顔の知らないそっくりさん 03
クタクタになりながら藍河サラクは悪態をついていた。夕方ごろのジョウトウ東部からうって変わり、現在の位置はジョウトウの北西郊外。時刻も日付変更をむかえようとする時間だった。
「なんでこんな遠くまで来んの? よくない? 近場で」
「明日は俺補修なんだよ。現地で給料の出ないバイトみたいなことしないと単位が出ないの。朝も早いからここがいいんだ。ここだけは譲れん。宿代も安いし良いもんだろ」
「まあ、値段の割には内装綺麗だけどさ……」
サラクはいそいそとシャワーを浴びる準備をし、タオル類や着替えをゴソゴソとしだした。その様子を見てクガツは携帯端末と財布を持って出入り口へと向かう。
「じゃあ、俺は30分後くらいに戻ってくるから」
エントランスで適当に時間をつぶそうか、としていたがこの時間にもなって観光客がホールでごった返していた。
クガツはホテル正面玄関から外に出て、上階外壁に視点を移す。サラクが宿泊する部屋のライトが点灯しているのを確認し、携帯端末と名刺をとりだす。
夕方会ったマヤと名乗るブロンド髪の女からの連絡先が記されたものだ。
「大分遅くなっちまったな……まあ、数コールだけ試して出なかったら、それで寝るか」
クガツが番号を入力し2コールで音声通話はつながった。
『おつかれ~。ちょっと遅いんじゃないの~?』
「あ、ああ。ごめんごめん。明日の補修に備えてまた長距離移動してさ。課外なんすよ」
『うっそ。超ダルそうじゃんそれ』
「マジでしんどい」
『でも夏休み補修って、学内でするもんじゃないの?』
「そうでもないんッスよ~。学校も金になることしたがるからさ。単位を餌にただ働きさせるんよ学生に。人件費削減ってヤツですよ」
『へぇ~』
湿度の伴う分厚い大気が無風で月夜に淀む。何を話そうか、そう思考を巡らせていたクガツに女の通る声が端末越しに響く。
『明日、夕方暇?』
「え、あ?」
『何さっきの変な声』
おかしな物でも見たかのようにクスクスとした笑いをクガツは聞く。
「ああ、ごめん」
『付近でいってみたいお店あるんだ。あとで場所送るからさ』
「確認しておくよありがとう」
『いーえー。じゃ、早くねなよ~?』
「ああ。お疲れお疲れ」
通話を終了し、数分後には集合場所候補と店の住所が送りつけられてきた。今晩泊まる宿から1時間も満たない、ぼちぼちといった距離。
上々だ、とクガツ独り言を吐いて自販機から微糖コーヒーを購入して開封した。
付近を見渡せばネオンがぼんやりと光を夜闇に染み込ませている。そろそろ部屋に戻ろうか、と正面玄関に足をクガツは向けるが突如硬直する。
見慣れた背格好の少女がふらりふらりとした歩みで郊外の方向へと向かおうとしていた。
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