気色悪い独占欲だぜ 09
地上のハッチめがけクガツは手刀でそれを寸断し、ミザリとサラクが続く。内部は暗く、洞窟さながらだ。
「電力は通ってるっぽいのか?」
「作りは同じなら試せるよ」
ミザリはたしかこういうところに、と独り言を言って装置の操作に取り掛かった。
「明るくなったな」
内装にはLEDライトの薄く青白い光に照らされ、無地の白い廊下と壁が続く。内部は土埃も何もなく無菌室さながらきれいな内装だ。
クガツが前に出て言う。
「俺とサラクが前に出る。ミザリにはFPアーカイブスの設備の勝手がわかるだろうからな。案内してもらうぜ」
「ま、まあ自分で良ければね。一応待機版に連絡しておくよ。本格的な調査はその後になるかもだけど」
「……頼むぜ」
内部の構造はシンプルだった。大きく広い廊下と、その周囲に倉庫や作業部屋にちょうどよい空間があり、一本道の奥へ行くと昇降路があった。
「エレベーターに電力が通るまで時間がかかりそうだね」
ミザリが冷たくなった昇降路の扉に手を当てて言う。
「……その前に、アンタに確認を取りたいことがある、ミザリ=グランバーグ」
「何?」
「昨日、アンタはどこに居た?」
クガツは腰部のホルスターに手を回し、いつでもサバイバルナイフを取り出せる準備をした。
対するミザリ。
「……何やらワケありって感じだね。いいよ。領収書を見せよう」
そう言ってミザリは手元のカバンから小切手を一つ取り出した。昨晩から深夜にかけて物資の輸送依頼を請け負った旨を記した一枚だ。場所はクラウドノースから西櫻会区画の北区。
「何やら疑われてるのかもしれないけど、これであたしは白?」
ミザリは両腕を上げて敵意が無い姿勢をみせた。クガツはしばらく考えた後、サラクの方へと視線を移した。サラクもしばらく沈黙した後、ため息をついて首を振った。その後、サラクは親指を立ててそれを自分の胸元へ指して言った。
「疑って悪かったよ。いやね、昨日アタシ殺されかけたんだよ何者かに」
「え、嘘」
「こう、腹を大型の刃物でズバっと。まあでも、案内された宿であたしらは泊まらなかったしFPアーカイブスにも担がれたとも思ってないよ。それに、多分あれは只者じゃない。もちろんミザリを見下して言ってるわけじゃないけど…多分あれは」
外に大型車両は数台停まる気配があった。
「人外かもしれん」
まもなく黒のプロテクターを装備した部隊員と眼鏡のスーツ男が姿を現した。黄仙だ。
「地上の制圧ありがとうございます。これから調査を始めます……が、そうですね”協力”をお願いしましょう」
柔らかい物腰でそう言われたクガツとサラクは黄仙に続き、昇降路の扉の前へ並んだ。まもなく、電力が通り黄仙とミザリ、数人の部隊員とクガツとサラクは下層へと向かった。
扉が開けば、内部はガラリとした殺風景な空間が広がっていた。上層より幾分か広い。
「妙ですね」
黄仙が顎に指を当てて言った。クガツはそれに反応する。
「何か、おかしなところが?」
「この部屋は保管庫……以前お話した特殊な処理をした情報の塊を保管する場所なんですが──」
「その本棚が無い……とか?」
「いいえ、それはすべてあるんですよ。例えばあそこ」
黄仙は側壁をいくつか指して言う。
「この技術は多量の情報を1つにまとめるのでなくいくつか分散し、それを指定の距離と条件で管理することで1ページに10ページ分の情報を書き記すものなんですよ」
「……」
「この空間配置と、側壁に埋め込まれた媒体と媒体との間隔……どれも以前のものと寸分変わりない。今からでも再始動できるほど」
「じゃあ、以前と変わっている部分は?」
黄仙は側壁へと歩を進める。内部にある媒体を指でなぞっている様子だった。
「棚の中に保管している物に、見覚えがない。例えば同じ皿にサイズの物が乗ってはいるが──ッ!!」
「どうした!?」
「これはッ!!」
黄仙は周囲の部隊員を呼び、人を増やせという旨を伝えた。大掛かりな機材を持った部隊員が現れ、側壁に電極を接着させ操作を始めた。
「クガツさん」
「……な、なんだよ」
「残念ながら保管庫に保存されている情報はすべてかき消されています。そして、その代わりにあるのは高速演算器に似た反応……この空間そのものが高性能コンピューターのようになっています」
「……なんのために」
「人の中にある物質の動きを正確に計算するための計算機──」
黄仙さん、と部隊員が声をかけた。どうやら他の階にも異変があった様子だ。黄仙はクガツとサラクを促して再び昇降路へと向かう。リフトの移動最中、僅かな沈黙を割って言う黄仙。
「ご希望の情報を提供できず申し訳ありません」
それは心からの謝罪の色を帯びていた。
「はじめから違和感はありましたよ。原生生物の超常体があんなに統率の取れた動きをしていた。まるで、この地下空間を守るかのような意図を感じた。僕たちの欲しかった”情報”も、無事では無いどうなって」
「申し訳ありません」
リフトが停止し、開いた扉の奥の部隊員から中へと促される。すぐに鼻につく異臭が漂っていた。
「死肉臭……」
ガラス張りで空間を区切られた屋内。その中には白骨化する50cm台のげっ歯類らしきものがいくつもあった。歩を進めるほど、白骨化死体は大きくなっていく。テナガザルからゴリラ、ゴリラから牙を抜かれたゾウ。徐々に種としての体重が増えていく。
だんだんと大きくなっていくその並びの奥には違和感のある落差があった。
「人だ……」
灰色の皮膚をした人間。骨格の大きさもまばら。中には大泉門の開いた小さな頭骨も──
「ここらはまだ肉が腐り落ちてない。見てよ……まだ新鮮なままだ」
眉を潜めてサラクは言う。辺りにはまだ表皮の変色していない遺体が横たわっている。
派手な髪色の青年や、豊満な体つきをした童顔の少女、赤ん坊のような老人──クラスの中心となるような女子ではないが、虐げられる側のオーラも纏っていない地味で空気のような少女──
「何が起きているんです? 黄仙さん」
「人体実験……地上の化け物みたいな物の工場だとか。だとしても警備が甘い。付近に大型機関銃でも設置するスペースでも設け、有事には制圧できる準備をしても良いだろうにそれがない。収容スペースを優先し、データを取ることに重点を置いた配置だ」
腕組みをするクガツと黄仙。周囲も慌ただしく遺体の改修に取り掛かっている。その中にサラクは紛れ込んで腰を下ろす。一帯を見渡し、一つ息を飲む。
「勘だけど、逆とかじゃない?」
黄仙とクガツがサラクの方へと視線を向ける。
「解毒……とか」
「解毒、その毒って」
「……超常物をそうさせる力そのもの、だとか」
「なんのために?」
サラクは腰を上げて、回収作業から離れる。
「あたし、結構この体質は気に入ってるんだ。対価としての不眠があるのかはわからないけどさ。可能なら、他に輪廻の超常者は居てほしくないかな」
「……超常の力が新しくは──」
異臭が喉を突いてクガツは咳き込んだ。
「気色悪い独占欲だぜ」
回収作業と調査が一段落ついて地上に出たときには夕暮れ時だった。進捗があれば追って連絡すると黄仙から言い渡され、クガツとサラクはミザリに案内された武装車へ向かう。
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