ヤンデレが教える恋愛相談室
赤木良喜冬
第1話 ラブレター
ついに俺は、重い右足を一歩、前に出した。
体育館裏に出る。
するとそこには、女子生徒が一人、立っているだけだった。他には誰もいない。
彼女は俺に気づくや否や、踊るように愉快にこちらへ走って来る。
「
肩に掛かった黒髪ツインテールと、巨大な胸が揺れている。前髪が長く、パッと見は隠キャなのだが、よく見ると相変わらず、整った可愛らしい顔立ちをしてやがる。
前髪が長いのは中学の頃からだが、当時は、ツインではなくショートだった。胸は以前から周囲の女子より格が違ってデカかったのだが、さらに大きくなっているんじゃないだろうか。買ったばかりのはずのブレザーが、早速悲鳴をあげている。
ああ、やっぱり来るべきじゃなかっただろうか……。
***
四月も中頃。始業式から一週間も経てば、高校二年という新学年にはすっかり慣れる。
今のクラスには、むやみに話しかけてくる面倒なタイプの陽キャもおらず、平和にぼっちライフを送れている。
誰にも気を使わなくていい。ぼっち最高だ。
今日も帰りのHRが終わり、速やかに教室を出た俺は、昇降口で機械的に下駄箱を開ける。
するとそこに、何か俺のものではないものが入っていた。
「なんだ……?」
ピンクで花柄の、小さな封筒。口はハートマークのシールで閉じられている。それは、どう見てもラブレターだった。
……どうせ悪戯だろ。だが、万が一ということもある。だから俺は、周囲の生徒にバレないように、下駄箱の中で封筒を開けてみた。
中から、ピンクのハートマークが多々プリントされた便箋が出てくる、この人、どんだけピンクとハートが好きなんだよ……
「……え、長くね」
便箋に書かれた文字へ目を移すと、そこには引く程長い長文があった。
『先輩へ
こんにちは。今回、あなたにどうしても伝えたいことがあります。私はこの度、この中原中央高校に入学しました。つまり、再びあなたの後輩になりました。なぜこんなことをわざわざ伝えているかというと、それはもちろん、あなたのことが大好きだからです。きっかけは中学の時、不器用なのに美術部に入ってしまい何もできずに悩んでいた私に、絵の描き方やポスターの作り方などを、優しく手取り足取り教えてくれたことです。この時から、そんなどこかお人好しなあなたのことがどんどん好きになり、四六時中あなたのことを考えるようになりました。それからは……』
もう分かったぞ……。こいつ、「奴」だ……。あまりの恐怖で、背筋が凍ってきた。中学の頃の記憶がますます蘇ってくる。
中学時代の俺の平穏なぼっちライフを奪った張本人である「奴」。
俺は中学二年の時、新入部員として入ってきた「奴」に色々と教えてあげた。その時はまだ、「奴」は大人しくて素直な後輩でしかなかった。
しかし、ある程度仲良くなってからというもの、学年が違うというのに常に付き纏ってくるようになった。
そのせいで、周りから変に注目されたり、イジられるようになったのだ。
言うまでもなく、俺だって「奴」が俺に好意を持ってくれていることには気づいていた。でも、もうなんかホント、嬉しいとかを通り越して、素直に怖かった……。
そして「奴」は再び現れた。また、俺の後輩になった。
おかしいな、アイツの学力で入れる学校じゃないはずなんだが……。
……とにかく、これからのことを考えると身の毛がよだってくる。
もう一度便箋に目を向けると、俺の視線は最後の一文を捉えた。寒気がした。
『……今日の放課後、体育館裏で待ってます』
果たしてこんなに恐怖を感じる、ラブレターの常套句があるだろうか。
そしてその下には……
『一年C組
やっぱりな……。
本当はいますぐ逃げたいが、家に帰ったところでおそらく鷺ノ宮は俺の家までやってくる。家の住所なんて一言も教えたことはないが、彼女にはそんなの関係ないという確信が不思議と持てる。
高校に入ってせっかく取り戻した平和なぼっちライフが台無しだ。
だが。
「仕方ない。行くか……」
自分を鼓舞するようにそんなことを呟くと、おまけに大きなため息をついてから、俺は体育館裏へ向かって震える足を無理やり動かした。
ローファーが地面を叩きつける。
渡り廊下を通り、あっという間に体育館まで来てしまうと、ボールの突く音や、部員たちの掛け声が聞こえてきた。もうバスケ部が練習を初めているよう。
すごいなぁ、必要最低限のことしかやらない主義から出た感想。
一つのことに熱中し、部員が一丸となって頑張る、そんな輝かしくて俺にはできない青春に尊敬の念でも払っておかないと、精神を保てる気がしない。
さて、向かった先の角を曲がれば体育館裏だ……。
心を落ち着かせるため空を見上げると、先程までは綺麗な夕日が見えていたのに、それはいつの間にか濁った雲に覆い隠されていた。
***
「お、おう……、久しぶり……」
俺が恐怖とか動揺とかなんか色々混ざった、途切れ途切れの返事をすると、それに対し鷺ノ宮は満面の笑みで答えた。
「はいっ! ラブレター、ちゃんと見てくれたんですね!」
大変嬉しそうな表情だ。俺は大変不安になってきています。
鷺ノ宮が、悪戯っぽく俺を見上げてくる。
「先輩、驚きました?」
「ああ。驚いたよ。めっちゃ……」
俺は呆れたように言ったのだが、鷺ノ宮はどう捉えたのか、満足げな顔をした。
「んふふ〜、よかったですっ!」
そして間をおかず。
「去年は先輩、寂しかったですよね?」
「え……? 寂しい?」
「何惚けてるんですか〜。私、今日こうやって先輩を驚かすために去年は勉強に集中して一切ラインしなかったんですよ? とっても寂しかったでしょ?」
それがさも当然かのように言って、鷺ノ宮は首を傾げた。去年、ラインが途絶えててた理由はそれか。
ライン……。
一晩中メッセージが来て、ほとんど寝れなかった日々が想起される。封印してたのに……。
当時、俺はどうにも無視ができなかった。鷺ノ宮に悪いからじゃない。トラウマがあったからだ。
ある日思い切ってスマホの電源を落としたのだが、次の日に開いて見てみると、数百件のラインが来ていた。……あんなものを見せられたらもう無視なんてできない。
それがまた、始まると言うのか……⁉︎
ほんと、なんで苦手な勉強わざわざ頑張っちゃうんだよ。せっかくこの学校に逃げてきたのに。
かといってここで「去年はむしろとっても安心してました」とは流石に言えないので、一応頷いておく。
「……ああ。その、寂しかったというか、なんというか……」
「――でも、もう大丈夫ですからねっ!」
言葉を遮られた俺の右手が、小さな両手にぎゅっと掴まれる。……やっぱもう終わったも確定じゃん。俺の平穏なぼっちライフ。鷺ノ宮は目を弓なりに細め、意気揚々としている。
そして、シャンプーに似た、優しく爽やかなシャボンの香りが漂ってきた。そうだ、これが鷺ノ宮
これ、マジで俺が使ってるシャンプーの香りに似てるから、風呂に入るたびに頭が鷺ノ宮で支配されて狂いそうになってた。
でも確か、俺と親しくなる前の鷺ノ宮からは発せられてなかったような……なんか怖くなってきたからやめよう。
俺の手を掴んだまま、鷺ノ宮は心底楽しそうに会話を続ける。
「部活はどこですか? というか、部活はやってるんですか?」
「今はどこにも入っていない」
「やっぱり〜」
分かってましたと言わんばかりの様子の鷺ノ宮。
「やっぱり……?」
「はい、入学初日から片っ端から全ての部活を探したんですけど、先輩いなかったんで」
「……それは、どうもご苦労」
「いえいえ、寂しんでいる先輩のためですから。と言うことで、私も帰宅部に入ります」
「つまりそれって……」
嫌な予感がしてきた。だが、もう手遅れだろう。おい、そんな幸せそうな笑顔を浮かべるな、そして絶対口を開くなよ……。
しかし俺の心叫びなど露知らず、鷺ノ宮は嬉々とした声音で予感を的中させてきた。
「放課後はまた、いつでも私とイチャつけますよ?」
「……」
……最悪だ。平穏な日々がすでに懐かしく感じてしまっている。ここ一年の日常に、さようなら……。
俺がつい辟易してしまっていると、ふいに、学校の敷地中に響く校内放送が流れた。
『一年C組の
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