顔の知らないそっくりさん 12

 車いすに移ったルゥーは、護衛らに駒と盤を持ってこいと指示した。

 持ってこられたのはハニカム構造でマス目割りのされた盤と、黒、白、赤、青の4色の駒。底の平らな円柱状のスティックの端に球体や処刑台、太陽や月の意匠。


 「ワシら西櫻会」


 赤い駒が数個、盤の端に立つ。クガツとサラク、マヤが視線を注ぐ。


 「この中にも派閥がある。いや、加担しているというべきか」


 碇の意匠をした赤の駒が取り除かれ、白の碇が同じ位置に挿げ替えられる。入れ替えられたのは2本だ。


 「中央管理セントラル


 白い駒を無作為に握ったルゥーは、盤の中心にそれらをジャラジャラと落として見せた。

 クガツは腕組みをしながら問う。


 「西櫻会内にも、セントラルからのモグリが居ると?」


 横になった駒を一本ずつ立てるルゥーが答えた。

 

 「少し違う。セントラルも目的があるからのお。そのために西櫻会ウチがヒトを貸し出しとるイメージや。セントラルの目的と役割、なんや?」

 「超常に関する研究と開発、管理」

 「せやのう。中央管理……"クレーター"付近は特によ~分からん現象が起きまくっとる。力に目覚めた原生生物が居れば、気の触れたように人が変わる研究員。それら”危険分子”が外部に干渉しないように武力制圧したり、隙あらばデータを取ったりや」

 「そこまでは知っている」

 「そこでや……そんで、そういう”危険分子”が外へ出たら?」

 「ありえないことも無い、が……!?」


 クガツはハッとしてサラクの方へと視線を向ける。呆けた顔をして欠伸をしていた。


 「セントラルにもメンツがある。西櫻会の管理区画に漏れ出た危険因子の管理を、ワシら蟻塚派が裏で引き受けたわけや。ファイル名は”自然発生者”……そこの藍河サラクがそうや」

 「なんだと?」


 サラクは難しい顔をしてルゥーとクガツを見ていた。何も言わない。理解が追い付かない様子だとクガツには見えた。

 ルゥーは、どこからか透明の駒を取り出し、それを赤い駒の密集する中心へと立てた。


 「これまで、似た例はあった。共食いをする双子の脊椎動物。霊長類は3件だったか。でも、それは双子やない。”同じもん”やった。それらが共食いする度、喰った側の超常係数が増していく。でも、人間で見られた例は初。そして、もっと気色悪いのは──」


 ルゥーが摘まんだ透明の駒を離す。


 「この自然発生した人間を中心に戸籍や出生の改ざんが見られたことや」

 「どういうことだ?」

 「さながら、逆神隠しやな」


 ルゥーが指を絡め、両肘を着いて続ける。


 「まるで、はじめからあったみたいにのぉ。藍河サラクは本土の小児検診だので超常者と分かり、ムーへ送られたことになっとったわ」

 「意味が分からんぞ。どうやって確認した?」

 「戸籍の無い名前が、藍河サラクの室内から見つかった。悪ふざけでつくったようなものとちゃう……年季の入った女子学生の周辺物品がな」

 「……生体反応の確認は?」

 「した上で言う取る。意味が分からんのはコッチもや。まあ、此処まで長々語って言うのもなんやが……この自然発生者が何者かの解明よりも、どう管理するか──それが肝要や」


 ルゥーは指を3本立てた。


 「共食いをして肥大化する超常体。そのサラクを管理するため、西櫻会は起動部隊のリストから2人の精鋭を寄越した。オクサル葉宮と、九条Cアイカ。一度クガツの兄ちゃんに殺された女らや」

 「その節はどうも」

 「フン、治療費高ついたんやからのォ。かくして、葉宮・九条・藍河からなるK3が結成。表向きは小規模作戦実行部隊としたが、その本来の目的は自然発生者の管理や。何かあれば拘束して捕らえられるようにのォ」

 「このアホを2人で捕まえられるってのはよっぽどだな」


 クガツは親指を立ててサラクを指す。誇らしげに胸を張っている。


 「……」


 話続けようや、とルゥーは切り出した。


 「話続けようや。サラクと同じ生体反応を持つ個体はいくつか確認できとった。一人は高架下で消された女、もう一人はサラクの捕獲のため連れ出した個体や」

 「サラクと似たような個体が他にも!?」

 「まあ待て、そこのメスモンキーが2匹も3匹もおったらたまらん。特別なのは今のところアイツだけや」


 サラクは血眼になって、ルゥーに中指を立てていた。

 

 「ともかく、共食いは”良くない力”が蓄積するから避けたい。でも、それで抑圧しすぎた場合には何が起こるか分からん。サラクを管理するにあたり、共食い以外でフラストレーションを解放する必要があった。泳がせとったが、それも限界がある。西櫻会はサラクと似た生体反応を発見し、精密な確認ができ次第ストックし、周期的に”喰わせる”ことで管理することとした」

 「共食いができないことからくる飢餓が悪夢と不眠の引き金になり、それらを適度に開放する、と」

 「そんなところや、仮説やが。そんで、今までは絶食療法やったが、今後は引き伸ばし療法になるわけやな」


 ルゥーはサラクの方へ視線を配る。バツの悪い顔をして、サラクは腕を組んだまま黙っていた。


 「なるほど、どういう肚かある程度は分かった。そんで、ルゥー。アンタの目的は」

 「ヤリ合いたかっただけ言うとるやろ」

 「それはそうか。じゃあ、なぜ俺を狙った? 久住クガツ以外にもいくらでも居ただろ超常の使い手は」

 「……フフ。それもやがのぉ」


 ルゥーは神妙な顔をして身を乗り出して語りだす。


 「ヒットマンのバイトをした時や。1度だけ負けたことがある」

 「負けた?」

 「完敗って奴や。閉所での護衛やったから全力は出せん状況やったが……それでもワシは鋼化コンバットと、周囲の無機物を代謝エネルギーに変換して持久戦くらいはできる。それをもってしても、完封やったわ」

 「……それは、厄介な使い手になるな」

 「うれしいこと言ってくれるやないか惚れてまうで」


 クガツは梅干しの様に顔にシワを寄せ、ルゥーを眺める。


 「冗談や。でも、惚れ惚れするのを通り越して寒気のするような使い手やったわ。人間工学をベースとした効率的で無駄のない攻めと守りの選択肢……」

 「軍隊格闘をカジったケンカ術なんて、そんなのいくらでもいるだろ」

 「いいや、あの完成度はそうおらん。それが、クガツのニイチャンの”それ”と瓜二つやったんや」

 「は、はぁ……?」

 「極秘で入手したジョウトウでのクガツvsサラクの怪獣化前の映像、そっくりやった」


 ルゥーは続けた。


 「黒装束の男やったわ。顔は分からん。暗かったし、ペイントなり認識阻害の細工があったかもしれん。その顔の知らないクガツのニイチャンそっくりの男を、ワシは追うとる」

 「顔の知らないそっくりさん……」

 「1年前くらいのことやけどのォ」


 ルゥーは散らばった駒から、どの色を摘まみ出そうか吟味している様子だった。

 数秒、指を泳がせたが決まることはなく、ルゥーは大きく息を吸ってから椅子から立ち上がった。


 「黒装束の男になんとしてでもリベンジする。それがワシの野望や。そのためにサラクと、マヤを利用したことは謝る。すまんかった!!」


 筋骨隆々の男の土下座……誠意の男謝罪ッ!!

 クガツとマヤ、サラクに向けて蟻塚の主は床に額を擦りつけていた。


 対するクガツ、手の甲を唇に当てて思考を巡らせていた。


 「……もしかしたら、協力関係になれるかもな。俺はジョウトウ側だけど」

 「ホンマか!?」

 「ともかく、今日はお暇するよ。マヤの応急処置と、予約票を受け取ってから」



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