俺にハーレム主人公は荷が重い!

Black History

第1話

時計の周期的な機械音は時が刻々と過ぎていることを示し、橙の空は、そばまで迫っている春の香りを柔らかに発す。夕焼けに照る彼女のその顔は、いじらしい少女のそれだった。彼女の眼は不安で揺れ——って、いや、やめだやめ。あまりのおどろきで思考を放棄してしまった。ええっと、こいつはなんて言っていたっけ?確か「私と付き合ってください!」だったっけか?ああ、そこまではいい。そこまでは問題ないはずだ。だが、こいつはその後に驚愕の言葉をプレゼントしてきやがった。ああ、そりゃあまるで、爆弾ゲームでボールを爆発ぎりぎりの時間に渡されたようだったし、何なら砂上の針のように真意がどこにあるか皆目見当もつかない。

「——で、いいかな?」

と、聞いておりますよ。保浦正也さん。ああ、俺か。ダメだ。あまりの急転直下に脳の処理が追い付かない。多分今、脳を覗いたら俺の脳のありとあらゆるニューロンがうなりをあげているだろう。焼き切れてくれるなよ、俺の大事なニューロン。

「ええっと、胡中愛さん。もう一度いいかな?」

「はい!正也さん!私と付き合ってください!——」

小動物のような愛らしさを感じさせる体躯の彼女が、目をらんらんと輝かせながらそう言う。そう、ここまではいい。ここまでは俺の願望にもそぐうし、何なら喜びで太陽系を飛び出るほど飛び上がるだろう。しかし、問題はこの後だ。胡中さんはこの後なんて言った?もう一度、耳を澄ませよう。

「ついでに私以外とも付き合ってあげてください!」

その言葉を聞いた俺の脳はショートし——

「なんでだよ!」

大声で突っ込んでしまっていた。




俺の大声で胡中さんは怖がっているらしい。体を縮こまらせている。あの、胡中さん?あの大声はあなたの自業自得ですよ?そんな「私以外とも付き合ってあげてください!」なんて浮気を許すような言葉、お兄さんおどろきのあまり舌を噛み切ってしまいそうだったよ。俺ってそんな甲斐性のない男に見えますかね?いえ、本当に。とは言いつつも、俺も男の端くれ、レディを震えたままにしておくってのは道義に反するわけだ。だから俺はそれを言うのを我慢してこう言うわけだ。

「怖がらせてごめんね。でさ、一つ質問なんだけど、俺ってそんなに甲斐性のない男に見えるかな」

「いえ、まったく!むしろ甲斐性の塊です!」

うん、さすがにそれは言い過ぎだね。もし本当にそうだったら今にはきっと世界を支える人柱になっちゃうよ。そんなグローバルな活躍なんて、一高校生にできるわけないでしょう。第一英語なんて全く喋れないからね。まあそんな突っ込みを女子にできるほど人間として据わっているわけではないのでこう言った。

「そ、そう、ありがとう。でさ、『付き合ってあげてください!』なんて、まるでその相手がもう決まっているようだったけど、誰なのかな?」

「え?お気づきではないんですか?」

胡中さんはきょとんとした顔をする。

「ごめんね、君の好意に気づいたのもこれが初めてなんだ」

「ええ!?じゃああの時の『小動物みたいでかわいいね』っていって撫でてくれたのも、相思相愛だったからじゃないんですか!?」

「う、うん、ごめんね」

「じゃああの時の『いい彼女になるよ』も!?」

「そ、そういうことになるね」

「じゃああの時の『I’ll be back.』って言いながら溶岩に沈んでいくシーンも!?」

「う、うん。うん?いや、それは違うね。何かの映画と勘違いしてるね」

胡中さんは愕然とした表情をする。にしても、ああいう行動はこんな勘違いを生む可能性があるのか。これからは気を付けよう。

「と、ということは……もしかして私、断られます?」

「うーん、それが悩みどころなんだよなぁ。そもそも俺、彼女いたことないし、うまくやっていけるか——うわ!」

胡中さんは泣きながら俺に抱き着いてきた。はがそうとしても離れない。

「う”わ”ーん”、ごどわ”ら”れ”だぐな”い”よ”ー”」

「ちょ!胡中さん放して!」

「いやです!OKがもらえるまで放しません!」

その後も俺は懸命に胡中さんを離そうと試みたのだが、それは結局失敗に終わり、仕方ない、このまま帰ることにした。待ってもらっているあいつにはいったいどうやって話そうか。いや待てよ。道端で小動物を拾ったって報告すれば俺の株も挙がるし、不自然ではないからあいつも納得するのでは?確かにこうやって右目を隠すと胡中さんもリスに——見えないな。うん、小動物拾った作戦は無理だ。ここは普通に訳を話そう。




「胡中……さん?」

そう呟いて目を見張るのは柏川美恵子。黒髪のロングの、俗に言う優等生っぽい少女だ。俺と中学からの幼馴染である。

「ああ、実はな——」

俺は柏川に訳を話す。訳を話すわけだから、当然胡中さんが俺に告白したことも、その内容も話すわけだが、その時の胡中さんの動揺っぷりには手を焼いた。「うがー!」と怒ったような声で俺をより締め付けたからだ。多分胡中さんの前世はアナコンダかなんかだったのだろう。あんな力は人間が出せるものではない。

「はぁ、マー君はまたそうやって厄介ごとを——」

「私の好意だけがばらされるのは気に入らないです」

「——持ち込んで、私がどれだけ心配しているのかわかってる?私はね——」

「柏川も告白しろです」

「マー君がそうやって……へ?」

「胡中さん。俺と柏川はそんな感じじゃないから——」

「うっせーです。天然女ったらしは黙っていてください」

くはっ!くっくっく、なかなか言いよるぞこの女。

「胡中さん、私なにを言っているのかが——」

「柏川も正也が好きなんだから今この場で告白しろです」

「ふぇ?」

「は?」


「ふぇぇぇぇぇ!?」

「はぁぁぁぁぁ!?」




天と地が裏返るほどのてんやわんや。ショートしたように固まる柏川。にやりと意地悪い笑みを浮かべる胡中さん。その中で俺はと言うと——一人冷めていた。おいおい、いったい何の冗談だ。柏川が俺のことを好き?あり得るわけがないだろう。だってこいつはいつも、俺に対しておふくろのように小言を言うんだぜ?そんなことを好きな人にするか?するわけないだろう。俺は呆れてため息をつき、この場を乱した罰として胡中さん、いや、胡中にチョップをした。

「いた!何するんですか!この天然女ったらし!」

「おいたが過ぎるんだよ。大体柏川が俺のことを好きなわけないだろう」

「そ、そうよ!そんなこと万が一にも、いいえ、億が一にもないわ!」

お、ショートから戻って来たな、柏川。

「ちっ、鈍感が」

「おい、なんか言ったか?」

「いえ別に」

「そ、そうだった!私胡中さんに用事があるんだった!ね!そうよね!胡中さん!」

「用事なんて——」

「あ!もうこんな時間だわ!急がないと!ほら!さっさと行きましょう!ね!」

「ちょ!引き摺らないでください!分かりました!行きますから!行きますから!」

「じゃ、じゃあね、マー君」

「ああー、正也が離れていく―」

なんだ。用事があったのか。ならあいつと来たことは正解だったな。




翌日。俺は柏川から「昨日のことは全くの冗談だから!」と何度も念押しされながら登校し、つまり俺と柏川は一緒に登校しているわけだが、学校に着いた。とはいっても残念ながら、胡中、柏川とは同じクラスであり、また、これは全くの私情なのだが俺が一番苦手としている相手も同じクラスということもあり、俺はすぐに出もクラス替えをしたい気分となった。

「ねぇあんた、——」

ほら来た。

「また幼馴染と登校してニマニマしていたわね。気持ち悪いったらありゃしないわ」

「おいケーシー・ローツ。人にも言っていいことと言って悪いことがあるぞ」

彼女の親は外国人らしく、生来のものである金髪をツインテールにし、外国人特有の顔立ちをしている。

「何言ってるの。人と変態は違うでしょう」

「おい、俺はいつから変態になった」

「産まれた時からよ」

「なんだ?俺は釈迦が生まれて三歩歩いて『天上天下唯我独尊』といったように近くのコンビニまで歩いてエロ本でも立ち読みしたというのか」

「あながち間違いじゃないかもね」

「いや間違いだろ!そんな赤子がどこにいるっていうんだ!第一近くのコンビニまで歩けた時点でギネス級だぞ!」

「お互いもっと素直になれです」

いつの間にやら近づいていた胡中がボソッとその言葉をつぶやく。俺はそれを聞き洩らさずにすかさず反応した。

「おいおい、俺は全く持って素直だぜ?こいつへの嫌悪感を包み隠さず見せてやっているじゃないか。むしろサッサと会話を終わらせたいまであるね」

「——っ!わ、私だって!」

「あー、正也が女性を傷つけたー」

「き!傷ついてないよ!ふん!」

ケーシーはそう言ってつかつかと、いつも通りに席に戻っていった。

「ほら、背中から悲壮感が漂っているじゃないですか」

「いや、いつものことだろ」

「もしかして……正也はいつもあんなことを言ってるの?」

「あんなこととは?」

「……ケーシーさんも健気だなぁ……」

「健気?いいや、俺の方が健気だね。大嫌いなあいつにわざわざ言葉を返してやっているんだ。むしろ感謝してほしい」

「はぁ、ケーシーさんかわいそう……」

「おいおい同情する相手を間違えているぞ。それを向けるべき相手は——」

「まあ、そう言いつつも昼には謝りに行くんでしょ?いつも見てるから分かってますよ」

「……まあ、そうだが」

「私はそんな正也が好きです。結局なんだかんだ優しい正也が。だから、好意にはちゃんと答えてあげてくださいね。あの人たちのにも、私のにも」

「……あいつらが本当に俺のことを好きなのかどうかは甚だ疑問だが、まあもし本当にそうなら応えてやるさ。もちろん、お前もな」














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後書きです。

「帰途にて」でませた主人公を書き、「人生山あり谷ありだというが、まさにそれだ」で第一人称が「僕」の主人公を書き、この作品でハイテンション系主人公を書きました。

しかし、全部鈍感です。

そろそろピュアなラブコメでも書こうと思います。

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