顔の知らないそっくりさん 04
ふらりとした歩行でホテルから出るのは紛れもなく藍河サラク。特に特徴のない出で立ちで居るが目元のみは赤紫に隈ができている。慢性的な不眠でどこかぼぅっとした雰囲気があるが、今の歩行は危うさすら感じる挙動だった。
「声をかけるべきか、いや……後をつけるべきか」
クガツの脳裏にはサラクの背後につく組織を想起していた。
西櫻会、K3。クガツの属するジョウトウグループと対立するユニオンムーの西部の大組織だ。その組織に飼われる特殊精鋭組織の1人──
「今までの俺にまとわりつくような動きは、全て西櫻会からのスパイ行為? いや、俺にそこまでの価値はない。じゃあ──」
約30分経過。ふらふらとした歩みでサラクに着いて行った場所は高架下だった。ちょうどジョウトウとクラウドノース方面、その他グレーゾーンの一帯とをつなぐ車道。
そこで、サラクは歩を止めた。
「アレは……!?」
ふらふらとした脱力のある挙動が、帯びている気配が瞬時に変わった。鎌状のナイフを握り腰を落としたスタイル。かつて、クガツを苦しめたコンバットフォームだ。
正対する先には──少女。サラクと同じ背格好の少女が居た。
夜闇に溶け込むようにして、二人の影が消える。数回の金属と金属がぶつけられあい、スレる音。夜の音と大型車両の走行音の中でそれらが弾け、次には鈍く肉を貫く音をクガツは捉えた。
「お、オイ!!」
思わず飛び出す。遠巻きの街灯に照らし出されるのは返り血を浴びたサラクの顔だ。淀んだ昏い眼をした少女と、その眼前で血溜まりをドクドクと拡大していく死体。
「何?」
「一般人か? それとも”そっち”が片手間にやってる任務か?」
「バレちまったらアンタを消さなくちゃならないね」
「ッ!!」
クガツも身構える。その姿をみて、サラクは鼻で笑ってから両手を上げる。そのつもりは無いというジェスチャーだ。
「わかったんだよ。アタシがなんで満足に寝られないなのか。ちょっとだけだけど」
「そ、それはよかったな」
「こいつらを全部殺す。そうすれば寝られる。確証はできないけど、多分あってると思う」
顎を使ってサラクは眼前の死体へと指す。眼に光を失った中肉中背の少女。髪にはインカラーの入ったサブカル系の雰囲気のある少女だったが、顔のパーツはサラクのそれと酷似している。標準的な配置と輪郭をした、標準的な少女像。まるで、教科書を見て人間を再現したかのようなわざとらしい人形──
「見ろよ、もう消えていく」
血みどろになった少女の肉塊。気がつけばそれらは白い光を帯び、白鳥の羽毛が巻き上げられるかのように夜空へと消えていった。
「……」
「今後はアンタの持つ情報網を使って、アタシと似た顔をした女を殺しに行く。多分大事にはならないと思う。こうやって消えていくから」
「逆に言えば、さっき消えた女の子もお前を殺しに来ていたんじゃないのか?」
「かもね。だから、最後の1人になるまで殺してやる。アタシが最後の1人になるまで──」
「帰って寝ようぜ。お前のギラついたそういう目苦手だわ。もっといつものアホヅラしていてくれよ」
クガツはサラクの手を引いて一帯を後にした。疲労が溜まっているのか、泥人形の世話をしているような体格と重量が合わない少女の面倒を見ながらホテルへと戻る。
戻った後にはクガツもサラクも何も喋らなかった。クガツは軽くシャワーを浴びて、携帯しているトリップウォーターを少量呷ってから床についた。
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