顔の知らないそっくりさん 10

 瓦礫だらけの奈落の底で二人の男が正対する。

 一人は久住クガツ、銀髪をしたシャープなスタイルの10代の男。

 もう一人はマスター・ルゥー。半裸でむき出しになった筋肉と、獅子のような金髪オールバックの姿。


 巨大な瓦礫片の上で睨み合う二人、息を切らしているのはルゥーの方だった。


 「……やるやないか、ニイチャン」

 「そっちもな」

 「よく言うッ!」


 ルゥーが踏み込んで、ウロボロスムカデの顎のようなフックを繰り出す。

 繰り出した腕は瞬時に硬化ッ!! 光沢が暗闇に煌めく。


 (硬化能力、それと先の衝撃波……一体何の超常だ?)

 

 クガツの素早い回避でルゥー一撃を回避、生じる隙にクガツの手刀。その手に響くのは違和感。

 手刀の接触部、その筋肉はメタリックな光を帯びている。

 が──


 「シャ」

 

 クガツは黒い瘴気を纏わせ、そのまま一閃。物質をグズグズにさせる力が硬化した筋肉ごと削り飛ばしたッッ!!


 「クッソォ!! この野郎ッ!!」

 「もうよせ、俺の力とアンタとじゃ相性が悪い。アンタに恨みはない。薬を寄越せば、この"蟻塚"から出て行く」

 「それじゃあおもろないわァ……ワシは、お前をブチのめさな気が済まんのや」


 むき出しの傷口を手で抑えながら、ルゥーは指を鳴らして上階に指示する。

 数秒後には大型モニターが、手裏剣の様に瓦礫の足場に突き刺さる。モニターに照らし出されたのは、拘束具の人物。



 全身を布に覆われたその人物の腹部辺りは赤黒く滲んでいる。白衣姿の関係者が滅菌された中材物品を扱い、赤黒く滲んだそこへ向かい操作する。

 十数秒後にはソラマメの形をした臓器が摘出され、その十数秒後にはまた同じ形をした臓器が姿を現す。それが何度か繰り返された。


 「オイ、なんだこれは」


 クガツは漏らす。


 「なかなか見上げた商売やろう? 作り物じゃない腎臓は高く売れるからのォ。それも"無尽蔵"にそれが取れるってんなら利用しない手はない」


 クガツは駆け出していた。黒い瘴気を纏った腕が、ルゥーの腹部を貫いていた。


 「その眼やァ!! その眼のお前をぶっ潰したかったんやァ!! 誰を想像したんや!? どんな関係だったんやァ!? あァ!? 言ってみィ!! 当たっとるからのォ!!」

 「……」


 胎を貫いた腕から漆黒の奔流が爆裂し、ルゥーの上半身と下半身は分断された。

 空を舞うルゥー、その顔には見開いた眼球をした笑みが恍惚としていたッ!!


 「まるで獣やッ!! 言葉すら失っとるッ!! これが獣の超常者……!! たまらんなァ!!」


 分断された下半身の陰部もビキビキと微振動を繰り返している。

 ルゥーの上半身が言う。


 「ここまで来たら教えたるわ、ワシは"天地の超常者"……ッ!! 大地の恵みと大気と空力を司るッッ!!」

 

 上半身に、瓦礫がうねりを上げて凝縮していく──。鉄骨が血管の様に、流砂が血液の様に突き抜けていくッ!!


 鋼鉄のボディ、横一線が闇を照らすバイザーアイの頭部、両肩部と腰部に携えられたジェットエンジンッッ!!

 さながら、エアフォースワンをコールサインにする……大型ジェット機のトランスフォーマー!!

 

 「見ておけ、獣畜生。これが天と地の融合やァ……」


 空と大地の巨人となったルゥー、音を置き去りにする速度の大気が、荒く削られた風に乗せられクガツへと叩きつけられる……!!

 その風速、1930年代を襲ったニューハンプシャー州の記録をもマークしていたッ!!


 「飛び道具だけやない……ワシのこの身体、フィジカルも舐めて貰っちゃ困る」


 Oh!! なんて速さ!! 全長60メートル近くした巨体が、空を裂いて、エンジンから炎を吐いて駆動する!!

 ズタズタになった肉片にマシンガンジャブを浴びせ、アッパーカットで突きあげる!!


 蟻塚の天井へと叩きつけられたクガツ──その横に鉄の巨人と化したルゥー!! スレッジハンマーのスタイルを取り、一気にそれを振り下ろしたッ!!


 クガツは直下した。次に襲うのは瓦礫……そのもの!! 剣山のように変性した瓦礫がクガツだった肉片を貫く。貫いた針はぐにゃりと変わり螺旋を描いてスクリューした!

 蟻塚の内宮を、疾風の刃が吹きすさぶ!!


 「これが天、これが地。その程度のケンカ術、もはやワシの本質には届かん。期待して損したわ」


 ズタボロになったクガツの横へ着地する鉄の巨人。それ以上、声を上げずに肉片を見下ろす。


 「終いや」


 手をかざし、超風速の砂嵐を構える。


 「……お前が相手しているのは、なんだ?」

 「あァ!?」


 肉片が、巨人に問う。


 「お前は何と戦っている? 災害としてのスケールか? それならハリウッドと張り合うんだな」

 「なんや、負け惜しみか?」

 「お前は誰を相手してるんだ?」

 「……なんやと」

 「──お前の相手は俺だろ」

 

 殺気。次に過るのは”本質”。己の口にした本質という言葉が、ルゥーの中でリフレインする。

 辺りを見渡すと宇宙。時と空間が切り離されたそこで孤独だった。


 「俺を視ろ」


 黒い血潮と、鮮やかな臓。生命が滾る人型が手をかざし、鉄の巨人と蟻塚の内部を崩壊させていた。

 空を駆ける人の知恵と、大地の恵みからなる鎧は、もうルゥーを纏っていない。


 集約する黒い衝動がネコ科動物の様に駆けだし、生身となったルゥーへと襲い掛かったッ!


 黒くグズグズになったルゥー、息絶え絶えに言葉を紡いだ。


 「ワシの負けや……」


 ルゥーの傍に、また一人の黒くなった衝動が寄る。


 「アンタは強い」

 「……」

 「薬と人質の場所、上の人間に聞いて帰るわ」


 まもなく救護班が蟻塚の下層へと姿を現す。クガツは跳躍して、蟻塚の王宮の間と向かった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る