お前の旅 02

 ジョウトウグループの船舶格納庫。夕暮れは深く沈み夜闇が広がり始める一歩手前、四脚の折りたたみグリルを広げて藍河サラク、マスター・ルゥー、マヤの3人が居た。


 「おい、そのハマグリ取るんじゃねえぞ」

 「うるせえぶっ飛ばすぞ」

 「おめぇ……自分は安物の業務用ソーセージしか持ってきていない癖に」


 ルゥーが意気揚々と持ってきた海鮮の盛り合わせを集るサラク。その横で、マヤは串刺しにしたマシュマロを頬張っていた。


 「おう、居たのかお前ら」


 一帯の主であるクガツが姿を表した。フラフラの足取りで力が無い。3人は目配せをしてクガツの元へと駆け寄った。


 「おいおい大丈夫かよ。また野暮用か?」

 「そうじゃないんだけど」

 「ま、まあ。体は平気そうやな」


 手のひらで制して、クガツはささやかなバーベキュー会場付近に腰を下ろしカバンからトリップ水を取り出した。

 勢いよくそれを呷り、一心不乱に喉をならす。


 「……」


 クガツの瞳から覗く眼光には力がない。皆がそれを想起したときにサラクは切り出した。


 「なにかあったわけ?」

 「そんなところ……」

 「時間ならあるんだけど?」

 「……ありがとうな」


 なにかつまめるものは無いか、と小言を言って目配せをする。焦げ始め、グリルの端に追いやられたソーセージを2本紙皿に乗ったものをマヤが差し出した。


 「ありがとう。セントラルの人間から情報を貰ってな。3年前のXO-77の抗争と、呉土シラタカのその後の詳細について」

 「それって、アンタの追ってた?」


 腕組みをしたサラクが言う。


 「ああ。一度仕事のツテで関わったセントラルの関係者から貰ったんだ。結論から言うと、呉土シラタカは死んでいた」

 「……」


 言葉を選ぶような沈黙。半ばだろうな、という推測がルゥーの脳裏にはよぎっていた。


 「まあ、時系列にそって説明してくれや」

 「それもそうだ。XO-77の領土争い、呉土シラタカは機動兵装ホワイトフロントに搭乗して戦場に駆り出した。超常の力の無い人間が、生物兵器や超常者と渡り合うには、あの機体が必要だ。隊列の穴を埋めるために、良い言い方をすれば遊撃部隊として呉土は雇われ戦場へと出向く。そして、”特殊な傷”を負う」

 「特殊な傷……?」


 ルゥーが言う。


 「時間を逆行させ、対象の消滅を図る超常の力らしい。胸郭から下を消し飛ばされた呉土シラタカの断面は、受精卵の体細胞を思わせる未熟な細胞へと逆行していた」

 「まあ確かに聞いたことある能力や。西櫻会の傘下にそんな力を使う人間がおったはずやが、確かもう死んだとか」

 「辻褄は合う感じか。その後、救助部隊に回収された呉土シラタカは付近の医療機関へと搬送され、一時をとりとめたが集中治療室の中で死亡と判断された。搬送されてから終始意識は戻らず、身分が分からなかった関係で埋葬されたらしい」

 「……たしか、呉土シラタカも孤児でジョウトウの外側のグレーの領域で飯を食ってた人間だったよな」

 「そう」

 「じゃあ身分の特定云々がまとまる前に、埋葬ってのもおかしな話じゃないな」

 「そうなんだよ」


 うち頬を噛んでクガツは手元のトリップ水に視線を落とす。サラクには、その眼はより一層しょぼくれ見えていた。


 「まあでも、ちょっとおかしなポイントが無い?」

 「え?」

 「呉土シラタカ本体が細胞逆行ビーム? か何かを浴びても、ホワイトフロントの機体自体は残るハズなんじゃないの? それだったらアンタのコレクションの中にもそれっぽい痕跡があってもおかしくないハズだし」

 「激しい戦いだったらしい。負傷した機体はどれも、熱か煤で真っ黒だった。傍からみればどれもそう変わらない……」

 「……そ、そうかぁ」


 より一層、沈み込む周囲。数十秒の沈黙を経て、グリルの中の炭が弾ける音を強く上げた。


 「呉土シラタカの死を否定はできなかった、か」


 大きく吐き出すような動作をしてルゥーは腰を捻ってそう言った。


 「まあ、なんとか飲み込むしかないな。遠出して墓参りでも行こうや。」

 「ありがとな」

 「水くさいのォ。ちょっと遠出して普段は食べれん珍味も愉しむのがワシのメインじゃ。付き合ってもらうからのぉ」

 「本当に助かるよ。……ところでルゥーとマヤはなんでここに?」

 

 クガツが問う。そ、それはと言葉を紡ごうとマゴマゴするルゥーに、サラクは言った。


 「蟻塚が半壊して金も住居も無いんだとさ」

 「ええ? あの地下組織のオーナーなら億万長者なんじゃ?」


 バツの悪い顔をするルゥー。


 「ワシはホワイト企業のオーナーや。従業員のメンタルケアと体調には何よりも気をつけとる。ちょっとオプションを奮発しすぎて手元に残るのはほんの雀の涙ほどの貯金しかない。それをあんなに倒壊させられたら、破産してまうで」

 「……あのときは、お前もノリノリだったじゃん」

 「だからちょっとヘコんどんねん!」


 ルゥーは甲殻から大きな亀裂を入れるロブスターにかぶりついた。亀裂から、香ばしい香りと黄金の汁が滴る。


 「まあ、考え直すにはちょうどいい時期なのかもな」

 「何が」

 「お前の旅についてや。整理して、よう考えぇ」

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