お前の旅 03

 夏場の夜。海沿いから横に見える街にはネオンが灯って、小汚い喧騒が遠巻きに聞こえる。

 クガツは手元には金属カップを手に持ち、付近にはオレンジジュースとトリップウォーターの小瓶を置いていた。

 海岸の防波堤、そこに足を下ろして意識をぼんやりとさせていた。


 「よっ! 黄昏れた表情がキマってるじゃん色男」

 「ミザリ……」


 ミザリ=グランバーグ。FPアーカイブス所属の雑用屋としている少女だ。クガツらがクラウドノースと関わった際に介入した人物。


 「隣、良い?」

 「あ、ああ」


 クガツの隣へと腰を落とす。


 「住むところなくなっちゃってね」

 「勝手にしろ」

 「ちょっとドキドキした?」

 「……」


 クガツは一つカップを呷ってから言う。


 「なんか話でもあるんだろ? ほら、格好」


 ミザリのまとうレザー生地の衣類には、土埃と血糊がべったりとへばりついていた。


 「へへ。FPアーカイブス潰されちゃってさ」

 「敵対勢力は?」

 「わからない。多分逃れられたのは私と、あと数人くらいかも。黄仙は死んだ……と思う」

 「……黄仙」


 クガツの脳裏には、クガツへの”貸し”がよぎっていた。クガツVSサラクの大事をマスクするための出資、旧FPアーカイブス復旧のために手立てをしたこと……


 「救出に向かおう」

 「それはムリ、事が起きたのは2日前。連絡は取れず」

 「追っ手は?」

 「今のところナシ。下っ端で助かったかな」

 「──そうだったら良かったのにな!」


 瞬時に跳ね上がるクガツ。素早いソバットキックを繰り出し──それは、ミザリへと向かうナイフを弾いた!!


 「え? 何? え?」

 「モテモテで羨ましいぜ」


 クガツは駆け出していたッ! ナイフの投擲の発生源へとッ!!

 低く腰を構える黒装束の人物。黒ブーツの靴底がコンクリートの足場に沈み込む。


 展開されるクロスコンバット。クガツの手刀と掌底に、黒装束の人物は応戦。鈍く骨と筋肉が打ち付け合うしばらくの時間──


 (やりづらい……)

 

 クガツの脳裏には面倒臭さがよぎっていた。

 ”獣の超常”をベースに自己強化した身体能力と神経伝達速度。無駄のない手捌き足捌き、時には柄物も用いた実践武技の練度。

 パワーと選択肢の広さ、それらの回転速度。それが強みだと自負していた。


 その精密さに対し、”点”で合わす相手──!!


 クガツの手刀を黒装束は肘で弾く。黒装束の反撃の掌底に肘のを直下させ防御を行うクガツ。


 両者姿勢を崩し──ほころびの生じる一瞬、クガツ側が素早くヘッドバッドを繰り出したッ!!


 「うぐぅ!」

 「ガァ!!」


 追撃の黒の衝撃ッ!!

 力の塊が弾け、黒装束の胸部をそれが突き抜けたッ!!

 右側腹を貫かれた黒装束は沈黙して地に伏せた。


 「テメェは誰だ!?」


 フードを鷲掴みにし、クガツはそれを引きちぎる。


 「──!?」


 黒装束を纏っていたのは見覚えのない男だった。その男の意識は遠のいたのか、瞼を閉じる寸前。小さく鈍い音が男の体内から響いた。


 血色のない肌には赤紫色の内出血痕に染まり、数秒経たない内にグズグズに腐って落ちた。

 鼻を貫く悪臭が一帯に立ち込める。


 「一体なんなんだよコイツ」

 「すげぇ~……ニオイはすごいけど、これ魚か何かの腐った臭いにしか思えないよコレ」


 クガツに寄るミザリ。睨むような視線をクガツは送り、ミザリは他にはもう居ないだろうと視線で返事した。


 「……手の込んだ口封じだ」


 クガツは手袋をはめてから、それをローブの内の腐肉の中へ差し込む。内側から取り出したのは数ミリ単位の金属片。


 「医療機器か何か……」


 数秒の沈黙の後、逆だった神経が収まると嘔気が込み上げる気配があった。じっとりとした脂汗。


 「シャワー浴び直すか。ミザリ、お前はどうすんだ?」

 「適当に済ませて、今晩は一緒に♡」

 「お前。さっきの男連れてやってきてその態度、めちゃくちゃ怪しい立場なのわかってんの?」

 「これに関しては完全に白だから、マジで」

 「……まあいいや。俺は明日野暮用があるから、早く寝るよ」

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