顔の知らないそっくりさん 06

 「えらく、ピリピリしてるじゃねえかよ。女の子の日か?」


 鎌状のナイフを取り出し、サラクは腰を低くして構える。


 「おいおい。もうちょっと穏やかに行こうぜ。久々にK3の3人が集まったんだ。やっすいファミレスで飯食ってさ。カラオケで78~9点くらいを出し合おうぜ」


 長身スキニーの女、九条はそう言って手を広げ、ゆっくりと距離を詰める。それに続くよう、小柄のゴスロリ……葉宮も歩を進める。


 「どういう風の吹き回しだ? K3として動くなら独自のホットラインで依頼を寄越せるハズだ。それにプライベート用の端末でカラオケでも、着もしないナンパ待ち立ちんぼの誘いでもできたでしょ」

 「ちょっと事情が変わってね。サラちゃんには少し、おねんねしてもらいたいんだ」

 「たったさっき、十分おねんねできたばっかりなんだけど? 肌、キレイでしょ?」

 「ええ。だから、ここでとらえられてほしいワケッ!!」


 九条Cアイカが、サラクの方へと腕を伸ばし、指を鳴らした。

 その次の瞬間──コンクリートを伝う水と氷塊ッッ!! うねりながらその奔流はサラクへと向かうッ!!


 中空へと跳躍したサラク──そこへとカッ飛ぶ小柄のゴスロリ!!

 ゴスロリの繰り出す飛び膝蹴りを、サラクは膝と肘を畳んだ防御でカバーし、逆方向の腕で力任せにオクサル葉宮に撃ちおろす。


 墜落する葉宮、続いて着地するサラク。腕を伸ばし次の”射出”の待機をする九条──


 サラクの脳裏には戦友2人の過去のデータが駆け回っていた。


 (掌握の超常者バリアント……オクサル葉宮。指定空間に真空を生み出す超常者。真空の発生点は物体の内外を問わない。体内発生なら即死、体外発生なら陰圧による物体の位置操作。対人間サイズにおいては殺傷能力と汎用性が高い。幸い、能力の発動にはある程度時間を要すること、距離が遠くなれば遠くなるほど圧の発生座標の精密性は下がるのが付け入る余地か)


 息を細く吸って、サラクは視線を革ジャンスキニーへと移す。


 (氷河の超常者バリアント……九条Cアイカ。大質量の水と氷塊を生成する能力。対象の温度を下げる選択肢も持ち、多少の化け物サイズをした対象でも凍結による拘束も可能。中距離~遠距離のレンジにおいては驚異的な強さだ。そして、近距離においては──)

 

 サラクはナイフを握っていない方の指を結ぶ。次の瞬間にはサラクの影から飛び出した中肉中背の少女──背格好サラクそのものの分身が飛び出す。有機分身だッッ!!


 肉の詰まったサラクの分身が革ジャンスキニーの懐に潜り込み、鎌状ナイフを使ったクロスレンジコンバットを展開するッッ!!!

 が──ッッ!!


 九条Cアイカは瞬時に肘関節から前腕尺骨側に氷塊を纏う。自身へと向かってくるナイフに、氷結硬化させた肘を撃ちおろし、その刃そのものを粉砕した。

 瞬時に発生する、サラクの分身の隙。そこへと鋭く叩き込まれるハイキックッッ!!

 分身は瞬時に肉塊となって炸裂し、はじけ飛んだ。


 「おいおい、ケンカ術の稽古をつけたのはアタシなんだぜ? 本体で来いよサラちゃん」


 片足立ちをし、膝を畳んで構える九条。睨みながら、サラクは息を吐く。


 (本体の戦闘センスにより、近距離すらもカバー。いや、もはや得意距離と言っても良い。だったら、どうする──?)


 肉塊が弾け、ジリジリとした間合いの再調整が始まる。サラクと、九条、葉宮の三角形が低速で角度と辺を変えて行く。


 (久住クガツ戦の時のように、あの最高にヒートした時のような巨人になってもいいか? 火消の金に糸目をつけず。いや、ここは地下鉄。クガツとやり合った時は公共交通機関を巻き込まなかった。金に物を言わすのは、ちょっとできないな。それに巨大化そのものが瓦礫による生き埋めで拘束されてしまう。奴が”おねんね”というワードを使っている以上、拘束が付きまとう巨人化という選択肢は得策ではないかな)


 だったら、と小声を言ってサラクは鎖骨から左わき腹までをナイフで斬り落とした。

 斬り落とされた肉塊から、サラクが再生。そして斬り落とされた側のサラクからも左腕から肩部が再生したッ!


 「13%有機分身。頼むぜ」


 3角形が4角形となった瞬間、状況は動くッ!!

 13%サラクに対して、氷河の奔流と、ゴスロリの逆水平が飛び出したッッ!!


 (分身が、分身のボディイメージになじむ前に初動を止める。だが──)


 分身側は回避と防御に専念していた。氷河と近距離格闘の波状攻撃。それを曲芸のような姿勢で往なしてそこに居たッ!!


 攻撃を終えたゴスロリと革ジャン。今、もっともフリーな選択肢を持つのは本体のサラク──ッ!!


 攻撃後のゴスロリに、サラクはナイフの投擲。それを手の甲で弾くゴスロリ。


 (強化合成レザーの手袋……)

 「来いよォ! サラクゥゥゥ!! やっぱりアタシがアゲアゲになれるのはお前くらいだぜェェ!!」

 「光栄だぜ戦友」


 本体のサラクがゴスロリへと接近!! クロスレンジの高速戦闘が開始ィィィィ!!


 サラクは鎌状ナイフを懐から取り出し、肘と刃物を基本としたスタイル。対してゴスロリはレザーグローブに仕込まれた刃のように研がれた爪を使う野性味あふれるスタイル──ッ!!


 フィジカルの差は僅差──わずかにゴスロリが上回っていた。


 「オラオラァ!! か弱い女の子を力で粉砕するのは気が引けるなァ!?」


 隙が少ないのはサラク。コンマ数秒における攻防において、的確な体捌きを行いサラクは2~3秒の時間を生み出した。


 「防御ばっかりでめんどくせェ!! トドメだァ!!」


 ゴスロリが僅かに大きく振りかぶる。あらゆる防御を正面から粉砕する一撃だ。

 そのゴスロリの脇腹に、肘鉄が叩き込まれる──。


 肘鉄を繰り出すのは、13%有機分身サラク。本体の稼いだ僅かな時間が、分身がなじむのには十分な時間だった。

 本体によるソバットキックの追撃が、ゴスロリの胴部を捉えて大きく吹き飛ばす。吹き飛ぶ少女の方向へと分身は駆け出した。


 「行けッ!!」


 次の瞬間には氷山が足元のコンクリートを貫いて、サラク2人がいた足場に姿を現す。本体のサラクは身を翻して氷山の刺突を回避。


 「分身!! 知っているとは思うけど、そいつは一撃即死の真空攻撃を使ってくる! 手数を緩めず選択肢を散らせて動け!!」

 「分かってるよ!!」


 吠えるサラクに、下方から鋭く振りぬかれるボディブローッ!! さながら、深海より勢いよく浮上するマッコウクジラが如く──ッ!!

 九条Cアイカの一人時間差攻撃だッッ!!!


 剣状突起付近に直撃し、吐血するサラクが宙に舞う。天井に亀裂を入れて沈み込んだと思えば、氷柱が生成されサラクの腹部を貫いたッ!!


 「ガッ。ゴボッ!!」

 「不死に──いや、残機無限に胡坐をかいたなサラちゃん。観念してもらうぜ」

 「アンタら二人を同時に相手するのはしんどいわ」

 「だろうな。アタシだった嫌だわ」


 氷柱か身をスルリと抜け、胎に風穴の空いたサラクが墜落する。

 九条の足元に着地する寸前──ッッ!!


 「くっ!!」


 肉体が炸裂するッ!! 血潮による目潰しだ!

 反射的に防御を取る革ジャンスキニー。その背後から、中肉中背の少女が駆け抜け、鎌状のナイフを振りぬいたッッ!!


 「知ってるぜサラちゃん!! アンタが念には念で分身を周辺にはりめぐらせてるのはよォ!!」


 革ジャンが繰り出す裏拳が、駆け出す少女の頭部を捉え粉砕した。視界は真っ赤。だが、天性のセンスが頭部とその重量の中心を捉え炸裂させるっ!!


 「はッ! サラちゃんの無限残機も限界がある。いや、限界というよりかはインターバルだ。人間の平均寿命は83か84、まあ80か90年近く生きて、そこから幾年かしてまた誕生する輪廻転生説。それをほんの十数分に集約させ、代謝エネルギーを操る能力だ。無茶もすれば、その分次の──その次以降のパフォーマンスは落ちていく。観念してお縄についてもらうぜ」


 九条は目元の血液を親指で拭った。


 「──ッ!!」


 その視界に写ったのは人体模型のような皮下組織むき出しの人影。それが鎌状ナイフを振りぬくところだった。


 「熱い……痛い……。これが致死量ギリギリって奴か」


 筋骨格筋の再生を優先させ、対象の鎮圧のみに特化させた代謝の流れ。中途半端に再生したサラクの肉体は、数秒を置いて心肺機能の適応を済ませた。


 「急所は外した。なぜ、今頃になってアタシを狙う?」

 「なぜ、か──ねぇ。元はと言えばK3はいつでも、お前を武力鎮圧するためのスリーマンセルだったんだ。有事の際にな」

 「なんだと?」


 サラクの肉体は崩れる。無茶な代謝バランスを行った弊害だ。

 だが、そのころには肌に傷1つ無い中肉中背の少女が姿を現す。別座標からサラクは肉体の蘇生を済ませていたのだ。

 

 「九条アンタ葉宮アイツも、西櫻会直系の機動部隊じゃなかったってワケか?」

 「それ以上は言えねえなァ……。ただ、葉宮あのこもそうヤワじゃない。左腕一本から再生してすぐのアンタくらいならヤれると思うぜ?」

 「……」

 「そして、答えも持ってくるハズだ──」


 一度血を吐いて、九条は力なく崩れた。横たわった革ジャンの少女の腹部からナイフを引き抜けば、赤黒い血液がドクドクと流れ出した。


 「答えだと? オイ答えろ……めんどくせえな」


 サラクは九条の横へ腰を下ろし、自身の分身を生成した。自害の無い人型の肉塊だ。

 静脈系を引き抜き、1本の管のように手を加えたそれを傷口へ留置。出血が無いように処置を行う。止血用簡易テープだ。


 「分身を後1~2人出して、葉宮の方へ向かわせるか? それとも本体で向かうか? それだと九条の回復時に初動を止められない──」


 思考するサラクの鼓膜を捉えるのは、足音。

 血みどろになったゴスロリ姿の少女がフラフラの足取りで暗闇から姿を現す。

 瞬時に立ち上がり、構えるサラク。


 「オイオイ、口説かれたのかよ」


 虫の息寸前となったゴスロリの少女、オクサル葉宮。その横を涼しい足取りで並ぶのは中肉中背のミドルボブの少女だ。如何にも、一見無害そうな背格好と佇まい。

 ──血しぶき一つない衣類を纏っている。


 「お前は、アタシか?」

 「……」

 「なるほど、よくわからないことだけはわかったぜ。あの九条ケツデカの言った答えがコレ……ね」

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