第3話 最初の相談者『井上可憐』1

「いや、俺はラブコメの知識でテッキトーにやった」

「そうなんですかぁ」


 そんな安心した顔してどうした……。

 鷺ノ宮は安堵のため息を漏らすと、同時に顔を上げた。


「それじゃ、その漫画全部捨ててくださいね♪」

「は⁉︎」

「だって、先輩にとったら私との日常がラブコメみたいなものでしょ? 先輩と私だけのラブコメ。他なんて要ります?」

「……いらん」


 ジーッと見つめられ、首肯する他なかった。否定していたら何をされていたことか。まぁ、漫画は捨てないけどな。別にバレないし。


 ……にしても開始早々これだよ。

 つい頭を抱えてしまう。


「先輩、頭痛ですか? 私が診てあげますよ」

「大丈夫。俺は元気だ」

「じゃあなんで頭抱えてたんですか? あー、私と二人になれたことが嬉しすぎて、頭が狂っちゃいそうになったんですね?」

「……まぁ、そんなとこだよ」


 狂ってんのはお前だろ……


 あんまり変な方向に話が進んで欲しくなかった俺は、まともな話題に切り替えることにした。


「さっき聞いてなかったけど、お前、この学校入るために一日どれくらい勉強したんだ? かなり大変だっただろ?」

「はい、もちろんです! 具体的には何時間ぐらいでしたかね〜、一日ごとで多少違いましたけどー、まぁ、高校に入ってからの先輩よりはやったと思います!」

「そうか……、頑張ったな……」

「ありがとうございます! それにしても先輩、高校に入ってから本当に勉強しなくなりましたよね〜」

「そうなんだよ……って、え!? なんで知ってるの?」

「あ、いや、なんでも……ないですっ!」


 鷺ノ宮が俺から視線を逸らし、明らかにはぐらかした。かなり慌てている。


 ちょっと待て……、鷺ノ宮は一体、どうやって知ったんだ? 


 俺は高校に入ってずっとぼっちだから俺が勉強してないことを知ってる友達もいないし、自分の近況をSNSに投稿したりもしていない。


 つまり、ストーカーされて、部屋を覗かれていたということだろうか……!? 

 

 部屋でのあんな場面やこんな場面を、実は鷺ノ宮に見られていたと思うと、身体中に戦慄が走った。


 でも俺の家って、マンションの七階だぞ……。


 と、ここで、俺は重大なことを思い出した。それは、今日鷺ノ宮と再開した時、彼女の方から「久しぶり」や「変わってませんね」と言った決まり文句を一言も言われていないということ。


 彼女は一年振りに会ったはずの俺に、「川石先輩〜!」としか言っていないのだ。そして何より今の彼女の慌てよう……。俺、警察に相談した方がいいかもな……。


 そんな感じで自身の身の危険について一つ気づけた時、部室のドアがノックされた。いきなり相談者だろうか……


 するとそれに対し瞬時に鷺ノ宮が、舌打ちをした。


「チッ! せっかく先輩と二人になれてたのに!」

「部活だってこと忘れんなよ……」

「いや、それは忘れてないですよ? ただ、いざ私たちのこの幸せな空間に邪魔者が入って来たと思うと、やっぱり苛立ちが込み上げてしまいまして……」


 鷺ノ宮が、机に頬杖をついて、荒々しく言った。相談者が来たというだけなのに、大層御立腹だ。


 さてはこいつ、部活の内容とかほぼ考えずに「強制なら仕方ないですね」とか言いやがったな……。


「で、鷺ノ宮は出来そうか、恋愛相談?」

「まぁ、先輩がついてるし私は何の心配もしてませんよ?」

「俺任せかよ……」


 頼られたところで、俺は何をしたらいいか分からない。マジで、相談者に対してどうやって対応したらいいのだろうか。


 ――恋愛実力テストで好成績を納めた君たちなら大丈夫よ、自信持って。


 吉沢先生はそう言っていた。もしかしてこれは、俺たちの考えるままにやれということじゃないか? マニュアルのようなものは一切渡されていないし、そういうことだろう。


 ……なるようになるか。


「じゃあ、取り敢えず入ってもらうぞ」

「はい!」


 俺は深呼吸してから、祈るようにドアの向こう側へ届くように大きめの声を出す。頼む、せめて面倒じゃない依頼であってくれ……


「どうぞっ」

「失礼します……」


 そう小声で言ってドアを開けたのは、気弱そうな黒髪ショートボブの女子生徒だった。


 よく見ると、俺のクラスの生徒だ。もちろん、一度も話したことはないし、名前もよく分からないが、全く知らない人ではないので少し安心した。


 そして、なんかちょっと気まずい……


 俺が彼女に対して知っていることといえば、いつもおとなしい隠キャということくらいだ。つまり、恋愛相談室にくるようなタイプではない。


 俺は立ち上がると、部屋の隅にまばらに置いてある椅子を一つ、俺たちの席と長机を隔てた向かい側に置いた。


 なんだか初めてのことで緊張しているせいか、掛ける声が震えたものになってしまう。


「お座りください……」

「……うん」


 しかし、彼女も緊張しているようで、小さく頷いてきただけだった。


 俺が自分の席に戻ると、今度は鷺ノ宮が口を開いた。全く緊張している様子は見えない。


「お名前は?」

「あ、井上可憐いのうえかれんっていいます。二年です」

「へ、へぇー、もちろんこの人のことは知らないですよね?」


 急に少し動揺した鷺ノ宮が、俺を指さしてきた。

 井上が、戸惑いながら答える。


「か、川石君でしょ……?」

「え……、なんで知ってるんですか?」

「だって、同じクラスだから……」


 そう井上はただ真実を口にしたのだが、鷺ノ宮はそれをスルーするかのように聞き返した。


「先輩とは、どんな関係? 仲良いの? 付き合ってんの?」

「だからクラスメイトって言ってるだろうが」


 鷺ノ宮の頭をポンと叩く。突然の鷺ノ宮の圧に、井上が戸惑ってしまっているのだ。


「ごめん井上さん、こいつちょっと変わってるから……」

「あ、ううん、気にしないで!」


 井上はすぐに、大丈夫といった感じで両手を左右に降った。


「それにしても川石君、ここの部活だったんだね」

「まぁな……今日からだけど」

「それにしては、その一年の子と仲良いね」

「あ、ああ……、ちょっと知り合いで」

「ふ〜ん」


 井上はそこまで興味がなさそうに答えた。それは当然だろう。井上は真面目に自分の恋愛相談をするために、ここへやって来ているのだ。


 だからこそ、これは言っておいた方がいいはず。


「そんなわけだから、井上さんが初めての相談者だよ。あんまり期待しないでな」


 本当に、こんな二人で申し訳ない。

 井上が、優しげな笑みを浮かべた。


「へぇ〜、初めてか。ウチは、二人を頼りにしてるよ」

「え、話聞いてた? 俺たち初めてなんだぞ? あんまり期待はしないでくれ……」

「でも二人って、恋愛実力テストで高得点だったからここにいるんでしょ?」

「そうだけど……テストのこと、なんで知ってんの?」

「この部活に興味がある人はみんな、噂とかで知ってると思うよ?」

「そうなんだ……」


 そんなに有名なテストだったのか。ということは、この部活の部員になりたくて、真面目に受験した生徒もいるかもしれない。

 

 なら、誰か変わってくれないかなぁ……、なんかごめんね、適当にラブコメの知識だけで高得点取っちゃって。


 でもそうすると。鷺ノ宮は恋愛実力テストを実施する理由は知らなかったことになる。


 なぜなら、彼女は高得点を取ったから。もしテストについて知っていたら、鷺ノ宮はこの部活に入らないようにするため、敢えて手を抜くはず。自分が高得点を取っても、俺が高得点でなかったら、俺と過ごせなくなってしまうからだ。


 鷺ノ宮は何も知らずに受けた恋愛実力テストで、高得点を取った。つまりそれは、彼女は実は普通に恋愛の知識に長けているということ。


 なら、この部活の相談者に対するアドバイスは、彼女に任せたらいいじゃないか! そっちの方が俺も楽だし、この部活のためにもなるだろう。いいことに気づけた。


 そういうわけで、鷺ノ宮に目を向けると……


「井上……、消してやるっ! 先輩は、私だけのものだもんっ!」


 そう呟きながら、いつの間にやら井上を睨んでいた。

 目からは光が消え、全身から「闇」だったり「病み」のオーラが溢れ出す。




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