顔の知らないそっくりさん 08

 「あっちは?」


 クガツが視線を向ける。蒸気を暖簾の隙間から漏出させる露店だ。

 その先には瓶詰の白い薬品をグラス内へ入れ、かきまぜたそれを飲む中年らが居た。


 「ちょっとした薬だよ。味覚に作用してメシを旨くする。尋常でない程に。でも、あの粉を摂らず食べるメシはこの先何も味がしなくなる」


 マヤが言う。ぼかしていたが、おぞましい作用機序を想起させる内容。それでも日常のようにマヤは何気ない口調で答えた。


 「厄介な食前酒だ。……それであっちは?」

 

 また別の方向へとクガツは視線を向ける。首輪と手錠をつけられた色素の薄い少女らが椅子に拘束されている。薄手のキャミソールを着せられ、虚ろな眼をしていた。


 「奴隷?」

 「いいや、複製だね」

 「複製」

 「ええ。アイドルとかモデルとか、表の世界で名を上げる女の子らの生体情報を調達して、あそこの奥で複製するのさ」


 親指を立てる先には洞。太い配管がその奥へと複数に伸びて、重機のような音を響かせている。その音に重なるようにして成人にもみたない女の声──


 「ちゃんとした研究所のやってる複製技術ほどじゃないけど、半日くらいはちゃんとした代謝を行える肉の器は再現してるみたい。企業の重役とか、金持ってるひとらがあそこで愉しむんだって」

 「半日……」

 「そう。だから事が済めば処理するの。一日に数件だけだから、そんなに重たい荷物にもならない」

 「詳しいじゃん。よくできたビジネスだな」

 「アタシも、ここに情報提供したことあるから」

 「それは……あんまり聞きたくなかったな」


 クガツは自分でも表情が強張るのが分かり、それを見せまいと壁から視線を背ける。眼下に広がる蟻塚内装のような構造、中心で死闘を繰り広げる半裸の影。


 「それより、マヤが行きたい飯屋って」


 暫く並列して歩く二人。マヤの歩調が止まることが無くクガツがポツリと言う。


 「見えてきた。ここ」


 煤けた配管が岸壁を血管の様に伝う一帯とは似つかわしい煌めきをしている。

 翡翠と黄金……ッ!! 太陽のような光沢を纏う手中にエンマダイオウイカの眼球を思わせるほど巨大な翡翠の球体──!!

 宮殿のような長い通路を渡った先に、巨大なテーブルとそれに向かいタイタンエイプの骨盤を加工した椅子に座る大男が居た。

 鍛え上げられた肉体と、かき上げられた金髪。肘置き付近で座る。獅子を猫のように撫でている。


 ──王。直感するクガツ。


 「この悪趣味な巣窟の大将さんって所か?」


 その言葉に反応し、瞬時に飛び出す影が二つ。


 「口を慎め小僧ッ!」


 側近らしき黒服がクガツの喉元にナイフを突き立てた。


 「おうやめろお前ら」

 

 血眼の黒服二人──。王がそれに声をかけた時には、勢いあまってその刃先はクガツの喉笛を貫いた。沈黙する王。


 「……」

 「まあ、初対面にやる言葉遣いじゃなかったな」

 「……!?」


 黒い瘴気を上げて、クガツの創部は急速再生をする。内部からの陽圧でナイフは吹き飛び、その柄の部分が額に直撃した黒服二人は姿勢を崩して倒れた。


 「ほう、聞いては居たが中々の再生力やないかニイチャン」

 「それは、どうも。そんで、マヤとはどういった知り合いで?」

 「……」

 「いいや、この俺にどういう用があって此処に?」


 首を鳴らして金髪オールバックの筋肉に問うクガツ。それを聞いて、口角を上げてから、半裸の男は肘から先を立てて無言で答えた。


 数秒の沈黙から、室内隅から一人の女が姿を現す。ワイルドな毛皮のドレスを纏った女だ。ブロンド髪をしたやや背丈のある少女──マヤそっくりの。


 「それがアタシの複製?」

 「そうじゃそうじゃ、よう出来とるやろ」

 「特別製って言ってたもんね」


 マヤそっくりの少女は筋肉男の方へ寄りかかるようにしてクガツらに視線を移す。


 「コイツは複製?」


 クガツはマヤの方へと視線を移す。罪悪感に苛まれ、マヤは目線を足元へと向けていた。


 「ごめんね、だましたようで。これが言ってた仕事。やらかしたのも、やらかしてる……最中ってこと」


 絞るように言ってマヤは黙る。その様子を見て、クガツは息を一つ飲む。


 「コイツを延命させる薬はないのか?」

 「……フン、物分かりがええのおニイチャン。そうや、ソイツはコイツの複製や」


 筋肉男はドレスのブロンド少女の腰に手を回す。


 「今回の任務もあるし、ちょっと特別な調整もしたんや。長持ちするようにな。でもなぁ、それをアンロックするにはある薬とそれを保管する金庫のアンロックが必要や」


 静かな低音が一帯に鳴る。そのころにはクガツが筋肉男の顔面にアイアンクローで捉えいた。


 「なるほどな。だったらここら一帯を焦土にでもすりゃ1分もかからず片付く」

 「……ま、まあ待て。その生体認証を持つのがワシや。そこで取引や」

 「取引?」


 筋肉男からは不意打ちや姑息な敵意が無かった。静かに燃える闘志が指の隙間の眼光が漏れる。


 「闘技場みたろ? だらしない男ばかりや。催しのついでにおもろい奴がおるかやってみたが、ワシの好みの強者はおらん。欲求不満なんや」

 「なるほど」

 「でも、おもろい噂を聞いてな。ジョウトウグループのビーチでやり合った男女。漆黒の力を駆る獣の男──ッッ!! ワシはなあ、もう辛抱たまらんのや……!!」


 筋肉男の皮のパンツは、テントを張っていた。ビクビクとして、頂点はじんわりと滲み始めている。

 

 「オイオイ!? 本当に何を始めるつもりだ!?」

 「何もこうも、ヤリあう他ないやろォ!! なァ!!」


 筋肉男の胸筋の中心から衝撃波が爆裂したッ!!

 ぶっ飛ぶクガツ、それは蟻塚中心のコロシアムへと着弾した。

 空かさず、クガツの付近へと跳躍した筋肉男。着地の瞬間に台風めいた衝撃を上げ、既にコロシアムに居た2人の闘技者を吹き飛ばしたッ!!


 『な、なんと!? ビギナーズマッチは中止となるか!? 現れたのはマスター!? そして謎の少年ッ!? 一体何が始まるんだァ!?』


 電子音が驚愕の声を上げる。


 「エキシビジョンマッチや。このマスター・ルゥーが負けたら、そこのニイチャンの言いなりにでもなんでもしたるわい」

 

 半裸の筋肉金髪オールバックが言う。クガツを睨んで──ッ!!


 「生体認証の事、忘れてねえだろうな」

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