気色悪い独占欲だぜ 10

 周囲はカラオケボックス。大人数向けの広い空間に場良いした学生が大声を上げ、音痴なリズムで流行のサブカルチャー文化の曲を歌う。

 銀髪の少年が、ボブカットの少女に言う。


 「今日は俺のクラスメイトの送別会ってになんでお前が居んだよ」

 「いいじゃん。別に」


 答えるのはサラク。クガツは炭酸水を呷ってからプラ製のジョッキを音を立てて置く。


 「……」

 「不機嫌だね」

 「……仕事モードと、学校モードとの切り替えがやりづらいんだよ」

 「そこまでして神経質なってまであの男のこと知りたいんだ」

 「お前には関係ない」

 「聞かせてよ。呉土シラタカって男のことを」


 取り繕ったような甘ったるい声色でサラクは言った。クガツはもごもごとした後に荷物の内側から鉄製の水筒を取り出す。トリップウォーターだ。

 それをジョッキに注がれた炭酸水に流し込んで少し回すように揺らしてから口にする。


 「クソ野郎だよ。女癖は悪いし、ちょっとしたルートで入手した葉巻や水を高額でジョウトウの子分に売りつける守銭奴だ」

 「へえ。でも、本心じゃなさそうじゃん」

 「……憧れてたのかもな」


 クガツはカラオケボックスのステージの方へと視線を見やる。シャツのボタンを全て開けて最早半裸となった男子学生二人がねっとりと絡みつきながら呂律の回らない舌でラップ調の曲を歌っている。


 「俺はああいうのにはなれない」

 「インキャだもんね」

 「熱量……熱量が無いって言ったら正しいかもしれない。安定思考で、こう”遊び”がないんだよ俺は」


 クガツは再度金属の水筒を取り出し、中の水分をジョッキへと注ぐ。


 「ちょっと多いんじゃないの? アンタそんな強くないでしょ」

 「……安定思考なのに何か面白いことでも起きないかなってずっと思ってる。そういう点でいえば、俺もその辺の男と何も変わらん。だから追っていたいんだ。コイツに付いていけば何か面白い景色が見れるんじゃないかって馬鹿野郎の背中を」


 クガツは胸に燻る煙を全て吐き出すように言う。それを聞くサラクも沈黙して手元のグラスへと視線を移す。


 「思い出補正ってだけじゃないの? その辺りによくいるでしょ。そういう馬鹿と豪傑を勘違いした男って」

 「知らないお前が言うんじゃねえよ」


 少し不躾がすぎたかも、とサラクは再び押し黙る。


 「ごめん……」

 「いいよ、俺の変な癖だ」


 気まずい二人の空間に割って入るのは特徴のない少女だった。今回の送別会の主役だ。残り数日後にはクガツらの学園から去り、グループの研究施設へと移る予定だ。


 「何、二人。できてんの?」

 「そうみえる?」

 「え~? ニヤニヤして」


 たるんだ頬をして少女に返すクガツ。その様子を見てサラクは学生モードに入ったな、と黙ってグラスに口をつける。


 「実際つきあってんの?」

 「コイツが付きまとってんの!!」

 「へぇ~」

 「そっちこそ、ここ数日なにしてたよ? なんか特別休暇とか取って研究がどうとか行ってたんでしょ?」

 「ただの採血だよ。注射苦手でさ~」


 少女はそう言って左腕のシャツを捲ってみせる。肘正中皮静脈付近に小さな発赤が残っていた。


 「……へぇ」


 クガツはそう言ってから黙ってジョッキを口にし、以降は少女の問いかけに生返事で答えゆっくりと静かになっていった。

 なんともスタンスと情緒が安定しない男だ。サラクはその様子を見てグラスの中の水分を飲み干した。荒んだ男の長いまつ毛の奥には、沈むように瞳が揺れていた。


 「……表出ようぜ」

 「あ?」

 「いや、ほら早く」

 

 腕まくりしたシャツの袖を摘まんでサラクは腰を上げる。クガツもそれに続いて立ち上がり、店の外へと出ていった。


 夜闇の落ちる街には、下品な笑いを主体をした喧騒が充満していた。夏場の熱気で胸焼けしそうだ。

 サラクが誘導したのは雑居ビルと雑居ビルの間の空間。少し開けた一帯の隅には酒瓶やゴミ袋が積まれている。


 「ここまで連れてきて何すんだよ」

 「構えろよ」

 

 大人2~3人分の距離を上げてクガツに正対するサラクは、手刀の形を取った両腕を胸部付近に構えて腰を落とした姿勢を取っていた。


 「なんのつもりだ?」

 「人助けだよ。熱量だかなんだか知らんが、魂のバイブスを上げたいってんなら”コレ”しか無いっしょ?」


 クガツも足をブラブラと脱力するように交互に動かし、右肘を前方に、左手を眼前に構えて腰を落とす。


 「上等だ。前のエビだの虫だのを殴るってんじゃ物足りなかったからなァ!!」

 「兄貴分の尻の残像を追うホモ野郎が!!」


 その後、少年と少女は全身を痣だらけの血まみれになりなり、骨折や欠損が起きてもスパーリングは続いた。終電間際になり、お互い赤ペンキを全身に被ったかのような姿になってから別れて帰路へついた。 

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