向けてきた。
「後輩に叱られてどうすんのよ。強制なんだからさっさと観念しなさい」
そう言われてもなぁ……。
もう俺はすでに、今後、授業中以外の夜中も含めた全ての生活時間が鷺ノ宮に再び奪われ、周囲からも注目されて平穏ぼっちライフが終わりを告げることに関しては諦めている。
鷺ノ宮がこの学校に入って来たというだけで、部活とか関係なくそれは確定しているのだ。
そこにさらに「部活」ときた。その上、内容がよりによって人の恋愛相談だ。「部活」ってだけで面倒くさいのに、パンクしそうである。
しかし、俺に「拒否」という選択肢は存在していないわけで。
「……分かりましたよ。やりますよ」
「よかった、これからよろしく」
吉沢先生は、そんな言葉を相変わらず淡々と、俺と鷺ノ宮へ向けてきた。しかし表情はどこかとても優しげだった……鷺ノ宮に対しては。
そして鷺ノ宮は柔らかな笑みで、俺はため息を吐くように一言。
「「よろしくお願いします(……)」」
ったく、これから俺の高校生活、どうなるんだよ……
***
俺と鷺ノ宮は、吉沢先生に連れられ、恋愛コンサルティング部の部室前まで来ていた。さっそく今日から活動開始らしいのだ。
ここは校舎の最上階である四階の一番奥に位置する空き教室。つまり、ほとんど誰も来ない場所だ。
気づけばもう四時半。外からは熱心に頑張る運動部員たちの掛け声が、下の三階からは吹奏楽部の演奏が、この静かな空間に響き渡っている。
こんな放課後特有のBGMを聞いたのはいつぶりだろう。去年は毎日、学校が終わり次第、即帰宅していたので一切耳にすることはなかった。
でも生憎だがこれからは、毎日のようにこの音を聞くことになるのだろう。
先生が、部屋の鍵を開けた。
「じゃあ、入るわよ」
「「はい」」
中に入ると、そこは基本的にただの教室だった。しかし、すぐにある一点に目が行った。
窓際に置かれた長机、その後ろに置かれた二つの椅子。
背後から差し込む斜陽が、それらを綺麗な茜色に染めている。
おそらく、俺と鷺ノ宮の席だろう。座れば、ちょうど部室へ入ってきた相談者と向かい合う構図になる。
「さ、二人とも座って」
吉沢先生が部屋の電気を点け、長机を指さした。俺たちは指示に従い、その椅子に座る。
ああ、鷺ノ宮の香りがめっちゃしてきたよ……。長机が小型なため、彼女との距離は席一個分も無い。やばい、恐怖でしかないんだが。
俺たちが座ったのを確認すると、先生が素っ気なく言ってきた。
「恋愛実力テストで好成績を納めた君たちなら大丈夫よ、自信持って。じゃ、私は戻るわ」
「え、一日目くらい一緒にいて下さいよ!」
やらなきゃいけなくなってしまった以上、面倒くさいが、申し訳程度には取り組もうと思っている。
だが、何の勝手も分からないようじゃ努力のしようがない。決してこれは、鷺ノ宮の密室で二人になるのが怖いからとか、そういう理由ではないのだ、決して……
しかし無情にも吉沢先生は、
「私も忙しいのよ」
と言ってくるりと俺たちに背中を向けると、本当に部屋を出て行ってしまう。あんた顧問だろ、部員の扱い雑すぎやしませんかね……
鷺ノ宮が、今度は大きくガッツポーズをした。
「よし、これで一つの部屋に先輩と二人きり! 恋愛コンサルティング部最高!」
「なんてことだ……」
いきなりこのテンションか……、マジで今後、どうなるんだろ……
静かな教室が俺の恐怖心をさらに掻き立てる中、ふと鷺ノ宮が呟いた。
「あれ、ってことは先輩、もしかして恋愛経験豊富なんですか……?」
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