顔の知らないそっくりさん 01

 クガツは憂鬱な気分で学校を後にしていた。出席日数とペーパーテストの点数が一定のラインを下回っていたとのことで、夏の長期休暇に補修を言い渡されたところだった。


 「……ケチケチせず買えばよかったぜ。単位を」


 単位を買う。金と力と情報がものをいうユニオン・ムーでは日常的に行われていることだ。

 辺りをみれば休み前だというシチュエーションに浮かれる呆けた顔の学生が一帯を行き来している。そのなかで、クガツの頭にはある男の言葉が浮遊していた。


 『クガツさん、黄仙です。以前奪還していただいた旧FPアーカイブス……その復旧の件ですが、本土からの物資と技術者があればおそらく可能です。ですが、それまで時間を要するでしょう。少々時間つぶしをしておいてください。もしアテが無ければバイトでも紹介しましょうか?』


 今更小銭を稼ごうにも既に遅い。言うまでもなくクガツは黄仙の誘いを断った。

 クガツの今目的とするのはFPアーカイブスの復旧まで、補修を落とさず、可能な限り自分の足で情報収集をすることだ。

 そして──


 「よぉ~クガツちゃん。今日も病院めぐり頼むぜ」

 「……」

 「夏に他校の同級生とプチ旅行だぜ~? うれしいだろぅ~!?」

 

 なれなれしくクガツの脇腹と顎下を突くのは一見無害そうな風貌をした暗いブラウン髪の少女、藍河サラク。

 謎の不眠の改善はみられないようで、泣きはらしたかのような目元をしてそれは変わってはいない。


 「院内にはお前しか入らんだろ。俺着いてくる必要ある?」

 「アンタと飯食って駄弁ってると楽しいから。居てほしいの」

 「……そ、そう直球で来られると悪い気はしねえな」

 「半分以上嘘なんだけどね。じゃあ行こう」

 「テメェ」


 口車に乗せられて足を運んだのはジョウトウの東側海岸。大型船舶の入り込めない地形をしており、中型の船がいくつか停泊している田舎の漁村だ。

 数回の乗り換えと数時間の時間。ヘトヘトになりながら改札を出るクガツとサラク。わずかに磯の匂いが混じる潮風がサラクの髪を揺らす。


 「パフォーマンスだと思うんだけど、ちょっとした民間療法のテイストが組み込まれてる施術があるらしくてね。あんたはその辺でつまんでいて」

 「おうよ」


 大衆酒場の入り口前でサラクと別れたクガツは、店内に入った。窓も壁もない開放的な店内だ。


 「1名で?」

 「はい」

 「では、あちらへ。お冷入れますね」


 初老の女性店員に招かれたテーブル席に腰を下ろしたクガツはあたりを一瞥する。黄ばんでボロボロになった紙に墨字でメニューが書かれている。


 「今日の刺身盛り合わせ……か」


 お冷をテーブルに置く店員に、クガツはいくつか注文をする。数分も待たない内に刺身と薬味を盛りに盛った皿がテーブルに置かれた。ワサビは荒くすりおろした物なのか繊維質が垣間見れる。


 「へえ。これは気合入ってるな」


 口内に唾液がジュワっと湧き魚肉に齧り付こうとしたその時だ、クガツのテーブルの前に誰かが腰を下ろす気配がった。


 「え?」

 「オニーサン、相席良い?」


 ブロンド髪をした少女がクガツの前に座って居た。

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