顔の知らないそっくりさん 05
クガツは揺れる装甲車の中で瞼を擦っていた。隣でハンドルを握るのはミザリ。少し前、クガツとサラクがクラウドノースの一件で世話になった人物だ。
「いきなりですみませんね。まさか線路が潰されるなんて」
「お盛んだったか? すげー眠たそうじゃん」
「だからそんなんじゃないっすよ」
「何ぃ~? 蓋開けたらすごいゲテモノだったみたいな」
「……そんな、ところかな」
「めっちゃ含みあるな言い方っ」
その後もクガツは眠たそうに窓越しに車外の景色に視線を向ける。湿度の高い鬱蒼とした木々と、ぬかるんだ泥をタイヤが蹴散らせて進んでいく。
「出会って2日目の女の人、ちょっと年上。それと飯行くってどう思います?」
「どうって、青春だね~としか」
「……」
「もしかしてアタシ誘ってるの!?」
「いや……そういや同じ年代かもっすね!!」
「うぇえ!?」
装甲車が停止したのはやや開けた一帯だった。淀んだ池と周囲に大木と、その大木に設けられたツリーハウスが特徴的な場所だ。そのツリーハウスも十何年といった期間を手を加えられず放置されたのか、寂れて黒く腐っている。
周囲には白い仮設テントが建てられ白衣の学生らが行き来していた。
「ここでの雑用終わったら飯なんすよ」
「へぇ~頑張ってきてね」
「うぃっす!」
「その、私と同期かもってぽい子もさ。頑張って声かけたんだと思うし、ちゃんと応えてあげなよ~」
「ありがとうございます」
装甲車を降りる間際、ミザリはクガツの肩を叩いて送り出した。
テントへ向かうクガツは白衣の学生らに手を振って駆け出し、遅いぞ高校生! と怒号が響く。
それからクガツは汗でグズグズになるまで働かされられ、休憩時間も無しでノルマをこなすことを強要された。
十何キロもある精密機械とコード類を持ち運び、何かの計測を終えたと思ったらまた場所を移す。電極を腐った大木へ着けては外してを繰り返す中、身覚えのある姿の学生を見つける。同級生の坊主だ。
「うっす久住じゃん、お前も補修かよ」
「そんな所。てか骨が折れるぜコレ。キャリアーとかに乗せて動かせないのかよ計測器」
「足場が足場だからムリらしいよ」
クガツと坊主の膝から下はズルズルの灰色に染まっていた。
「そうだよなぁ~」
汗なのか、泥なのか、はたまた体外に乳酸が漏れ出たのか。そんなビシャビシャな錯覚の中で昼下がりを迎え単位申請のための書類をクガツらは一帯の責任者に渡す。浮浪者のような酸っぱい臭いのする白衣の男だった。
その男は気だるげにタブレット端末の操作を行い、補習学生らの申請の手順にとりかかっている。しばらくするとそれも終えたようで、クガツは坊主頭のクラスメイトと軽く雑談を行い、テント周囲を後にする。
「シャワーが浴びてぇな。アイツちゃんとチェックアウトできてんのかな」
────
──
─
時は数時間前、眠気眼を擦って体を起こす藍河サラク。尋常でない熟睡感の目に映ったのは10時25分を指す時計だ。
その次の瞬間には内線が室内に響きだす。
「お、お、お、おはようございますっ!」
『すみませ~ん。起きていますか? チェックアウトの時間すぎているので身支度できればエントランスまで──』
「は、はい! ただいま!」
荷物はそう多くなかった。小さなポーチと財布と眠剤。貸し出しの衣類から、昨晩洗って干しておいた私服に着替えれば部屋を出て行くには十分だった。
エレベーターの下降の最中、鏡をみてサラクは驚いた。あの落ち窪んだような隈の後がない。
「うわ、アタシってこんなにマブかったんだ……」
ナルシズムに酔っていた。
支払いは久住クガツが一通り終えていたらしく部屋番号を言えばチェックアウトの手続きはすぐだった。
最寄りの地下鉄の方へと足を向ける。無言のまま数分歩くと、下り階段が現れ配管だらけの内部をくぐる──。
「……妙だな。ヒト一人いない」
周囲を見渡せば誰一人として一般人が居ない。時刻は11時頃。午後出勤の教員や研究者、大学生。或いは研究資材の運搬をする学生バイトでも居ておかしくない時間だ。
改札を眼前に迎えるが、駅員すらいない伽藍洞とも言える地下空間だった。
その中で、サラクの肌が殺気を捉える──
「誰だ?……いや、これは──お前たちか」
サラクの来た道をたどるように二人の人影があった。
一人は小柄の少女。ゴシックロリータ調の衣類を纏ったブロンドのショートカット。
「オクサル葉宮……ッ!」
「やっほー。おひさ」
もう一人は長身の少女。スキニーと、革ジャンを着たカールのかかったシルバーブロンドのミドルカット。
「九条Cアイカ……ッッ!!」
「よっ。訳あって拘束されてくれや。頼むわ」
「……いい根性してるぜ」
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