顔の知らないそっくりさん 02

 気さくに相席へ座るブロンド髪の少女。クガツは警戒心を高めつつも、その緊張が表に出ないように取り繕う。

 しかし、そうしながらも人間、素の部分は知らず知らずして漏れるものだ。そういう時には決まって言うセリフがある。


 「全然良いっすよ相席!! ただ、こんなベッピンさんが向かいに来られると緊張しちゃうな~」

 「フフ」


 ブロンド髪は満足げにうなずいている。付近の店員に飲み物を注文すると、少女は名乗った。


 「マヤって言うのよろしくね」

 「自分クガツって言います! いやぁ今日はお疲れですね。何があってこんな海辺の片田舎まで?」


 愛想よくクガツは名乗り、マヤと名乗る少女がなぜこの付近へ着ているのかに探りを入れる。


 「海見たかったのかな。ちょっとバイトでヘマしちゃって。クガツくんは?」

 「連れの付き添いっすかね」

 「へぇ~。女の子?」

 「んえ!?」


 不意を突かれて情けない声が漏れ出るクガツ。その調子を見てマヤは小動物を眺めるような微笑みを見せる。


 「いやぁ……まあそうなんスかね。まあでも、妹みたいなもんスよ」

 「女の子ってそう言われるとちょっと傷つくもんなんだよ~」

 「マジっすか!? だったらちょっとこう、意識とか変えてみるか」

 「なにそれ仕事みたいに。おもしろ。大切にしてあげなよ~」

 「だからそんなんじゃないスって! 何ニマニマしてんスか!」


 砕けた雰囲気に入るのは早かった。ちょうどそのタイミングで飲み物が届き、乾杯と声を上げ肴をつまみ始める。


 うまい食事、水。そして眼前にはブロンド髪の少女。日が落ちかける夏場の風が、柔らかい髪を撫でる景色。とりとめの無い話が続いて、刺身盛り合わせと焼串盛り合わせの2皿を平らげた頃、少しくらいハメを外すべきか、とクガツは手元から小瓶を取り出す。トリップウォーターだ。


 「なにそれ?」

 「魔法の水」

 「おもしろ~い」

 「失礼なら悪いんだけど、マヤさんはどんな仕事しててやらかしたん?」

 「それ聞くゥ~? いやいいけどさ」

 「気になるわぁ~」


 視界がわずかにグラつく中、クガツは眼球と鼓膜の奥を研ぎ澄ませてマヤの話す言葉に注意を向ける。

 少女の笑った瞳の中に、はほの昏い濁った淀みがあった。


 「いや、やっぱダメ! まだ言えん! もうちょっと進展あったら教えてもいいかな?」

 「……なんだよ~ソレ! そうか~なら仕方ないな」

 「ひひ。あ、ぼちぼち時間だわ! これ連絡先。今晩ゼッタイかけてきてよ、電話」

 「え? あ、ああ」

 

 手渡すのは名刺と食事代だ。どんぶり勘定だが、食費の7割分くらいの金額分はある。名刺にはマヤ=オウヤの名前と、勤め先の小さな個人商店らしき記載があった。


 「じゃ! 久々にメチャ楽しかったぜ!」

 「ウィッス! お気をつけて!!」


 腰を上げて会釈をするような頭を下げるクガツ。あの別れ寸前に見せた闇を孕む瞳以外には不自然なところはなにもない気さくな人種の女だった。さながらギャル。仕事の波に飲まれ少し気疲れした模範的な少女だろう。


 一人でもうしばらく飲み直すか……と、思考をめぐらして席に座ると、今度は向かい側に見慣れた茶髪の少女が居た。眠たそうな目をしている。


 「楽しそうだったじゃん」

 「ンだよ」


 藍河サラクだ。肘を突いてけだるげな視線をクガツに向けている。


 「もしかして水さしたかなアタシ?」

 「たまにはああいう表の人間と他愛のない話を無限にしておきたい日もあンだよ悪いかよ」

 「パツキンの胸ばっかり見てたけど」

 「妬いてる?」

 「平気で取り繕えるよねアンタ。ほんと詐欺師の才能あるよ」

 「……そんで、薬はもらえたのかよ」

 「ええ」


 サラクは手荷物から紙の薬包を取り出す。


 「じゃーん」

 「オシ、じゃあ会計行ってくるわ。一旦今日はお開きで」

 「まだ終わってないんだけど?」

 「はぁ?」


 サラクはいや、だからと言って下唇を噛んで細く息を吸ってから切り出す。


 「一晩、見張りをたのみたいの」

 「は、はあ」

 「言ったでしょ? 一般的な治療にプラスアルファで古臭い民間療法もしてるって。なんかおまじないをしながら調剤した漢方、これが副作用で奇妙奇天烈なことが起こるらしくてさ」

 「……抑制帯持ってこようか?」

 「キモ。いいから付き合えって」

 「しゃあねえな」

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