顔の知らないそっくりさん 07

 「どうしたの? それ」

 「着替え」


 ラフなシャツにパンツ姿のクガツの脇には泥だらけの袋が抱えられていた。その姿をみて苦笑するマヤ。メトロに吹き抜ける人工的な風がそのブロンド髪をなびかせている。

 

 「んで、もうそろそろ電車出るんスよね? 自分このあたりの地下鉄使ったことなくて時間とか、色々わからないんスけど」

 「あ~。大丈夫大丈夫、案内するからするから」

 「早いところロッカーに叩き込みたいっすわこの袋」

 「だろうね」 


 軽い口調でマヤは言い、腕時計を確認する。同時に流れるのは、回送列車到着のアナウンス。

 十数秒後には、車両が停車し係員らしき人間が数人前方車両の側方出入り口から行き来する。


 「コレ、乗るよ」

 「あえ!?」

 「はやく」


 マヤはそう言いクガツの手首を引いて車両側面に足を向ける。固く閉じた鉄の扉に身が衝突する──その寸前、鉄の扉は水銀のように波紋を上げ二人は乗車した。

 足首を挫いて壁へよりかかるよう姿勢を崩すクガツ。その手首を握るマヤ。


 「ごめんね? ビックリした?」

 「ああ」


 マヤの呼びかけに対し、クガツは目を細めて下唇を軽く噛んでいた。眉を潜めて。

 壁沿いに中腰で姿勢を整えるクガツの様子を見下ろし、マヤは言う。


 「そういう顔するんだ。意外」

 「え? ああ、ビックリしたンすよ! こんなの初めてで!」

 「へぇ」


 両側窓からは配管と白色ライトが残光を描いて流れる。その間、二人は何も喋ることはなかった。

 まっすぐに伸びる対面座席に足を組んで座るマヤと、その横に座って腕組みをして視線を足元に下ろすクガツ。


 二人が乗車して20分を過ぎた頃だ。

 窓を横切る白色の光は次第にエロティックなネオンピンクになり、下品な光が証明の内薄暗な車内を染める。


 「来たよ」


 窓越しに眼下に広がるのは中空を大きく空けた一帯ッ!!

 武骨に地下を掘り、岸壁には補強材と配管、ネオンの看板を掲げた露店と、きわどく露出させた格好をした少女の客引き。何よりもその中心にて、チェスの盤めいた白黒のモノクロで染め上げられた足場。その上で血を流す二人の影──ッ!!


 「飲む、打つ、買う。すべてが揃う西櫻会傘下の地下──通称、”

”蟻塚”。ここのごはんが美味しくてね。キミにも味わってもらいたいんだ」

 「旨いメシだけ食って帰られたら、それでいいんだけどな」

 「……」


 上層区商業区前駅で停車した車両から下車した二人、クガツは無言で歩をすすめるマヤに続いて地下を進む。

 オニーサン、オニーサンという客引きと、赤鼻をした老年の男が鍋で茶色い液を煮込む姿、ジョッキを掲げ中心のフィールドを眺めるスーツの男たち。


 「悪趣味な所だな」

 「その内慣れるよ」

 「嫌な感覚だ」


 クガツは内ポケット内に手を伸ばし、サバイバルナイフの柄を握ってから再び手を外へ出した。

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